それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 019 / デスペナルティ

「あまり気が乗らないようだな」

スコールの計画に則りエスタ中を駆け回り、OCSの運び出しを指示していたキロスはサイファーの顔を見ないままぼそりと呟いた。

「いえ、そんな事は」
「これは大統領のためだと思ってくれないか」
「それは……もちろん」
「OCSの設置までだ。5時間以内という事は5時間後には我々の仕事は強制的に終わる。そうしたらまた君の道を辿ればいい」

なんでニーダのクソッタレなんかのために、こんな事を。

そうサイファーが思っている事は、キロスでなくとも判っていただろう。スコールは当然の事であり、ラグナもまた判ってはいる。けれど、あの状況でサイファー1人を蚊帳の外へと放り出して好き勝手にさせられるわけがない。他ならぬサイファー自身がそれをよく判っている。

しかし、世界という果てしない大きなものを相手に考えているラグナやスコールと違ってサイファーの思うところはただ1人だけであり、ただラグナの顔を見て言葉を聞いて安心したかっただけの彼には、退屈以上の責め苦であったに違いない。

「オレは……大統領のご恩に報いるため、今ここにいるだけです」

不満というよりは不足。物足りないようなむず痒さを抱えた表情でサイファーは言う。

「それでいいよ」

キロスもまた少しだけ疲労を覗かせながら、呟いた。

「わがままを言うもんじゃないよ」
「いっそガルバディアに連行されて裁かれるほうがいい!」

スコールからの連絡を受けたかつての百汽長は、しゃがみこんでニーダに辛抱強く話し掛けていた。ニーダは話を聞くや否や即座にその計画を拒否した。

「それじゃあ、全て終わってしまうじゃないかね」
「もうとっくに終わってるんです、何もかも!」
「じゃあお前さんはなんで抵抗しとるのかい?」

ニーダはどうしたらいいのか判らないだけ。釣りじいさんにはそれがよく判る。動くのもいや、動かないのもいや。誰かが手を差し伸べてくれたとしても、それもまた癪に障る。それが友達と仲違いをしたとか誰が好きだの嫌いだの等と言う話なら障らずに放っておくのが一番いいだろう。だが、今回ばかりはそうもいかない。

「エスタはいいところじゃよ。ただワシらは『作る』必要がなくなってしまって、その欲求をFHに求めただけで、エスタが嫌いだから出てきたわけではないんだよ。駅長はどうだか知らんがなあ」

口元に群生する無精ひげを震わせながらじいさんは笑う。FHの老人達皆がそうであるように、この年寄りもまた、柔らかい皺を顔中に持っていた。皺は彼らの人生を刻み込んできたものであり、その深さはまだまだ未熟な若者の葛藤も悲しみも喜びも余すところなく吸い取ってくれる。

それを歪ませて笑うと、皺の中に飲み込まれた様々な感情は乾いた皮膚に流れ落ちていつしかどこかへ消えてしまう。ただただ緩やかに這う皺の一つ一つが語るのは長い年月であり、それと共に歩んだ老人の命であり、頭に白いものも混じらない若者の全てすらその中に包含してしまう。

「ワシ、もうそんなに長くはないと思うのね」
「そ、そんな事は……
「いやいや、あんたたちのようにあと何十年と生きる事が無いのだけは確かじゃろ。それは理ってもんでなあ。誰にも逆らえんよ。けどなあ」

じいさんはニーダの向こうを見る。壁を通り抜け道を滑り階段を転がって、そして海へと続く。その目には、ニーダが見て来た何倍もの量を誇る景色が流れては消えて行く。

「けどなあ、笑わないで聞けよ。ワシもお前さんも、違うところはいっぱいいっぱいあるけどな、どうやっても変えられない共通点があるんじゃよ。ワシもお前さんも、男じゃろ」

ふいに見上げたじいさんは、穏やかで優しい瞳をしていた。

「男ってのは、死に場所を見つけるまで止まってちゃイカンのと違うか」

そう言って、じいさんはニーダの肩を掴んだ。

その力はとても老人の腕によるものではないような位に強く、ニーダは身体を強張らせた。自分の肩を掴む手は節くれだち血管が浮き出て、染みも散乱している。けれど、その衰えた皮膚の下に流れる根性はじいさんの培ってきた経験全てを今なお鮮烈に蘇らせる。

そんな事は、言ってもいないし、思ってもいないとじいさんは言うかもしれない。だけど、自分の情けなさを感じる者には、勝手に聞こえてくる。

「子供の顔をして甘ったれた事を言ってるんじゃない」と。

子供というのは自分の意志もなく、誰かが道を指し示してくれなければ食べたいものも言葉に出来ない事を言う。大人というのは食べたいものがあったら誰の手も借りずにそれを手に入れる事が出来て、そしてそれを分け与えられる事を言う。

手には入れても、分け与えるには理由のいるニーダ達のような若者は、まだ「大人」ではないのかもしれない。けれど、自分の意志で物を言い、自分自身が自分の意志に支配された時、人は「子供」ではなくなる。

都合のいい時だけ未熟である事や年若い事を振りかざすのは、まだまだ子供でいたいからなのか。しかし、そういう宙ぶらりんな時期に限って子供扱いされる事を嫌うのは、大人になる事をちゃんと判っているからなのか。

となれば、大人は大人として子供から抜け出したばかりの若者を叱責する。現実を叩きつけて、頭を掴んででも自覚を引き出そうとする。

それを補助するものを「言葉」という。
それに深みを持たせるものを「経験」という。
それが長けた人物というものを「老人」という。

「まだ終わっちゃいないよ。お前さんは生きてる。しかも、若い」

不器用にも出来ていないウィンクなどしてみせたじいさんの瞳は、少しだけ濁っていて、まるで深炒りの渋茶のようだ。何の辛さも感じずに味わうには、まだ少し時間がいる。

「じいさん、俺は、俺は……
「ぜーんぶ終わったら、その時こそ愚痴でもなんでも聞いてやるよ」

ニーダの若々しい腕を掴んだじいさんは、言い放つ。

「だから今は、行ってこい」

「OCSは間に合ったのか?そーかそーか。じゃ、車用意しなきゃな。早いほうがいいな。軍から出すか。え?いや、だけどな、ちょ、話聞けよキロス!……切りやがった」

官邸に戻り、指揮らしいものを執っていたラグナは一方的に切られた電話の受話器を眺めていた。隣では、ウォードが「当たり前だ」とでもいいたげな目で見下ろしている。

キロスがラグナを無下に扱っているのには理由がある。ラグナは仲間はずれだと騒いだが、今回の件に関してはラグナは一切手を下してはならないのだ。もちろん計画の全容は知るところだが、実行犯であってはならないのだ。あくまでも「黙認」だけ。

「スコールが出て行ってからそろそろ4時間と25ふーん」

おどけつつも時計を見やるラグナの目は落ち着かなげだった。優秀なエスタのスタッフとキロスの厳しい監督の元、OCSの設置は充分に間に合った。エスタのやるべき事はほぼ終わったに等しい。だが、計画が無事遂行されたという事ではない。

そしてぐずるラグナを他所に、スコールの指定した時間が過ぎた。

「間に合ったんだな、OCS」
「30分前には終わったよ。さあ、行こう」

メンテナンス通路の出入り口から顔を覗かせたスコール達をすばやくOCSで囲った通路に招き入れると、キロスは安堵のため息をついた。

いつにも増して近寄り難いオーラをみなぎらせたキロスは、スタッフに5分の休憩も与えなかった。エスタ市街から始まって、OCSを動作させたまま組み上げ、大塩湖の端まで繋げた。急遽オダインまで呼び出して何だかんだと騒ぐ博士を冷静な一言で黙らせると、OCSの継ぎ目のプログラムをやり直させた。

「もういいでおじゃろ。オダインは帰るでおじゃるよ」
「ああ、ご苦労様でした。他言は無用ですよ、博士?」
「わ、わかってるでおじゃるよ!オダインは嘘つかないでおじゃるよ」

小柄なオダイン博士が足早に去ってしまうと、キロスはスコールとニーダを車へと招いた。しっかりとした足取りで歩いてくるスコールの後ろで、ニーダは小さい歩幅のままトボトボと歩いていた。

「君がニーダだね。ようこそ、エスタへ」
……大統領にお会いするまで、何も話しません」
「それは大変結構な事だ。大統領の猛攻撃に耐える心構えをしていたまえ」

ニーダが官邸に入ると、スコールは後を追わずに外へ出た。キロスにいくつかの言伝を残してスコールはエスタを出ようとしていた。サイファーだけでなく、彼にとっても今回の計画は通りかかったついでのようなもので、もはや長居は無用。

次に向かうはいずこかと頭をめぐらせながら歩いていたスコールの目に、サイファーの姿が映る。リフレッシュエリアの輪の外で腕組みをして立ち呆けている。

「結構なお手並みだったな、指揮官殿」
「もう終わった。ニーダは官邸だ」
「それでお前はハイさよならってわけか」
「お前だって似たようなものだろう」

2人ともを間に挟んで、お互いを計りかねている。一体こいつは何を目的にに関わっているのか。そもそも、本当にに関わっているのか。

そんな言葉にもしたくない思い。そして出来るなら出し抜きたい、こいつよりは先にに辿り着きたい。サイファーにはガーデンでの記憶がそれを理由付けて、スコールにはサイファーの熱意こそ最大の疑惑。

「俺はもうあの頃の俺じゃない」
「だからどうした」
「正直に言ってやるよ。お前が何を企んでるのかオレは知らないけどな、何もかもがお前の思う通りに行くと思ったら大間違いだぜ、指揮官さんよ。いつでも人より高い所にいて下を見下ろしてるお前には、絶対に見えねぇものがあるんだ。俺はそういう所にいる。も同じだ。それだけはお前がなんと言おうと真実だ。よく覚えておけよ」

サイファーはそれだけ言うと、また腕を組んで黙り込んだ。

スコールには彼がなぜこんな事を言い出したのか、皆目見当がつかなかった。スコールの頭の中には、が危険なものを手にしているかもしれない今、権限も実力もある自分こそ守ってやるに相応しい人間だと、そう思っている。

1人でわめき散らして剣を振り回し、結局事態を悪い方へと追い込むような無様な真似はしない。部下もいる武器もある、いざとなれば後ろ盾もある。充分にを守ってやれる。だからこうして動いている。何も持たない子供だと自覚しているなら、こんな事は二度としたくなかったのに、だ。

「じゃあ、俺も正直に言ってやる。あんたが何を企んでるのか、俺にだって判らないさ。けどな、これはもうあんたの手に負える問題じゃなくなってるんだ。ラグナの下であんたがどんな仕事してるのか知らないけどな、ラグナですら手を貸せない問題なんだ」

ひらひらと手のひらを振ったスコールの胸元を、突然サイファーの手が掴む。少々上背のあるサイファーに、スコールは軽く持ち上げられてしまう。

「お前はどこかのバカなお偉いさんかよ? いいか、お前がをどう思っていようと、死刑宣告を受けたあいつと一緒に断頭台に登ってやれるのはお前じゃない!」

サイファーは掴んだ胸元を投げ飛ばすようにして、指を解いた。2、3歩後退したスコールはバランスを崩して地面に手をつく。

「だいたい……に会って、お前、何を言うつもりだよ?」

スコールは返事をしなかった。それを確認したサイファーはちょっとだけ鼻を鳴らして踵を返すと、グランドステーションの方に向かって歩き去ってしまった。

道端に1人取り残されたスコールは、掴まれて皺の寄った胸元を直すと大きく肩で息を吐く。エスタの流線型の街並みをすり抜けて風が通り過ぎる。

そんな事、誰が決めたんだ。言う事なんてないさ。保護するだけだからな。

サイファーの言葉なんて、元々俺には届かない。スコールはそう自分に言い聞かせた。ただを手元において保護して、それから先はそこから考えればいい。そう、思い込もうとしている。

過去がどうした。今までの距離がどうした。ニーダもサイファーも、に相応しいと誰が思うのか。俺はもう、誰かの手を借りたくないけど借りなければ何も出来ない子供じゃない。借りたくないならそれで済む人間になったのだから。

は、俺の側にいるのが一番いい。

それは、と一番距離があると、自分が一番よく判っているスコールの。

死刑宣告。