それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 022 / 籠の中の恋人

「もし俺がどう見ても間違った事をしたら、叱ってくれるか」

じいさんは、叱るだろうか。本気の「じゃ」を出して俺を叱責するだろうか。

自分の考えに自信が無いわけではない。ただ、他人がそれをどう思うかなんて事はまったく考えていない。とんでもない事と言うかもしれないし、些細な事と気にもしないかもしれない。

でも、自分がどう行動していくかなんて、所詮自己判断のみによるもので。

だから、迷ってもいないし、悪い事だとも思っていない。

は、俺が保護する。

「両手が自由じゃない事がこんなに悔しかった事ない」
「しばらくしたら自由にしてやる」
「そしたら真っ先にあんたを殺してやるから!」

ドールから出てバラムに向かう車の中で、スコールは指揮官用の個室にを入らせた。当然この中に入れるのは指揮官本人であるスコールと、彼が許可した者のみ。そしてその許可は滅多に降りる事は無い。

「俺を殺してどうする。いいか、。これは『保護』だ」
「そんな事頼んだ覚えもないし、保護してもらうような事もしてない」
「してるじゃないか」
「あんた頭おかしくなってるんじゃないの?」

はスコールが何を言おうと、噛み付いた。思いつく限りの美しくない言葉で噛み付いた。優しく穏やかに語りかけてきても、罵倒した。

にとってスコールのこの行為は、いわば、テロリズムのようなものだった。

静けさと暖かさの中にあって、開放と癒しを体中に感じていた毎日だったのに、それを奪った。言葉もなく、思いもなく、ただ暴力で。

そしてそれは結果として、ゼルの想いを踏みにじった。

おでこに羽根のような優しいキスを1つ残しただけで、とゼルの平凡で平和で退屈な未来を引き裂いた。

に、スコールを許せる理由は無い。

少しでも拘束を解いたら、即座に暴れだしそうなをなだめるでもなく、諭すでもなく、スコールはただ淡々としている。しかも、少し安堵したようなため息をついたりもする。

バラムに到着したらしい車は音もなく止まり、は再びかつてはSEED候補生やSEEDであった少年達に連れ出された。

たかだか半年程度とはいえ、久々に訪れるガーデン校舎だった建物は所々変わってしまっていて、懐古に耽ろうにも変化ばかりが目に付いてしまう。入学してみたはいいが、ガーデンのカリキュラムに着いていけなかったような生徒ならともかく、一般的にガーデン出身者はガーデンという場所に愛着を持っている。

当然もその1人だ。教室と言う狭い部屋に閉じ込められて、役に立つのか立たないのか判らない授業を受けなければならない事など稀で、授業の半分は実技、つまり実戦を想定したもの。机に座って学ぶ事はそのまま実技の授業に響く。疎かにしようものなら自分自身の身体を傷つける形となって返ってくる。充実という言葉が実にぴったりくる。

そんな毎日を支えたのはこの場所であり、共に過ごした同世代の者であり、待っているはずの輝かしい未来だった。

しかし、あの頃のように廊下を歩く生徒の表情は硬く、笑顔で過ぎ去っていく者などいない。建物の中だと言うのに武器を帯びて、幼い目を淀ませて無言で歩いている。

には、この者達の未来を奪ったのもスコールだと、そう思えた。

そして、懐かしむべき場所を殺伐とした組織に変えてしまったのもスコールだと思っている。ゼルや、セルフィや、アーヴァインからも等しく奪った。

今この両手が自由になりさえすれば、適わなくともスコールに手傷を負わせてやれるだけの自信がにはある。再起不能にはならなくても、腕の一本くらいは奪ってやれる自信があった。

スコールがなんと言おうと、に取って彼は破壊者、そして略奪者だった。

「よく判ってるね」
「まあな。落ち着くまでだ」
「ないと思うけど」

は最上階の北側にある部屋へと連れて来られた。南側はSEED軍司令室。つまりスコールの職場だ。少数の部下とスコール本人しか入れない、元々は学園長室だった場所。ブリッジから伸びる配線がスコールの物らしきデスクへと伸びている。きっと彼の意思と許可がなければ二度とガーデンは動き出さないのだろう。

その部屋のエレベーターホールを挟んだ反対側がのいる部屋。隣には瀟洒で重厚感があるドア。その横に似つかわしくない入り口は、まるで物置のようだった。しかし、物置のようなドアも開けば鉄格子が嵌められ、鍵は3重にかけられている。

スコールが言うところの「保護」されてからのはずっと「暴れて」いた。そのために、こんな所に入れられるのだろう。からしてみれば、「保護が聞いて呆れる」といったところだ。

「俺は隣にいるから」
「バカと何とかは高いところに居たがるって言うしね」
「そりゃ初耳だ」

何を言っても動じないスコールにはイラつきながら、まだ縛めを解けないものかと両手を動かしていた。しかし、置き去りにされたを残してSEED軍兵士とスコールが退室し、鍵がしっかりかけられると縛めは命を失ったようにポロリと床に落ちた。

が驚いて顔を上げると、スコールの手に何やらコントローラーのような物が乗っている。スコールらしい用意周到さには歯軋りした。

「ああ、判っているとは思うが、その中でGFでも発動させたらお前自身を攻撃するようになっているからな。無駄な精神力は使わないでおく事だ」
「それはまたご丁寧にどうも。自殺してもいいってわけね」
「やってみればいいだろう。どうなるか判るぞ」

要は、GFだろうと擬似魔法だろうと、四方の壁に反射するコーティングでもしている上に、極度にその威力を抑えるための処置がされているという事だろう。

は、それこそ胸を掻きむしりたいほどの怒りを覚えながら、大人しく簡素なベッドに腰掛ける他なかった。

そうしてが自分自身をなだめる事数分。彼女はベッドに腰掛け、スコールの部屋と繋がる壁を虚しく睨みつけていた。すると、その壁にノイズが走ったかと思ったら、淡い青の発光するスクリーンを残して消えてしまった。

青いスクリーンの向こうは、無駄に豪華な指揮官様の私室だった。臙脂のカーテンやマホガニーのテーブルセット、金で縁取られたスツール、所々に大理石を用いたキャビネット。そこに凡そ似合いも溶け込みもしないスコールの趣味と思われる銀の調度品が顔を覗かせいてる。

ある意味では趣味の悪いその部屋には閉口している。その正面にはアームチェアに悠々と座っているスコール。

「まあ、こういう事だから、あまりおかしな事はしない方がいい」
「おかしな事をしてるのはあんたでしょ……趣味悪い」
「元々そこは捕虜の尋問のための場所だからな。勘違いするな」
「私が言ってるのはあんたの部屋の事よ」

思いもよらぬ切り替えしに、スコールは初めて表情を崩した。こんな事を遠慮会釈なしに言ってのける者は絶えて久しい。

……悪かったな。俺の勝手だろ」
「今こうやって強制的に見せてるくせによく言うわ。センス最悪」
「じゃ、目でもつぶってろよ」
……お偉い指揮官様?」

かすかに口元を歪ませて笑うは憎らしいほどの視線と共にスコールに語りかける。仏頂面のスコールなどに取っては苛立ちを育てるための餌でしかない。

「愚かで哀れなわたくしを保護して下さって、外敵から守って下さって、そして丁重にもてなして下さって……心底あなたを憎らしく思います。指揮官殿。何も語らず何もしようとはせず、そうやって壁を挟んでしか誰かと接する事が出来ないあなたを哀れになんて思いません。いっそどこかの誰かがガーデンごと私もあなたも破壊してくれたらどんなに嬉しいか……

ベッドの上で膝を立てて座り、膝の上で組んだ腕に顔を沈ませてはこの上ない嫌味を込めて言う。その目は憎しみで溢れんばかりのはずなのに、スコールを凝視したまま動かない。腕で隠された口元は、動いているのかすら判らない。

けれど言葉は武器を手にする事も出来ないの全身からほとばしる刃。

スコールの内耳を通り脳の奥底まで到達して、彼の精神を切り裂く鋭利な刃。

怒りや喜びや、どんな種類のものであっても感情が身の内を走り抜けて放出する事など、もう2度とないと思っていたスコール。そんな事はしたくもないし、自分に起こり得るとは微塵も思っていなかったスコール。

その感情の爆発を、は簡単に引きずり出す。苦痛を伴い、傷を残しながら無理矢理引き出した。

「何が言いたい!」

通り抜ける事など出来ないと判りきっているはずのスクリーンにスコールは飛びついた。両手の指ををスクリーンに埋もれさせてあらん限りの力で締め上げる。

「言った通りよ。指揮官様。私の言った事がお気に召さないようですが、あんたはそれ以上の苦痛を私に与えたんだから当然の報いだと思いなさいよ!」

カッとなって感情をあらわにしたスコールを見て、は心なしか喜んでいるかのようにせせら笑った。ベッドに座ったまま、立ち上がりもしないでは笑う。耳障りな声で笑う。

「色々大変な目にあって来たって聞いてるけど、それって、全部あんたが自分で招いてるんじゃない。全部自業自得よ」

スコールはくるりと踵を返し、スクリーンを閉じて元の壁に戻すと、力任せにリモコンを叩きつけた。

頭に血が上ってなお冷静な彼の頭は、の言葉に他意がない事を知っている。ゼルの元から無理矢理連れ出して閉じ込めた事が腹立たしくてならないのだと、知っている。

だから、いちいち相手にしなくていい言葉だと、判っている。

元より、がこんなに激しやすい女だとは思ってもいなかった。それに驚きもするし、少しだけなら見損なってもいる。

それでも、惹き付けられるのはなぜだろう。

好意の欠片もないあの目を、攻撃するためだけの言葉を。それでもなお愛しく感じるのはなぜだろう。そんな視線や言葉を吐き付けられてなお、手放したくないのは、なぜなんだろう。

欲しくて欲しくて手に入れられるかどうかも判らない気ままな蝶。
網を振るって大空から奪い、籠に閉じ込めた。

飽きる事など有り得ない美しい蝶を、手に入れて閉じ込めた。
もう蜘蛛の罠にかかる事もないし、熱いとか寒いとか、そんな苦痛からも救ってあげた。

蝶は、狭い籠の中では羽ばたかなかった。
手を差し伸べれば拒否して狂ったように暴れまわる。
餌をあげれば食べるのに、暗くしてやれば羽根を閉じて眠るのに。

そんな可愛くない蝶を、苦労して捕まえた蝶を。

蓋を開け放って自由にしたら、きっと悲しい思いをする。

――自分が。