それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 014 / 追い求める者1

「おい、ニーダ!起きろ!」

に盛られた薬のせいで、ニーダは深い眠りの中に落ち込んでいた。

元々他人にあまり干渉しない街でもあるし、ましてニーダは駅長夫妻がカンカンに怒って叩き出そうとしたものの、釣りじいさんの一存で街に置いてもらっている身。薄っすらと瞼を開けたニーダの目に飛び込んできたのは、声の主ではなく、デジタル時計の日付。に眠らされてから2日も経っている。

丸2日仕事場兼自宅から出てこないニーダの様子を見に来ないFHの住人にも呆れたが、それ以上にそんなに長い間目を覚まさなかった自分をニーダは恥じた。

「いたた……

あまりに長い間眠っていたせいで、体中が軋む。身体をギシギシ言わせながら起き上がったニーダの目に、彼を眠りから呼び戻した声の主の後姿が映る。

……スコール!」

そこに佇んでいたのは、紛れもなくスコールだった。相変わらず黒の上下に身を包み、腰には重そうなガンブレード。ちょっと不満そうに腕を組み、頭を支えるのですら億劫な風に首を傾げているその姿まで、何もかもガーデンにいた当時と変わらない。

「な、なんでここが……あいたたた」
「俺にも知り合いってものがいるって事だ」

自分にはしっかり判っていても、聞いている方からすればやや判りづらい物言いも相変わらずで、ニーダはベッドに手をついたまま苦笑した。はっきりと聞いたわけではないが、釣りじいさんと何やら面識があったらしい事はニーダも知っている。

「悪かったなせっかく来てくれたのに寝こけてて」
……お前、まだ隠し事するつもりか」

何もかも相変わらずなスコールの振り返った顔は、ニーダが今まで一度も目にした事がないほど険しいものだった。

……なんだよ、お前まで」
……そうか、来たんだな、ここに」
「俺まだ何も言ってないぞ」
「だったら全部話せ」
「それが人にものを頼む態度かよ」

スコールが「セントラの指先」に関係する何かを追ってここまで来て、その間にの名前を聞いた事位はニーダにも予想がつく。そしてそれにまつわる顛末全てを聞くためにニーダを起こしたのも、判る。

けれど、ニーダとはそれだけの間柄だったわけではない。どうやらにはそんなつもりは全くないようだが、ニーダにしてみれば2人で始めた宝捜しにスコールが入り込んできて、突然抜け出ていった事も、気に入らない。

それを再び突然入り込んできて「全て話せ」とは何様のつもりか。

「あんたが今何をしてるのか……そこから話せよ」
「知ってるだろう」
「さあ、知らないね」
……仮にも同期生を傷つけたくないんだ俺は」
「殺されたって話さないからな。さっさと斬れよ」

眉1つ動かさずにガンブレードに手を伸ばしたスコールに、ニーダもまたベッドの上で座ったままピクリとも動かずに応える。

キス一つ残して消えていった、居場所も判らない最愛の女について。

それをなんでこいつに話さなきゃならないんだ。

ずっと成績優秀で、SEED始まって以来のガンブレード使いで、こんなに愛想悪いのにいつでも人気者で、それすら鬱陶しいようで、運命だかなんだか知らないが世界まで救った、こんな男に。

との接点など、与えるものか。

「どうしたよ。斬らないのか?」
……お前、本当にそう思ってるのか?」
「ああ、思ってるよ。お前に何を話すってんだよ。自分で探ればいいだろう?なんで聞きに来るんだ。ガーデンはもうない。SEEDもない。お前が壊しちまったからな。俺ももうガーデンの人間じゃない。なんでお前に話さなくちゃいけないんだ」
「だから言ってるんだ!世界がどうなってもいいのか!?」

スコールに個人的な恨みなど、ない。羨望の感情は否定しない。けれど、それでも悪いヤツじゃないのは判ってる。頼れるヤツだ。強いし、責任感もある。

これがもし、に何も関わりのない事ならば全て包み隠さず話したのかもしれない。いや、最初から隠す事などなかったかもしれない。

けれど、が「セントラの指先」を持っている今は、話が別だ。

「またお前が救えばいい」

笑顔でそう言ったニーダをスコールは殴り飛ばした。

「元はと言えばお前が蒔いた種だ!」
「ずいぶん気が短くなったんだな、指揮官殿は」
「余計な事を言ってないで全部話せ!」
「興味が失せて……話を降りたのはお前の方だ」

掴みかかったニーダの襟元を投げ出したスコールは、下を向いて唇を噛んだ。床に投げ出されたニーダはのろのろと立ち上がる。

「お前さ、途中で探すのやめるって言い出して……そんな事言うなって止めたになんて言ったか覚えてるか?」

少しだけ血の滲む口角を指先で拭いながら、ニーダはふらふらと窓辺に寄りかかる。地下にありながら、陽の光が差し込む窓の外を虚ろな目で見つめて、スコールを見ない。

「そんなくだらない事、もうよせよ」

ニーダの掠れた声が、スコールの耳に突き刺さる。返事はしなかったが、スコールはちゃんと覚えていた。あまり関わろうとしないサイファーに、見るからに頼りなさそうなニーダの中で、が自分に向けてくる視線に気付いていたのに、形を失いかけているガーデンに比べれば些細な事だった。

「その時のの顔、覚えてるだろう?」

期待など微塵もしていなかったスコールとサイファーの参加で、より協力になった宝捜しの終焉は実にあっけなかった。元々積極的ではなかったサイファー、突然興味を失ったスコール。そして去り際にスコールはくだらない事だと言った。

の顔。夢中になっているマンガをバカにされた子供の顔。せっかくおしゃれをしたのに彼に気付いて貰えなかった少女の顔。死ぬ程努力したのに当たり前だと言われてしまった少年の顔。心を込めて作った食事を食べてもらえなかった母親の顔。

そういう顔から、顔を背けたのはスコール。

苦々しく頬を吊り上げたニーダは、やっぱり下を向いたまま唇を噛み締め、固まっているスコールに向き直ると、少し笑った。

にあんな顔させたヤツに話すわけないだろ?」
……お前、まだ好きなのか」
「ああ、好きだよ。あの頃も今も、俺が好きなのはだけだ」
……でも別れたんだろう?」
「けど好きな事には変わりないさ」

心なしか悲しそうな表情でニーダを見つめるスコール。そのスコールに、ニーダはまた笑って見せる。口元だけ少し湾曲させて、目だけは微塵も笑っていない笑顔を。

そして、明らかに負の感情を込めて、叫ぶ。

「お前と同じようにな!」

ニーダは笑っていた。

瞳と、眉と、瞼だけは吊り上げたままで、笑っていた。触れられたくない傷跡を尖った金属でこじ開けられたようなスコールに向かって、笑っていた。

「俺が知らないと思ってたんだろう。ニーダはどうせ気付かないと思っただろう。そうだろうな。けどな、お前、俺と同じ目してるんだよ。を見る目、に見つめられた時の目、を呼ぶ時の目。全部、俺と同じだ。

それを突然やって来て全部話せ、だって?お前、何様だよ。

どんな大義名分があるのか知らんが、自分で接点を握り潰しておきながら今更になってを手に入れたくなったのか?それともあいつが「セントラの指先」に関わってると知って守りたくなったのか?」

スコールが口を挟む隙間など与えずに畳み掛けたニーダの視線から、スコールは耐えられないように身を捩った。

「俺だって守ろうとしたさ」

から「セントラの指先」を遠ざけたくて、を守るために姿を消したニーダ。けれど、追いかけてきてまで奪っていったのも、

「けどな……は守って欲しいんじゃないんだよ」

ニーダは、もうそれ以上何も話さなかった。ただ一言「出て行ってくれ」と言ったきり、貝のように口を閉ざして俯き、動かなかった。

ニーダの仕事場を出たスコールを出迎えたのは、かつての百汽長、釣りじいさん。

「どうぢゃった?」
……ダメでした」
「そうかそうか。まあ、なんだの、2人とも若いから」

肩を落としてこそいないものの、ぼんやりと空を見つめているスコールの背中をじいさんはポンポンと叩く。じいさんに連れられてスコールはFHの街をとぼとぼと歩く。

勧められるがままに座らされたのは、FHの巨大ソーラーシステムがよく見える場所にある廃材の山。簡単に腰を掛けるスコールの横でじいさんはもたもたとよじ登っている。

「まあ、そんな顔をするもんぢゃないよ」
「俺は……自分の事しか考えていませんでしたから」
「それのなにが悪いんぢゃ?」
「え?」

釣りざおを抱えたままのじいさんは、きょとんとした顔でスコールを見る。

「どういう……
「ワシャ、おまえさんたちが何でモメとんのか知らんけどなあ、何かしようって時に何かを考えるのは自分で、その時の基準ちゅうモンは自分のモンで、そんでもって決めるのも自分ぢゃろう? その時誰かを思ってたとしてもなあ、そりゃ恩着せがましいってモンぢゃよう」

話すたびにじいさんのつりざおが上下に揺れる。その手元を見ていたスコールは、ふと視線を真正面に戻して大きく息を吐いた。

「でも俺は……
「まあ、好きなだけ迷うがいいよ。若者の特権てやつぢゃな」

そう言われてしまってはもう何もいえないスコールに、じいさんは言う。

「けどなあ。お前さんの思いはお前さんだけのものじゃ。
お前さんがどう思おうと何をしようと、それはお前さんだけのモンじゃないかね?
あのニーダという若者も同じじゃよ。
誰だって大事なものがあって、それをどうしたいかなんてモンは人それぞれじゃないかね?それを咎められる者もいはしないじゃろう?
迷惑かけるんならそれもいいんじゃないのかね。そうやって人は生きてる……ワシャそう思うよ。まあ、なんだ。それを後でなかった事にしてくれ許してくれっちゅうのも、これまた甘ったれとるがのう。
好きなようにしたらいいよ、若者よ。後悔するのはいつだって出来るからな」

母親を知らないスコールに取ってエルオーネの手は母親そのものだった。
気付いたときにはガーデンが自分の帰るべき家だった。
全く思いもしない言葉をくれるのは、このじいさんだった。

鵜呑みにするのではない。従うと言うのも、違う。

けれど、スコールの中の何かに響く。

「じいさん……もし俺がどう見ても間違った事をしたら、叱ってくれるか」
「ホッホッホ、じじいの説教がお望みならそうしよう」

太陽の光を受けて眩しいほどに輝く景色を目に、じいさんの言葉を胸に。スコールは音も立てずに立ち上がると一歩、足を踏み出した。

「お前さんは頭いいからのう。行くべき場所は、自ずと判るぢゃろ?」
「ああ、判ってる。時間はかかるかもしれないけど……判ってる」

そして、何も言わずスコールはその場を後にした。じいさんを振り返りもせず、横目でFHを見やる事もなく、ただ真っ直ぐ正面だけを見つめて。

身体に吹き付ける海風は自分を待ち構える嵐の余波でしかない事を、スコールは知っている。それでも、足は止めない。その先にあるのが何であろうと、必ず待っている。必ず、そこにいる。

は、いる。