BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 034 / SEEDに告ぐ
がSEED軍を脱走してから、丸1日以上が経過していた。
ゼルはスコールの手に落ちる前に脱出した。それを知ってか知らずか、スコールも止める部下達の静止を振り切って飛び出して行ったまま消息が知れない。
ニーダはラグナと共にクレイマー夫妻との面会を控えていた。
サイファーはまたふらりとエスタに戻り、クレイマー夫妻との面会があるというラグナの代わりにキロスと長い間部屋にこもって何やら相談していた。
そしてちょうど同じ頃、バラムの街に佇む3人のSEEDの姿があった。
セルフィ、アーヴァイン、キスティスの3人は、SEED服を着ていた。
ガーデンは既に無く、あまり一般的でないその装いに道行く人の目には奇異に映っただろう。だが、3人は捨てる事の出来なかった制服に袖を通した。
トラビアからバラムへと移動した3人は、キスティスの部屋で制服に着替え、街へと出てきた所だった。それというのも、何を予感してかアーヴァインが制服を持参していたために、2人もそれに倣う事にしたようだ。
忘れられないあの誇りと共に、SEED服を身に纏う。
初めて袖を通したあの日あの時を、SEED認定証書を受け取った瞬間の事を、おそらくSEEDになった者は一生忘れない。任務に赴く時、公式の場に出席する時、SEEDの制服は自分の能力や経歴を飾る大事な勲章のようなもの。この制服に身を包む限り、その誇りは失われない。
そして今、SEEDでも何でもない3人は忘れていた誇りと共に制服を着る。どこの国のどんな立場にある人物だというのではなくて、SEEDだと、いまなおSEEDであると主張するために。
「……後悔、してない?」
「べっつにぃ~。なんとかなるよ」
「大丈夫だよセフィ~僕が養ってあげるから~」
セルフィは、半ば無理矢理に軍を退役してきた。
アーヴァインやキスティスはそんな手続きを取りに職場へ戻る事はしなかったが、このまま引き返す事がないのなら結果はどうせ同じだ。話が終わった後、セルフィは軍を辞めてくると言って部屋を飛び出した。アーヴァインもキスティスも止めなかった。
自分も同じ事をしただろうと、思ったからだ。
そして、バラムへと降り立った。
3人は徒歩でSEED軍本部に向かっていた。原生林の多く見られるバラム平野はあまりに広くあまりに大きく、どんな脅威をも寄せ付けない圧力を持ってそこに在る。その森に囲まれた道を、3人はひたすら歩いた。誰の手も借りたくなかった。借りてしまって後で関係のない誰かまで巻き込みたくなかった。
少し前までが監禁されていて、ゼルが忍び込み、今となってはスコールもいないSEED軍本部に3人は足を踏み入れた。今までの人生の殆どを過ごした学び舎であり、その存在は変わる事のないものと確信していた場所に。
校門の付近に常駐していた大柄な男性の守衛を、キスティスは一言で黙らせた。かつて彼女の生徒であった守衛は、これも責務であると制止したのだが、真面目な顔で呟くキスティスに、逆らえなかった。
警防を両手でしっかりと握り締めて、泣きそうな顔で3人を通した。
「私達はSEED、あなたもSEEDよ。ここは、SEEDのいるガーデン、よね?」
そう言われて、その未来をスコールに奪われた守衛は、逆らえなかった。そして3人を通した後、ゆっくりと歩く3人の後姿を見送りながら彼は叫んだ。警防をかなぐり捨てて、両足を踏ん張って叫んだ。
「オレは……オレはSEEDになれますか!」
3人は振り返り両足を揃えて佇まいを直すと、敬礼をした。
ガーデンの者である証、SEEDである証、それを何よりも象徴するもの。
3人は、スコールに比べれば陰は薄いかもしれない。だが、かつてその実力から並ぶもののない優秀なSEEDとして生徒達の記憶にある、伝説のSEED。その場に居ながらにして、伝説のSEED。
その3人が、たった1人のSEEDだったわけでもない候補生……そして守衛と成り下がってしまった名も無き1人の少年に、敬礼をする。それは、彼がSEED軍の一兵士でも退屈な守衛職の者でもなく、誇りあるガーデンの一員と認める証。
「ガーデンはもうないけど……。SEEDになりたいなら、それだけでSEEDよ」
キスティスの言葉に、守衛の少年は腕がちぎれんばかりの敬礼で応えた。
守衛という職務を放棄した少年はこれまた頭が飛びそうな程の勢いでお辞儀をして、キスティス達を追い越し、かつての公舎内へと走り去った。
彼のもたらした便りは、すぐにSEED軍に行き渡ったらしい。3人があくまでも道を塞ぐカードリーダーを飛び越えて一階の大ホールへと足を進めた時、そこにはすでに大勢のSEED軍兵士が詰め掛けていた。
その人だかりの中を、3人は進んで行く。キスティスを先頭に、次々と道を開ける兵士達の中を、無言で歩いていく。そして階段を登り、エレベーターの前で止まって振り返った。そこから見渡す限りの場所に詰め寄せる人、また人。
久しく見ないSEED服に身を包んだ憧れの先輩3人を上に見て、観衆は何が起こるのかと固唾を飲んで見守っていた。
「キスティ、説明する?」
「……セルフィ、私、これはアーヴァインが言ったほうがいいと思うの」
「はい!?僕!?」
じっと視線を注ぐ観衆を前にして、最も適役だと思われたキスティスは、その役目をアーヴァインの譲ると言う。アーヴァインはそれまで保っていた威厳もどこへやら、オーバーリアクションでうろたえた。
「そう、あなたが言うのよ。あなたが私達を動かしたの。セルフィの話は決意をもたらしてくれたけど、あなたの『そんな事させるもんか』って言葉が私達を動かしたの。それを、あなたの言葉で話して。かっこよくなくていいから、話して」
キスティスはそう言って、もう一度敬礼をした。
少しだけ俯いてパンツの端を掴んだアーヴァインは、やがて微かに頷くと、曇りの無い表情で敬礼した。セルフィもそれに倣う。
「了解」
「SEED軍のみんな……いや、SEED候補生のみんな!」
アーヴァインの丸みのある低音がホールに響き渡る。
「突然で驚いているだろうけどどうか聞いてほしい!バラムの軍隊の兵士としてじゃなく、SEED候補生として聞いてほしい!僕もSEEDの端くれとして話すから、聞いてほしい!これから話す事を、僕達の意思を!」
誰一人として声を上げる者も身動き1つする者も無かった。
「君達はおそらくSEED候補生だったまま軍になってしまってここにいるんだと思う。もしかしたらSEEDのまま残ってる人もいるかもしれない。
それでも君達もよく知ってると思うあるSEEDがいる。
ニーダは当然知っていると思う。ここ2年くらいで入学した人なら入学セレモニーで挨拶をした彼を知っていると思う。それでなくても彼はこのガーデンの運転を預かる人だったから、知っていると思う。
そして、。彼女を知っている人は僅かかもしれない。
この2人が、今、大変な目に遭っているんだ!
2人ともSEED……、2人とも優秀なSEEDだった。だけど、ガーデンはこんな事になるし、生きて行く事って誰だって大変じゃないか?ものすごく頭が良くたって、そうじゃなくたって、お金があったってなくたって、みんな必死で生きてると僕は思う。
そんな中で、2人は頭の固い大人たちに利用されようとしてる!
大人だって大変なのは同じだけど、僕達みたいにSEED……ガーデンていう場所で育った宙ぶらりんな僕達を利用しようとしているんだ!元々の国籍なんてバラバラなのに僕達はSEEDっていう1つの目的の為にここで頑張ってた。でもそれが終わってしまったら僕達はSEEDという存在を捨てなきゃならなかった。それでもここにいた事が役に立つならそれでよかった。
だけど、利用されたくてSEED目指したわけじゃないだろ?
ニーダもも同じだった。だけど……2人はそうされようとしてる!
今ここで詳しく状況は説明していられない。だけど、誰でもいい、1人でもいいから手を貸して欲しい。誰も手を貸してくれなかったとするなら、このガーデンを貸して欲しい!
スコールがなんと言おうと僕達が押さえつけてでも君達をここから解放するから、どうか貸して欲しい!今はもうないSEEDが本当の意味で消されようとしてる!
僕達はSEEDを守りたいんだ!」
沈黙を守る観衆はアーヴァインの言葉を聞き入っていた。身振り手振りを織り交ぜながら、こういった演説に慣れているとはお世辞にも言えない様子ではあったが、アーヴァインはそれこそ必死で話した。
そしてアーヴァインの言葉が途切れた時。観衆のはるか後方で声があがった。
「オレもその話、乗るぜ」
ざわめく観衆の目が一斉に声の主の方に振り返り、声が上がった場所から徐々に人垣が開いて行く。そうして出来ていく道の中をふらつきながら歩いてくる影があった。
「ゼル!」
「……久しぶりだなー、みんな」
おおよそゼルらしくない覇気のない声がホールに木霊する。だが、無理もない。トレードマークのトンガリもなく、身体中いたる所傷だらけで方々から血を流している。あちこち裂けかかっているデニムにホルスター、埃だらけのジャケットからはこれまた物騒なものが顔を覗かせている。
ゆっくりとアーヴァイン達の元へと近づくゼルに道を開けながら、かつての候補生達は心を痛めた。女子は手で顔を覆い、男子であっても眉をしかめて苦痛の表情を漏らした。ゼルとて、憧れのSEEDである事に変わりはないのだ。
「お前らどこまで話知ってる? けど、たぶんオレも協力できるぜ」
そうして階段を登り、アーヴァインの目の前に来てゼルは力尽きたように座り込んだ。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
「へへ……必死でキーキー言ってるお前に言われたくねぇなあ」
「この期に及んでそういう事を言う?」
慌てて手を貸したアーヴァインにゼルはへらへらと笑ってみせた。
「けどよ、お前の演説はともかくとして……この事に関してオレ達に言わなきゃいけない事があるヤツ、いるんじゃねえのか? スコールの野郎の傍で何もかも見てたヤツ、いないとは言わせねえぞ!」
ゼルは座り込んだまま、立てた膝に腕をついて叫んだ。それは明らかに怒りの表情を伴ったもので、彼らの近くにいたかつての候補生達は身を強張らせた。
そこへ数人が進み出て、階段の上がり口に膝をついてくずおれた。その中の殆どが女子で、泣いていた。白衣を来た者やSEED軍制服の者もいた。だが、悲痛な表情で泣いていた。
「すみません……!本当に、本当にごめんなさい!」
ゼルは思い当たるところがあるようだが、アーヴァイン達は何が起こったのか判らない。目元を押さえながら嗚咽する少女をキスティスが押し止めた。
「どういう事? ゼルの言った事、何か思い当たるの?」
「さん……先輩、昨日までここにいました!」
「なんですって!? スコールは? 彼も、ここにいるんでしょう?」
「判りません……いないんです。どこに行ったのかも判らないんです」
どういう事かと顔を見合わせるキスティスとセルフィとアーヴァインを気にも止めず、涙に暮れる女子を睨み付けてゼルはまた叫んだ。
「だいたい、スコールたった1人止められねえなんて、おかしいんじゃないのか!?」
「ちょっと待てよ、ゼル。そういう言い方ないだろ!」
「うるっせぇな! スコールの野郎は……」
「ゼルだって達が国際指名手配になってるの知らないだろ!?」
ゼルに掴みかかられてアーヴァインが咄嗟に言ってしまったその一言に、ゼル本人も、泣いていた女子も、観衆も、全員息を飲んで硬直した。
「なん……だって?」
「ゼル、それから、みんなも。スコールを責めるのは間違いだ」
アーヴァインはもう一度立ち上がって、ゼルの方を向きながらも、全員に聞こえるように大きな声で話し始めた。
「だってそうだろ? スコールがあの時ガーデンをこういう風にしなかったら、きっとみんなは指名手配になったあの2人を追うために要請されてたよ! もちろんそんな事になっても当たり前だって僕らは教わってきた。それがSEEDだって、教えられてきた。だけど、そんなの僕はいやだ!
それに、世界中の言いなりになっておとなしいガーデンになっていたら、僕達が世界に誇る傭兵のコードネームSEEDはとても貧相で価値のないものにされていたよ!
やり方は乱暴だったけど、スコールはそれを守ったんだよ。それに、もうガーデンはない。ここにあるのはSEED軍。それはバラム国家の傘下にはあるけど、SEED軍……。
判るか?
ここにいる全員、『SEED』なんだよ!」
そしてアーヴァインは真っ直ぐ観衆の方に向きなおった。
「だから、頼む」
そっと、さりげなく、とても慣れた動作で彼は敬礼をした。全員に向かって敬礼をした。座り込んでいたゼルも、キスティスもセルフィもそれに倣う。階段に膝をついて泣きじゃくっていた女子も、立ち上がり敬礼をした。
その様子を見つめていた観衆全員が、1人も余すところなく、敬礼をした。
それは、全員がSEEDである事の、証。