それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 006 / 虹の架かる空を

相変わらず金もなければただそれだけで毎日を過ごしているとサイファー。

お互いがお互いの休みに合わせて仕事をしながら、生活自体は慎ましく、とても質素に暮らしていた。そんなある日、特別手当をもらったというサイファーがを引っ張り出した。

「どこに行くの?」
「特別手当っつっても大した事はないからな。近所だけどいいだろ、たまには」

けれど、サイファーの言うように特別手当と言っても食事と交通費で消えてしまいそうな金額しか支給されていない。2人はティンバーを出たもののどこへ行くにも過度の交通費がかかる事に気付いて、結局ティンバーリゾートとでも言うべきマンデービーチまでやって来た。

普段なら穏やかな天気の続く海岸線はこの日、薄ぼんやりと曇っていた。

……お前の部屋と大差ねえな」
「でもこっちの方が広いよ」
「ま、な」

そんな天気なものだから2人の他に海岸を歩く人など目に付かず、暖かい季節にも関わらずまるで冬の海のようだった。

「ねえ、サイファー、虹って見た事ある?」
「虹ぃ?ないのかお前」
「ない……っていうか、なかったの。バラムに来て見るまで見た事なかったの」
「へぇ」

とても虹など架かりそうにない空を見上げては目を細めた。とても温暖な気候のバラムでは夏になるとよく雨の後に虹が架かった。人工の光が取り巻くガーデンの向こうに架かる虹は、その光と溶け合ってとても美しかった。

「だからね、初めて見たときは魔法だと思った。なんていう魔法だろうって、あんなに大きな魔法なら、きっと魔女が作ってるに違いないって思った」
「出来るかもしれないぜ」
「ふふ、そうかもね」

魔女。

その言葉を例えでも口にするとサイファーの表情が曇る。詳細にわたってアルティミシア事件の事を知らないでも、サイファーが魔女に操られていた事は知ってる。そして、サイファーは自ら操られていたと言う事も。

まるで世界にはとサイファーの2人しかいないような、そんな関係になってからずいぶん経つが、サイファーは自分の事をあまり話さない。も聞かれなければ答えない。聞かなくてもいいという理性と、口にしてもどうしようもないという感情が2人に纏わりついている。にしろサイファーにしろ取り立てて秘密主義というわけではないから、意識して話さなければ知り得ない事であるならば、それはそれ相応の深刻さを持ち合わせている。

例え聞いたとしても聞かされたとしても今の2人にはどうでもいい事なのだろうが。

サイファーはの心休まる場所。

はサイファーの感情の起爆剤。

2人とも知る由もない事だが、2人の愛情なるものには少しだけズレがある。が愛情と呼ぶもの、サイファーが愛情と呼ぶもの。それは、同じ言葉で紡ぎ出される異なもの。

そこに2人の過去も絡んでくる。

サイファーが過去を話さないのは、との関係に必要なものではないから、今の2人に影響するものではないから。当然あまり思い出したくないという気持ちもあるだろう。しかしそれ以上にそんな事を話す暇があったら別の事を話していたい。

が過去を話さないのは、サイファーとの関係に少しでも影がさす事のないように、という思いから。大した過去でなくてもいっそ消してしまいたい。サイファーを失うくらいなら。そして、今の関係にある限りの過去は禁じられたものであるから。

相手を求めてやまないのはサイファーの方。仕事が終わってが帰って来た時、サイファーがの部屋にやって来た時、取るものもとりあえず抱きついてしばらく離れないのは、サイファー。

大柄な身体でまるで幼子のようににかじりついて離れないのはサイファー。

何度もの名を呼び、幾度もキスをして、繰り返しを抱く。

あれこれと干渉してくる事がないだけ救いなのだろうが、片時もを腕の中から離そうとしない。ちょっと近所に買い物に行くと言えば一緒に出かけるし、狭いからやめろとが小言を言わなければ風呂まで共にしようとする。

それでもに不満はない。

どこか期待はずれな毎日の中で、決して豊かでも美しくもない毎日でも、必死になって自分を求めている大きな子供が1番心安らぐ。

ただ1つ、気になっている事を除けば。

「けど、子供の頃虹って七色だって思ってなかったか?」
「うん、思ってた。登って滑り台みたいに滑れると思ってた」
「違うんだよな……。見えないだけなんだろうけど」

サイファーは額に手をかざして、雲が覆っていても差し込む紫外線を避ける。その雲の向こうには確かに暖かい太陽があるはずなのに、掴めない雲に隠れて見えない太陽。どんなに大切でも直視しようとすれば眩し過ぎて目を覆ってしまう、光を。

「私ね、虹を作る人になりたいって思った事がある」
「いいかもしんねえなあ」
「雨の降っている所、どこでも出かけていって虹を架けてあげるの」

空に向かって大きく手を振り、はサイファーと同じように手を額にかざす。

「それでね、虹を見て喜んでいる人を見ながらまた虹の向こうに消えるの」

遠い昔を見つめるように、水平線を見つめながらは苦笑した。

「雨が続いて困っている人は私に会いたくなるの。でもね、晴れてる時に会いたくても雨が降らないと私には絶対会えないし、雨が降らなくて困ってる時には私は厄介者なの。疫病神なのよ」

自嘲気味に笑うを抱き寄せて、サイファーはそっと頭を撫でる。大切なおもちゃを無くした子供をなだめるようにして、ゆっくりと。

「俺は雨でも雪でもお前の傍にいるよ」
「槍でも?」
「いるだろうな」

へへ、と笑いを漏らしたサイファーはの背中に手を回して向かい合わせると、大きく深呼吸した。

、俺の事好きか?」
「な、なに言うのよ突然……
「いいから言えよ」

多少照れくさそうではあるものの、サイファーは至って真剣なようだ。は首をひねる思いを抱きつつも、答えた。

「そりゃ、好きだけど?」
「1番か?」
「はい?」
「俺がいなくなったら悲しいか?」
「う、ん……

突然何を言い出したのかと眉をひそめるを見下ろしながら、サイファーは何かを言いかけては止まる。

「どうしたの?」
「あのな、。その内俺昇進するかもしれない」
……え?ホント?」

たったそれだけを言うのにここまで引っ張るとは、かなり昇進出来るのかとはにわかに浮き足立った。ついでに昇給してくれたら飛び上がって喜びたいくらいだった。

「俺がエスタで働きたいと思った理由に大統領がいるんだが……
「ラグナさんね?」
「ああ。そのラグナ大統領の近くで働けるかもしれないんだ。それで……

そう言いかけるなり突然顔を真っ赤にさせたサイファー。が目を丸くした瞬間、サイファーはちょっとだけ上ずった声で叫んだ。

「け、結婚してくれ!」
「結婚!?」

思わずおうむ返してしまったの目の前でサイファーは痛みを必死で耐えているかのような、そんなギリギリの表情をしていた。

「今すぐとか言わない!だけど希望は言っとく!俺と結婚してエスタに来てそれで、それでずっと一緒にいてくれ!どっちかが死ぬまでずっと!」

堰を切ったように叫んだサイファーは、いっそ哀れなくらいに照れていて、は思わずサイファーの額を撫でた。それをきっかけにしてサイファーはきつくを抱き締める。それがYESの返事だと思っていたかどうかは判らない。ただ、全部言ってしまった事で、もう他にどうしようもなかった。

しかし、この時、はサイファーの申し出を喜んではいなかった。