それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 005 / 天井と床の間で

戦闘行為を学ぶガーデンと言えど、とても堅実で、真面目で、言ってみればお堅い子、という者はいる。

にもそんなタイプの友人が何人かいた。誰が好きだとか、誰が誰を好きだとか。そんな話題を敬遠する子もいれば、興味なさそうに眺めている子もいる。

はそこまで敬遠するでもなく、興味がないわけでもなく、かといって男なしには生きられないわけでもなかった。どんな風に思われていたのかは、判らない。そんな友人たちを思い出しながら、はベッドに横になって天井を見上げていた。そして、首をひねって寝返りを打つ。

「びっくりするだろうなあ」

その視線の先には、口を開けたまま熟睡しているサイファー。

サイファーが、具合が悪いを1人で帰せなくて列車に飛び乗ったのはもう2ヵ月も前の事だ。無賃乗車のままFHに入る事のないよう車掌室まで手配しに行った時を除いて、サイファーはずっとの肩を抱きかかえたままだった。

そして、FHを経由してティンバーに到着しても、サイファーはそのまま折り返してエスタに帰ろうとはしなかった。がSEED時代の貯金で借りたお世辞にもきれいとは言えない小さなアパートまで送り、を寝かしつけると薬と食べ物を買出しに行き…。結局、薬が効いて眠るの横で朝を迎えた。

翌日、幾分体調が回復したが目を覚ますと、コートを肩にひっかけたままのサイファーが穴だらけのソファーにひっくり返っている。はそこで初めて、目の届く距離に人がいる事のありがたみに気付いた。

熟睡して元気な身体をそのまま、サイファーに押し当てて抱き締めた。

突然襲い掛かってきたに気付いたサイファーは、まだ眠そうな目を瞬かせつつも、「おはよう」とだけ言って、の背中に手を添えた。

その後、どちらが言い出すわけでもなくサイファーはエスタへと帰っていったが、再びが仕事でエスタに行った時、サイファーもまた一緒にティンバーへ帰って来た。

エスタで食事をして、ちょっと市街地をぶらついて、列車に乗り……。数日前と同じようにしての小汚いアパートへと、帰る。ただしその日は、同じベッドで眠った。

そして、習慣化してしまった。

そんな事を繰り返している内にのエスタ任務は終わってしまい、情報部の資料室でデータベース作成に携わるようになってからもサイファーはやって来た。

仕事が終わってからティンバーに来て、翌日仕事に間に合うように出て行くこともあった。お互い息つく暇もないほど忙しくないからこそ出来る事ではあるのだが……

2人合わせても大した収入もないから、毎回チケットを買って鉄道に乗るのは厳しい。結局サイファーはエスタ~ティンバー間の列車の定期を購入した。それだけでも、かなりの出費だ。それまで軍の予算の中から支給されたチケットでエスタに向かった、そしてやって来るに食事をおごる程度の出費だったサイファー。

一転して、とても貧しい関係になってしまった事は事実だ。だが、2人とも「金はないが愛はある」という程度にしか感じていなかっただろう。

そう、金はないが、愛はあったのだろう。それも、決して余裕のある日々でなかったからこそ余計に。

夜になれば近所の歓楽街のネオンの光が差し込むの部屋。ぴったりと閉まらなくて、ところどころ布が詰め込んである窓。穴だらけでひとたび叩けば際限なく埃が舞い上がるソファー。板張りなのに柔らかい床、シミだらけの天井、そこにぶら下がる裸電球。

ガルバディアに占領されていた頃の名残で、家財道具は部屋に似合わない電化製品。けれど、それも数年前には新品だったもので、かつてはどこかの誰かの所有物だったに違いないものだ。

ベッドから這い出して塗装の剥げた冷蔵庫から水を取り出した。窓の落ちない汚れとか連立するビル郡の間で、昼間でも薄暗い部屋。カーテンでプライベートを覆い隠そうとしなくても、そんなみすぼらしい要素全てが彼女を隠す。

……クシュン」

けれど、日が昇りきるまでのティンバーは森林に囲まれた都市なだけあって、ひんやりとしている。は、サイファーが目を覚まさないように忍び足でシーツを一枚剥ぎ取り、身体に巻きつけた。

ぐるぐると巻いた後で、端をねじ込む。目測を誤ったらしく、ねじ込む先が脇を通り越して背中になってしまったは無理矢理ねじった手を、寝ているはずのサイファーに掴まれる。

……起きてたの?」
「そんなもん、ないほうがいい」

がせっかく苦労してねじ込んだシーツを解いて、サイファーは再びベッドの中に引きずり込む。

「こっちの方があったかいだろが」
「いつから起きてたのよ」
「お前が起きる前から」
「性格悪ーい」

サイファーの素肌にがんじがらめにされながら、は天井を見上げる。言葉が途切れるとすぐにでも首筋にかじりついてくるサイファーの唇を避けるでもなく、受け入れている素振りを見せるわけでもなく、ただそうさせたまま。

首筋に、鎖骨に、肩に、腕に、指先に。
捕らえた獲物の品定めをするみたいにして、サイファーは唇を寄せる。

以前にも一度、目が覚めたばかりなのにキス攻めに遭い「朝からやめてよ」と言ったに、サイファーは「朝でも夕方でも大差ねえだろ」と言ったものだった。

文字を読むには暗い部屋だが、お互いの顔を確かめるだけなら充分な明るさ。そんな薄暗い部屋で、2人はいつも抱き合っていた。天井と床の間で、狭い空間をより狭くするようにして、抱き合っていた。

しばらくぶりに再会したサイファーと急に距離が縮まったかと思ったら、すぐに身体を許してしまったをかつてのガーデンの友人たちはどう思うだろうか。「そんなのフツーっしょ!」と笑うだろうか。「ちょっと考え足りないんじゃないの」と眉をひそめるだろうか。

そしてとサイファーの毎日の全てが余すところ無く仕事と食事とセックスだけだと知ったら、なんと言うだろう。

キスティスならただ笑って何度も頷いてくれるんだろうな……

肌を這うサイファーの唇を時々忘れながら、は過ぎた日を思う。けれど、遠く過ぎ去った日々を愛しく感じるの心も徐々に薄らいでいく。

に確信は無かったが、サイファーも同じようなものだと思っていた。ガーデンにいたとか、SEEDだったとか、そんな過去はどうでもいい。今生きてゆけるだけの糧があり、にはサイファーがいて、サイファーにはがいて。それで毎晩愛し合っていられるなら不足は無かった。

「サイファー、今日、仕事は?」
「先週お前の休みに合わせて調整したって言わなかったか?」
「そうだったっけ?」
「ちゃんと覚えとけよ。だから今日はずっと……

そう言いながら掠れた語尾を飲み込むようにして、サイファーの唇がの唇を襲う。品定めの終わった獲物を貪り食らうように。

近所の歓楽街から聞こえてくる品のない音楽と、表で騒ぐ頭の悪そうな若者の嬌声をBGMにして、再び2人はベッドの中で波に揺れる。

「この間ね、下の階のお姉さんに言われちゃった」
「うん?」
「『アンタ、どこの店の娘?』だって。私、そういう風に見えるのかな」
「俺は『アンタ、ヒモ?』だとよ」

常に2人でいるわけでもなく、定時にどこかへ出かけていくでもなく、ましてやは夜から交代で勤務に出る事もある。サイファーも夜になってから帰る事もある。風俗で働く女とヒモに見えても仕方ないだろう。

「それもいいかもしれないねぇ」
「本気で言ってんのか?」
「だったらどうする?」
「そうだな……まあ、ここに閉じ込めておくか」
「今と大して変わらないじゃない」

サイファーの腕に額を擦り付けながらは笑った。洗っても洗ってもまだ埃っぽいシーツを波打たせて、身体をよじって笑う。サイファーも、つられたように笑う。の肌に手を遊ばせながら、一緒に笑った。

「それでもサイファーがいるならいいよ、なんでも」
「その辺の路上で飲んだくれててもか?」
「今サイファーが消えたら、私困る」

まだくすくすとこぼれる笑いを飲み込んで、はサイファーの頬に指を滑らせる。その指を、サイファーの手のひらが包み唇が追う。

……、言ってもいいか」
「わかってるよ」
「言わせろよ」
「イヤだって言っても……言うんでしょ?」

まだわずかに残る2人の間の隙間を埋めるようにして、サイファーの肌が触れる。狭い部屋の小さなベッドで、それでもなにものも入り込む余地を与えないようにしてサイファーはに身体を寄せる。

コツンと当てた額を少し擦り付けて、サイファーは目を細める。
は目をしっかり見開いて、言葉を待つ。

……愛してる」