それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 023 / 記憶の鎖

「おねがい!おねがいします!この通り!」

確か、ニーダと付き合ってるとかいう女子。

突然目の前に踊り出て来て、なんだかとか言うものの調査に手を貸せと言われたスコールはにべもなく断った。けれど、スコールにしてニーダの彼女と言う認識しかされていなかったその女子は食い下がった。

「私も実際そういうのは疎いしニーダだって操縦の方法知ってるだけだから、あなたの力が必要なの!あなたじゃなきゃダメなの!おねがいします!」

言い方はあまり礼儀正しいとは言えなかったが、その女子はスコールの腕を引っ張らなかった。上目遣いで首を傾げなかった。肩をすくめて微笑んだりもしなかった。ただ拝むようにして手を一度合わせて、後はひたすら頭を下げた。

それが、スコールを「まあ、いいか」と思わせた要因の全てである。

「あ、私って言います。一応同い年だしSEEDだから……よろしくね!」

そしては、握手を求めずに、直立不動の笑顔で敬礼をした。スコールに対してそんな風に接した女子はが初めてだった。

スコールはクッションの効いたアームチェアに身体を沈めて、ぼんやりしている。手足はだらしなく垂れ下がり、目も少し閉じている。

物音1つしない静かな私室で椅子に沈み込んで、ただ過去を回想している。

俺は、なんで……

こうしてぼんやりしている間にも、の顔がちらつく。笑っている顔、真剣な顔、考え込んでいる顔。そして、別人格にでもなってしまったかのような怒った顔、憎たらしい顔、凍りつくような無表情。

それら全て、両手で振り払ってしまいたいものではなかった。むしろ、大事に掻き集めて懐に抱き暖めていつまでも寄り添っていたかった。

「なんだよスコール、そういう言い方って……
「あーあー、ニーダもうやめてよ!いいの、スコール、ニーダは私がどうにかしておくから。スコールはこの事調べてくれればそれだけでいいの。お願いします!」
「ニーダ怒らせていいのか?」
「それとこれとは別。我々はSEED。それを忘れたらおしまいだからね」

……なんであんたがいるんだ?」
「そこのとかいうヤツのおかげでな」
「どういう事だ
「スコール、シーッ!サイファーには構わなくていいの。私がうまく必要な事だけ聞き出したら怒らせないようにするから、ね?」

「さっすが、スコール!忙しいのに、ホントありがとう!」
「別に大した事では……
「そんな事ないよ!私とニーダじゃこうはいかないもん」
「そんなにけなしていいのか?」
「だって事実じゃない?」

「どうして!?どうしてそんな事言うの!?」
「こっちより重要なんだ」
「重要って、こっちだって重要な事だよ!」
「なあ、本気で見つかると思ってるのか?もうそんなくだらない事よせよ」
「く、くだらない……
「仮に見つかったとして、どうするんだ。もう俺の手伝える事もないだろ。MD層は入っても構わないが、荒らすなよ」

それまで実に都合よくスコールに接して来たはスコールが「セントラの指先」探索から手を引くと知って、初めてスコールの好まない接し方をした。

腕にすがって、泣きそうな顔をして、甲高い声で懇願した。演技なのか本気なのか、たまに頬や額や頭に指を這わせて困惑した仕草を見せた。両腕で自分を抱いてぶんぶんと頭を振った。

消え入りそうな声で、何度も言った。

「お願いだから、そんな事言わないで」

他の男にどう見えるかは判らないが、スコールは一瞬にしてへの興味を失った。SEEDの代表たる身分のスコールの横にいて遜色なく、またスコールの存在を食いつぶす事もない女だと思っていたも、こうして見るとただのSEED女子だ。

スコールの顔を好み、スコールの武勇伝を好む、喋る事と自分を擁護する事だけは誰にも負けないそこらの女子と大差ないと思った。

背を向けてその場を去ろうとするサイファーには、は声をかけなかった。けれど、スコールが同じ事をしようとした時、やはりか細い声では言った。

「私、諦めないから」

そこまでして自分は必要なんだろうかとスコールは呆れた。ニーダと2人でこそこそやっていればいいのに、なぜこうまでしてこのと言う女子は自分を欲するのかと、首を捻った。

しかし当時彼にはそんな事よりも大事な問題があった。ガーデンの存亡の危機。その前にあってとニーダのお遊びはあまりに瑣末な問題だった。

けれど、その問題を彼なりに解決した時にふと頭によぎったのはその瑣末事だった。

若干矛盾した方法ではあっても、彼にとってはガーデンは守られた結果に終わった。その時になって、の懇願を無碍に断った事を後悔した。

一度はスコールの気に入らない素振りを見せたも、スコールが手を引くと言わなければ現れる事はなかったかもしれない。だとしたら、このSEED軍の有能な人材に、自分のよき片腕となったかもしれない人物だったと、そう思って後悔した。

諦めないと言った

彼女は、諦めないと言ったと思っていた。

でも、彼女が諦めていなかったのは「セントラの指先」。スコールではない。

その事に気付いたのは、戯れに降りたMD層で荒らされた跡を見つけた時だった。そこにあったのかなかったのか、どっちにせよニーダかが持ち出した事は確実。しかし、ティンバーへ就職したと判っている――つまり消息の知れているが持ち出した可能性は低い。

思い過ごしであれと願ったスコールの耳に、の名前。

まさか絡んではいないだろうと、手を出してはくれるなとどこかで思いながらただニーダの居場所を探すようキスティスに依頼した。ニーダの居場所がわかって、「セントラの指先」を取り戻して、元あった場所へと還して、そうしたら。

そうしたらも帰って来ないかと。

あまりに都合よく、浅はかな考えである事は元より承知している。それでもスコールはすがらずにいられなかった。突き放してしまってから求めても、戻ってくるなどとは思えないのに。

キスティスの口からの名前。そして、サイファーの名前。

ニーダは「セントラの指先」を持ち出した。サイファーは「セントラの指先」を忘れなかった。2人は「セントラの指先」を巡って暗躍している。そこに、は関わってはならない。少なくとも、スコールは関わってはならないと、そう思っている。

はスコールを求めているのではない。

が興味を示し、忘れられずに手を出したのは「セントラの指先」。

それがはっきりと判った時、スコールはガーデンを飛び出した。彼を縛り上げて放さない記憶はの影を浮かび上がらせてスコールに拍車をかける。99の物を手に入れたのなら、後1つで100になる。その1つとは、

守ったはずのガーデンの最上階にいて満たされない毎日の中で、99を持つ彼のあと1つを埋めるのは、、ただ1人。

けれど、最後に残されたたった1つは、手に入れてなお記憶でスコールを縛る。

あまりに愛らしいと手に入れた子供の獣が成長して手に余るように、はスコールを傷つける。スコールの何かを埋めるはずのは、彼の何かを奪って行く。刃で削り取ってなお、締め上げて離さない記憶だけを残して。

どこからか、声が聞こえたような気がしてスコールは目を閉じる。

「あなたの力が必要なの!あなたじゃなきゃダメなの!」