それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 016 / 祈り

「セントラの指先」について、が調べ上げた事は、そう多くない。

ティンバーに残っていた文献、嘘なのか本当なのか判らない珍妙な記事ばかり載せるような新聞ですらも目を通した。「セントラの指先」と言うだけあって、それはかつてのセントラ文明の遺物である事に間違いはない。だから、セントラについてもありとあらゆる資料を紐解いた。

そして元々シェルターであったというガーデン。それをノーグに資金提供してもらい購入、改造したのがシド・クレイマー。ではかつての持ち主は?シドがそれを手に入れた経緯は?

だからバラム関係の資料も漁った。

崩壊したセントラ文明が2つに分かれ、ドールとエスタが出来た。とても芸術性の高い街並みを誇るドールに、あまりに高度な機械文明を所有するエスタ。つまり、例えばガーデンがセントラ文明時代の物であるなら、その技術は確実にエスタへと受け継がれているはず。

エスタも調べないわけにはいかない。

そうして伝説だの神話だのの域を越えない「セントラの指先」について、は不確かでもいいから情報を探し続けた。

正体すらも定かではない「セントラの指先」。どこにあるのかも、ましてや実在するのかも判らない「セントラの指先」。その可能性を、もニーダも確信していた。だから、スコールですらも巻き込んで探したのだ。確かに少しはこそこそしていただろうが、それでもサイファーにすら頭を下げて探していた。

それほど「セントラの指先」というものは、存在としては大きく、しかし謎に包まれていて、完全に「失われたお宝」の地位を確立していた。もちろんその事を知る人も少ないし、信じていない人もいるだろう。

は、ただ机の前に座って手のひらの上で転がしていたニーダより情報を持っていると思っていた。

しかし――

「ふーん、実在したんだアレ」

まるで5分前の落し物を見つけたような軽さで、ゼルはの話の腰を折った。

「アレ、って……。そんな簡単に言わないでよ」
「いや、だってよ、アレが危険だとか何だとかって言うヤツいっぱいいるけどよ、そもそもセントラ文明っていうのは当時既に存在だけでも相当な脅威だったんだぜ?」
「だからそのセントラの……
「作った危ないモンかもしんねえって言うんだろ。けどセントラには、そもそもそういう危険なものを使ってまで怖がらせる相手なんていなかったの、知ってるか?」

はぱっくり口を開いたまま、ぐうの音も出なかった。またもやすっかり忘れていたらしいが、ゼルは人呼んで「物知りゼル」だ。

「第一、セントラの民がドールとエスタに別れたのだって、機械文明の重要性を主張する一派と、それに頼りすぎる事で壊滅状態になった月の涙による悲劇を繰り返したくない一派の分裂によるものだろ。以来お互いは衝突もしていなければ、取り立てて確執もねえと来た。つまりボロボロになったセントラを捨てて、新天地を目指したわけだ。それぞれ意志の違う人たちがな。そんな時に、もしそれが物騒な者だったら……なんとしてでもどっちかが持って行かないか?」

あまりに完全な理屈に、は頷く事も出来なかった。しかも、必死で資料を追い求めたが知らなかった事もゼルは知っていた。

「で、それでモメてんの?」
「う……まあそんなとこかな」
「で、行くとこねえってわけか」
「そ、その通りです……

しばらく腕組みして何やら考えていたようなゼルだったが、しばらくすると腕を解いて大きく伸びをすると、のよく知るゼルにまた戻っていた。

「んじゃ、ま、しばらくオレん家にいれば?」
「ゼルん家って……
「ああ、ホラ、オレ教官だから寮に入れねぇんだ」

さらりと言って歩き出したゼル。その後姿をはぼんやりした目で追いながら、あまり軽くはない足取りで歩き出した。

……なんで笑うかな」
「ご、ごめん……あまりにもゼルらしいというか……

ゼルの家だという瀟洒なマンションの一室に足を踏み入れ、部屋に入った瞬間は腹を抱えて笑い出した。まず目に飛び込んでくるサンドバック、奥に見えるはベンチプレス、そして壁に飾られ埃一つない肖像はきっと彼のお爺様のもの。

「こんなに想像を裏切らないのも珍しいって!」

床に転がるダンベルに足をすくわれてヨタつきながらも、はゼルの部屋の中へと進んで行く。案外きれい好きで、どこを見てもきちんと片付いている。余計なものもなく、必要最低限のものだけで構成された部屋は、思いのほか居心地がよかった。

「あー、でな、ここの部屋、使っていいぜ。おふくろが使ってるベッドで悪りぃけど」
「ううん、充分。ごめんね」
「まあ、いたいだけいていいから。オレは昼間仕事だし」
「じゃ、掃除とか、やろうか。買い物とか」
「あーいいよ、掃除はオレがやる。いや、でも買い物は頼むかな」
「まあ私ヒマだし、何でも任せてよ!」

一週間以上の定地任務になると、生活可能な家を借りて自活しながら過ごした事もある。それはまるで合宿だとか、遊びのない修学旅行のようで、任務でありながらも楽しかった。それを、彷彿とさせる、そんな感触だった。

ただ馴染みの顔と声と空気と。

それだけで身体も心も充分に休まる。落ち着いて、棘が刺さったような背中が緩むのが判る。手元に「セントラの指先」がある事など、大した事ではないように感じてしまう。

それはゼルの瑣末な事にこだわらない性格であり、に対する友情であり、広い意味では愛情でもあるのだろう。けれど、とても熱い友情のようで、それは物事を、事態を、重く捉えていないという事でもある。悪気はないし、ふざけているのでもない。だけど軽率だった。

その2人を守っていたのは、ここがドールであり、を匿った事になるのがゼルであった、ただそれだけだ。

「何、お前そんだけしか金ないのかよ」
「いやあ、ちょっとね……だから仕事、するよ」
「見つかったらマズいんじゃないのか?」
「見つからない仕事だってあるの。あとコレ、どこかに置かせてくれない?」

は片手で「セントラの指先」を取り出すと、ゼルの目前に掲げて見せた。部屋に差し込む陽の光を受けて七色に輝く美しい球体。今もどこかの誰かが垂涎の思いで欲しているかもしれないものだ。

「フーン、きれいなもんだなあ」
「そうなのよね……とても危険物とは思えなくて。あと、これ、説明書かな」
「おお!古代文字!オレ、知ってるのあるぜ!」

しかしどこまで雑学に精通しているのか。ゼルは小さなプレートを裏から表から穴が開くほど見つめている。

「文章は読めねえけどよ……コレ、水と人間って文字じゃなかったかなあ」
「水と人間?」
「おう、そうだぜ。文字っていうより、マークみたいなもんか?ドールのアクセサリーに描かれてたりするの見た事あるぜ!まあでも、そうだな、ここにしまっとくか」

ゼルはニーダが見たら卒倒しそうなほど軽々しく球体を弄んだ。そして高く放り投げると宙でパシッと掴み、ゼルの祖父の肖像の元へと向かう。

「じいちゃんの遺品の仲間入りだ。ここならいいだろ」
「ええー。おじいさん怒らないかなあ」
「なんだよ、ウチのじいさんはそんなケチくさい人じゃねえよ」

肖像の下には、年代物の小箱。その中には短い数珠のようなものや、古い時代のIDカードのようなもの、様々なものが納められている。「セントラの指先」は無事、その仲間入りを果たした。

「じいちゃん、頼むな」

肖像に向かって手を合わせ、目をしっかり閉じて祈るゼルはやっぱり真剣そのもので。そうするのが当たり前だからとか、そうするものだからとか、そういう上辺の形ではなくて、本当に祈っている。そのゼルより一歩後ろにいたも、同じように手を合わせて祈った。

ごめんなさい――

そして時間はいつも通り過ぎていく。

毎日仕事に出かけていくゼル、買い物をして食事を作って待っている

は所持金が尽きると、こそこそとティンバー大使館へと行った。ティンバーの黒幕たちは実に気前がよく、は必要以上の大金を手にして帰った。

そして、資金提供者へ言伝てを依頼する。

《ドールにて地図を見た。地図を確認するため片割れの元へ》

つまり、「ドールで調査中。資料を見せてもらい、確認するためにエスタに赴きます」と言う事だ。ドールにしばらくいるなど、口が裂けても言えない。

何を考えているのか、黒幕たちが寄越した定額制のカードキャッシュは上限の300万ギルぴったりだった。これだけあればこれから先何年かでも生活して行ける。

毎日くだらない話をして、毎日トレーニングに付き合い、毎日一回はお菓子を賭けてカード勝負をして、毎日食卓に近所のパン屋自慢の品を並べる。

穏やかで、暖かくて、柔らかで、優しい毎日。

まるでの今までの騒動などなかったかのように陽は昇り、月に背を追われるまで2人を包み込んでいた。ここは平和だから、何も思い悩む事などないと、そんな風にどこまでも優しくドールを照らしていた。

夜を見張る月ですら、子守唄のように。