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の過去49回に及ぶ「告白」のうち、特に高校に入ってからのものは、そのほとんどが消化試合で真剣味に欠けるパターンが多かった。もちろん三井が真剣に取り合わないせいもあるし、も元々三井に対してはおどけることが多かったから。

いつもこんな風だっただろうか、が胸の前で組んでいる手は緊張のせいか真っ白だ。確かに声色はいつもので、淡々としつつもらしい明るい声だったけれど、目はもう潤んでいなかったし、ただふざけているだけの告白ではなかった。

「私が中学入った時には既にバスケ部のアイドルエースで、そりゃもう夢中になりました。先輩超かっこよかったんですよ。いや、今もかっこいいですけどね? でもあの頃の先輩ってこう、女子がハートを鷲掴みされるオーラっていうか、今よりも王子様っぽさがありまして」

それにも自覚がある。自分はそういう人間なんだろうと思っていたし、当時彼の周りを取り巻いていた友人たちですら「テレビで見るアイドルより三っちゃんの方がかっこいい」と褒めそやしていたから。

「もう周りはライバルだらけ、仲のいい友達は全員先輩のこと好きでした。だからその中で目立とうと思ったら、変な子になるしかなかったし、それって逆効果だってことはわかってたんですけど、でも先輩は上目遣いの媚び媚び女に手を出したりしなかったから、もうこれでいこうって。しかもスカウト全部断って湘北行くとか、これはアニメ声出す練習するよりも粘るしかないって、思って」

上目遣いの媚び媚び女に手を出さなかったのは、彼女たちが自分のバスケット漬け生活に付き合ってくれるとは思えなかったからだ。私はバスケットの次でいいの、なんて言ってくれそうには見えなかった。当時の三井にはそれだけバスケットが大事だった。

「それが告白50回の真相です。でもそれは手段であって、これでも一応、先輩のことは、心から、真剣に誰よりも好きでした。アイドルエースのバスケ選手でも、ヤンキーでも、なんでも、いつでも、思い出すだけで泣きたくなるくらい、先輩を好きなことは、私の全てでした」

でした――過去形。三井の耳にその語尾が繰り返される。

やっぱり真剣味はそれほど感じられなかったけれど、過去49回の告白の中に、これほどの愛の言葉はなかった。いつでもは「せんぱ〜い! ちゅき〜!」とかそんなふざけた言い方しかしてこなかったから。だからこそ真剣にあしらう気にもならなかったわけだが……

「ねえ先輩」
「えっ」
「50回も告られ続けて全部断った、って自慢出来ると思うんですよ」
「自慢?」
「お前彼女いんの? いえ、いらねっす、自分バスケ1番なんで。全部断ってやりました」

唐突に始まるの一人芝居はいつものおふざけだったけれど、三井は笑ってやれなくて眉をひそめた。それって自慢になるのか? 50回告白してきた鬱陶しい勘違い女がいて、50回ふざけんなって言い続けてやっと離れられましたよ。あんな女、マジ勘弁す。そんな風に言うのか?

「50回ですよ50回。50人切りの方がかっこいいかもしれないことは内緒ですけど」
――
「あー、バレンタインのチョコがひとつ減るのは勘弁してくださいね」

「大丈夫、先輩ならもっと――はい?」

口を挟まれたは大袈裟な身振り手振りを止めると、背筋を伸ばして止まった。

「これで、諦めるのか」
「まあ、そうですねえ。もう先輩に会うチャンスもないでしょうし」
「50回、続けてきたのに、ここでやめるのか」
「あのねえ先輩、割とひどいこと言ってるってわかってます?」

は腰に手を当てて呆れた目をしながら、「諦めちゃいけないのは先輩の方でしょう」と言って鼻で笑った。そう、三井は「諦めない男」のはずだった。そう自分に言い聞かせる意味も込めて、この夏は何度もそう口にしてきた。

だから、過去が過去になっていくことも、諦めなくていいのだ。抗う理由が自分にはある。

、諦めるな」
「だから――
「高校と大学に分かれても進路が違っても、諦めるな」
「先輩、あのねえ」
「オレのこと好きって、言い続けろよ」
……ひどくないですか、それ」

それまで淡々とした姿勢を崩さなかっただが、とうとう肩を落として目をそらした。三井は一歩足を進めると、だらりと垂れ下がるの手を取ってぎゅっと引く。途端には目を真ん丸にして身を固くした。

「お前が告白しに来なくなるのも、お前の『好き』が聞けなくなるのも、嫌だ」
「そんな……
「お前がオレを諦めて、忘れて、お前の過去にされるのも嫌だ」

そうして三井は混乱激しいをそっと抱き寄せると、声を潜める。

……まだ、お前の『全て』でいたいんだよ。過去形になりたくない」
「だけど、だって」
、頼むから、オレを好きなことを諦めないでくれ」

そして三井は静かに深く息を吸い込むと、一瞬止めてからゆっくりと言う。心はもう決まった。

「オレ、後輩を50回振ったことより、彼女が50回告白してくれたことを自慢したいから」
「せ、先輩……?」
「お前が本気だって、思ってなかっ――て、お、おい、泣くなよ」
「な、泣いてないし、全部全部本気だったし、なんで、いまさら」
……お前は絶対諦めないんだろうなって、勝手に思ってたんだよ」

48回告白されて、そのたびに雑にあしらって振ってきたのは自分だったはずなのに、50回目にしてに捨てられる気がしたのだ。いつでもどんな時でもは自分を全力で愛してくれるものだとばかり思っていたけれど、こんなに簡単に捨てられてしまうのかと思ったら、急に独占欲が疼いてきた。

に愛されるのも好きって何度も言われるのも、オレだけがいい」
「そんなの、今だけなんじゃ」
「うるさいな。オレは諦めないんだよ。お前に愛されたいと思うことを諦めない。そう決めたんだよ」
「屁理屈でしょそんなの。私ばっかり好きで、私ばっかり愛するなんて」
「そんなことないから」
「先輩が私のこと一瞬でも好きだなと思ったことなんかなかったくせに!」
「んなことねえよ、あるって」
「いつ!」
「今!」
「はあ!?」

が腕の中でじたばたと暴れるので身を引いた三井は、ちらりと見下ろすとブハッと吹き出した。ちょっと泣いたせいで赤い目をしたは、頬やら耳やら真っ赤だった。じわじわと愛おしさが膨らむ。ふざけて「ちゅき〜!」とか言ってたくせに、何真っ赤になってんだよ、可愛いじゃん。

過去49回のほとんどをふざけてきたが頬を赤らめて動揺している様は、可愛いだけでなくていたずら心をくすぐられる。どうでもいいツッコミばかりで可愛げのない女だと思ってたけど、それがひたむきな思いを隠すためのカモフラージュだとわかったら余計に。

三井は照れて何やらゴニョゴニョと文句を言っているの頬に手を滑らせる。途端には「ヘアッ」と間抜けな声を上げて身を縮め、さらに顔を赤くした。

「お前、オレのこと好きすぎるだろ」
「だからそう言ってるじゃないですか、50回も!」
「そうだよな、そうだったよな」
「もうほんとに意味分かんないし、なんか丸め込まれてる気がするし、なのに嬉しい自分が悔しい」

イーッと唸りながら顔を擦るを三井は笑いながら引き寄せると、そっと顔を近づけた。

……オレも、好きだから」
……信じられない」
「嘘じゃねえよ」
「じゃあ、先輩も50回好きって言ってください。そしたら付き合います」

プイとそらしたの真っ赤な顔を指一本で戻すと、三井は有無を言わさずに唇を押し付けた。

「そんなの今日中にクリアだな」
「ちゃ、ちゃんと本気で言わなきゃだめですよ!」
「お前は49回ほとんどふざけてたくせに」
「しょうがないじゃないですか! 恥ずかしいんだから!」

確かにこれまでのことを可愛いとか好きだなと思ったことはなかったけれど、今目の前で照れまくってオロオロしている女の子が自分の彼女だと思うと、やっぱり嬉しかった。ありえねえと思ってたけど、これはこれで想像以上に可愛い。

というか自分が真剣に相手をすればするほどは狼狽える。これは面白い。

、好きだよ……
「やめてー!!!」
「あと48回な。、大好き」
「いや、ちょ、ほんとごめんなさい、無理、死ぬ」
「おい、逃げんな。あと47回! 好きだって言ってんだろ、ほらこっち向け」
「アーアー聞こえなーい!!!」
「うるせーな、ちゃんと聞かねえとチューすんぞ!」

また暴れるを押さえつけて三井はまたそっとキスをする。の唇は固く引き結ばれていて素直ではなかったけれど、いつしか彼女の手は三井の服の裾をギュッと掴んでいて、文句を言いながらもこれまでと変わらずに「先輩大好き」と言っているも同然だ。

……自分で言ったんだからな。あと46回、全部ちゃんと聞けよ」

5年間50回分のへ、ありったけの気持ちを込めて。

「ありがとう、