それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 007 / エスタとサイファー

「がんばったな」
「あ、ハイ……ありがとうございます」

独特の衣装に身を包んだ大統領補佐官が1人、キロス・シーゲルに付き添われてサイファーは大統領官邸に足を踏み入れた。

に突然プロポーズなどしてしまってからわずか数日でサイファーは昇進してしまった。彼に知らされていなかっただけで、サイファーの昇格はずいぶん前に決まっていたらしい。ある日直属の上司に呼び出されたと思ったらそのまま官邸まで連れて来られてしまった。

「まあ、判っているかとは思うが……大統領は極端に気さくというか……
「はあ……
「しかもちょっと今日ははしゃいでるようだから……判るね?」
「はあ」

エスタ大統領ラグナが卒業後のスコール獲得に躍起なっていた頃。そのガーデンから就職希望が来ていると知らされた大統領は飛び上がって喜んだものだ。しかし、間違いなく我が息子であると信じて疑わなかった大統領が、補佐官の制止を振り切って対面したのは、サイファーだった。

ラグナとて、先の事件にそれ程精通してはいない。やっと再会できた1人息子は顔を合わせれば小言を言うし、エルオーネにしてもジャンクションに関する事しか判ってはいない。結果、アルティミシアの謀略を阻止出来た事は判っているがその経緯となると「途中何があったのかとか……わっかんねんだよな~」になってしまう。

全体を通して事の顛末を語れる人物がいるとしたら、スコール及び未来へ行ったメンバー、元魔女イデア、そして、サイファーぐらいなものだった。

実際この中でも真実の発端と結末を知っているのはスコールとイデアだけなのだが、それも今となっては語らずともよい事になっている。詮索しても、どうしようもない事を判っているからだ。

そこへ来てサイファーの就職希望。少々大人気ないかとは思いつつもラグナは志望動機と共にサイファーに洗いざらい話すように勧めた。自分が不在の間にエスタに危害を及ぼそうとした事も知ってはいるが、本人の口から聞きたかった。

しかし、期待で足がつりそうになっているラグナを他所に、サイファーはかの大統領出演作「魔女の騎士」から話し始めた。なぜラグナに憧れたのか、騎士に憧れたゆえのアルティミシアジャンクション・イデアへの従事――

そして、一時間近くにも及ぶ演説の後、サイファーはこう締め括った。

「尊敬するあなたの元で1から自分を鍛え直したいんです!」

大統領本人はおろか、その場に居合わせた補佐官2名もこれには面食らった。だいたいにして大統領への心酔ぶりだけでも見事なものだが、少しだけ悪意のある見方をしてしまうと、サイファーが憧れた魔女の騎士役を演じたラグナにも多少の責任があるとも取れなくはない。

「あんなもん憧れるなよ~恥ずかしいじゃねっかよ~」と下を向いてボソボソ呟いた大統領だったが、自分に憧れるあまり魔女の騎士と言う餌に食いついてしまい、結果1人の少年の人生を歪ませてしまった事に罪悪感を感じていた。

エスタは、彼を採用しないわけにはいかなかった。

けれど、本人の口からも聞かされた通り、彼には若干の前科がある。ラグナは他の補佐官とも協議した結果、誰にでも出来るような雑用的な場所にサイファーを配属して1年間様子を見てみる事にしたのだ。

そして一年以上が過ぎ、サイファーのエスタでの日々は、ガーデンでの彼を知るものなら卒倒しかねないくらい穏やかなものだった。面接当時本人が希望していた「大統領の生き様が見られる所」への昇進は、問題ないと判断された。

「失礼します」

長年の友でありながらも、キロスは礼節を重んじる。ラグナしかいない部屋だと判っていてもノックの後、許可が降りてから出なければドアを開けない。

「お連れしま」
「おおおお~!いやーご苦労だったなー!まあ座れよ!」
「ラ、ラグナくん……
……

せっかく丁寧に部屋へ通したのに、あっという間に遮られてしまったキロスは年を重ねてなお輝くような褐色の肌に血管を浮かび上がらせ、その横にいたウォードは「放っておけ」とでも言いたそうにしながらキロスの肩を叩いた。

「そんでよ、昇進、決まったからな!明日っからとは言わないけどもうすぐ、な?」
「はい、ありがとうございます」
「けどホントにいいのか~?補佐官の仕事って退屈かもしんねえぞ~?」

再び額に血管が浮き上がるキロスになど気付きもしない様子でラグナは笑った。

「いえ、いいんです。ずっとそのために過ごして来ましたから」
「そっかあ。じゃ、いっか。けどなあ……
「何か問題でも……
「お前エスタの服、着たいかあ?着なくてもいいぞ!」

控えめに言ったラグナではあったが、全員判っていた。サイファーにエスタの制服が似合いそうもない事を。そしていい加減我慢の限界を超えたキロス補佐官から制止が入り、昇進に関する手続きなどは滞りなく終わった。

そして、状況的にはサイファーが自主的に退室するタイミングだはあったのだが、彼は再びラグナを呼び止めた。

「話を聞いてもらえませんか。出来れば、2人だけで」

極端に気さくな大統領はこれを断るはずもなかった。特別急ぐ用もなければ、自分の息子と同年代の若者と話すのは好きだったからだ。友人でもある補佐官2人にしても、口うるさくはあるものの心は広い方だ。黙って退室して行った。

そして2人きりになってしまうと、サイファーは躊躇する事もなくとの全てを話した。そして、先日のプロポーズまで。ラグナは黙って聞いていた。

「迷っているとか、そういう事ではないんです。ただ、ご意見が聞きたくて……
「うーん、そうだなあ……。若いとは思うけどそういう人たちいっぱいいるしな」
「ええ、まあ……
「えーと?ガーデンにいたコだっけか?」
「はい、今はティンバー共和軍にいます」

サイファーの予想を裏切って、それまでニコニコしていたラグナの顔が瞬時に曇った。

「え!?」
「あ、いや、その、共和軍にいるのか?」
「はい」
……ああそうか、FHを経由すれば行けるもんなあ、そうか」
「何か問題でも……

一度見せてしまった表情を撤回しようとしても、それは相手の猜疑心をあおるだけだと言う事くらいラグナにも判る。少しだけ俯いて大きく息を吐いてからラグナは言い放った。

「可哀想だけど……結婚、出来ねえかもしれないぞ」

ラグナとサイファーが大統領官邸で深刻になっている頃。はティンバー共和軍情報部の一室で、データベースを見直していた。がデータベースを閲覧しているのは、ごく自然な事である。エスタ任務が終了してから放置され放題だったデータベースの再構築に携わるようになってもう数ヶ月経つ。

「アレ、ちゃん今日出勤だっけ?」
「え?違いましたか?でもいいです。少しでも早く終わらせたいですし」

とても真面目な職員と、それを見つめる穏やかな上司。が資料室へ入っていくのを怪しむ者など、いるはずがなかった。

「バラム――ガーデン――セントラ――エスタ――……

ブツブツと何かを口走りながらが閲覧していたのは今のティンバーとは何の関係もない過去の資料。データベースと言っても、情報部の者が資料として扱うものが効率よく見られればそれでいいものだから、内容は新聞の記事だとか、雑誌のスクラップだとか、そんなものでも含まれている。

の目当てのものがこのデータベースにあるかどうかは本人も確信がなかった。けれど、とりあえず探すと言ったらこの場所よりも情報が多いところなど、は知らなかった。

明かりのない暗い部屋で、モニターの光がの顔を照らし、過ぎ去っていく文字たちがの瞳で踊る。

そして、が仕事をしているふりで探し物に明け暮れて4日。

は探していた資料をある程度発見した。そこにはまだまだ未知な要素も含まれているが、彼女にとっては充分すぎる程の情報が盛り込まれていた。

その見つけ出した資料を大まかにまとめ、1つのファイルに閉じると、はそのファイルを大事そうに抱えて部屋を出た。ファイルの一番上には「ティンバー人口の推移」と書かれた紙。そして、その下には人口の移り変わりのグラフが数枚。もちろんこれはカモフラージュ。何か問いただされた時に言い訳が出来るように、とのなりの隠れ蓑だったのだが、いたって平和な職場の誰もが情報部の資料室からファイルを抱えて出て行くを不審に思わなかった。

そして情報部の本部である環境治安課へ立ち寄ると、資料作成のために出勤を減らしてもらう手続きを済ませた。担当の女性はの上司と同じように微笑みながら「熱心なのね」と言った。

すでに心を決めていたは、少しだけ早足で情報部を後にした。国内線に乗り込み、あの狭くて薄暗いアパートへの道をファイルを胸に抱えたままで。

サイファー、ごめんね……。ごめん……

何度となく心の中でそう呟きながら、アパートへと帰ったは、ところどころ皮が破れかかっているトランクを引きずり出し、今までに集めた資料と最低限の荷物を詰め、部屋を出た。そして階下に住むこのアパートの所有者の元へ寄り、長期出張だから部屋のものは処分してもらって構わない、と告げる。

元々このアパートの所有者が恰幅のいい朗らかな中年女性だったからは入居を決めた。もちろん家賃は破格。その所有者は、早めに終わってしまって帰るところがなかったら困るだろうと言い、1ヵ月待ってからを転居扱いにすると決めた。

「女の子なのにねぇ。軍で働くってのも大変だね」
「短い間でしたがお世話になりました」
「とんでもないよ!また帰ってきたら寄ってちょうだい」

は、手を振るアパートの所有者に見送られてアパートを後にした。サイファーと過ごした日々だけが共に記憶にセットされているアパートを、振り返りもせず、去って行った。

ごめんサイファー、私、そういう意味で好きだったんじゃないの……

「どういう意味ですか……!?」

渋い顔を通り越して泣きそうな顔をしているラグナに、サイファーは言う。しかし、ラグナはなんと言ったものか思案するものの、それ以上の言葉が出てこなかった。

「出来ないって……
「うん、あのね、えーと」
「何か俺に問題があるんですか?」

サイファーが真っ先に疑ったのは自分の経歴だった。しかし、ラグナは肩で大きくため息をつくと、ポツリポツリと話し出した。

「お前も色々知ってるもんな、隠すことねえよな……
「何をですか……

サイファーの目をじっと見つめながら、ラグナが語ったのは、こうだ。

――まずな、実際にティンバーとエスタってのは、国交がないんだ。ティンバーが独立してからオレも色々使者とか出したんだけどよ、今それどころじゃないって言うんだよ。まあ、それもわからねえでもないけど、外交関係のヤツに言わせると国交を持ちたくないように見えるって言うんだ。ただな、ホラ、FHってのは元々エスタみたいなもんだろ?だから当然FHとエスタは関係がある。で、なぜか忙しいはずのティンバーはFHとは色々やり取りしてるみたいなんだ。
それでな、その辺の事をティンバーに言うと、独立したから街のあちこちを直したくて技術者が欲しいって言うんだよ。でも誰でも乗れる鉄道まで敷く必要があるのかって話になっちまう。そーすっとティンバーは返事をして来ない。だから今、FHを真ん中においてティンバーとエスタってのはすげえ中途半端なんだよ。
けど、鉄道一本でつながってる事は確かだから、たまに書類とかそういうモンをやりとりしなくちゃならない事もあって、けど、ティンバーにこっちが使者を出すって言うと、断るんだ。あいつら。だから向こうから来てもらってたりしたんだけどな。
すげえ不自然だと思わないか?
なんでそこまでエスタをいやがるんだろうってな。
ガルバディアなら判るけどよ、なんでかってな。
で、そのナントカちゃんが……ああ、ちゃんね。彼女が共和軍にいるって事はたぶん、いや絶対国籍はティンバーになってるはずなんだ。ガーデンの卒業生ってのは特殊で、ガーデンからの就職に関しては出身がどこであれ就職先の国籍がすぐに手に入る事になってるんだ。けど、そっからは他の人とおんなじだ。一度国籍をもらっちゃったらすぐまたどこかの国に引越ししたくても国籍はそうカンタンには変われないからな。つまり、な。ちゃんの国籍はティンバー。エスタとは事実上国交がないティンバー。そのティンバーもそろそろ新しい法律が出来るって話だ。
ここまでいやがられてるエスタだからな……ダメだって言われっかもしんねえ。

「つまり……がティンバーにいる以上不可能だって事ですか」
「絶対そうだとはオレも言えないけどよ、充分考えられるぜ」

やたらと現実的な理由を突きつけられて、サイファーは膝の上で手を固く握り締めた。そんな大人の勝手な都合で一緒になれないなんて。理不尽すぎると、サイファーは思った。そして、それでもやたらと冷めている頭で、ラグナに問い掛けた。

「ラグナさん……奥様にプロポーズした時、どう思いましたか」
「え?」
「あなたにはもう遠い話だと思います。けれど、今俺がその時なんです」

いい年をした大統領は一瞬頬を染めながらも、やんわりと微笑んで頷いた。

……そうだな、うん。オレも必死だったよ。断られたらどうしようって。けど、夢とか理想とかそういうモンがなんにもなくなっても、こいつとただ笑って暮らせたらいいと思ったな。あいつのご飯食べて、オレは仕事に出かけて、そうやってなんでもないように生きていきたかったな。年取ってあいつがしわくちゃのバアさんになっても、たぶん一緒にいられると思った。そんで、オレもしわくちゃのジジイになっちゃっても一緒にいてくれる女だと思ったよ」
……俺も、同じです」

ラグナの言葉を身体に受けるようにして、サイファーは頷き、そして答える。

「それでも、国交がなければ永遠にそうなれないんですね」
……そんなのないよな」
「ラグナさん……
「ティンバーが何考えてっか知らねえけどよ……そんなのいやだよな」

辛いのはサイファーの方、という図式だが、ラグナは悲痛な面持ちで机に手をつく。そして、少し俯いた後に、突然その手で机を叩いた。

「よし!お前たちみたいな若者がこの先悲しい思いをしないように、なんとかしようぜ!ちゃん、連れて来いよ!一緒に考えようぜ!」
「大統領……!」
「オレも男だ!プロポーズしたのにやっぱり出来ませんなんてのがカッコわるいの、わかるぜ!よし!今からティンバー行って来い!最初の仕事だ!ちゃん、連れて来いよ!」
「はい!行ってきます!」

サイファーは立ち上がり一礼すると、そのまま走り出した。懐の深い大統領に恵まれたこのエスタという国の風景を横目で見ながら、この国に従事している事に感謝しながら、走った。

グランドステーションまでの道を、たたまっすぐ。