テイル・テイル

藤真編

私、。最近、「しっぽ」が見える。

私がマネージャーやってる男子バスケ部のエース、藤真のお尻に尻尾が見えるようになったのはつい先週のことだ。普段ふざけたこととかしないタイプの藤真のお尻あたりにクルンて丸まったフサフサの茶色い尻尾がついてるので、最初は誰かに無理矢理やらされてるのかと思ってた。

でも藤真をイジることに命をかけている花形や高野が何も言わないので、もしかして私にしか見えてない幻覚か何かなのかと気付くまでに3日かかった。次に自分が異常なんじゃないかと怯えて3日、でも藤真のポメラニアンみたいな尻尾以外におかしなところはないので別にいいか、と考え直して1日、ようやく私は藤真の尻尾を受け入れた。

それに、藤真の尻尾、面白いんだもん。

普段通りの状態では尻尾はクルンと左巻きになってて、練習中なんかはたまに勢いよく振られてたりして、尻尾としての機能がちゃんとあるみたいだった。それに、いいプレイが出来た時はそのポメラニアンみたいなモコモコの尻尾がフサフサフサフサって揺れてんの。ウケる。

だって、バスケ部の絶対的エースで、イケメンて言われて超モテてんのに、ポメラニアンだよ尻尾。

昨日なんか部活の帰りに散歩してるポメラニアン見ただけで笑っちゃったよ。

それだけじゃなくて、普段藤真って人は「校内で1番」ていう扱いをされてるし、本人も自覚があって、そういう扱いに相応しい振る舞いを心がけているような人だった。愚痴とか陰口とか言わないし、反抗もしないし、勉強に部活に全力で努力。

でも、人間そんな完璧になれるわけがなかった。

ある日、同じクラスなので一緒に部室に行こうとした藤真は副担任に呼び止められた。そしたらポメ尻尾がダラリと勢いよく下がっちゃった。顔というか表情とか喋り方とかは普段通りなのに、尻尾は力なく下がったまま動かない。

これは一体……と思ってたら、先生がいなくなった途端にまた左巻きのクルンに戻った。どんな意味があるんだろうと考えながら一緒に歩いていると、今度は違うクラスの女子に捕まった。藤真と同じ中学の子で、ちょっと雑談。尻尾は変わらず。だけど、そこにまた別のクラスの女子が入ってきた。練習とか試合とかよく見に来てくれる子で、たぶん藤真のファン。尻尾がバサーッと落ちる。

わ、笑ってはいけない藤真の尻尾24時……! 藤真だって苦手な先生や苦手な子くらい、いるよね。

かと思えばつい気になって授業中に藤真をちらりと覗いてみたりすると、得意な教科の時はクルンなのに、苦手な教科の時は尻尾落ちてんの。嫌なのね……なんか一生懸命授業聞いてる風だけど内心ではめっちゃめんどくせえとか思ってんのね……

だけどそれもこれも藤真が周囲に完璧超人を求められているからだ、っていうのはわかってる。伊達にマネージャーやってないので。だから大変だなあと同情する気持ちはあるんだけど、でもあの体に対してずいぶん小さいポメ尻尾の表情が豊かなので日に日に愛しさが募ってきちゃって。

そこが「藤真に、恋、してる……?」なんていうテンションではなく、「も~藤真の尻尾かわいい~」であるところはちょっと申し訳ないんだけど、だけどどうしてもあの左巻きのクルンが可愛くて仕方なくなってた。

というかもうあの可愛い尻尾がダラーっと下がってるとこっちまでつらくなってきちゃって、なんとかして元のクルンに戻したくなっちゃって、無駄に藤真を気遣うようになってしまった。

ので、練習試合。勝ったけど内容が納得いってなくて珍しくしょんぼりしてる藤真につい声をかけた。普段あんまりメンタルケアとか積極的にやらないけど、垂れ下がって戻る気配のない尻尾に耐えきれなかった。大袈裟にならないように慰めて、なんとか尻尾を戻さないと。

すると藤真は素直に顔までしょんぼりした。

普段こういうことしないのに、オレよっぽど落ち込んでるように見えた?」
「見えた」

だって尻尾。

「勝てばいいんだってのも間違いじゃないと思うんだけど、なんかどうしても納得いかなくてさ」
「理想っていうと傲慢に聞こえるけど、高い位置に目標があるのはいいことだよね」
「それをたかが練習試合と思うか思わないかが分かれ目で」
「うん、まあ、大会じゃないんだからいいじゃんみたいな人はいるよね……
「それを部外の人間に言われると余計に疲れちゃって……

私にも尻尾があったら下がり始めてたかもしれない。特に藤真にはそういうことを言いたがる人が多いから。だけど我が愛しの尻尾は少し上向き。いつものきつい左巻きまではいかないけど、ゆるく丸まりつつあった。そして、藤真の声に合わせて少しだけ揺れた。

「でも声かけてくれて助かった。顔に出さないように気を付けてたけど、すごいなマネージャー」

マネージャーとしての能力じゃなくて尻尾見えるだけなんだけど、どんどんクルンに戻っていくのが嬉しい私は我慢出来なくてニヤニヤしてしまう口元を両手で覆い隠した。

「えっ、なに、どうした」
「ご、ごめん、藤真、めちゃくちゃかわいい」
「え!?」
「やばい、撫でたい」

我慢出来なかったんだ……尻尾がクルンでモフッになったから、もう。

それで怒られたり気持ち悪がられたら正直に話して、まあそれで距離を置かれてもしょうがないかなと思ってたんだけど、私の爆弾発言をどう受け取ったのか、藤真はむず痒そうな顔をしながら、頭を下げてきた。

……じゃあ、撫でて」

私が撫でたかったのはフサフサの尻尾なんだけど、でも尻尾に似た薄茶色の髪がサラリと揺れるので、私はもうたまらなくなって両手でわしゃわしゃ撫でた。その隙にちらっとお尻の方を見たら、私のかわいい左巻きのクルンは音を付けるならピコピコピコピコって感じの超高速フリフリをしてた。

「無理ー! かわいいー!」
……

それをどう思ったのかな、まだ尻尾がピコピコしてる藤真がそっと抱きついてきた。

これは……もしかして本当にこの尻尾を私だけのものに出来る……

「ねえ藤真、私だけの藤真で、いてくれない……?」

私に抱きついたままの藤真がそっと頷く。

……だからもっと撫でて」

そんなの! そんなの頼まれなくたってやってあげる!

私のかわいい藤真と尻尾、たくさん愛してたくさん可愛がってあげるからね。

END