私、。最近、「しっぽ」が見える。
それに気付いたのは一昨日。なぜか同じクラスで同じバスケ部の清田のお尻から尻尾が生えてた。そういうアクセサリーかなんか付けてるのかと思ったんだけど、誰もそれに突っ込まないから私も言い出せなくて、その日はそのまま帰った。たぶん疲れてるだけだよねって。
でも次の日も清田のお尻からは黒茶でツヤツヤした毛でフサッとした尻尾が生えてた。本人の髪に近いみたいだけど、それよりは少し色が明るい。
疲れてる感じはなかったし、清田のお尻に尻尾が見える以外に様子がおかしいこともないし、その日はまだわけが分からなくて清田のお尻ばっかり見てた。本人も自覚してないっぽいけど、尻尾はちゃんと舵取りの役割をしてるみたいで、清田がコートを走り回ってる間中ぶんぶんと振り回されてた。
で、今日。もう尻尾には慣れたと思ってたら、ちょっと面白いことが起こった。
「清田、これ来週のメニュー」
「うわ、また来た。今度はなによ~」
監督はたまにスタメン向け特別メニューを作る。それを渡すと、ふんわりと上向きになってた清田の尻尾はダラリと下がってしまった。軽く受け流してるように見えるけどやる気ないんだな……
てかこの感じだと「尻尾」は犬のそれっぽい機能なのかもしれない。
「まあ、確かに、この辺は自分でも弱いなと思うけど」
「量的な問題ならもう少し見直してもらう?」
「うーん……」
清田の尻尾は下がったまま。監督は普段よりキツめの特別メニューを作ってたみたいなので、ただでさえ毎日キツい練習で目一杯の清田が尻込みしちゃうのはわかる。でも、それで逃げるような選手はうちにはいないので、
「いや、やるよ。監督は必要だから考えたんだろうし」
尻尾がちょっと上がる。少しやる気になったかな。そういう常に上を目指したい部員たちを応援するのがマネージャーの役割だと思ってるので、私はちょっと声を大きくして拳を突き出した。
「清田なら出来るよ! サポートが必要なら言ってね!」
「お、おう、頼むよ」
清田は普段どおりのゆったりした表情でグータッチしてくれたけど、その向こうで尻尾がフリフリと揺れてた。てことはこれ、嬉しいのかな。よかった、私のサポートがウザいって思われてたら、マネージャー続けられないから。
私に出来ることで選手のサポートが出来て、それが海南の勝利に繋がったら最高。そういう気持ちでマネージャーやってるから、清田が尻尾振ってくれたことはかなり自信になった。というか清田だけでも尻尾で機嫌がわかるなら、もっと的確なマネジメントが出来るじゃん! なんてちょっと浮かれてた。たぶん3年生になったらあいつ主将だろうから、絶対便利!
――と、思ってたんだけど。
「あ、おはよー」
「おー、おはー」
朝、教室の前の廊下で顔を合わせた清田の尻尾は既にフリフリと揺れてた。なんかいいことあったのかな~なんて考えてたんだけど、放課後、一緒に部室に向かう間も尻尾はずーっと揺れてた。
「……今日なんかいいことあった? なんか楽しそうだけど」
「えっ、そうか? 特に……普通だったけど」
顔だけはいつも通りの清田。表情だけなら私が勘違いで変なこと聞いちゃったかな、って思うような顔をしてる。だけどやっぱり尻尾はフリフリフリフリ……
その後も清田の尻尾は見るたびにフリフリしてて、だけど部活中は上がったり下がったり、でも用があって声をかけるとまたフリフリ。たまにピンと立ってるときもあるし、同じように振ってても高さが違うこともある。
ので、犬のしっぽの動きを調べてみた。で、清田の尻尾を見てみると……
「……ねえ、今実は怒ってる?」
「え!? そ、そんなことねえけど……」
「怒ってるわけね」
「いや別に怒ってるっていうか、ムカつくとかじゃなくて、だからその……なんでわかんの?」
「なんとなく」
そりゃあ尻尾を見ればわかります。なのでこういう風に清田が隠しているつもりの感情がありありと分かるようになってしまって、その分彼のコントロールもしやすかったりするわけなんだけど、そのせいで、あることに気付いた。
どういうわけか、私が声をかけると尻尾は嬉しそうに揺れる。
雑談とかで笑ったりしてると、尻尾はもう取れたての魚みたいにビチビチ振られてる。
これはもしかして……と思った私はある日、部活が終わってたまたまふたりで帰ってたから、躓いたふりをして軽く抱きついてみた。わっ、ごめん! とか言いながら。
尻尾はまさに「ちぎれんばかり」って状態。
「……ねえ、もしかして、私のこと好きなの?」
「は!?」
本当にちぎれそうなほど振ってた尻尾は一気に垂れて、小刻みに震えながら足の間に入ってしまった。そりゃビビるよね……尻尾以外の清田は全然変わらず、誰が見ても私に気があるなんて様子じゃなかった。だけど私には見えちゃうんだもん。
「ごめん、最近、そうなのかなって、そんな風に見えてたから」
「……もしそうだったら、どうすんの」
尻尾は可哀想なくらい足の間で震えてて、無表情を装ってる清田の顔もどこか悲しげに見えてきた。いつもふざけて騒いでる時のきらきらした目もなくて、唇はちょっとだけへの字に結ばれてる。
正直言うと、尻尾が見え始めるまで私には特別な感情なんかなかった。だけど見えちゃうんだもん。私が声をかけた時の、あの尻尾。大した用事でもないのに、私と話してる時のあの嬉しそうな尻尾。もし「別に私は何とも思ってないし」とか言ったら、二度とあんな風に尻尾振ってくれないだろうなって思うと、無性に悲しい。
だからもし、あの尻尾がそういう意味なら。
「もしそうだったら、嬉しいなって」
尻尾復活、一瞬でまたちぎれんばかりに振り始めた。顔を上げたら、表情もすごい幸せそうだった。ぎゅっと抱きついてきた清田の後ろでブンブン振られてる尻尾に、そっと手を伸ばしてみる。柔らかくてツヤツヤした毛が手のひらを優しく叩く。
「……オレも嬉しい」
知ってる。私も嬉しい。私の尻尾もきっと、取れそうなくらいフリフリしてるはずだから。
END