それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 035 / 明日という日がなくても

私は今、小さな水上艇に乗ってセントラを目指している。

この水上艇はFHで借りたもの。借りたと言っても、手元に残ってた残金あるだけ掴ませて借りたんだから、まあ、買ったようなものかもしれないけどね。

それにしても、ドールに入るのがあんなに簡単だったなんて、ちょっと意外だった。バラムを出る前に色々拝借してきたせいもあるけど、ドールの、ゼルの家に寄って「セントラの指先」を取り戻してくるのになんのトラブルもなかった。うまく行き過ぎて逆に心配になるくらいスムーズに事が片付いてしまった。

でも、何かが起こる時って言うのはこういうものなのかもしれない。途中で何らかのアクシデントがあって、それが阻まれたり事が露見したりすれば計画は狂うものよね。だけど、そういう邪魔が入らないから何かが起こってしまう。そういうもんじゃない?

つまり、私はさっさとバラムを抜け出してスコールに追いつかれる事もなく無事ドールへ入り、FHまで行って水上艇を借りた。セントラへ向かうために。

正直、こんな事思っていようが誰かに言おうが、信じてもらえるとは思っていない。

だけどね、私、ニーダもサイファーもゼルもスコールも、みんな大好きだった。あれだけ憎らしく思った全てもセントラに向かって海上を走っていると、なんでもないように思えてくる。いまさらだけど、好きだったなぁ、って思う。

もちろんセルフィやキスティスやアーヴァインも大好き。本当に大好き。

こんな風に潮風を浴びてると、毒気も抜けちゃうものなんだね。あの時あんなに憎かった全ては私を取り巻く状況であって、決して彼らではなかったんだと思う。だって……ねぇ、ガーデンて、すごく楽しい所だったのよ。辛い事ももちろんあるけど、それでもそんなものどうでもよくなるくらい楽しかったの。

そこで一緒に過ごした人達を嫌いになんてなれないよ。

だから、大好き。感謝もしてるし、申し訳なくも思う。みんながいつでもニコニコしていてくれるんならそれでいい。私はその中にいない事が大前提だけどさ、それでいいんだ、私は。

そう、始めっから私はみんなの中にいちゃいけなかった。

年少クラスにいた頃、優しい顔をした先生はよく私達に言ったものだった。あなたたちはみーんなおんなじで、びょうどうなのよ、と。びょうどうってなあに、って聞く私達に、先生は言う。誰かが特別なんじゃなくて、誰かだけがいい子なんじゃなくて、みんな同じなのよ、みーんな同じなのよ、って。

今この時に同じ事を誰かに言われたら、私は鼻で笑うと思う。いっそ嫌味なくらいフンて鼻を鳴らして、わざといやな目つきをして、笑うと思う。

だって、平等なんて命とか時間くらいなものよ。

確かに地上に存在する生命は等しく価値のあるもので、それに優劣なんてないけど、人間そんな簡単なものじゃない事くらいちょっと生きてみれば子供だってわかる事よ。

絵を描くのが上手な人は絵描きになる。歌うのが上手な人は歌手になる。ねぇ、こんな当たり前の事、なんで拒否しようとするの?歌が上手くなくたって、努力すればなれるかもしれないなんて、どうして甘い夢を見させるの?

私は子供だったから、それを素直に信じちゃったじゃない。どうしてくれるのよ。

だけど私を含めてみんな出来る事と出来ない事があって、得意なものも苦手なものも違うよね?そう、例えば私は基礎行動って授業でさんざん苦労したけど、あんなものみんなには何ともなかったみたいだし。

役割……ってものがあるのよ、私達人間にもね。それは誰が何をやってもいいなんていい加減な事じゃ困るのよ。だってそうでしょ?大昔から力の強い男が狩りに出かけて、力の弱い女は家の仕事をしたでしょ?

それと同じなのよねえ、私も。

ガーデンの中にいて、常に高みを目指すSEED候補生の中にいて、みんながみんな同じって事なんて、あるわけないじゃない。おかしくてホント、笑えてくるよね。成績がいい人もいれば悪い人もいるし。キスティスみたいに優秀の権化みたいな人もいれば……その逆も、ね。

だから、ニーダと付き合ってたからって、セルフィ達とあんな風に仲良くしちゃ、いけなかったんだよ。そうやって私はまた甘い夢を見ちゃった。

遅れたけどさ、SEEDにもなれて、ってことは私もセルフィ達と同じになれた、って思っちゃったんだよね。知ってる? SEEDになるとね、みんなそんなような事を一度は口にするのよ。なんとか先輩と同じSEEDになれた、とか何とか。

何が同じなんだろうね。ホント、笑っちゃう。

だからね、あの時……誰が言い出したのか知らないけど、スコール達の功績を称えて石碑を作ろうって話が持ち上がったの。ガーデンの片隅にスコール達の名を刻んだ石碑が立つんだって。

SEEDの本当の戦いに赴いて、我々を、そして世界を守りぬいた勇者達……だなんて。

そんな華々しい言葉に彩られてスコール達の名前が残ると聞いた時、私の名前はどこにあるんだろうって、永遠に石に刻み込まれて残るスコール達の横にいた私の名前は、どこに残るんだろう、って。

みんなが同じで平等なら、どうして私の名前はそこにないの、って、思って。

そんなの、認めたくなかった。

結局そんな話は立ち消えちゃったけど、私は知ってる。ガーデンの公式記録に残っているスコール達の武勇伝を。そんなもの、書類やデータだから、いずれ消えていくものなんだろうけど、スコール贔屓の女性職員がまとめた公式記録はガーデンが続く限りそこに残る。

当然歴史の授業の教材には新しいページが書き加えられる。そこにスコール達の名前はなくても、初めてそんな歴史に触れる生徒達に先生は必ず言う。スコール達の名を。まるで、何かの物語の英雄のように。

そこに、私の名前はない。

ガーデンにいてスコール達を支えた私達の名前はない。わけもわからず、詳しい事情も聞かされないまま、それでも彼らを信じつづけた私達の名前はない。

じゃあ、私達の……私の存在って、何?スコール達の道具?

……まあ、そんな風に思ってたわけ。

やっと……やっとね、そういう事からも開放された今はそうじゃないって判る。だけどね、あの頃から昨日まで、私はそれがどうしても……こう、いやで、なんて言えばいいのかな、とにかく許せなかった。

歌が上手くないのに歌手になろうとしたようなものよ。私の歌だって練習すればそこそこ上手くなる、私の声を気に入る人もいるだろう、テレビで流してもらえれば下手でも売れるかもしれないわ、そうしたら歌手みたいにきれいな服を着てみんなから愛される……なんて、そんな事考えてたようなものだね、たぶん。

だって、羨ましいじゃない? スコール達って。たまたま巻き込まれちゃった一般人じゃないのよ、あの人達。まあ……ニーダはそうでもないけどさ、スコールとかサイファーとか、持ってるものが違うんだって。キスティスなんて、ガーデン始まって以来の逸材なんて言われてたらしいよ。

それでね、そういう人達は言うの。「楽してそうなったわけじゃない」って。努力したんだって。大変だったんだって。だから今があるって言うんだよ。

じゃあ、私達名もない人達が努力してないとでも言うの?

私達下々の者は努力しても血を吐くほど努力しても、スコール達のようになれないの、判らないんだよね。みんながそんな夢を見るから、「平等」なんて言葉に踊らされて生温い夢を見るから、私みたいなのが出てくるんだろうなあ……

「セントラの指先」を発見したら、歴史に名前が残るかもしれない。

まったく単純だよね、私も。発想はよかったんだけどなあ。どこで間違えたのかなあ。「セントラの指先」を発見して、作動させれば、ちょっとした騒ぎになるよね。私の名前はスコール達とは比較にならないほど永く語り継がれるよね。

まあ、そういう事。

こんな心境になったのは、何でだろう。やっぱり、潮風のせいかな。それとも、きれいな青空のせいかな。頭の周りにもやもやとつきまとってた色んな事も、流れ出すみたいにしてどこかへ行っちゃった。

だけど、ここから引き返して断頭台に自分から登っていくなんて事、出来ると思う? 突然改心しました、私が悪かったです、どうぞ裁いてくださいって、みんなに言いに行く……そんな事、出来る?

そんなの、怖いよ。恥ずかしいよ。すっごくかっこわるいよ。

私、そんな人になりたくないよ。

だから、私はセントラに向かうの。

セルフィの笑顔とか、キスティスの声とか、アーヴァインの冗談とか、思い出しながら。ニーダの腕とか、サイファーの胸とか、ゼルの手のひらとか、スコールの唇とか、そういうもの全部忘れないように思い出しながら。

子供の頃に見た夢は、虹。今日みたいな真っ青な空にかかるきれいな虹。私はそれを架けたいと願ってた。だけど、ちょっと違ってたのかもしれない。

そう、私は虹になりたかった。

どこまでも突き抜ける紺碧の空に横たわる虹になりたかった。

それは、きれいな夢よね。

涙が出てくるくらい、きれいで、儚くて、途方もない夢よね。

だけど、私はそれを叶えに行く。

愛した人達の面影を思い出しながら。

私に明日という日が二度と訪れなかったとしても。