それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 028 / 本当の事を話すね

がバラムでスコール相手に格闘しているちょうどその頃。ガルバディアでパニックの極致に追い込まれて走り回る男がいた。

「も~!一体どうなってんのさ~!」

アーヴァイン・キニアスである。

彼の職場はトラビア大使館なのであるが、彼自身はガルバディア国籍であり、この国ならではのシステムを利用してここに勤めている。ガルバディアではどんな国の大使館であろうとガルバディア国籍の職員を2人以上置く事になっているのだ。

それこそ、ガーデンで培った技術も知識もまったく必要ない。ただ彼をここに留め置くのはセルフィ・ティルミットの存在によるものだけである。

そのアーヴァインが今日も静かなトラビア大使館の廊下を騒音と共に駆け抜ける。

「だいたいなんでこんな事に……ああもう判らない事だらけじゃないか!」

彼は2日前からある書類を片手に大使館の内外を走り回っていた。手にした書類はトラビアへ送る予定の指名手配書。普段なら凶悪そうないかつい若者や、強面のおじさんばかりが踊るその手配書に、見慣れた顔を見つけた時の彼の動転ぶりは少々滑稽なほどだった。

当然同僚である大使館職員に問い詰められるものの、取り乱して何を言っているのかもよく判らない彼の様子に無関係と確信したようで、それ以上追求される事はなかった。

そして、トラビアへの配送を自ら買って出たアーヴァインに、上司は苦虫を噛み潰したような顔で「深追いするんじゃない」とだけ言った。しかしそれでも彼に配送の許可を与えたのは、傍から見ても哀れなほどに動揺したアーヴァインの様子であった事は間違いない。

本来なら郵送で済む話ではあるし、それほど重要なものでないならデータとして送信しても構わない類のものだ。しかしアーヴァインはセルフィの為に溜め込んでおいた有給休暇の申請書と共に配送役を申し出た。

こうして彼は半泣きの2日間の後、慌しく荷物をまとめてトラビアへ向かうため、旧デリングシティを後にした。

「はい!?」

そして早くも足止めを食らった。最近開通した海路でのトラビア行きが悪天候のため中止されていたのである。トラビアとは陸続きではないから、海路か空路でしか移動手段がないのだが、不幸にも空路はまだ開通していなかった。

ちょっとした仕事を携えているとは言え、今回のアーヴァインの身分は旅行者とそう変わらない。特別に軍に船を出してもらう事など出来ない彼はトレードマークのテンガロンを握り締めて決意を固めた。

「ドール、それからバラム!」

大きな身体で小さな荷物を抱えたアーヴァインはドール方面行きの列車が出る駅を目指して走り出した。

それから3日後の昼の事。バラム国家保安庁の一室で紙コップを片手に、キスティスは疲れた様子で壁に寄りかかっていた。

そこへ後輩の同僚が顔を出して、客が来ていると告げて去って行った時、廊下の向こうから聞きなれた情けない声を耳にしてキスティスは部屋を飛び出した。

「アーヴァイン!」
「ああ!キスティー!会えてよかったよー!」

だらしなく眉を下げて駆け出したアーヴァインは荷物を放り投げてキスティスに抱きついた。ここに来るまでにあまり快くない思いをしたらしく、今にも泣き出しそうな声だった。

「どうしたのよ、突然」
「いや、あの、それがね、色々……とりあえず休暇、取れないかな」
「取ってどうするの」
「トラビア、行かない?」

セルフィに会いに行くのかと早合点したキスティスは、1人で行けばいいじゃないのよ、と言おうとして口をつぐんだ。へらへらと笑っていながらもアーヴァインの目はそれは悲しみに満ちていて、とても遊びに行こうと誘うような事態ではないと気付いた。

……面倒な事になってるのね?」
……うん、最悪」
「じゃ、ちょっと待ってて」

ガーデン時代と変わらず優秀であるらしいキスティスは、手続きのための書類だけ作成してしまうと、いとも簡単に休暇を取ってアーヴァインの元に戻ってきた。

「ええと、今すぐ行きたいのは山々なんだけど、私も荷物を取りに行きたいし、出発は明日で構わない?海上高速艇の手配はしておくから」
「うん。それでいいよ~」

こうしてその晩キスティス宅に一泊世話になったアーヴァインは、ガルバディアを出発してから4日目にしてトラビア行きの確実な手段を手に入れた。

「それで?昨日バタバタしてたから聞きそびれたけど……どうしたの?」

トラビアへ向かう海上高速艇の客室でキスティスはアーヴァインに問いただした。

「うーんと、話したくないとかじゃなくて、セルフィんとこ行ってからまとめて話すんじゃダメ?僕もいまいち状況が飲み込めてないし、もしかしたらキスティやセルフィが知ってる事があるかもしれないし」
……よっぽど面倒な事なのね」

普段なら何でもよく話してくれるアーヴァインがこれだけ言いよどむのだから、ちょっと知恵を持ち寄ったくらいでは解決しない事なのだと思ってキスティスはため息をついた。

「面倒というか、僕はどうしたらいいのか……

そのアーヴァインの言葉を最後に、2人はトラビアに着くまで無言のまま過ごした。

相変わらずトラビアは曇っていた。

もはや名物のどんよりした空の下、トラビアの地に降り立ったアーヴァインとキスティスは、バラムを出る時に連絡を入れておいたセルフィの姿を探して立ち尽くしていた。

そこへ、曇った空の変わりに光り輝くセルフィが飛び込んできた。

「キスティー!会いたかったよー!」

真っ直ぐにキスティスの胸に飛び込んだセルフィの横で、アーヴァインがちょっとだけ不機嫌そうな顔をしている。しかし、セルフィとキスティスはガーデンが崩壊してから連絡らしい連絡も取れずにいたのだ。

「元気そうね、セルフィ!」
「もちろーん!アタシはいつでも元気だよー!」

過去におけるガーデンの中でも指折りの有名人3人は曇り空の下、少々こじんまりとした再会を果たした。アーヴァインが携えているものの重みを知ってか知らずか、曇り空は一向に回復の兆しを見せなかったが、ともかく3人はセルフィの部屋へと向かう事にした。

今にも雪が降り出しそうな空の下、3人を乗せたバスが港から遠ざかっていく。平日の午後で人も少ないバスの中で、待ち望んだ再会であるはずのキスティスとセルフィですら、ずっと黙ったまま外を眺めていた。

「狭くてごめんねぇ」

部屋に入るなりセルフィはアーヴァインをちらりと見ながらそう言った。新米軍人のセルフィの収入ではたった一人の生活に充分な部屋を借りるので精一杯だろう。そこにキスティス1人座ったところで邪魔でもなんでもないが、さすがにアーヴァインがあぐらをかくと手狭に感じる。

「のけものにすんなよ~」
「アタシ、なんも言ってないけど?」

このアーヴァインとセルフィのやり取りも久しぶりで、思わずキスティスは笑った。実はここはガーデンの寮の中なんだと言われても信じてしまいそうなくらい、その光景は変わっていない。

「それで?もう話してもいいんじゃないの?」
「何の事?」
「アーヴァイン、あなたただ遊びに行くって言ったんじゃ……
「アハハ……その通り、です、はい」

2人に睨まれてすくみあがったアーヴァインは壁にへばりついて小さくなった。そして彼がキスティスに促されるままに資料を漁り始めている間、キスティスはセルフィにこれまでの経緯を話して聞かせた。

「だから、私もどんな話なのかは知らないんだけど……簡単な話じゃないのよね?」
「う、うん……
「ゼルも呼んだ方がよかったんじゃないの?」
「それが……連絡つかないのよ」

可哀想なほど眉が下降しているアーヴァインは両手に紙を握り締めていたのだが、キスティスの話が終わったと見るや、その紙を2人の前に広げた。

そこには、とても馴染みのある顔と、そして名前が2つ。大きな字で「国際手配書」と銘打たれたその紙は、とニーダがそれであると書かれていた。罪状は、ニーダが窃盗及び建造物破損。は、脅迫、強盗、及び危険物所持。

アーヴァインにしてみれば半ば予期していた反応ではあったが、キスティスにしろセルフィにしろ、それが目に飛び込んだ瞬間呼吸を忘れたように音を無くした。

長い長い沈黙が続いて、手配書を凝視している2人を見ているだけのアーヴァインですら身動きできない空気が部屋中を漂っていた。

……これは、国際手配という事は、ガルバディアの独断ではないのね?」

やっとの思いで口を開いたキスティスは、心なしか震えた声でアーヴァインに問い掛けた。少しずつ、言葉の一つ一つを確認するようにして、問い掛けた。

「知ってると思うけど……この間のUWM。それで決定した」

床についたセルフィの手は、何かを掴むように握り締められたまま白くなっていた。手配書に目を落としたまま、2人とも動けなかった。

「2人とも……僕もそうだけど、ちょっとは知ってるでしょ。が」
「例の宝捜し?あんな事が原因だって言うの?」
「でも僕は詳しい事は知らないんだよ」

怒っているのか悲しんでいるのか判らない表情でキスティスに睨まれたアーヴァインは、首をすくめて再び壁にもたれた。

「私もよく知らないけど……確か私が卒業する頃はまだやってたと思う。スコールかサイファーが手伝ってるとかどうとか。その位しか知らないのよ」
「僕もそんなもんだよ~。でも、年が明けて冬の休暇が終わる頃にはもうやってなかったはずだよ。休暇が始まる頃にはサイファーは卒業してるはずだし」
……そうよね。ガーデンバッシングが始まったのも確か12月になってからだし」

体を起こして腕組みをするキスティスの横で、アーヴァインはテンガロンを片手でくるくると回している。2人ともどうしても例の宝捜しとやらと今回の件が結びつかないらしい。

……は悪くない」

難しい顔をして黙り込むキスティスとアーヴァインの前で、セルフィがポツリと呟いた時、窓の外はすっかり暗くなり始めていて、3人の間にも薄青い影を落としていた。

……どういう事?セルフィ、あなた、何か知ってるの?」

そう問い掛けたキスティスを見上げる事もなく、セルフィはまだ俯いたまま手を握り締めていた。弾むようなセルフィの笑顔を隠さない程度に垂れた前髪ですら、今は表情を覆って2人の目から隠してしまっている。

とても「話せ」と促せる雰囲気ではなかった。

けれど、アーヴァインは言う。彼だから言える事なのかもしれないが、とにかくキスティスが遠慮していた事を、彼はセルフィに告げた。

「ねえ、セフィ、隠し事するの、やめないか」

普段のアーヴァインの柔らかい声ではなかった。回りに気を使っておどけて話す彼の声ではなかった。それを誰よりもよく判っているセルフィの前髪が少しだけ揺れる。

「確かに僕は仕事でこれをトラビアに届けなきゃいけないよ?でも、それとは別さ。だいたいね、卒業する前にお前の国籍はガルバディアだからガルバディアで就職しろなんて言い出したのはガルバディアの人間で、僕はあくまでもガーデンの人間だと今でも思ってるよ。それと同じように僕はもセフィもキスティもそうだと思ってる。だからここにこうして来たんじゃないか」

そう言うなり手配書を掴んで掲げると、手のひらでパタパタと弾いて見せた。

「真相は知らない。けど、ここにいる全員がそれぞれ何らかの情報を持ってると僕は思ってる。こんな風に手配された2人がガルバディアに連行されたら、まずまちがいなくもう二度と日の目は拝めない。そんな事させるもんか!」

こんな時、アーヴァインはそうするのに誰にも文句は言われないような理屈を掲げたりはしない。ただ思い込みだけで言っているのとも違う。相手を、とニーダを思う気持ちだけが彼の理由なのだ。

「そうね、直接関わりがあるかどうかは判らないけど。私も少しなら」
「うん。少なくとも僕は何もしないなんて……嫌だよ」

その時、やっと顔を上げたセルフィ。いつでも零れ落ちるように輝いた目と微笑をたたえた口元が、すっかりどこかへ行ってしまって、今にも泣きそうな顔をしていた。激しい痛みを悟られまいとするように、固く結ばれた唇は色を失っている。

「セルフィ……?」

「アタシの目で見た事しか話せない。アタシがそう思ってるだけかもしれない」

色を失った唇から、堰を切ったように言葉が傾れ落ちる。

「でも、本当の事を、話すね」