それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 012 / あなたが必要

結局大した進展も持てず、耳に障る事ばかりニーダに言われたは、不本意ながらFHのホテルに部屋を取り、まだ早い時間ではあったがベッドに倒れこんでいた。

……まだ好きだ

思い出したくもないのに耳にこびりついて離れないニーダの声。その声に誘われるようにして、もう遠く過ぎ去ったはずのニーダの声が蘇る。

……ホントに俺なんかでいいのかなあ
……俺って目立たないし、つまらなくないか?
……これでもSEEDだからな!の事は俺が守るよ!

――うるさいなあ

……、手、つないでもいい?
……、キスしたら、怒る?

――知らないそんな事

……は何も心配しなくていいんだよ。
……はちゃんと俺が守るから。

――好きにすれば?

次々と蘇っては、耳にちくりと触れる不快感と胸にじわりと広がる切なさには歯を食いしばった。別れの理由を、ニーダは納得しなかった。はそれでも別れると言い張った。それを、責められているようだった。

FH独特の機械音が遠くから聞こえる。列車の音が響いては去って行く。潮騒が、絶え間なく押し寄せる。窓から差し込む光は薄い青。何かを後悔するには充分過ぎるシチュエーション。

は、子守唄のように空間を揺らす音に身を投げ出して眠りに落ちた。

……んんっ!」

深い眠りの中に落ち込んでいたは、突然身体に襲い掛かった衝撃で目が覚めた。瞬時に、口を塞がれ両手両足を拘束されていると知る。

突然襲い掛かられるほど恨みを買った覚えはない。「セントラの指先」を追ってはいるが、持っているのはニーダだ。は抵抗をやめたが、GFの装備を外してしまっている自分を責め立てた。

暗い部屋だが、カーテンは閉めなかった。突然目覚めたせいで乾燥して重い目をこらすと、を押さえつけているのは3人。口と、手と足と、それぞれ1人。それに、の前に立ちはだかるのがあと2人。見えるだけでも全員黒っぽい服で全身を固め、ガルバディア兵のものに似たマスクを被っている。

服装だけでは正体も判らないが、は自分に危険が迫っている事だけは判った。逆らうつもりはないが、下手をしたらこのままでは済まされないかもしれない。

しかし、の前に立ちはだかっていた2人の内1人が音もなく歩み出ると、驚くほど静かに、そして穏やかに話し掛けてきた。

……情報部のだね?」

唇の自由を奪われているは、かすかに頷いてみせる。

……私達は君が最初にティンバーに来た時、面接をした者の関係者だ。誰だか判ってるね?君に聞きたい事と言いたい事がある。これから君の口を塞いでいる手を離すが、もし大声を上げたりしたらどうなるか……それも判るね?」

聞いた事があるともないとも言えないような曖昧な記憶に語りかける声は、さらりとしていて不快感をもたらすものではなく、に「危険ではないかもしれない」と感じさせる雰囲気をもっていた。

だから、おとなしく頷く。

元々逆らうつもりもなかったは唇を塞ぐ手が離れて行ってもそのまま動かずにじっとしている。どうがんばっても1人ではこの突然の来客を追い払えそうにないし、本人達の言い分が嘘でないならティンバーの関係者に違いない。

「手荒なまねをして済まなかったね」
……いえ」
「では、早めに用事を済ませてしまうとしよう。まずはこちらが質問する」

黒ずくめの男は後ろでに手を組み、殆ど感情の見えない声で話す。

「君がティンバーに面接に来た時、手土産があったね?あれの存在については我々も承知していたのだが、君のように具体的に話を持ちかけられたのはこちらとしても初めてでね。その手土産を我々は受け取る事にしたのだが……事情があって遅くなってしまってね。君にはやきもきさせた事だろう。

そこで、だ。まずは我々の事を話しておこう。名前や存在の詳細を言うわけにはいかないが、我々はティンバーのメカニックとでも言うべき存在だ。実際に大衆に顔を晒して国を動かしているような事を言っている彼らは我々に作られたエンジンに過ぎない。具体的に言わなくとも判るね?当然過去においては数ある組織のひとつに過ぎなかったものだが……。今ティンバーは清廉潔白なままでいられるほど穏やかな国ではないのだよ。

さて、その我々が君に聞きたい事は2つだ。まずは手土産の現在位置。どうだろう。君はそれを知っているかね?」

予想しないでもなかった彼らの正体にはかえって安心した。名前など判らなくてもを受け入れてくれた人たちには変わりない。

「場所は私にも判りません。ただ、ガーデンの持ち去った事は判っています。なので……勝手かとは思いましたが方々を当たっている所です」
……では、例の手土産というのは存在の確認だけで実物は見ていないのだね?」
「はい。ですがそれが抜き取られている跡は確認しています」
「よろしい。信用する事にしよう。では、2つめの質問だ。君がそれを捜索して発見した暁にはティンバーに持ち帰ると、約束できるかね?」

男の言葉は真剣そのものだった。冗談混じりや比喩的表現ではなく、これは取引だ。ここでが約束できないと言えば、そのまま亡き者にしてしまう事もためらわないだろう。しかしはそれを恐れてではなく、本気で頷いた。

「はい。ですから」

それは、本心であり、事実であり、に取って唯一確かなものではある。しかし、それだけだ。見つけたら、持ち帰る。ただそれだけだ。

の瞳に、ティンバーの繁栄や黒幕の要望や他国の衰退……そんなものは映ろうはずがない。そんな事をしたとして、の何が良くなると言うのか。の何が変わるというのか。

しかし、ティンバーという国に愛着がないわけではない。を受け入れてくれた場所だ。だから、見つけたら持って帰るのはいっこうに構わない。

自分が使った後でなら。

「必ずティンバーに持ち帰ると誓います」

それは、嘘ではない。

……そうか。では君を信用してみる事にしよう。これからどうするんだね?」
「話の出所はここFHの技術者でした。彼らには都市伝説に過ぎなかったようですが、それでも情報にはなると思います。それを聞いてからまた、捜索を開始します」
……よろしい。では、最後に我々が君に言いたい事だ」

黒づくめの男が片手を掲げると、の両手両足を取り押さえていた2人が離れ、の目の前で全員一列になって並んだ。そして、もう一度男が手を掲げると、全員が一斉に着込んでいたコートを脱ぎ捨てる。

「我々の真実を見てもらう。言葉にする必要はない」

そう言って、コートの下に来ていた何やら特殊な素材で出来ているようなスーツの胸元のボタンを押した。

……!」

やはり顔は隠れたままであるが、スーツが左右に開いた全員の身体は、半分以上機械になっていた。かろうじて人間の皮膚を残していても、それは生々しい色の傷跡ばかりが這う痛々しい眺めだった。

意外な事に、全部で5人いる内の2人は女性だった。しかし、女性の象徴とでも言うべき胸ですら、明らかに作り物だ。それが何を意味するのか、がまだ年若い未熟者でも判る。殆どの女性に取って自分自身の乳房を失うという事は耐えがたい痛みには違いない。作り物などで誤魔化せる程度の痛みではない。

目を見開き、口をポカンと開けたまま言葉はおろか呼吸ですら忘れてしまったようなに、もう一度男は話し掛ける。

……我々には、あなたが必要なんだ。判ってくれ」

感情のこもった、言葉だった。悲しげで、息苦しいほどの思いを吐き出しているように。それはまるで、失った愛しい者に語りかけるように。

もう返事すら出来ないでいるに男達は「旅の資金が尽きたらティンバーに戻れ」とだけ告げてコートを着直すと、そのまま出て行った。早足に出て行く彼らの足元は、コートの中から零れ落ちる赤や緑の微かな明かりで揺れていて……は思わず目を背けた。服をはだけた上半身だけでなく、きっと腕も足も――

突然の来客にが眠りを妨げられたのは、たかだか30分程度でしかなかった。けれど、は完全に覚めてしまった眠りから這い出して、窓辺に座り込む。

彼らがなぜあんな身体になってしまったのか、そんな事は判らなくてもいい。彼らがそれによってどんな精神的苦痛を受けたのかも……想像出来ないでもないが、それもあまり気にならない。驚きはしたし、哀れにも思う。けれど、今、ティンバーの人間なのであって、これからはそうではないかもしれない。

何より、ガーデン出身の人間という者は、中々ガーデンという組織への愛着から逃れられない事が多い。無国籍な存在からいきなりどこかの国の配下に落ち着いてもどこか余所者のように疎外感を感じてしまうのだ。

恩も義理もあるが、愛してはいない。

「セントラの指先」を見つけ、ティンバーに持ち帰るのは構わない。それで彼らが何をしようと、には関係ない。けれど、それはの目的が達成されたらの話だ。手に入れた足でティンバーに行き、彼らにそれを手渡し小金と安泰した生活を手に入れる事など、魅力に思うと思うのだろうかとは苦笑した。

所詮、どさくさに紛れてでしか独立できなかった国の黒幕だ。持ち帰るまでの間どこにも立ち寄らずに帰る事を約束させなかった。いつが約束を破ってもいいように身体の中に何も埋め込まなかった。例えばを監視していたなら判っているはずのニーダの所へ行かなかった。

は、彼らを少しだけ蔑み、心の中で少しだけ謝った。彼らにも必死になる理由があっただろうが、にだってそれはないわけではない。

は窓の外をぼんやりと眺めながら思う。

あなたが必要だなんて言葉。

それを言って欲しいのはあなたたちじゃない。