それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 018 / 5人

ガルバディアの一角で大人達が腹に重苦しい物を抱えながら言い争いに興じている頃。スコールはの行方を追うと決めたものの、1人の人物を思い出していた。

の事ばかり考えるあまり失念していたのだが、キスティスの報告のついでに彼女の口から出た名前はだけではなかった。もう1人、サイファーの名前があった。一度ガーデンに帰り資料をめくるがそれには名前はない。ただキスティスの口から漏れた言葉だけ。

それが何を意味するかは深く考えたくは無かったが、ともあれ頼るべき情報がそう多くない中で、それが顔見知りである事は少し気が楽だった。決して特別仲がいいわけでは無いが、サイファーとて卒業までの数年はそれまでと比較にならないほど落ち着いていた。探してみる価値はある。

しかし、どこをどう探したものかスコールは指揮官の席で腕組みなどしながら考えていた。以前のようにラグナロクでどこへでも飛んで行けた頃が懐かしく、また、ラグナロクをエスタに返還してしまった事を悔やんでもいる。

エスタ、と言っても要はラグナであるから、スコール達の功績をたたえてラグナロクをガーデンに譲ってもいいという話が出た事もある。しかし17年間星の軌道上を漂流した挙句、アルティミシアと決着がつくまでに酷使されたラグナロクのボディはもうボロボロだった。メンテナンスらしいメンテナンスも行われないまま乗っていたのだから、よく突然の故障等で墜落しなかったと思うべきだろう。

そんなラグナロクを修繕して、維持・使用する費用はガーデンにはなかった。

全世界をつぶさに当たってもいいのだが、スコール自身の立場はそう簡単にどこへでも入っていけるものではない。FHに入れたのは釣りじいさんがいるから。とどのつまり、彼は立場を保証し、時には裏口を開いてくれるような大人が住む場所にしか入っていけないのだ。

ガルバディアは当然不可能。ドールはパブのオーナーに連絡を入れれば何とかなりそうだ。エスタは気乗りしないが連絡さえつけば充分可能。トラビアはシュミ族の村のみ。ティンバーはレジスタンスに顔見知りがなくは無いが、独立してしまった今彼らも民間人でしかなく、連絡を取ろうにも連絡先を知らなかった。

この中で現在サイファーが滞在していそうな場所と考えても、さっぱり見当がつかない。そもそも卒業試験を受けたサイファーは行く先も告げずにどこかへ行ってしまった。それを問い詰めて口を割らせようとするものなどいるはずもなかった。

だが、気乗りのしないエスタは国の頂点に顔が効く。別に頂点であるらしい人物でなくとも、彼にとってはより有能だと思われる部下がいる。それに当たってみるのも悪くはない。とりあえず入国と出国の記録を見せてもらえばいいのだ。

「出かけてくる」

無愛想通り越して不機嫌にすら見える指揮官は部下にそう言い残すと、行く先も告げず、荷物は愛用のガンブレードのみという軽装で部屋を出て行った。

その頃サイファーはろくな収穫がなかったトラビアを出て、一度エスタに戻った。頼みの綱のように思っていたセルフィがああでは、どこへ行こうと同じ結果が待っているような気がしたのだ。

しかし戻ったエスタにラグナの姿はなく、なんとかいう会議だかに出かけているらしい。すぐに場所を突き止めてに会いたいのは山々だが、何せ情報がなさ過ぎる。焦ってあちこちでトラブルを起こすほどサイファーも馬鹿ではない。官邸の秘書によればラグナはそう長く留守にするわけでもないらしい。

ポストが保留のままのサイファーは仕事もなく、自宅や外で考え込んだりしながら毎日過ごしていた。けれど、脳裏に浮かぶのはの事ばかり。

そうやって過ごしていたある日。サイファーはグランドステーションの方から歩いてくる真っ黒な男を目に止めた。どこかで見たような気がする。それどころか、なんだかとてもよく知っている人物のような気がする。

「スコール!」

思わず叫んだサイファーの声に、スコールは足を止めた。スコールにしてみれば探してはいたが会いたくはなかったサイファーが、目の前に仁王立ちになっているのを見ていつものように眉間にしわを寄せた。

「なんであんたがここにいるんだ」
「そりゃこっちの台詞だ」
「そんな事どうでもいいだろう」
「よくねぇよ。お前、こんなとこでボケっとしてられる立場じゃねえだろう」
「余計なお世話だ」

無言のまま睨み合う2人を善良なる通行人はそそくさと避けて通る。エスタの誇る巨大な外周道路の上で渋い顔をしている2人は、今ここでバトルが始まってもおかしくはない程ピリピリしていた。

「親父さんに会いに来たんなら、今はいないぜ」
「何であんたがそんな事知ってるんだ」
「お前より簡単に大統領に会える人間だって事だ」
「エスタに就職なんて酔狂な事だな」
「お前に何がわかる」

徐々に2人の顔つきが厳しくなっていく中、それを一瞬で止めたのはエアステーションに滑り込む大統領専用機の姿だった。

「フン、お前は官邸で面会のアポでも取りに行けよ。時間がかかるからな」
「そんなもの必要ない」
「残念だが、エスタもあれからだいぶ変わってるからな」

とは言うものの、身体1つでエアステーションに乗り込みラグナに会おうとしても、それはまず不可能だという事くらいスコールにも判る。何も言わずにスコールを通り過ぎ、エアステーションに向かうサイファーを横目にスコールは官邸を眺めていた。

「親父、か」

エアステーションの政府関係者入り口から入り込んだサイファーは、ラグナの元へ取り次いでもらうように申請した。すると、申請からものの数分で許可が下りた。仕事帰りで疲れているかもしれないラグナを急襲する事に遠慮はあったが、報告くらいは差し支えないだろう。

「失礼します」

開いたドアの隙間から向こうが見え始める前に、サイファーはペコリと頭を下げた。そして再び頭を上げた時、サイファーは何が起こっているのかと身体をこわばらせた。

ラグナ大統領が、泣いていたのだ。

「す、すみません、出直し……
「ああ、いいんだサイファーくん。入り給え」
「ですが……
「大丈夫。ここへ来なさい」

穏やかな表情のキロスに促されてサイファーは部屋の中へと足を進めた。いつも朗らかで、何より笑顔の似合う大統領が、声を殺して嗚咽を漏らしている。それはまさに異様としか言いようがなく、サイファーは今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。

「すまないね、こんなところを見せて」
「い、いえ、あの……
「どうせ支離滅裂になってしまうだろうが、どうか話を聞いてやってくれ」

キロスに肩を叩かれ片手を上げて応えたラグナは、無造作に掴んだタオルでぐいぐいと顔をこすって顔を上げた。

「サイファーくん、座りなさい」
「あ、はい。失礼します」

そうしてラグナの正面に座ったサイファーを見るや否や、大統領はまたむせび泣き始めてしまった。しかし、いたずらにサイファーを混乱させると思ったのか、ピタピタと顔を叩くと鼻をすすり上げた。

「あのよ、オレ、な? ちゃん連れて来いとか、一緒に考えようとか、簡単な事言って。そんで、お前がいなくなったちゃん探すっていうから、オレはお前達が悲しい思いしないように守ってやろうって思ってた。オレはもう情けないけどオトナだし、お前達を守ってやれると思ってたんだ……!」

再びタオルのお世話になりながら、ラグナは途切れ途切れに話している。

「けど、ま、もってやれなかっ……
「ラグナくん、サイファーくんは会議の内容を知らないよ」

やっとの事で助け舟を出したキロスの声に、ますますラグナは顔中を皺だらけにしてうな垂れた。決議報告をまず最初にしなければならないのがよりにもよって本人である事は、ある意味では良い事でもあるだろう。しかし、それはあまりに残酷な、悲しみを伴う結果。ラグナは、自分を責め、そしてそのために、自分から言わねばならぬと決めた。

ちゃん、第一級国際指名手配になっちまった」

「あ!あなたは確か……少々お待ち下さいね、今すぐに」

官邸秘書の女性はスコールを覚えていた。そんなにラグナに似ているつもりのないスコールは、彼女の記憶力が良かっただけである事を願った。

「ちょうど今エアステーションにご到着されたようですよ。連絡はこちらから入れておきますから行ってみては」
「じゃ、そうします」

時間なんかかからないじゃないかサイファーのヤツ、とスコールは思った。まるで俺はエスタじゃどこも顔パスなんだとでも言いたげなサイファーの顔を踏みにじってやりたかった。

スコールは官邸を後にすると、エアステーションへと向かう。すでに格納庫に移された大統領専用機の姿はなく、総合受付の女性は名前を言っただけで通してくれた。

そして案内された部屋のドアを軽く叩く。思っていたとおり、中からはキロスの返事が返ってくる。

「スコールです」

少しだけ大きな声でそう言った彼の目の前で、ドアが勢いよく開いてウォードが出迎えた。そこでスコールが目にしたのは、うなだれ鼻をすする大統領と、先ほどすれちがったばかりのサイファーの姿だった。

「や、やあ、スコールくん。久しぶりだね」
「あ、はい、ご無沙汰してます」
「えー……と、ラグナくん?」
「悪りぃ、スコール。ちょっと待っ……
「構いません、彼も知ってます」

およそサイファーらしくない言い方で引き止められてしまったスコールは、心なしか不機嫌そうな顔をした。しかし、サイファーの言い方で彼はピンと来た。の事だ。

「ああ、そうだったっけか。そうだな、うん」
「じゃ、スコールくん、君も座りなさい」

あまり気乗りはしなかったが、スコールはサイファーの隣に腰を下ろした。そこでやっと気付いたが、風邪でもひいているのかと思ったラグナは涙の為にしゃくりあげていた。これにはさすがのスコールも動揺せずにいられなかった。大人が泣くのを見るのはこれで2度目。1度目はシド学園長だった。

「どうせお前も、探してるんだろ」
「何でそんな事……
「違うならそれでもいいさ。けど知り合いなんだしな」

サイファーはまっすぐ前を向いたまま、膝の上で両手を組み、覇気のない声で言う。

、国際指名手配になったぞ」

今すぐにでも払い除けてしまいたいほどの重い空気が部屋中に垂れ込めていた。声を持たないウォードも、常にフォローのために喋り通しのキロスも、少しは黙っておいた方がいいかもしれないラグナも黙っていた。

「大統領、それは、罪が確実だから、ですか」

その沈黙を押し流すようにサイファーが口を開く。

「それがそうじゃねえんだ。オレも決まってもいないのにどうしてそんな事するんだって言ったんだけどな……。ヤツら、そうでもしないと探せないみたいに言うんだ。『セントラの指先』だってまだ危険な物だって決まってないのに」
「大統領は君達を思うがあまり、各国の要人を前にずいぶん無礼を働いて参りましたよ」

なぐさめのつもりか、キロスはにこりともせずにそう言った。それで場が和むわけではないが、サイファーにしろスコールにしろそれは想像に難くなく、少しだけ気が紛れる。

「あと、な。ニーダって子も、指名手配だ」
「ニーダが!?あいつはもう……
「やっぱりお前色々知ってんじゃねえか」

口が過ぎた事に思わず頭を抱えるスコールに、サイファーは嫌味な口調で突っ込む。

スコールはともかく、サイファーにはスコールの目的が手にとるように判っていた。ガーデンで『セントラの指先』探しをしていた当時から、はスコールのお気に入りだった。少なくともサイファーにはそう見えた。

キスティスのように1を言えば30位返ってくるわけでもなく、セルフィのように一瞬でも目を離したら危険行為に身を投じかねないわけでもなく、はスコールに対してそれはそれは従順だった。

そこにはの何とかしてこの有能な指揮官の気分を盛り上げようとする意図があったのかもしれないが、そんなもの本人に見えようはずもない。

「これってよ、世界中が集まってよ、みんなで協力して助け合いましょうっていうヤツでよ、断ってもいいんだけど決定は決定なんだよ。オレは当然そんなもの賛成したかないけど、他の国は全部賛成しやがった。だからエスタに指名手配の勧告は来ないけどその他の国には一斉に出るんだ」
「今のところ調査がもっとも進んでいるのがガルバディアですから、結局彼らがいろいろと手を下す事になるんでしょうね」
「でよ、エスタはそれに従わないって言うのは自由なんだけどさ、それはいいんだけどさ、そうするとさ、例えばちゃんとかをここに匿ったりするとするだろ、そうすると……
「またガルバディアの思う壺って事か」

一生懸命喋っているラグナの語尾をばっさりと切断するかのようにスコールが言い切る。エスタの意思として決議を拒む事はUWMの性質上可能だが、それを理由に外交がこじれても文句は言えないわけだ。

「また戦争、か」
「そんな事になるような事、してねぇじゃんか!」
「おそらくガルバディアはそっちの方が狙いなんだろうな」

最初の衝撃が過ぎてしまうと、スコールは実に冷静だった。前かがみになるサイファーとは対極に、ソファの背もたれに深く身体を沈め、顔に手を当てて考えている。

「結局、決まったのは?」
「昨日の午後だから……勧告は明日になるだろう」

スコールとキロスの間の話は実に無駄がない。呟く程度にしか言わないスコールの言葉にもキロスは即座に切り返せる。

「じゃあまだ時間がある。ニーダ、保護してくれないか」

スコールの提案に、一同は身を乗り出す。

「エスタは動かなくていい。俺が連れてくるから入国手続きを取らないで入れて欲しい」
「居場所、知ってるのか。FHにいるってだけしか……
「どこに住んでるのかも知ってる。けどFHにいると知れているなら、どうせもうガルバディアだかの監視があるだろうから、裏口を使う」
「裏口だあ?」

ここでスコールは身体を起こすと、彼にしては珍しく、にやりと笑った。

「俺にも知り合いってものがいるって事だ」

スコールの計画は実に単純だった。まずエスタ始発で出る車両に乗ってFHまで行く。その間、車内から百汽長こと釣りじいさんへ連絡を入れる。スコール到着までにニーダを人目につかないよう駅まで搬送。スコール到着と同時にニーダをピックアップ。その後は鉄道に乗らず、陸橋のメンテナンス通路を通ってエスタに戻る。ただそれだけだった。

「メンテナンス通路?」
「ああ、あるんだ、そういうのが。陸橋の中に狭いが立って歩けるだけの通路がある。そこを通る。そこで、だ。俺が行って戻ってくるまでに最低でも5時間はかかる。その間に一仕事頼みたい」
「我々で出来る事なら協力するが」
「OCSを借りたい」

正しくはOpticalCamouflageSystem、通称OCS表示。簡単に言えば光学偽装装置と呼ばれるもので、かつて都市部の全てを覆い隠そうと用いられていたものだ。原理はそれほど複雑ではないが、実に効果のあるカモフラージュシステムだ。

「首都圏内までの逃走路、だな」
「要は見えなきゃいいんだ。大塩湖から都市部まででもいい。車が通れればなお都合がいい。時間はあまりない。5時間で……出来るか?」

受け答えをしたキロスではなく、スコールはラグナをまっすぐ見て言った。彼は今、ラグナの息子としてではなくSEED軍指揮官として、エスタ大統領に言っている。大統領の瞳の奥で、消え失せていた光が蘇る。

「なんとしてでも、間に合わせる。お前も、頼むな」
「誰に向かって言ってるんだよ」
「じゃ、サイファー、お前、キロス手伝ってやってくれ」
「はい」

ラグナが立ち上がると同時に全員が立ち上がり、ドアを押し開けて出て行った。にわかに色めきたつ大統領とその側近、部下、そして息子の5人はエアステーションを駆け出した。

キロスの叫び声がこだまする。スコールの硬い足音が遠ざかる。

その中で、大統領は吹き抜けの天井から降り注ぐ陽の光を仰いで目を細めた。まるで雲間から差し込む天の光のように、陽射しは彼を包む。

「あいつらを……どうかお守り下さい」

彼の呟きを、エアステーションの喧騒が飲み込んで行った。