それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 033 / ニーダの告白

日が傾き始めると、エスタはその姿をがらりと変える。

日が沈んでしまえばそれはそれでとても美しい都市なのだが、西に傾いた陽が斜めに差し込んでエスタの機械仕掛けの街を彩る。その機械仕掛けの街は夕陽を受けて色を変える。その様を愛する人は多い。

今日も仕事を終えた後の一時を、外周道路の縁に立って眺めている人が大勢いる。これだけ発達した都市だから、中心部で生活する者達はさぞや多忙なのだろうという印象を受けなくもない。だが、逆にこれほど緻密に作られた都市にあっては、人の手の力など大した戦力ではない。

くるくると動き回りそこかしこを明滅させるエスタの外壁の中で、エスタの人々はゆとりのある生活をしている。

そのエスタの中でも1・2を争う規模と贅を持つ大統領官邸。ここも普段は比較的穏やかで、大統領の笑い声と彼に振り回される慌しい部下たちの足音で、実に和やかな場所である。

ニーダは、その大統領官邸の廊下をキロスに付き添われて歩いていた。

厳かで豪華でまるで継ぎ目のない内装に似合わない、廊下に積み上げられた雑誌の山。世界中で発売されている経済誌が積んであればニーダは一瞥しただけで目を元に戻したのだろうが、積み上げられているのはもう少し軽めの……いわゆる大衆紙が殆どだった。稀に社会派な雑誌が混ざっていても、それなどはごく少数で、娯楽誌もあれば、安っぽいゴシップ誌だって相当数だ。

それらに目を丸くするニーダの隣にいたキロスは、赤面の思いで咳払いを1つ。

「あー、それは大統領の趣味だ。気にしないでくれ」

スコールの機転により無事エスタへと足を踏み入れたニーダは、常に口を閉ざしながら不安になっていた。大統領に会うまで何も話さないと宣言してしまったものの、大統領保護下にあってなお面会には時間がかかったからだ。

ニーダには初対面であるこのキロスという人物も、面会を待つ彼が不快な思いをしないよう取り計らってはくれたのだが、その心遣いもどことなく居心地が悪かった。

釣りじいさんもどこかを手がけたのであろうエスタはニーダの想像をはるかに越えていて、何か言いたかったとしても言葉が出なかった。バラムやFH、そしてドールくらいしか赴いた事のないニーダに取ってエスタは未来都市そのものだった。

そんなとてつもない都市に降り立ってみて初めて、釣りじいさんに駄々をこねた自分があまりに幼く感じたのだった。そこで何も話しませんなどと偉そうに言い、感謝の言葉1つない自分が恥ずかしくなってきたのだ。

かなりの時間をホテルの部屋で過ごしたニーダだったが、ようやく面会の日取りが決まると今度は緊張で不安になり始めた。だが、そんなニーダの肩を叩いてキロスは言う。

「そんな緊張に値する大統領ではないから大丈夫」

この種のキロスの発言はもう何度も耳にしているニーダは、スコールはともかくセルフィを筆頭に皆が慕う大統領は、こんな風に部下に言われてしまう大統領は一体どんな人なのかと、いつまでも首を捻っていた。

だが、その謎も不安も緊張も、執務室のドアをくぐるなり全て吹き飛んでしまった。

「おわっ、お前がニーダか! オレはラグナ! よろしくな! 大統領っつってもよ、まあなんだ、飾りみたいなモンだからよ! 仲良くしようぜ!」

ぽかんと口を開けて直立するニーダの目の前で、大統領はにこにこしている。黙っていればスレンダーな紳士に見えそうなルックス、さすがスコールの親とでも言えばいいのか、あまりに整った顔。それがくたびれたシャツにサンダル履きでこんな風に喋られてしまうと、どう反応していいのかすら判らなくなる。

「あまり若者を驚かせない方が……ラグナくん」
「え。オレなんか驚かせるようなことしたか?」
「いや、なんでもないよ……
「で、だ。あのな、お前の話もちゃんとゆっくり聞きたいと思ってる。ウソじゃないぞ!だけどな、いっこだけ、先に言わしてくれ!あのな、お前との話が終わった後、オレ達と一緒に会ってほしい人がいるんだ」

用意された椅子に座らされ、改めて大統領と対面したニーダはまずそう告げられてただ頷いた。このラグナという人物はその佇まいと目にとても強い力を持っていて、何でも受け入れたくなる、そういう力を持っているとニーダは感じた。

「それがよ、お前もよく知ってると思うけど、シド・クレイマーさんと奥さんのイデアさんなんだ。何もお前をそこに連れてってどうしようとかそういうんじゃないぞ。ただ、一緒に話、しに行かないか。その前にオレもちゃんとお前の話聞くし、たぶんシドさんとイデアさんもお前の知らないガーデンの事、知ってると思うんだ。どうだ?」

これが突然目の前に2人が現れたのであれば、ニーダもまた貝のように口を閉ざしただろう。だが、ラグナが一緒にいてくれると言うのであれば……それだけでこんなに心強く感じているのをニーダは不思議に思った。まだ顔を合わせてから1時間も経っていない人なのに。

「判りました。僕で役に立つなら」
「何言ってんだよ百人力だぜ!猫の手っつうヤツか?」
「ラグナくん、それは違う……

蒼白な顔をしつつも的確な突っ込みを入れるキロスに、それでも懲りていない様子のラグナ、そして事故で声を失ったというウォードはやれやれといった風に腕を組んだ。その光景を見て、ニーダは久しぶりに笑った。そのほほえましいやり取りを見て、自然と口元が緩んだ。

前にこんな風に笑ったのはいつの事だっただろうか。それすら、思い出せない。

そしてニーダはぽつりぽつりと話し出した。ラグナもキロスもウォードも、とても真剣に、そしてじっくりと話を聞いてくれたので、ニーダは緊張や不安や、拭い切れなかった恐怖のようなものも全て初めからなかったようにリラックスしていくのが判った。

「『セントラの指先』の事は、FHの職人さんに聞きました」

今なら、どんな話も出来るような気がしていた。この3人の前なら何だろうと。

「僕の知っている事しか話せません。だけど、全部本当です。嘘はありません」

ラグナは大きく頷いて微笑んだ。キロスは当然だと言うような顔で片手を上げた。隣に座ったウォードはそのどっしりとした手で、ニーダの背中を軽く叩いた。その3人は、一国の大統領と、それに最も近しい部下2人。まるで近所の親戚のようなその振る舞いが、言葉が、反応が、差し伸べられる手が。

子供にとって若者にとって、どれほど力強く感じる事か。

たったそれだけの事に、じんわりと潤みそうになる目をどうにか抑えて、ニーダは話し出した。本当の最初から、全部。

とは、ガーデンが……というよりガーデンの経営者であるマスター・ノーグが元で起こったトラブルの最中に知り合いました。たまたま僕は近くにいた事から保健室の近くで戦線を張ることになり、1つ年上のSEEDと警護に当たっていました。

そこに怪我人を連れてきたのがでした。カドワキ先生という保険医の先生が1人で対応していたのではそこで手伝いを始めたんですが、混乱してマスター派だなどと言っていた生徒達も保健室には攻撃する事をためらっていたようで、あまり忙しくはなかったんです。

そこで色々話している内に、とても気が合うような気がして……。その後、ガーデンは突然動き出してしまってしばらく風任せに洋上を漂っていたんですが、その間に付き合うようになりました。時間だけはいくらでもあったし、SEEDの要請も授業もなかったし。

その後、FHに衝突して、技師の方が備え付けてくれた操縦桿の操作を僕が教わることになりました。たまたまブリッジ近くにいたからです。特別何かの運転に長けているわけではありませんでした。

その時は、と技師の方の作業を見学しに行こうと約束をしていました。それで、ブリッジの下にいたところを声かけられたんです。

見学するだけのはずが操縦法のレクチャーを受けている僕に、は自分も教わりたいと言い出したんですが、技師の方は「女の子には無理じゃないかな」と止めました。ですが、その後キスティスとシュウという先輩がブリッジに来て、2人は操作法はともかく設備の説明をするよう技師の方に交渉しました。

たまたまSEEDの制服を着ていた2人に、技師の方は丁寧に説明をしました。その時まだその場にいたは何も言いませんでしたが僕の後ろにいてずっとそれを見ていました。けれど、話がガーデンの構造に関する話題になっていった時、たぶんシュウ先輩だったと思いますが、に言ったんです。

「君はまだSEEDじゃないね?悪いが、席を外してもらえるか」

決まり事ではないのですが……正SEEDと候補生の間には、ある種の壁があります。SEEDという傭兵の養成所と派遣所が一緒のようなものですから。また、SEEDの中でもランクによってそのような差別というか……上下関係はあるんです。

その中で、候補生であるはそれに従わないわけにはいきません。それに、シュウ先輩は優秀で統率力も人気もありましたから、その言葉は絶対でした。

それを不満には思っていなかったと思いますが、はその後僕に操縦の事やガーデンの仕組みなど、色々聞いてきました。だから、僕は知っている限りの事を彼女に話しました。そうしている間に、技師の方から「セントラの指先」の話を聞いたんです。

セントラの民の血を引く者達の間にある伝承……失われた伝説の宝、と。