清田家2020

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9. 適材適所

どうも、頼朝です。厄介な状況をなんとか生き抜いていくために精一杯努力しているつもりなんだけど、どうしてこの家は次から次へと問題というか難題というか、とにかくやることが多すぎて外出自粛どころか外に出る暇もない。

しかし確かにどこにも出かけられない夏休みのカズサ、それを1ヶ月、と想像しただけで恐ろしい。

折に触れてその親である信長とは「実はああ見えてカズサは繊細」だと言うんだけど、とりあえずその繊細さが親以外の目に触れたことはなく、日常の中の彼はひたすら暴れては大人たちの叱り声に反抗してるだけだ。年々口も達者になるし、知識も増えるから言い聞かせるのも一苦労。

だから、ありがたいことに通常業務が盛況してる中でも、親父の「別荘ほしい」には手を抜けない。これを無事に片付けたら予定ではしばしこの家にオレとウサコとコハルと親父とばあちゃんだけ、という期間ができる。休暇シーズンは「休みの間に済ませたい」という依頼も多いから、夏休みはあってないようなもの。

というか改めて「清田家子供疎開計画スケジュール」を眺めてると、オレは「別荘」には行かないようだな。既に見積もりで1回行ってるし、送迎はするけど、それだけだ。泊まらない。まあ自然の中にいて落ち着くタイプでもないからいいけど。親子水入らずでのんびりするのもいい。

「尊、ネットワークの件どうなった」
「大丈夫そう。のじいちゃん何気に顔が広くてさ」
「ごく地元の企業で営業マンやってたらしいからな」

とにかくこの現地のネットワーク環境が確保できるかどうかで疎開の可否が問われてた。もしネットワーク環境が確保できなかったら尊とエンジュが同行できないからだ。そうすると遠く離れた家に女性だけで過ごさなきゃならなくなる。のおじいちゃんは何でも手伝ってやると言ってくれてるけど、接触は出来ないし、防犯という点では頼れる状態でもないし。

その点では尊とエンジュだけでもちょっと不安は残るけど、一応大型犬がいるし、途中でウサコとコハルが離脱して信長とユタが向かうから、それまでの間だけ。まあそれで言えばウサコは行かなくてもいいんだけど、何しろ子供たち全員連れて行くからの負担が大きいしな……

「みこっさ……あ、よかった頼朝さんもいた。試算してみたんだけど、どこに送ればいい?」
「あー、ええとじゃあプライベートで使ってるストレージでもいいか」
「ドロップボックスならすぐいけるよ」

今回自宅と別荘のネットワーク担当は尊とエンジュで、手が回らない分を丸投げしてしまった。エンジュがまとめてくれた試算を確認してみたけど、予算内で収まりそうだ。

そりゃ、いくら買い手がつかないまま放置されてた古民家だからって、それなりの値段はする。けど、まさか処分しようにも処分する方が金がかかる状態だった家が売れると思っていなかったらしい家主筋の皆さんは妙な歓迎ムードで、食材やら家財やらを援助してくれるとの話だ。

なので夏休みまでに別荘を整えるのにはそれなりの予算が必要にはなるけれど、滞在中の生活費を足し引きすると、ちょっと節約できるかもしれないレベル。そういうところからも予算に加えて、ちゃんと使えるようにしないとな。

何しろ今はカズサひとりですら手を焼いている我々、その下にまだ6人の幼児がいることを考えると、夏休みに週単位で放り込める場所が確保できているのは心強い……なんてことを考えてたら、隣でリモートワーク中の尊が盛大にため息を付いた。なんだよ。

「彼女たちに全然会えてなくて震える」
「最後の子はいつだったの?」
「2月」
「みこっさん人生で今最も女の子から離れてるんじゃないの」
「オレは家族さえいれば幸せだけど、いきなり切り離されるとね……

敢えて突っ込まないが、それはつまり下半身的な意味なんだろうな。

「ちょっと〜ツッコミ仕事してよ〜」
「誰がツッコミだ。子供たちがいないからって下品な話はやめろ」
「下品てひどくない? 愛し合ってるんだよ。出来てないけど!」
「みこっさんみこっさん、お役に立てますよ」
「おい、何悩んでんだ」
「ほらその早さだよ頼朝〜」

最近シングルファーザーであることで困るとこのふたりはゲイ夫婦を装うようになってて、そりゃ片方は本物かもしれないけど尊は究極の異性愛者なわけだし、そういう虚偽はどうなんだと言ってしまって以来、この手の話でからかわれることが多くなった。本気ならともかく……

けどまあ、このふたりのユルさも大事な要素だ。とにかくうちは由香里が頭に血が上りやすいし、子供のことではもよく怒るし、ウサコは逆に混乱するとパニック起こすし、このユルユル2名が疎開に同行して緩衝材になってくれれば。信長とユタが向こうに行くまで頑張ってくれ。

オレは今頑張る。終わったら静かな家でウサコとコハルとのんびり過ごせるしな!

8. 宇宙人はチーズフォンデュの夢を見るか

「ちょっと不安もあるけど、夏休みは助かるよね……
「ネットワーク環境なんとかなりそうだから、エンジュと尊にフルで行ってもらおうかと」
……信長はフルで来ないの?」

こんばんわ、です。じいじが別荘の話に夢中になっちゃったので、お兄ちゃんが毎日睡眠時間削って準備に奔走してるんだけど、これが予定通り実現すると、信長は夏休みの「疎開」の間を全日滞在出来ない可能性が高い。

まあその、別に夫と数日離れたくらいでメソメソ泣きだすとかそういうことじゃないんだけど、夏休みに行楽させてあげられない子供たちの対応として、せめて少なくとも1週間以上向こうに滞在するとなると、おそらく信長は半分来られればいい方。たぶんお盆休み期間だけ。

あくまでも子供たちを全員連れて出る前提だし、子供たちと同じように大人が全員夏休みなわけじゃないし、ひとまずおばあちゃんはかかりつけ医の都合や長時間の移動が負担かもしれないから残留になった。ということは、今おばあちゃんのケアをメインでやってくれてるユタもお盆休み期間のみ。

お盆休みの詳細についてはまだ決まってないらしいけど、仕事のあるじいじと信長とユタとお兄ちゃんは基本的に残留。当然だぁも残る。お盆休みに入って誰かが来ても、神奈川の家を空っぽには出来ないので、今度は誰かが帰ることになるらしい。全員は揃わない。

だけど私は向こうに行きっぱなし。それぞれ都合に合わせて来る予定にはなってるけど、実はフル滞在の大人は私とゆかりんとエンジュだけ。そう思うと、信長と離れてしまうのがちょっと怖くなった。

「寂しい?」
「男がエンジュとみこっさんだけ、ていうのはやっぱり怖いよ」
「オレがいなくて寂しい?」
「カズサを取り押さえられる人が少ないのも不安だし」
寂しい?」
「しつこいな」

真面目な顔をして言うならともかく、アヒル口でニヤニヤしながら言われてもキュンと来ませんが。

「あのね、私、あなたに寄りかかって生きてるつもりはないんだけど、こんな大家族で子供3人以外は厳密には全員他人で、その中で一番信頼してるのが夫なの。何かあったときは一番に相談したいし、ふたりで考えて決めていきたいし、それが電話越しでしか出来ないというのは不安なの」

信長はあんまり「察する」タイプじゃないので、ちゃんと伝えたいことは具体的に言わないとダメ。なのできちんと伝わったらしい夫くんは照れた顔をしてぎゅーっと抱きついてきた。最近肉体労働してるので、現役時代とは違った逞しさの腕がちょっと心地良い。

「ごめん、寂しいのはオレ」
「浮気したら追い出すからね」
「するわけないでしょ、そんなこと」

それは疑ってない。スイッチが入ったのかとろりとした目をして顔を近づけてきた夫は割と普段からこんなもんなので、お互いそういう心配はしてない。というかもし信長が浮気なんかしたら本当にこの家から追い出されると思うし、エンジュが「じゃあ今度はオレと結婚しよ!」って言い出す。

でもそういう不安を押しても、なんとかしてカズサを連れ出したい。もっとみんなとよく話し合わないとなと思いながら目を閉じてキス……しそうなところだったんだけど、テーブルの上のタブレットが鳴ったので寸止め。見るとなんとユリィからで、私たちは思わず声を上げた。

そう遅い時間じゃないけど子供たちはみんな寝てるし、私と信長はタブレットを掴んで部屋を出ると、ウサコを連れ出してお兄ちゃんの書斎兼頼朝ウサコ収納部屋に入った。たぶんここって将来的にはコハルの部屋になるんだろうなあ。

「わー、さんウサコさん久しぶり! あっ、信長さんもいた」
「久しぶり! どうしたの突然」
「東京も感染者数が増えてるって聞いたから、ちょっと心配になって。今大丈夫ですか」

挨拶を返しつつも、私たちはこの子がまだ中学1年生くらいなのだということを忘れそうになってた。するとユリィは、セイラちゃんも待機してるのでグループ通話でもいいかと聞いてきた。もちろんOKだけど、そういえばセイラちゃんは深刻な状態になりつつある欧州で病院勤務なのだと思い出して、私とウサコは思わず手を取り合った。

と、ちょっと体の真ん中が冷たくなる思いをしていたというのに――

「久しぶりー! みんな生きてるー!? おばあちゃん死んでない!?」

セイラちゃんはパンデミックでもセイラちゃんだった。

というかそもそもセイラちゃんは外科医だし、現在の勤め先は広い敷地内で外科病棟が独立しているらしく、今のところは逼迫した状態ではない、とあまり深刻そうには見えなかった。セイラちゃんなので私たちを怖がらせないように気丈に振る舞って……という気遣いではないと思う。

「それよりも夫の飯がマズくてもううんざり」
「夫くんが毎日ご飯作ってるの?」
「だってあいつ仕事もないし、大学も閉鎖してるし、家事くらいしかやることないじゃん」

そこで私とウサコははたと止まった。なんでセイラちゃんとユリィが別々にグループ通話になってるんだ? というか学校が閉鎖されてるのはユリィも同じなんだから、ユリィが料理をやらされていてもおかしくないのに――と思ったので聞いてみたら、

「それが実は、私とスイとおばあちゃん、疎開してるの」
「えっ、疎開?」

スイってのはセイラちゃんの子供の名前。ユリィが数ヶ月悩んだ挙げ句に絞り出した名前で、漢字では「彗」と書く。画数の多い漢字だけど、セイラちゃんは星羅だしユリィはガガーリンだし、宇宙繋がりは譲れなかった模様。けどスイはまだハイハイしてるかしてないかという頃で……

「まあそもそもセイラは産休の間もほとんど育児してないしね」
「何言ってんだ、お前が抱っこして離さなかったからだろ! 父親にやらせたかったのに」
「おばあちゃんがあいつには抱かすなって言うからだよ!」

タブレットのこちら側で私たちは声を殺して笑った。セイラちゃんの子が女の子だったので、夫くんは女4人に囲まれてますます肩身が狭く、しかし相変わらず何も出来ない役立たずのようで、実の母であるおばあちゃんにも邪険にされているらしい。おばあちゃんつよい。

というわけでスイを連れたユリィとおばあちゃんは、おばあちゃんの親戚だという郊外にある酪農農場に身を寄せているらしい。今うちが準備しているあのお家のように、隣の家が見えないような場所だと言って、ユリィは幸せそうに目を細めた。そんな顔するようになったんだね、ユリィ……

「私はまた世界が変わったよ。こんな広い自然の中で暮らすのは初めてで、最先端の都会で最先端の勉強をしなくちゃダメだと思ってたけど、この家にいる方が宇宙がすぐ近くにある感じがするんだ。あんなにたくさんの星が目に見えるなんて、ここに来るまで知らなかった」

我が家に突然訪ねてきた頃の彼女とはまるで別人みたい。私が中1の頃なんて毎日ダラダラ生きてた気がするけど、ユリィの世界は目まぐるしく変わり続けてる。

「しかもこの辺は昔から宇宙人がよく来るっていう都市伝説があるんだって」
……だからあいつ疎開を嫌がったんだな」
「バカだなあ。チーズめちゃくちゃ美味しいのに〜」
「あああちくしょう、そっち行きたいよー!」
「チーズもバターもヨーグルトも美味しくて星空もきれいで毎日楽しい!」
「生焼けのパンケーキと甘すぎる卵と真っ黒なベーコンはもう嫌だあああ」

私たちはまた声を立てないようにして笑った。何でも全力投球でよく働いて抜かりもなく、自分の人生を完全に掌握していたはずのセイラちゃんが何ひとつ満足にできない夫くんのマズい料理に翻弄されているのは新鮮で本当に面白い。これはこれでいいカップルなんじゃないかなあ。

ユリィはお互い近況報告、くらいに考えてたと思うけど、やっぱりセイラちゃんはウサコとコハルを案じてて、嬉しそうにうっとりしたウサコから「頼朝備蓄」の話を聞くとずいぶんホッとしたみたいだった。マスクの備蓄があってもフラフラと出歩いてたら意味ないだろうけど、お兄ちゃんみたいな厳格な夫の存在が今は安心出来るよね。

ユリィがひょいと抱えあげて見せてくれたスイはもうむちむちの可愛い盛りで、私たちは揃ってキャーキャー言ってしまった。セイラちゃんにはあんまり似ていない。そしたら私たちは初めてお目にかかる「おばあちゃん」がひょいと顔を出した。

これは確かにユリィが言うように「おばあちゃん」ではない…! 茶と金の中間くらいの長い髪をざっくりとまとめ上げて、ワインみたいな深い色の口紅をつけた彼女はまさか孫がいるような女性には見えなくて、つい言葉が出なかった。んだけど、

「こんにちは、ウサコ! ! ノブナゲ!」

大爆笑。ユリィにツッコミくらったおばあちゃんも爆笑。ていうか顔見るなり誰が誰なのか把握できちゃってるじゃん。私とウサコとノブナゲはユリィとセイラちゃんに訳してもらいながら挨拶をして、いつか会いましょうねと手を振り合った。見ただけでわかる。この人絶対うちに合う。

「いやほんとマジで日本帰る時はあいつ置いてくわ」
「そんなこと言っていいの? 寂しくて泣いちゃうんじゃないの」
「泣かしときゃいいって。どうせ一緒にいたって泣いてんだから」

いつもの調子で顔をしかめたセイラちゃんだったけど、最近のウサコはちょっと違うのよ。

「寂しくて泣いちゃうのはセイラちゃんだよ」
「は!?!?」

だけどセイラちゃんの顔は見る間に赤くなっていって、ウサコあんたいつの間にそんなこと言うようになったのと狼狽えている。セイラちゃんも結婚してからずいぶん変わったらしい。つわりが始まって以降睡眠時間が長くなって、ショートスリーパー体質が消滅。以前ほどジャンクフードに惹かれなくなり、フルーツや肉や魚が好きになってしまったのだそう。

だからちょっとふっくらしたセイラちゃんの赤い頬はとても可愛くて、ウサコが突っついたとおり、実は夫くんとふたり、仲良くやってるのは間違いないみたい。

「じゃあ日本に帰る時は私たちだけで行くね!」
「ユリィてめえ」
「そっちは新婚旅行でも行ってれば? 日本では熱海に行くんでしょ? 宮崎だっけ?」
「ユリィ、それ相当昔の流行だから。私たち誰も生まれてない頃だから」

確か最初はお互い感染症が蔓延する中で無事ですか、というグループ通話だったはずなのに、いつの間にか誰にも制御できない地球外生命体だったはずのセイラちゃんをイジって突っつき回すだけになってしまった。いや〜楽しい〜!

「そろそろ夕食の準備を始めるから、みんなまたね」
「夕食って何食うんだよ〜」
「石窯でパンを焼いて、採りたて野菜をチーズフォンデュだけど」
「ちくしょうこれから夜勤だよのご飯食べたいよ〜」

グズるセイラちゃんには構わず、ユリィはスイの腕を掴んでバイバイさせるとさっさと通話から外れてしまった。ほんとにここんちの母娘はドライだけど似た者同士でいい関係だよね。セイラちゃんも出勤の時間が迫っているとかで、他のみんなによろしくとだけ言い残してさっさと消えてしまった。

相変わらずセイラちゃんとユリィは私たちにとって地球外生命体だ。日毎に馴染んでいくマヒロとカナタはもうすっかり人間だけど、彼女たちと話していると上下左右がわからない宇宙空間に放り出されたみたいな気持ちになってしまう。

いつかスイに会うのも楽しみだな。セイラちゃんの子でユリィが育てたなら、あの子もきっと宇宙人に違いない。カズサが最近ビビってる宇宙人襲来って、きっとこの母娘のことなんじゃないかな。

じゃあそれに備えて戦闘準備……じゃなくて毎日頑張らないとね!

10. 夫婦閑居して睦み合う

あたしヨミ! 犬だよ。前はみんなが集まる部屋にあるあたしのお家で寝てたんだけど、最近はほとんどパパとママと一緒に寝てるの。カズサとアマナとツグミも一緒だけど、あの子たちはたまにいなくなったりするし、その代わりに新入りのユタが寝てたりするけど、あたしはパパとママの足元で寝たり、ソファで寝たりしてる。

さっき慌ててお部屋を出ていったパパとママは、戻ってくるとにこにこ笑いながら何か飲み始めた。今日のは薄いみたいだけどたぶんお酒だ。ちょっと甘い匂いがする。ふたりが楽しそうだからあたしも混ぜて〜って行ってみたら、いっぱい撫でてくれて、ちょっとだけおやつもくれた。

「あ〜ダメだ〜ノブナゲがまだじわる〜」
「しかも、いかにも外国の人が喋ってますって音だったからなあ」

カズサたちが寝てるからパパとママは小さな声で喋りながら、口を押さえて笑ってる。そんなに楽しいことあったの? そのうちパパがママにべたーっとくっつき始めた。パパもママのこと好きかもしれないけど、あたしだって好きなんだからね。

「それにしてもセイラちゃんがあんな頬染めて照れるとはな」
「一応新婚さんだしね。ふたりっきりの時間があってよかったのかもしれないよ」
……オレたちもさ、こんなにずっと家にいて一緒なの初めてじゃないか」
「引退してからも出張減らなかったもんね」

ママがくっついてくるパパをダメーってやる時はあたしが入っていってもいいんだけど、でもママがそういう風にしない時は、あたしは入れてもらえない。ママもあたしの方は見ない。だけどもう少しここでお座りしてたらおいでって言ってくれるかな。ちょっと待ってみる。

「今はそんなに忙しくないし……〜また子供出来ちゃったらどうしよう〜!」
「そしたらとりあえずもう二度と新しい腕時計は買えないね」
「アーッ!」

ママはまた口を押さえて笑ってる。どうやら今晩はおいでって言ってくれないみたい。

でもいいの。ふたりは楽しそうだし、こういう時のママは尻尾があったらきっとずっと振りっぱなしなんだろうなって思うくらい嬉しそうだから、あたしは我慢してあげる。ていうかパパに貸してあげる。パパも尻尾あったらブンブン音がするくらい振ってるんだろうなあ。すごく嬉しそう。

あたしもママにチューしたいけどパパに貸してあげる。でもちゃんと返してよね!

11. いつも月夜に愛しものたち

どうも、エンジュです。夏休みです。毎年大変だけど今年はちょっと特別。

そりゃ、寿里とアマナは手がかからないし、マヒロとカナタもみこっさんがいればとても大人しい。でもカズサが子供5人分くらい暴れるからむしろマイナスだと思う。ていうかあの子まだ小学校低学年だっていうのに何あの力の強さと体力……

「別荘」の準備がなんとか間に合って、さあ出発! と、ここまではよかった。このところ遊びに出かけられていなかった子供たちは全員喜んだし、実際自然いっぱいの大きな別荘は「トトロのお風呂」やのおじいちゃん・ブンじいがいとこと一緒に作ってくれたブランコがあったりで、カズサも含めて全員が一瞬で別荘に夢中になった。犬たちも楽しそう。

我々は神奈川から県外に移動してきたわけなので、もう予めブンじいに仲介してもらいつつ、周囲の住民の方や役所にも「接触を避けるため誰も来ないでほしい、こちらも出かけない、どうしても不足したものがあればブンじいに届けてもらって彼とも接触しない」という旨を連絡しておいた。

なのでまあ最初の移動時の荷物の多さときたら。ブンじいが伝手をあたってくれて廃棄予定のものが手に入ったので、別荘には家庭用大型冷蔵庫が3つと冷凍庫が2つある。けど、それが満杯になった。いや、ちょっと入らなかった。初日の分をよけてギリギリだった。

だって大人だってこんなのんびり出来る別荘、お酒飲んだりしたいじゃんねー!

信長とユタとだぁ、たまにじいじとうちの職人さんたちが頑張ってくれたおかげで、ブンじいのいとこが住んでいた古民家は安全に過ごせる家になった。頼朝さんは「今年の夏休みに間に合わせるの優先」だと言って、古いものを取り替えて新しくきれいにするような手入れは全部後回し。セキュリティとネットワークを万全にすることと、建物を危険がない状態にだけして今年は終わり。

どうせ買うなら毎年利用するようになるだろうし、美しくしていくのはこれから少しずつやっていけばいい。とにかく今年の夏休みのカズサ対策さえ間に合えばいい! という頼朝さんの決定には全員賛成。カズサってどんだけモンスターなんだろうな。

というわけでみんな別荘に喜んでたんだけど、カズサが……。大人はオレととみこっさん、ゆかりん、ウサコ、ぶーちんとナギサも来てくれてたけど、日中のカズサから最低でもひとりは目を離せないので、けっこう大変だった。目が離せないどころか、隙あらば走り出すカズサを追いかけて捕獲できる人じゃないとダメ。オレかみこっさんか、出来てもかナギサくらいなので……

その上、別荘に行ったらすぐブンじいに会えると思ってたのに、滞在途中に神奈川からの出入りがあることや滞在期間の都合で、近づいて喋ったり一緒に遊んだりもダメと宣告を食らったので不貞腐れたカズサは余計に言うこと聞かない。によれば前に来た時にショッピングモールでとんかつをたらふくご馳走してもらったそうで、また自分だけブンじいに特別待遇を受けられるかも、と謎の期待をしてしまっていたらしい。じいじと周囲のおじさんたちの長男様扱いがまだ抜けてないんだよなあ……

だけどそれを除けば別荘は居心地がよくて、オレとみこっさんは仕事もあったけど、たちと協力して子供たちを安全に遊ばせられることで、感染症の不安を少し忘れることも出来た。

それに、信長から聞いてはいたけど、星空のきれいさ! 初日、子供たちが寝て初めてやっと空を見上げたオレたちは全員揃って「うわー!」って言ってしまった。オレはごく小さい頃に何度か家族旅行をしたくらいの経験しかないので、こんな見事な星空を見たのは初めてだった。

そりゃあ、酒、飲みますよね。

ウサコがノンアルを引き受けてくれたので、オレたちも初日はたっぷり飲んで、気持ちよく酔っ払ってぐっすり寝た。一週間くらいしたら今度は信長とユタが来るし、そしたらまたみんなで星を見ながら飲みたいな〜。今年は頼朝さんここに泊まらないんだけど、もったいないよな〜!

毎日大変だったけど別荘計画は無事に完遂、まだ不安な日々は続くだろうし、来年の夏を待たずにここを訪れることもあるかもしれない。でもそれがとても楽しみになった。少しずつ手を加えて家を作り変えていく楽しみもある。もっと気軽に素早く検査ができるようになればブンじいにも会えるはずだ。

エンジュはちょっとおかしいわよ、てゆかりんは言うけど、オレはやっぱりこの家が大好きだ。ユタは仕事に戻れたらちゃんと出ていくと言うけど、近所に住めばいいのにと思う。不安はあるし、大家族がゆえに我慢しなきゃいけないこともあるけど、みんなと一緒にいられるのは本当に心強い。

そんな思いでいっぱいになって神奈川に戻ったら、なんと庭に流しそうめん台と、プールが出来てた。また全員大歓声。まあプールはテントを張ってビニールのものを枠で囲っただけの簡易的なものだけど、オレたちが不在の間にじいじがノリノリで作ったらしい。

まあその、別荘滞在中にカズサの宿題を終わらせることが出来なかったので、それをどうにかしなきゃならない問題は残ってるけど、正直プールはオレも入りたい。

「ねえねえ、夜にお酒用意して入ったり出来ないかな」
「お前セレブっぽいパーリィとか好きだよな〜」
「そしたら明かりを用意しないと」
「ほらほらはいいってよ〜」
「別にダメとは言ってないだろ」

そうめん台とプールをやろうと言い出したのはじいじだけど、子供たちがいないので暇だった信長たちも一緒に作ったらしい。ので、オレとに両側から絶賛された信長はツンなこと言いながら嬉しそう。これは3人で飲みながらプール浸かるとかやるしかないと思うんだよね。

ああやばい、楽しみ。オレにとってはこういう日々が何より幸せなんだよね。

だからまた毎日頑張ろう! そんな日々を守るために。

END