それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 031 / 幸せになれない

スコールがの部屋を訪れなくなって、もう3日が経つ。

当然2つの部屋を隔てる壁が不可視の機能を解く事もない。日に3度の食事はいつも通り運ばれて来るが、スコールがやって来る気配はなく、の部屋はいつにも増して静かだった。

それでもは密かな爽快感を抱かないでもなかった。悶々とした葛藤から抜け出た事は、スコールに辛い思いをさせた事よりも勝っていたらしく、ストレッチをする表情もどこか晴れやかだった。

今はまだここから抜け出す方法など思いつきもしない。けれど、そのひらめきが決して訪れないとは思っていない。いつかここを抜け出してゼルの家に入り込み、再び「セントラの指先」を手に入れたら、そこからまた始まるのだ。

国際指名手配が、どうしたというのだ。

それが自分に課せられた足枷なら、それを引きずったまま歩いてみせる。

足首がちぎれたなら膝で歩けばいい。膝が割れたなら腕を使って這えばいい。それすら駄目になっても転がる事くらいはやってみせる。そんな覚悟が出来ていた。

例え目の前で何が起ころうと、もう決しての決意が揺らぐ事はないだろう。

スコールが訪れなくなって3日目のその夜。はベッドの上に目一杯身体を伸ばして横たわっていた。手にはガーデンで授業の教材にも使われていた歴史の本。

枕元の明かりに照らされた文字を、学習した記憶のある事柄を目でさらりと追いながらは小さくあくびをした。ちらりと横目で見た時計の針はもう深夜になろうかという時刻を指していた。

眠気に逆らって起きていた所で脱出するための妙案が浮かぶわけでなし。はやがて訪れる明日のために眠ろうかと本を閉じた……まさにその時だった。

突然部屋の明かりという明かりが落ちて、瞬時には闇に包まれてしまった。窓もない、隙間もないの部屋はそれこそ真の闇だった。

「痛っ!」

驚き起き上がったは何の見当もつかない暗闇の中で、枕元のライトスタンドに頭をぶつけてうずくまった。まっすぐ起き上がったはずなのに、少しだけ方向を反れてしまったらしい。

目が慣れるには相当時間がかかりそうな真っ暗闇の中では少しずつ足を伸ばしてドアに近づいた。手を前に伸ばしてふらふらと動かしながら探り当てたドアにはいつもと変わらず鉄格子がはまっている。

停電かな……

停電になってもの現在の生活が困る事はないが、それでドアが開かなくなり、食事も与えられないと言うのは困る。ご丁寧にも3重のロックを誇るドアだが作りは至って簡素なもの。鉄格子があるものの、耳を寄せれば外の音が聞こえるかもしれないとはドアにへばりついた。

ドアの向こうではの予想通り、騒ぎになっているようだ。自身詳しい事は知らないが、ガーデン在籍当時、このような停電は経験がない。それは寮を含め1つの建物であるのに、他の学校と違って生徒の生活そのものを預かるガーデンならではの徹底したシステムによるもののはずだ。

おそらく自家発電などはごくごく当たり前で、例えガーデンが動き続けていようとも安定した電力の供給が出来るようになっているはずだ。

それが、停電とは。バラム中が停電したとしてもガーデンは煌々と輝いていてもよさそうなはずなのだが……、とは首を傾げながらも耳を傾けていた。

ドアの外では蜂の巣をつついたような騒ぎ。当然スコールも飛び出して来ているだろう。何を言っているかまでは聞き取れずとも慌しく交わされる声に、騒々しい足音。そしてエレベーター付近から聞こえる何かを叩く音。

まだここが学園であったなら、またはこの最上階だけが停電だったのならそれほどの騒ぎではないのだろうが、仮にもここは軍事施設だ。そのすべての電力が落ちてしまって、何かが起こってしまってからでは遅い。

ドア越しに外の様子を伺っていたの耳にも痛いくらいの轟音が響くと、外から聞こえてくる騒々しさはやがて消え去っていった。おそらく電力の供給が途絶えたせいで動かなくなったエレベーターを何かで破壊したのだろう。そこからどうにかしてスコールや彼の部下たちが階下に下りていったに違いない。

となれば電力が復旧するのも時間の問題か。はちょっと期待はずれの思いでその場に座り込んだ。これが長引けば脱出のチャンスもあったかもしれないと思っていたのだ。

ちょっとがっかり……

だが、鉄格子に額を押し付けていたの目の前で突然扉が開いた。

スコールでも様子を覗きに来たのかと、ひょいと顔を上げたは自分が座っている事も忘れて、目の前に飛び込んで来たデニムの膝頭を見て首を傾げた。

暗くてよく判らない鉄格子の向こうにある2本の足。そういえば自分は座っているのだから、顔を上げなくてはその足の主を判別出来ないと鉄格子に手をかけて顔を上げた。そしてそこいたのは……

「ゼル!」
!」

鉄格子の隙間の向こうにいたのは、ゼルだった。見間違えるはずもない、ゼルだった。いつものツンツン頭ではなく、無造作に垂らした前髪と、彼にしては珍しいやたらとポケットの多いジャケットを着ているが、紛れもなくゼルだ。

座り込んでいるに気付いたゼルは素早くしゃがみこむと、格子にかけられたの手に自分の手を重ねて安堵の表情を見せた。

、こんな所に……大丈夫か」
「私は何ともないよ、大丈夫。ゼルこそ怪我……
「あんなモンなんともねえよ。無事でよかっ……

手に力を入れながら、ゼルは格子に額をコツンと当ててうな垂れた。の手の甲に触れる彼の手のひらは汗ばんでいて、少し汚れていた。欠かす事のない前髪のセットもせず、よく見れば腿に巻かれたホルスターには小型の神経銃が差し込まれていた。そんな風にして、ゼルはの元にやって来たのだ。

「ゼル、どうして……
……よく、判んねぇ。気付いた時には飛び出してた」
「でもどうやってここに」
「そりゃちょっと時間は要ったけどな。オレ、手先器用だろ?」

そう言って顔を上げたゼルは零れ落ちる前髪の間から笑って見せた。やはりゼルにしては珍しくすっかり眉が下がってはいたが。

「ちょっと面倒なようにいじってきた。たぶんあと1時間は復旧できない」
「だからドアも開いたんだ」
「ああ、そうだろうな。送電が止まって開くドアでよかった」

どうやらの閉じ込められている部屋のロックは、送電が止まると機能が止まるのではなく、ロックが解除されるもののようだった。オートコントロールのロックの場合、送電が止まってなお開いてはならない類のものと、送電が止まったからこそ開いてもらわないと困るものがある。いくら厳重なものでも、中に人がいて災害が起こった場合など、開かなくなってしまったら一大事だ。

、行こう」
「う、うん」
「なんだよ、行きたくないのか?」

当然と言った素振りでゼルはいぶかしんだ。

「ううん、そうじゃない。でも、コレ……
「こんな鉄格子の中に閉じ込めやがってスコールのヤツ!」
「これも開くかな?」

2人は立ち上がって鉄格子を隅々まで見回した。鉄格子は天井と床に溶接され、出入り口となる扉部分はレトロな形の巨大な鍵でロックされていた。これではドアは開いても鉄格子から出られない。

「クソッ、これじゃダメだ」
「それに、見つかったら……
「そんな事心配すんな。大丈夫、手は考えてある」

ゼルは口元にこぶしを当てて考え込んでいる。きっと彼なりに頭を巡らせ考え付く限りに練り込んだ策を検討しているようだ。

……そうだな、うん、そうだ。、よく聞けよ」

ゼルは再び両手をかけて鉄格子に近寄った。その時、彼はの首にうっすらと浮かぶある印を見つけてしまった。5日前にスコールが耐え切れずにに残した紅い花。微かではあるが、ほんのりと花開くキスマークだった。

それを見つけた途端、ゼルはあからさまに怒りの表情を見せて鉄格子の隙間からの肩を掴んだ。

「スコールに何された!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて、ゼル、これだけよ、これだけ」
「なんで、なんでお前ばっかりこんな目に合うんだよ……

の肩に置かれたゼルの手は僅かに震えていた。

「誰かに好かれたりすんのは悪い事じゃねえ。むしろいい事だ。けど、だけど、こんな所に閉じ込めてこんな鉄格子で縛って、それでそんなもんお前の身体につけて……そんな事あっていいのかよ?」

は、胸にちくりと痛みが走るのを感じていた。ゼルは心底自分の事を心配し、その苦痛すら同じように感じてくれている。それはよく判る。だが、そのゼルをも今のは拠り所にしたいとは思っていないのだ。

こんな風にドール軍兵士である身分を省みずにSEED軍の本部へ飛び込んで来たゼルを、それらすべてのためだけで、それは国際手配となってしまったよりも重罪であるかもしれないのに1人飛び込んで来たゼルを。

裏切ると判っているのに。

判っているのに、それでもここからは出て行きたいと思う。

しかしは、この一生懸命な、何よりも暖かく、愛すべき友であり救い手であるゼルを悲しませたくなかった。

だから、また少し頼ってもいいかと思った。

少し頼って、よく話をして、それで「セントラの指先」を再び手に入れて暇を告げる事を判ってもらえないかと思っていた。ちゃんと話をすれば、ゼルなら判ってくれるかもしれないと、そう思った。

だけど、ゼルは言うのだ。

「こんなんじゃ、お前、いつまでたっても幸せになれねえよ……。泣いて泣きそうな顔して辛い目に合って、そんな事ばっかりやってて、しかも全部お前が悪いんじゃねえのに……お前は何も悪い事してねえのに……!」

の真意を知らない彼は言うのだ。

「でも、絶対オレが守ってやるから……何も心配しなくていいから!」

それは、決して言ってはならないの心を凍らせる、言葉。

SEEDのに、言ってはならない、言葉。