テイル・テイル

三井編

私、。最近、「しっぽ」が見える。

三井とは腐れ縁みたいな感じで、小学校は別だけど塾が同じとか、中学でもクラスは別だったけど共通の仲いい友達がいたりとか、なんか付かず離れずで高3まできた。途中あいつがグレてたから疎遠になってたときもあるけど、最近また昔みたいに普通に話せるようになってた。

と思ったら、ある日突然、あいつのお尻に尻尾が見えるようになった。

三井はグレてるときも髪を伸ばしたくらいで、ピアスとか指輪とかつけるタイプじゃなかった。だからなんかふざけて尻尾みたいなアクセサリーつけてるってことは考えにくいし、そんなものつけて部活なんか行ったら後輩たちにイジられてバカにされるの目に見えてるから、絶対やらないはず。

それに誰もあの尻尾にツッコミ入れる人がいない……

三井の尻尾はちょっと不思議な色をしてた。遠くからだと、くすんだ茶に見える。でも近寄ってみると、黒と銀と茶が混ざった複雑な色をしてた。狼の尻尾って感じで、ちょっとかっこいい。最近髪切ったらやけにモテるようになったし、尻尾までかっこいいとかずるいな……

その尻尾はどうやら私だけに見える何からしい、ということに気付いてからは余計に気になって、だけど当の三井本人も気付いてないみたいなので、三井と話してるといつも視界に尻尾があるってことがモヤモヤし始めた。なんなのこれ。なんで私だけ見えるの。

けどそんなこと本人に言ってもしょうがない。いつも通り、普通にしてないと。

「なに、機嫌悪いのか?」
「いやそういうわけじゃ……ちょっと寝不足なだけ」
「寝ないと大きくなれないぞ」
「もう身長は止まってます」
「女子って早いよな……
「何あんたまだ伸びてんの? それ以上大きくなってどうすんの」
「バスケやってんだから大きい方がいいだろよ」
「この間バスケは身長だけの競技じゃねえとか言ってたくせに」

まあこういう感じが私たちの「普通」。

「過去は振り返らねえんだよ」
「記憶力までなくしたか……この間赤点いくつだったんだっけ……
「うるせーな、手伝ってくれなかったくせに」

と、ここで私はおやっと目を落とした。今まで何度もやって来たいつものくだらない言い合い、だけど三井の尻尾は突然だらんと下がってしまった。それまではきれいなカーブで浮いてたのに、急に元気をなくしたみたいに垂れ下がった。

……バスケ部のみんなと勉強してたんだから私関係ないでしょ」
「バスケ部ったって1年2年とまとめてだぞ。木暮は帰っちゃうし」
「助けてほしいならそう言えばよかったのに」
「言ったけどお前さっさと帰っただろ」
「そうだっけ……?」

そもそも、昔みたいに喋るようになったのは本当に最近。赤点取ったって言われたくらいじゃ手伝ってあげようとか思わないよ。そんなのちゃんと言ってくれなきゃ本気にしないと思うんだけど。てかマジで聞いた覚えもない。たぶんわかりにくい言い方しかしなかったはずだ。

相変わらず尻尾はだらんと下がったまま、やる気なし。

けどこれをきっかけに、もしかしてあの尻尾って動物みたいに感情が出たりする? と思い始めた。部活の間はわからないけど、授業中はいつも下がってる。てことは授業退屈でやる気なし。でも放課後に部活行こうとすると、シャキッと上向き、3色混ざったきれいな毛も心なしかツヤッとしてくる。

なのでどうしてもその仮説を確かめたくなった私は、突然差し入れを用意した。部活終わったあとめちゃくちゃ腹減ってつらいって前に聞いたことあったから、最近あいつがハマってるって言ってた湘北最寄り駅のおむすび屋さんのおむすびを3つ。

「え、なに、どうした急に……
「忘れ物して戻る途中に部活帰りの中学生がお腹減ったって騒いでてさ、それでちょっと思い出して」

それは嘘じゃない。でもそれを聞いたのは昨日。よし、それで仮説を確かめようと思い立った。

意外とずっしりのおむすび3つを受け取った三井は、なんだかしかめっ面。しかめっ面は別に珍しいことじゃないからそれはいいとして、尻尾。尻尾はなんだか軽やかに浮いていて、フラフラと揺れてた。おお、やっぱり嬉しいと犬みたいに振るのかもしれない。

「なんだよ気味が悪いな、何を企んでるんだ」
「失礼な」
「だってお前、こんないきなり差し入れとかもらったことないぞ」

顔は相変わらずものっすごいしかめっ面。唐突に私から出てきた差し入れが不審過ぎて信用できない、みたいなそんな顔をしてる。まあ普通はそんなもんだと思うけど、でも尻尾。尻尾はどう見てもおむすび嬉しいって感じの動き方をしてる。

なのでちょっと付け加えてみる。

「今年頑張ってるしね。たまには見える形で応援したいなと思ったから」

うわあ……尻尾ブンブン振ってるよ……

けど私は石橋を叩いて渡るタイプなので、以後も何度か「テスト」をした。

いつもの感じでからかったりすると、三井の尻尾はしょんぼりと垂れることが結構多い。顔ではニヤニヤしながら言い返してきてるのに、意外と傷つきやすいやつなのかもしれない。かと思えばちょっと甘やかしたりするとすぐに尻尾は嬉しそうに揺れる。

割と激しくグレてたのですっかりそういう人になったのかと思ってたけど、この人小中学生の頃から本当はあんまり変わってないのかもしれない。2年前、あの頃に尻尾が見えてたら、グレなかったのかな。いつも怒ってるように見えてた三井の本当の気持ち、尻尾はもしかしたら垂れ下がったままだったのかもしれない。

なのでまた差し入れを持って行ってしまった。明日からインターハイだから。

「なんだよ、最近ずいぶんサービスするけど……
「嫌ならやめるけど」
「嫌とかそういうことじゃ……

というかもう三井は私の顔を見るだけで尻尾をブンブンと振ってくれる。口では憎まれ口を叩くけど、尻尾はいつも機嫌がいい。素直じゃないなあ。

「最近なんとなく三井の考えてること、わかるような気がしてさ」
「どういう意味だよ」
「今も迷惑そうな顔してるけど、実はすごく嬉しいって思ってる、とか」
「は!? そ、そんなことねえし!」
「ないの?」
「な、ななな」

こんな狼狽えてる三井初めて見たわ。よっぽどビビったのか、尻尾は足の間。だけど今度は顔に出てきた。ちょっと赤くなってる。それがちょっとツボってしまったので、私も嬉しくなってついにっこり笑ってみた。尻尾はまた元通り、勢いよく振りだした。

「嬉しい?」
「あ、ああ……
「明日から頑張ってね。現地には行かれないけど、優勝できるように祈ってるよ」
「え、あ、ありが、とう……

尻尾はもう風が起こりそうなくらいに勢いよく揺れてる。

でも、それってどういう意味の「嬉しい」なんだろう。それは確かめておきたい。

「インターハイって何試合? 勝った数だけチューしてあげるね」
「は!?!?」

普段なら憎まれ口が返ってくるはずだ。そんなもんいらねえとか、何の役にも立たねえとか、せめて食い物にしろとか、なんかそんなことを言い返してくるはずだ。だけど三井は狼狽えたまま、肝心の尻尾はまた足の間に引っ込んでしまったけど、やがてゆっくりと浮かび上がり、そしてゆったりと、だけどしっかりと振り始めた。

「そんなの――
「そんなのいらない?」

またにっこり笑ってみせた私に三井は首を振り、ぎゅっと抱きついてきた。視界の端にはまだ嬉しそうに揺れてる尻尾。三井は何も言えなくなってるけど、尻尾は正直だ。いつか尻尾がなくても本当の気持ちがわかるくらい、色んなこと話してくれるようになるといいな。

それまではこの尻尾に三井の気持ちを教えてもらおう。

「じゃ、帰ってきたら、チューしよう、ね」

尻尾はもう取れそうなくらいに強く揺れていた。

END