それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 036 / セントラクライシス10:00

「さーて、どうすっかなあ」
「ラグナくん、そんな事言ってる余裕はなさそうだよ」

ニーダを引き連れてクレイマー夫妻と面会してきたラグナは、執務室に戻るなりそう言いながら机に突っ伏した。ニーダを一旦ホテルへと帰したはいいが、そんなにゆっくりもしていられない状況に少し疲れているらしい。

「おお、そういやサイファーどうしたよ」
…………今は自宅にいると思うが」
「なんだよその間は」
「彼も苦しいんだよ」

ラグナがクレイマー夫妻と面会している間、サイファーはキロスとずっと話をしていた。本来ならばラグナの所へ飛んできたかったのだろうが、保留とはいえラグナの部下を自認するならそこは耐えねばならない。

「どうするラグナくん。時間はあまりないぞ」
「そんな事言ったってよ、ちゃんの居場所わかったのかよ」
「いや、確かな事は。ただ、バラムに派遣した者の報告が遅れてる」
「どういうことだ?」
「何かあったのかもしれない」

キロスにしても、自分自身が動けない以上手に入る情報には限りがある。それらをまとめて推測で片付けてしまえるほど彼の立場は簡単なものではない。

「ところで、クレイマー夫妻は何と?」
「ああ、あのシェルター、どこかから買い付けてきたのはシドさんじゃねえらしい」
「では誰が」
「出資者だったノーグとかいうヤツらしいんだが、今はもう……
「亡くなられたのかい?」
「んにゃ……シュミ族らしくてな、その、スコールがよ」

まるで自分の責任のように眉を下げながら、ラグナはノーグが今となっては元の姿をとどめていない事をキロスに説明した。だが、ノーグの今などこの状況においては何の意味も持たない。

「2人ともな、すげえ悲しそうだった。当たり前なのかもしんねえけど、スコールに用意されたバラムの家で毎日辛いって言ってた。そりゃそうだよなあ。なんとかならねえかなあ……

それは、ラグナが室内にいながらにして遠くを見つめて呟いてから、一週間後の事。

各地に飛んでいたエスタ軍の諜報部の者が一斉に帰国した。ラグナはおろか、誰も呼び戻したりはしなかったのだが、示し合わせたように全員が帰還してきたのだ。

「どういうことだあ?」

再び首を捻るラグナの前でキロスは、かつてないほどに険しい顔をした。

「ラグナくん、決断だ」

キロスが受け取った報告の文書には、各諜報部員の報告がずらりと並ぶ。そして、そこには全て同じ情報が羅列している。

――FHよりセントラ方面へ向かうを確認という情報あり。全軍出動

……全軍? どこもか? ウチ以外全部か?」
「そうだ、ラグナくん。彼女1人の為に世界中の軍が出た」
……なあキロス」

机に座ったままのラグナは両手を組み合わせ、そこに顔を埋めた。

「オレは大統領で、大統領ってのは国の……このエスタを守らなきゃいけないってことくらい判ってる。だから、ここでちゃんを救出するためにみんなでセントラ行くのはたぶん、すっげえ危ない事だよな? ちゃん助けるどころか、エスタまで潰しちまうような、そういうバカな事だよな? そんなの判ってる。けど、けどな」

きっと心の中では何をしたいのか決まってしまっているラグナの苦悩は、キロスにも手に取るように判る。ラグナだからこそ、こんな風に悩み、苦しんでいる事もよく判っている。それはドアの傍らで俯きながら話を聞いているウォードにしても同じだろう。

そう、きっと、彼ら以上にラグナの苦悩を感じ取れる者など、いない。

「ラグナくん。1つ、聞いてもいいかな?」
「な、なんだよ」

キロスはエスタの制服に含まれる帽子を取って、屈み込んだ。どうしようもなくて、でもどうにかしたくてあがくラグナにそっと囁きかけた。

「世論の前に、君の覚悟はどうなんだ?」

弾かれたように顔を上げるラグナの前で、キロスは身に纏う制服をはらりと脱ぎ捨てる。ゆったりと羽織る程度のエスタの装束が取り払われてしまうと、そこにはキロス以外の何者も身に付けはしないであろう華麗な服装。

そして手にしたエスタ伝統の民族衣装を投げ捨てた。

「私は私として思っている事を言おう。だから君にもそれを望む」

ウォードもそれに倣い、大きな身体を包む装束を脱ぎ捨てた。そして、困ったような顔で見上げているラグナに向かって、人差し指で首をなぞって見せた。

「ああ、そうだな、ウォード。ここエスタは、君の声を奪った国だ」
……………………
「だから何なんだよ、わかんねえよ」

いっそ泣き出しそうなラグナに、キロスは1つため息をつく。そして言い放つ。

「自国惜しさに少女1人見殺しにするのは君の意思かと聞いているんだ!」
「な、なんだよ、じゃあどうすりゃいいんだよ。オレが軍だして後でエスタが攻撃されでもしたら悲しむのはここの人達だぞ!そのくらいお前わかるだろ!」
「いいかいラグナくん。さっきも言ったようにここエスタはウォードの声を奪い、君の身体中の骨をばらっばらにした国だ。だが我々はいまその国を守る立場にある。

判らないか?国がどこだとか、そんなもの、我々には意味のない事だと判らないか?

エスタだけでなく、どこであろうと等しく考えられないのか?今出動していく各国の軍の中にはと同じようなガーデン出の若者が大勢いる事が判らないか!?彼らも等しく助けてやりたいと思っている私は間違っているか!?

何のための権力だ!」
「そんな事わかってる!オレだってそうしたいさ!」
「ラグナくん。君はエスタに眠る力を見くびっているんじゃないのか?」

普段なら穏やかなキロスが声を荒げたのは、ほんの一瞬だった。また元のように静かに佇まいを直すと、咳払いをして腕を組んだ。

「君がここにいながらにしてセントラへ行く方法がないとでも?」
……おい、完成したのか?」
「ふふふ、ちょっとばかりオダイン博士の尻を突付いただけだよ」

何やら言い含めたキロスだったが、ラグナは腹を決めた。

彼は彼なりに毎日色々考えては苦悩して来たのだが、元々計画性がない事においては折り紙つきなのを彼はよく知っている。そんな時にいつも手を貸してくれるのがキロスとウォードだった事を忘れていたわけではない。だが、頼ってはいけないと誰かに言われているような気がして、素直に頼ろうとしなかった。

自分は大統領なのだから、と。

だが、実際彼1人ではどうにもならない事もよく判っている。だからいつも自分の立場を「飾りみたいなもの」と言うのではなかったのかと、今更ながらに気付いたようだった。

「じゃ、任せていいんだな?」
「まあ、出来る限りの事をするつもりだよ、私は」

キロスは久しく見なかった派手な服装に身を包み、朗らかに笑ってみせる。まるで3人で世界中を旅したあの頃のように少しだけ偉そうに、ほんの少しは嘲笑も混ざったような微笑を。ウォードはその横で早くもストレッチを始めている。

「さあて。んじゃ、サイファー呼んで来いよ。あと、ニーダもだ。みんなで行こう!」

その声を後に、キロスとウォードは執務室から飛び出した。