BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 024 / 好きになると言う事
3度の食事は鉄格子の小さな窓から運ばれる。据え付けのテーブルはスコールの部屋に面した例の壁にぴったりと寄り添っている。
時々スコールは壁をスクリーン表示にして、の方を向いて食事を取る。
相変わらず悪態をつくだが、スコールはもう感情を爆発させたりはしない。
「食事は1人より2人と聞いたものでな」
呆れ返るを他所に、スコールは黙々と食事を口に運ぶ。時々かつてはただの後輩だった部下が書類を手に訪れても、そのままにしている。の方が気まずくなって顔を背けても、スコールは止めなかった。
そうして過ごす事数日、いい加減諦めの境地に差し掛かったは、いつもの悪態を休んだ。黙ってトレイをテーブルに乗せ、スクリーンの向こうで同じように食事を取ろうとするスコールを見ようともしないでフォークを手にした。
それがスコールの機嫌を良くしたとは、には思えなかったのだが、スコールは珍しく仏頂面というよりはただ何も表情を出していないだけの顔で話し掛けた。
「ああ、報告するのを忘れていたな」
もはや返事もしないだったが、スコールは気にしていない。聞こえるように独り言を言っているようなものだが、彼はそのつもりで話しているのかもしれない。言葉を切っても反応を伺う事はしなかった。
「もう数日前の事になるが……お前、第一級国際指名手配になったからな」
さっさと食事を済ませて後ろを向いてしまおうと、食べたものを勢いよく水で押し流そうとしたは思わず吹き出しかけた。まるで、「次の任務でお前は救護班になったからな」とでも言うのと変わらないような言い方に、そしてその口調に似つかわしくない内容に身体の方が先に驚いたようだ。
「エスタを除いた各国が承認したから、もうあちこちに発令が出てるだろうな。ああ、あとニーダもだ。アイツとお前の2人が指名手配だ」
水の入ったグラスを片手に、は硬直していた。自分がそんなものになっているとするなら、スコールの言っている事が事実だとするなら、その原因は「セントラの指先」以外には有り得ない。しかし、は、指名手配になった事を驚いているのではない。
指名手配になるほど事情が知れている事に驚愕した。
バレていないと思ったのに。
仮にもSEEDの自分の秘密の行動が世界レベルで公になっているとは。
即座に今まで関わった人物に思いを巡らせ、責任転嫁に興じようとした自分を責めはした。けれど、そうでもしなければ事が露見するとは欠片も思っていなかったのだ。
「とりあえずニーダはエスタが保護してる。まあ、一所に2人も指名手配犯を置いておくわけにもいかないからな。お前はここだ。ドールにいたのが幸いしたな」
スコールは1人で満足したような顔をしている。は、スコールが何を言っているのかが判らない。これでは、スコールに守ってもらったようなもので、悪態をつく自分の方が小さくて物事を知らなすぎる子供のようで。
情けないのと、悔しいのと。同時に2つの思いに囚われては力なく腕を下ろす。手にしたグラスが硬い音を立てて机に落ちる。
子供の頃に聞かされた説教が大人になって初めて判って、なんて自分は幼かったのだろうとかつて退屈な話をした大人にちょっとだけ感謝したりする……そんな心境にならなければいけないような気がして、は顔が熱くなった。
一方的にひどい事をして、悲しい思いをさせて、憎まれて恨まれて当然のはずのスコールは、本当に自分を守ってくれたのだなどと、信じたくなかった。
スコールがいい加減な作り話でその場を取り繕うような事をしない、いや、出来ないと知っているから余計に。
情けなくて恥ずかしくて、消えてしまいたかった。
ここはお礼を言わなきゃいけない所?
私が悪かったといい子にならなきゃいけない所?
それとも手のひらを返したようにスコールに賛辞を浴びせなきゃいけない所?
ありとあらゆる反応を反芻してみる。
でも、そんなの絶対嫌。
答えは必ずそこへ戻ってくる。
スコールは、加害者。保護者なんかでは絶対無い。事実がどうであってもそれだけは譲れなかった。自分が間違っていても、スコールを受け入れる事など、有り得ない選択だった。
言葉に出来ない拒否反応はの涙腺を通って溢れ出す。一筋の跡を残して滴り落ちる雫に精一杯の反抗。そして、唇から悪あがき。
「だから、なんだって言うのよ?」
一言涙声で呟いたは、まだ少し残っている食事を忘れてしまったように席を立つ。そして無言のままベッドに身を投げ出し、そのまま動かなくなってしまった。
スコールは手元にあるリモコンで壁を不可視に戻した。
の涙声、それはスコールの耳に甘い砂糖菓子のように響く。甘くて、少し切ない。届くものなら拒否されようと何だろうと手を伸ばして頭を撫で、抱き締めてやりたい。は嫌がるだろうが、自分がそうしたい。
スコールが取った行動をに認めさせて正当化しようなんて事は、もうとっくに諦めている。そこまで贅沢になるつもりはない。
それが強がりなのか、ただの意地なのか、それとも自分でも知らぬ内に何かと置き換えて考えているのか……それはスコール自身には判らない。
憎まれても嫌われても、に取って隙あらば殺したい存在だったとしても。
顔が見たい。声が聞きたい。手の届く場所にいて欲しい。
それを、スコールの感情は「が好き」だという事として受け入れている。
報われないどころか、ほぼ確実に嫌われているであろうへの感情。想われていないのに焦がれるこの心をむしろ高尚だとも感じている。
今スコールの手の中にある栄光の全てはがなんと言おうと自ら望んで手に入れたものではない。どこからか突然騒動の種が舞い降りて、スコールの上で勝手に根付いてしまったに過ぎない。それを見過ごしたり逃げ出したりしなかった事が彼のアイデンティティにもなっている。
だから、せめて自分で望んだものくらいは手に入れたい。
過去にスコールが望んだものはただ1人で生きていくための力で、学ぶ事もSEEDになる事もその途中経過でしかない。煩わしい他人とのやりとりも、心にもない事を言わなくてはいけない状況も、はねつける力が欲しかった。そうしてもいい人間になりたかった。
けれど、彼の手の中には様々なものが根付いて芽を吹き花をつけてしまった。いつなくなったとしてもよかったものなのに、彼の手の中にしっかりと根を下ろしたものは失おうとすれば痛みを伴うようになってしまった。
それはスコールにとって、幸せな事ではない。
スコールはという種を、自分の手で蒔いた。手のひらの中で若芽を出していずれ花を咲かせて欲しいと願った。水を与え、害虫からは身を守ると誓うから、美しい花を咲かせて慰めて欲しかった。
希望など、無いに等しい。
むしろ、日に日に嫌われていくのかもしれない。
それでも、スコールはが好きだった。
それが彼にとって、好きなるという事だった。