それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 017 / 傍観者

ラグナの元にその書簡が届いたのは、サイファーがエスタを出て行ってからそれほど時間が経過していない頃だった。いつものようにキロスに怒られながら仕事をしつつ、たまにはエルオーネとお茶など飲みながら楽しく過ごしていた時の事。

「ラグナくん、これにも目を通してくれUWMからの書簡だ」
「UWM~?なんだっけそれ」
「ガルバディアが始めた各国会議の事だろう」
「ああそうだっけ。なんだなんだ」

ラグナはその「UWM」とやらからの書簡を指先でつまむと、ぺろっと垂れ下げて眺め回した。回りくどく、挨拶が多すぎて本題は一体どこにあるのか判りづらい書簡を見てラグナは瞼を少しだけ落とした。

……なんだなんだ?会議するって事だろ?」
「まあ、端的に言えばそうだが、どうも臭わないか」
「またなんかつまんない事話すだけだろ~何が臭うってんだよ」

今ここで押し問答をしたところで、会議の内容など実際に言ってみれば判る事だ。キロスはそれ以上ラグナに深入りせずに口を閉ざしたが、内心ではどこかに物が詰まったような違和感を覚えないでもなかった。

なぜなら、「UWM」は基本的に世界各国が協力して人道的支援や世界的な問題の解決の為に召集されるものと定義されているからだ。

現在、世界のどこを探しても世界中が協力して助けの手を差し伸べねばならない事態は起こっていない。とすれば何か問題がある事になる。過去3回の召集にて後者が議題に上った事はなく、またその基準はとても厳密に決められていた。

その基準が書かれた書類をキロスはほぼ暗記していた。それを思い返して、キロスは少しだけ眉をひそめた。

「あーやれやれ、正装ってニガテなんだよなー」

高いカリスマ性を持ちながらも、常に目にしているとやや頼りなげな印象が無いでもないラグナは後頭部をかきむしりながら部屋の中を歩き回っていた。

第4回UWM開催地はガルバディア。毎回召集国が開催地となるのが慣わしだ。

かつて世界中をその手に入れんがため猛威を振るった国でありながら、議会の発足を各国に了承してもらう際には気持ち悪さを覚えるくらいの低姿勢だった。現在国家として認められているのは6。そして国家としての定義はともかく、人が住んでいると確認されているFHとセントラ地域。

さし当たってFHとセントラに関しては居住者の意思の尊重と、有事には監視を認可してもらう事に落ち着き、その他の国家は訝しがりながらも議会の承認をする事となった。ガルバディアにどんな意図があるにせよ、金銭の絡む問題でなし、召集しないのであれば呼ばれて出かけていくだけでいいのだ。そこでどんな問題が持ち上がろうと、協力を強要する会議ではない。世界中の批難を浴びたとしても断るのも自由。

かくして「UWM」と名付けられた各国会議は発足から3回の召集を経て現在に至る。

ガルバディア首都旧デリングシティ。

仮にも首都がこんな都市名になってしまっているガルバディアの情勢不安ぶりが目に見えるようだ。かつての独裁者の名を冠した都市名など、早く捨ててしまいたい。けれど、そんな事にすらゆっくり時間をかけていられないらしい。

2年前に新設されたガルバディア国際空港に降り立ったエスタの要人は、実にその殆どがガルバディア出身であるため、何やら感慨深げな表情でタラップを降りた。

続々と空港に降り立つ各国の代表者達をフィルムに収めようと、これまた世界中のメディアがこぞって空港に詰め掛けた。

その中に、1人の若いジャーナリストがいた。百戦錬磨の猛者の中で突き飛ばされ押し戻されながらも、片手に小さなカメラを握り締めてもがいていた。

以下は、そのジャーナリストによる第4回「UWM」の報告である。

正午過ぎ:各国の代表者到着
今回の会場である旧ビンザーデリング記念会館に移動

今回の会議について、議長国であるガルバディアは事前にアナウンスを一切しなかった。現在取り立てて災害もなければ、思いつく限りでもこのような会議を開かねばならない事態は想像できない。それは私のような一介の記者でなくともわかりきった事であろう。

UWMの性質上、このような不透明な会議は不本意のはずだ。精錬潔白で在らねばならないはずだ。しかし、今まさに要人たちを吸い上げている会場の入り口に佇むガルバディアの代表は口を割らなかった。

これについて、当然世界中のメディアが異議を申し立てた。私としてもそれには同意見である。すると、ガルバディアの広報担当はメディア関係者を集めて別室へと連れ込んだ。

「今回は特例の召集となっています」

広報担当の第一声が、これだった。

「まず申し訳ないが、テレビ、ラジオ等の電波・オンラインメディアの方々には退室をお願いいたします。会議が終わり次第いつものように結果を報告するための会見をご用意いたします。元より会議の様子の撮影は許可されておりませんのでご了承下さいますようお願い申し上げます」

数年前までテレビというものは国内だけの小さなカルチャーでしかなかった。しかし世界中が一気に開かれてしまってからは、その威力たるや日増しに強力となっていく。抗議の声を声高に上げながらも彼らが退室してしまうと、我々は五分の一程度しか残らなかった。

「次に、発行部数が20万を上回る媒体に関わる方はこれも退室をお願いいたします」

何が起こっているのかまるで見当がつかないまま、これで殆どの者が退室を余儀なくされた。残ったのは僅かに十数人ほど。自分の事はともかく、周りを見渡してもきっと小さな地方紙や細々とした媒体にしか文字を躍らせる事の出来ないようなジャーナリストばかりが残った。

「さて、ではこれで退室して頂かなければならない方いなくなりました」

表情を崩さない広報担当は我々の方をぐるりと見渡すと、話し始めた。

「先ほども申し上げましたが、今回は特例の召集となっております。そこで、皆様には会議を傍聴して頂く事をお願いいたします」

当然の事ながら、部屋中に動揺の声が上がった。私も例外ではない。

「傍聴した事を正確に記事に起こし、持ち帰って掲載する事は予めお断りしますが、それ以上に皆様にはある役目を担って欲しいと我々は思っております。これに賛同頂けない方は退室をお願いいたします」

そして残ったのは、私を含めて8人。気付けば目つきの鋭い男達ばかりが残っていたように思う。その中で私は浮いていた事だろう。けれど、広報担当は眉1つ動かす事なく、我々を入って来た時とは別のドアから会議が行われる会場の隣室へと連れて行った。

2時:UWM会議開始
傍聴の為に用意された席にて

円形というよりは六角形に近い輪の輪郭に、各国の代表がずらりと並んだ。その中でも一際目を引いたのがエスタ。まだ若々しい大統領に、エスタの装束に身を包んだ官僚。頭の白い代表ばかりが目に付く中で、それはとても場違いのようで、しかし一輪の花のようで異彩を放っていた。

余談となるが、そのエスタ代表である大統領はガルバディア出身であるらしく、わざわざ公表する事こそないがかつてのアデル支配からエスタを開放した立役者であるらしい。

ガルバディアの暫定代表者である旧ガルバディア軍の要人であったらしい初老の男が席を立つと、場内は静寂に包まれた。私はなぜ自分がこんな所にいるのか実感が湧かず、浮ついた膝を紙とペンで押し留めながら固まっていた。

「えー、まずは急な要請に応じてくださった各国の代表の皆様に厚く御礼申し上げます。事前にろくな説明も無いまま会議を始めなければならない事を誠に申し訳なく思います。ですが、ここで各代表挨拶等を省略し、このまま会議に入る事をどうかお許し願いたい。それだけ、今回の件は重いのです」

場内は元より、私のいる傍聴席からもざわざわとした耳障りな声が漏れ響く。だいたいにしてこういった会議などというものは、本題に入るまでが長い。本題などまるでおまけのように簡単に終わってしまう事すら珍しくは無い。それを省略するだけ重い事態とは。ガルバディアの関係者を除いた全ての参加者が一様に不安を見せていた。

そして、その不安を拭い去るかのように手を掲げたガルバディアの代表者は、一呼吸置くと一言で問題を言い終えた。

「『セントラの指先』が発見された可能性があります」

一気に騒音の中に入り込んでいく会場の中で、私は1人その様子を黙って見ていた。となりに座っていた不潔な風体の男は焦って携帯電話を取り出し、ガルバディアの関係者に取り押さえられ、連行された。ドールからやって来た女性外交官は頭を抱えて机に突っ伏した。

「セントラの指先」、それは兵器とされているものだ。

そして、そうではないともされているもの。

かつてのセントラ文明の遺物であり、今なお現存は確認されておらず、伝説の宝とでも言うべき「セントラの指先」。しかし国を動かすような立場にある者ならば、それが脅威であってもおかしくない事は想像に難くない。

それが発見され、誰かの手に堕ちてしまっては、困るのだ。

しかし私はそれもすでに念頭に置いた上でここへやって来ているため、それに動揺する事は無い。むしろその為に召集をかけたガルバディアが次に何を言うか……そちらの方が気がかりだ。

「可能性という事は、まだ見つかったわけではないのですか」

トラビアの代表者が祈るような面持ちで発言をした。

「それでは、今回の召集に至る経緯をご説明させて頂きます」

ガルバディアの代表は、資料を手に低い声で話し出した。

以下はその説明と、その間に含まれる質疑応答の会話記録である。