BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 025 / 指先だけの愛
自分が国際指名手配になった事がショックだったのか、またはこれまでの騒動続きで疲労がピークに達したのか。とにかくは翌日熱を出した。
当然本人は熱があるらしいなどとは言わなかったが、壁の透過をオンにしたスコールによってあっけなく見破られてしまった。万全の空調であるはずの部屋にいての顔と目は真っ赤だったのだ。
「ほっといてよ……」
「そういうわけにもいかないだろ」
「どうしてよ……死んだら死んだでいいじゃない……」
もちろんの症状は命に関わるものではない。放って置いてもいずれは回復するだろう。けれど、スコールはふらふらになりながらも頑なに全てを拒否するの介抱を始めた。
にしても、すぐ目の前にあるスコールの顔を見てせめて殴りかかってやれないものかと思ったが、どうにも身体が動かない。
「疲れだろう。あんまりカリカリしないで休む事だな。あとで栄養剤でも……」
「そんなのいらない」
「……睡眠薬もいるな」
どうしても言う事を聞かないだったが、スコールはそれこそ怒りもせずに淡々と介抱している。相変わらず無表情の部下達にベッドをもっとスプリングの効いたものに取り替えさせ、シーツも柔らかくて見るからに上等そうなものに替えられた。空調も少し調節して部屋はほどよく乾燥かつ暖かく、枕もとには水差しが置かれた。
まるで全身に鉛を流し込まれたように重い身体では、思うような動きも出来ずにはその「施し」を受けていた。スコールはに触れようとしなかったし、着替えやその他の事は全て女性の部下にやらせた。
それをスコールは指示しながらただ黙って見つめているだけだった。
自分の身体の周りだけが局地的に気温上昇しているような熱を身に纏って、は呼吸も荒く横たわっていた。息苦しいが、咳も出ないし、身体の痛みも無い。これがサイファーあたりなら「知恵熱だな」とからかわれる所だ。
音も立てずに部屋に入ってきた白衣の女性がに何やら注射をするが、その痛みですら緩慢でぼやけている。
「……何か具合がおかしくなったら、これを」
おそらく救護専門になってしまったかつてのSEEDかSEED候補生の女性が出て行ってしまうと、スコールはベッドの横に跪いて何やら小さなものをに手渡した。
「……なによ」
「呼び出しボタンだ。押せば飛んでくる」
そう言ってスコールは胸ポケットから取り出した同型のものを掲げて見せた。のは、小さなキューブ型のスイッチ。スコールのには真ん中に丸いランプがついている。の持っている方のボタンを押せば、スコール側が反応するものらしい。
「……いらないこんなもの」
「弱ってるくせに強気だな」
「あんたなんかに、頼るのなんて、私は……」
呼吸しながら喋るのですら苦痛で、は途切れ途切れに抵抗を続けた。
不覚にも誰かに手助けをしてもらわなければならない状況に陥って、なおかつそれがスコールの元で。は再び感謝の言葉や謝罪の表情に迫られているような気がして、それこそ2つに避けてしまいそうなほど苦しかった。
さんざん悪態をついて抵抗して、死んでもスコールに気を許したくないのに。それが一度具合が悪くなったからと言って、こんな小さなスイッチに手を伸ばすような情けない真似は絶対にしたくなかった。
目に見えて判るほどの表情では頑なに呼び出しボタンの受け取りを拒否している。心地のいい枕に乗せてなお動かす事も辛いのに、少し顔をそむけて。
スコールはスコールで、を見つめながら黙っていたが、自分の受信用キューブをしまい込むと少しだけ声を低くして言う。
「頼るとか思わなければいいだろ。これは俺を困らせるボタンだと思えよ」
は振り返らない。
「お前がこれを押せば仕事が中断するんだ。俺は充分迷惑だ」
それでもなお、キューブを取ろうとしないの手は荒い呼吸に合わせて微かに上下している。拒否の証としてゆるく握り締めた手のひらは熱に反比例して少し白い。
その手のひらの中から人差し指だけを解いて、スコールはの指に触れた。
そして、驚いて振り返ったの目の前で、の指で、ボタンを押す。
スコールの胸ポケットから、柔らかい音が流れ出す。とても馴染みのあるような、それでいて聞いた事の無いメロディがの耳に優しく流れ込む。
再びポケットから取り出した受信用キューブをスコールはちょっとだけ傾けてに見せた。スコールの手の中で微弱ながら明滅を繰り返す小さなランプ。それは柔らかくて目に優しいオレンジ色をしていて、スコールの指先をほんのりと照らす。
「い、いらな……」
再び拒否しようとして指を振りほどこうとしただったが、それすら熱に浮かされた身体では思うように行かなかった。スコールの長くて真っ直ぐな五指がの人差し指を捕らえたまま、宙で止まっていた。
「なに、よ……離してよ、触らないで」
熱のおかげで潤んだ目をは歪ませた。その目に映るスコールの顔はあまりに穏やかで、静かで、冷たく見えるのにどこか温かみがあって、は困惑した。
けれどスコールはの指を開放しないまま、黙っていた。そして、少しだけ息を吐いてそっと掴んでいただけの指をしっかりと握り締めた。
「……どうして構うんだと言ったな。放っておけばいいと、そう言ったよな」
スコールの言葉の意味も意図も判らなくては返事をしなかった。けれど、スコールは指を握り締めたままぼそぼそと話している。
「判らないだろうな。お前にとって俺は最悪の悪者だろうな。追いまわした挙句ゼルの元から連れ去った悪人だと思っているだろう。
けどな、見過ごして無関心になるならそれもしなかったさ。
そうしたくなかったから、保護したんだ。何のつもりか1人で首を突っ込むだけ突っ込んで騒ぎを大きくした代償はお前が考えてるほど小さくない。そこからお前を遠ざけたいと思って何が悪い?
目の前にいる俺を殴る事も出来ないほど弱ってるのを心配して、何が悪いんだ。
俺の事はどうでもいい。
お前に苦しい思いをさせたくないだけだ。
だから、受け取ってくれ」
そう言ってスコールは、より白くなったの指先にそっと唇を寄せた。
その一瞬だけ、まるで痛みに耐えるかのような苦悩の表情を覗かせて。
突然開放されたの指先は支えを失い、の手はベッドへと落下した。力なく横たわるの身体と手のひらは、呼吸と同じリズムで揺れている。その手のひらにスコールはキューブを置いて立ち去った。
柔らかいシーツに包まれた身体は熱かった。そして、スコールの唇が触れた指先も同じように熱かった。血流の立てる音が鼓膜に響いて、は大きく息を吸い込む。
そして涙で潤みすぎてぼやける視界に向かって呟いた。
「私は……悪くない……悪いのは……」
手のひらの上に静かに乗っているキューブは冷たくて、の眠りを誘った。