BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 030 / 使命とか運命とか
たぶん、誰だって。
そう、どんな人も誰かに好かれて愛されて、それを嫌悪する人は殆どいない。それは当然相手にもよるが、自分が誰かの心を占めている事を拒否する人はまずいない。
どんなに好みではない人物に好かれたとしても、告白されたり付きまとわれたりするのでないのなら、それはとても気分がいいものに違いない。誰にも好かれないよりは、嫌だと言いつつも内心では自分も捨てたものではないと思う。
誰かに想われる事、それはとても気分がいいもの。
だから、も悪い気はしない。
だが、それも時と場合による。
楽しい学園生活の中で学園中1、2を争う人気のスコールに言い寄られたのなら、悩み決めかねる振りをしながらも、付き合ってやってもいいかな、等と優越感を満喫できただろう。ちょっとは自慢にも思うだろう。
言葉にしてしまうのは、とても簡単。ニーダと別れた後、サイファーとゼルを通り過ぎ、今再びスコールへと続くの経歴。
けれど、その間にどれだけ真剣に恋愛をしたかと問われたら、おそらくは答えに詰まってしまうだろう。の言葉に気持ちに嘘はないけれど、それが一般的に言う「恋愛」だったかと問われたなら、彼女は否と言うだろう。
次々に男を乗り換える女と言われても、否定は出来ない。
だが、は自ら望んでそんな感情の波に乗り込んでいったわけではない。責任転嫁しているのでもない。ただ愛されているのはとても心地よく、どこか体中に満ちる安心感を手放したくなくて何が悪いというのだろう。
好きだから、どうか側にいて愛させて欲しいと言ったのはいつでも相手の方だ。
それならば、私もそれに甘えさせてもらって少しの幸せを頂きましょう、私も少しはあなたを愛してあげられるようにがんばってみると、ただそれだけの事だったのは、罪だろうか。
腕にすがり、背中に隠れ、上目遣いでご機嫌を取ったりした事はない。
気持ちを表現してくれないから試すような事をした事もない。愛してくれないと駄々をこねた事もない。贈り物をねだった事もない。
を恋に陥らせたのは、いつでもを想った人達で、自ら飛び込んだ罠ではない。甘んじて受けただけの事で、求めたわけではない。
だから、スコールが恋心を匂わせるような事を言ってきても、それは悪い気はしない。
だけど、スコールの想いには、応えてはならない気がしている。
は1人部屋でうずくまりながら自問自答を繰り返していた。
スコールの気持ちが嬉しくないわけがない。綺麗な顔が目の前に近づいてきて、鼓動が激しくならないわけがない。例えその前に乱暴な「保護」という経緯があったとしても、今は事情が違う。
なんで、こんな時にこんな事に……。
サイファーでもゼルでもスコールでも。再会したニーダでも。もっと違う時に違う状況であったなら、きっともっと簡単だっただろうと、は膝を抱える。
嫌いだなんて事は、絶対にない。それなりに想いもあった。なりに一生懸命だった。時と場所が違ったのなら、誰とでも幸せな恋が出来たと信じている。
それを許さなかったのは、自身だ。
が求めるもの目指すもの。そんなもの捨ててしまえと思った事が何度もある。けれど、それを捨て去れなかったから今こうしてここにいる。通り過ぎてきた愛しい者達を置き去りにしても捨てられないから、こんな風にして膝を抱えている。
使命とか運命とか、そんなものには必要なかった。そんな響きのいい言葉はそれこそスコールやサイファーに相応しく、まるで無縁のもの。だけど、それに踊らされ使命や運命を担う人物の後ろに控えるその他大勢になってしまうのは耐えがたかった。
運命的な巡り合わせで集ったSEEDは、魔女を倒すという使命にもとに華々しい活躍を見せた。そこに入り込んで事態を混乱させたサイファーもまたそうなる役割を持っていた。ずっと昔から。
そこにはいない。
しかし、そんなにも、彼らと同じく夢があり喜怒哀楽があり、懸命に自分の人生を生きている。歯を食いしばって生きている。
その前にあって、恋愛などという甘美な夢はスパイスでしかない。
だから、スコールの想いに応える気はなかった。
心なしか気まずそうな顔をしながらもスコールは再びの元へやって来た。
｢……もうすっかりいいみたいだな｣
は返事をしない代わりに片手を上げてヒラヒラと振って見せた。
ベッドの上で膝を立てて座り、考え込むの視界ギリギリの場所でスコールは足を組んで座っている。いつもと同じ表情同じ服、同じ視線で。
やがて何も言わないに業を煮やしたのか、眉間に皺を寄せて口を開いた。
｢昨日は悪かったな｣
｢いいよ、別に｣
｢でも、俺は本気だ｣
甘く耳に纏わりつくスコールの言葉には必死で自分を制した。ここでスコールの腕の中に飛び込み、彼の愛を受けてぬくぬくと生きていくのは実に簡単な事。だが、そのスコールの愛に終わりがないと誰がわかるだろう。
終わりがなかったのなら、それはとても幸運な事で、終わりがなかったと知って初めて実感できるもの。それは1日や2日で訪れるものではない。
スコールの愛が途中で終わってしまってから虹を架けたいと願っても、到底無理な自分になってしまっていたら耐え切れない。
それなのに、スコール突き放せない等という事は、あまりに愚かな事。
｢それは、私が好きだって事？｣
｢……ああ、まあな。そういう事だろ、たぶん｣
｢本気なら言葉にくらいしてみなさいよ｣
一瞬ためらったものの、スコールは観念したらしい。
｢ああ、そうだな、俺はお前が好きだよ｣
｢今まで同じ事を何人かに言われたけど、1番だって自信、ある？｣
｢ああ、あるよ。負ける気がしない。たぶん誰よりも好きだ｣
いっそ誰にも好かれないような自分であったなら、とは少しだけ胃の痛みを覚えた。何にも縛られず何にも捕らわれずにいられたなら、今すぐスコールの胸に飛び込んで頬を摺り寄せて甘えても誰も咎めなかっただろう。けれど、そうできない自分を抱えていては、ただ辛くなるだけだから。
｢……それが嫌だとは、思ってない。スコールがそう想ってくれてる事、それすら嫌だとは思ってない。想ってくれてる事は、嬉しいと思う。自慢に思うよ。
だけどね、じゃあ、私もスコールの事好きになるよって言えないの、判る？
ガーデン時代からの知り合いだし、特別仲が良かったわけじゃないけど、それなりにいい所も悪い所も知ってる。だけど、そう言えないの、判る？
嫌いだとは思わない。広い意味では好き。それはスコールだけに限らずみんな好き。だけどそれが特別な思いになるっていう事は、大変な事なの、私には。
やっと判った。私はたぶん誰も真剣に好きになった事、ないのかもしれない。
だから、スコールも例外じゃない。
好きになろうとしても、たぶんいつか裏切るよ。
それが判ってて、スコールの気持ちに応える事なんて出来ない。それでもいいって言うつもりならやめてね。あなたはそれでよくても私は駄目だから｣
が話す間、黙って聞いていたスコールだったが、立ち上がるとの隣に腰を下ろして、そっと両腕で抱き寄せた。もはや抵抗しないの髪に頬を埋め、背中に回した手はするりとのウェストに忍び寄る。
｢判ってくれとは言わないって言わなかったか？｣
｢……判ったなんて言ってない｣
｢気持ちには応えない、好きだけど好きじゃない、だけどここにいるって言うのか？｣
は仄かに鼻腔に触るスコールの香りを初めて快いと思った。けれどそれは、このスコールの想いに対して自分なりに決心がついたから。
｢ここに私を縛ってるのは、スコールでしょ｣
は、原点に立ち返る自分を感じていた。あの日あの時、ゼルの優しさに溺れていたのは事実。だけどきっとそれもいつか裏切っただろう。ゼルの思いを踏みにじって裏切っていただろう。
それでも、ゼルを裏切る機会と自身を奪ったのはスコール。こんな狭い部屋に閉じ込め、スコールの想いにしか触れさせなかったのは、他ならぬスコール。は、ここにいたいなどとは、一度も思った事はない。
憎んでも有り余るほどだと思っていたのが、少し緩和しただけの事。
｢出来る事なら、ここを抜け出したいのは今も変わらない｣
そんな自分に立ち返ってみると、スコールの抱擁もそんなに悪い気がしない。は、混乱と体調不良の中にあって失っていた自分を取り戻していた。
けれどそれは、スコールの耳にどう響いたのか。スコールなりに歩み寄り、手を尽くしたはずのは優しく彼を跳ね除けた。少しの可能性があるのに一蹴した。
スコールはただ夢中だった。
怒りなのか悲しみなのか、それともまったく別の何かの感情なのか。自分でも定かではない波に飲まれて勝手に身体が動いた。
の頬を掴んで引き寄せ、乱暴に唇を押し付けた。
その勢いでがグラついても、スコールは離さなかった。唇を繋いだままもう一度の身体を両腕でかんじがらめにしていた。
そこにの抵抗はなかった。あまりに乱暴で遠慮のないキスでも、は何もせずにいた。ただ目の前にあるスコールの顔を見ていられなくて、瞼を落としただけ。こんな痛々しいキスですら、にはもう、心揺さぶるものではなかった。
むしろ、これでスコールの気が済むのなら、それでよかった。
強い力での身体を締め上げ、貪るように這うスコールの唇はのそれを吸い上げ、何度も角度を変えて襲い掛かる。
静かな部屋中にスコールの吐息と、唇の立てる粘着質な音。スコールが動くたびにベッドの足が軋んで悲鳴をあげる。
スコールの唇に押し上げられて開いたの口中に滑り込む舌があまりに熱くて、は少しだけ身を捩った。その熱さだけスコールが自分を想っていると判っていても、応えられない。その代わり、抵抗はしない。にはそれが精一杯だった。
だから、判っていた。
もうあと少しすれば、状況がどう変わるかも。
痛みを伴うには充分な力で腕をつかまれ、押し倒されてもは声1つ立てなかった。やっと唇が離れて、息が上がり肩で呼吸するスコールの顔が目の前にあっても、何の反応も見せなかった。
たぶん、次にキスされた時は、スコールの手が服の下の自分の素肌に触れるだろう。そうしている間にも、服はどこかへ捨て去られて何ひとつ身を覆い隠すもののない姿になってスコールの目の前に寝そべっているのだろう。
それでも何もしない自分をスコールは乱暴に抱くのだろう。
そんな予測があってなお、はただスコールを見上げていた。
｢……どうしてだ、なんでそんな平気な顔してるんだよ｣
押し殺して搾り出すようなくぐもった声でスコールは言葉を吐き出す。両手をついて見下ろしたに向かって、苦痛の表情を見せた。
｢それでも、私には応えられない理由がある。それにね……｣
は片手をあげてスコールの前髪に触れた。長く垂れ下がる前髪にそっと触れて、さらりと流した。
｢さっきも言ったけど、嫌いじゃないから｣
紛れもないの本音は、今度こそはっきりとスコールに伝わった。自分の腕の下で組み敷いて乱暴に唇を奪ったは、抵抗しなかった。嫌いじゃないから、抵抗しなかった。だけど、の言う「理由」のために応えられない。だから、反応もしない。だけど、抵抗もしない。
それは、スコールの超えたい壁ではなく、どんなに想い合っても2人の身体が1つに溶け合う事など有り得ないように、スコールにはどうしようもない事だった。
そして、それでも愛しく想うのを止められないのも、どうしようもない事。
｢……お前が応えられないように、俺も止められない｣
スコールの前髪を揺らすの手を、スコールは止める。この指先ですら禁忌のものであったのはそんなに遠い事ではないのに、それを克服したと思ったのは束の間の事で、飼い慣らした愛玩動物は手綱をほどけば逃げていくと……そう言っている。
だからと言って、そうならないよう殺してしまう事など出来ないと知っている。
｢世界中の誰よりも好きだ。頭がおかしくなりそうなくらい……好きだ｣
そう言いながら、スコールの頬を伝う、一筋の涙。
の唇に滴り落ちる、スコールの涙。を想う気持ちが行き場を無くして、どこにも行けない代わりに流れ落ちる、涙。
｢、お前が好きなんだ｣
そしてもう一度唇を寄せる。涙の浮かぶの唇に、スコールの震える唇がそっと重なる。傷口に触れるように優しく触れて、そっと包み込む。
これ以上ないほどに美味なものを味わうが如く口先で捏ね回して、絡め取り、舌で愛撫する。にのしかからないように片腕で身体を支えながら、もう片方の腕を伸ばし、の髪に指を遊ばせる。
スコールがどんなにを想っているか、それをが知るには充分過ぎるほどのキスだった。
やがて身体を起こしたスコールは、もう視線も合わせようとしないまま、何も言わずに部屋を出て行った。少しだけ俯いて、出て行った。
そんなスコールを見ようともしないを残して。