それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 032 / きれいなことば

「明日もう一度送電を止める。その時に鍵を壊す。待っててくれ。夜11時だ」

そう言ってゼルは何処へかと去って行った。の手や、隙間から引き寄せれば届く額にキスする事もなく、ただしっかりと掴んだの肩に約束するようにもう一度力を込めて。

ドアを再び閉じた暗い部屋の中で、はまた手探りでベッドへと戻る。そして自分の匂いがすっかり染み付いてしまったシーツへと身を投げ出す。

うつ伏せに突っ伏して、枕に顔を埋め、一呼吸置いて。

は泣き出した。

優しくて暖かい言葉には何度も泣かされて来た。ただゼルの心が嬉しくて、そんな風に他人を思える彼の純粋さが切なくて、それに比べてあまりに未熟な自分が情けなくて、ゼルの前で何度も泣いた。

今度も、ゼルの言葉がの涙を誘う。優しい一言がの涙を誘う。

「守ってやるから」

それは、細い腕に弱い力と暗闇の些細な物音にも怯える少女には、確かに魅力的な言葉に違いない。そんな風に言われては、ちょっと心がときめいたりしてしまう位に素敵な言葉だ。

だが、はSEED。

自分ではない誰かの身体に鋭い刃で傷をつけた事のあるSEED。

生涯消えないかもしれない傷をつけたかもしれない、SEED。

それに何よりのプライドを持つ彼女に取って、最大の侮辱。

どうして守るの?守ってもらわなくても平気なのに
どうして同じ力があると思ってもらえないの
セルフィやキスティスにはそんな事言わないのに
どうして私が弱いみたいに言うの
どうしていつも蚊帳の外に置こうとするの

私はSEEDなのに!

は力任せに掴んだ枕をどこへともなく投げつけた。そして、どこかへ行ってしまった枕の代わりに、ベッドを殴りつけた。両手のこぶしを手のひらが爪で切れてしまうくらいに強く握り締めて叩きつけた。

叩いて、叩いて、叩き続けた。目頭から目尻から容赦なく溢れ出る涙と、肺を締め上げて呼吸すら邪魔をする胸のもやに耐え切れずに暴れた。

こうやって暴れでもしなければ、大声を上げて叫んで誰かを呼んでしまうかもしれない。そしてそれがスコールであったり、スコールに報告されしてしまっては混乱を呼び込むだけとどこかで判っているから、声も出さずに泣いた。

そしては、そうしている間にも胸に去来する数々の光景、言葉、表情、音、匂い、感触。それら良いも悪いも全てを憎んだ。

優しくしてもらった事も、愛された事も、笑った事も、泣いた事も、怒った事も。

今は全てが憎かった。そんな中にあって自分がゼルの言う「幸せ」を掴むために奔走してきたのに、いつだって人はそんなを否定する。

まるでなど要らないと言っているように。

かつて、全ての存在と命を憎み、と同じような事を考えた魔女がいた事を、その場にいなかった彼女は知る由もない。

そんな思いに直面してなお、それと対峙して誰かの悲劇を呼び起こすために世界を救ったスコール達を、は知らない。

常に物語の中心にいなかった彼女は、知る事すら出来ない。

止まらない涙と苛立ちと悔しさで、は我が身が裂けてしまうのではないかという苦痛と戦っていた。電力の供給が復旧し、部屋にほのかな明かりが戻っても、の部屋からは見えない外に朝が訪れても。

そして、時計の針が告げる朝を目にした時、はようやく涙を止めた。

凍ってしまった心に、冷え切ってしまった頭に、鉄のように暖かさをなくした胸に。触れただけで痛みをもたらすような決意と悲しみと、そして、憎しみを抱いて。

午後11時。

時計の針がその時間を指すまでに、は身支度を整えた。部屋の隅のラックに洗濯されて置いてあった自分の服を着込み、武器になりそうなものがないから、無理矢理破壊した椅子のスチールパイプを手にした。

どうせ役に立たないと解除しておいた頼りないGFもジャンクションした。魔法のストックは少ないが、少しでも使えそうなものは優先的に使えるように入念にチェックした。

ゼルの元から連れ去られた時に来ていた服は、気楽なパンツに薄いカットソー。けれど、それは、の戦闘服であり、死装束でもある。

覚悟は出来ていた。

もう止まれない事を、止まってしまう事を拒否する事を、誰よりも判っていた。

長針が午後10時59分を過ぎた時、はドアに近づいて、目を閉じた。

SEEDはなぜと問うなかれ。だから、自分にも問わない。私が悪くても。

11時きっかりに再び停電が起こった。

ドアの向こうは昨日よりも騒々しく、そして昨日よりも早く静かになった。おそらく破壊してしまったエレベーターは使い物にならず、はしごか何かがかけてあるはずだ。そして、万が一の警護に人員を裂かれているはずのこのフロアにはそう多くない人数しかおらず、再びSEED軍を襲った停電に慌てて飛び出しているはずだ。

まず間違いなく、このフロアは無人。ゼルも前日より簡単にここへやって来るだろう。ゼルがどんな手を使って停電を起こし、どのようにしてこの階まで登ってきたかは、には判らない。

けれど、2日続けてやって来れたのなら脱出経路も1つではないだろう。

はそれに賭けた。

少し控えめな音を立てて、ドアが開く。ドアの外には昨晩と変わらぬ姿のゼル。

は鉄格子の隙間からゼルへと両手を伸ばした。ドアを引いたゼルは格子から少しだけ離れていて、身体を格子に貼り付けて手を伸ばしたがやっと届く位の場所にゼルの手があった。

突然手を取られたゼルは、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

誰よりもの身を案じているゼルの手を、取る。
一条の光のようにいつでも救いだった、その手を取る。

――そして、あるだけの力でそれを引いた。

鈍い音がして、ゼルはその場にくずおれた。格子の根元に足を突っ張ったに引き寄せられたゼルは、鉄格子に真正面から衝突して頭といわず全身を打ち付けた。

倒れたゼルのポケットを漁るは、おそらく格子を焼き切る為のバーナーやそれに類するものが見つかると思っていた。だが、胸ポケットから出てきたのは小さな鍵だった。そしてそれは、鉄格子の最後の鍵に、ぴったりと嵌り、扉を開いた。

一体ゼルがどのようにしてこの鍵を手に入れたのか、それも少しは気になりながらもは冷静だった。開いた格子の外からゼルを部屋の中へと引きずり込む。床に横たえたゼルの頭の下に枕を敷き、外へ出ると格子を閉める。

格子が閉まり鍵を再度かけると、は手にしたパイプを叩きつけてドアの横のオートロックを破壊した。そして、格子の隙間から鍵を投げ込む。鍵はゼルの腹の上で跳ねて胸に転がった。

運良くスコールやスコールの部下がここへ来る前に目を覚ませば、ゼルも脱出出来る。それはの残り少ない思いやりであり、遠く失われた過去への敬意でもある。

あの日、家族にならないかと言ったゼルに向けたのと同じ言葉をは呟いた。

それは、とても美しい言葉で、そして、悲しかった。

「ゼル、ありがとう」