それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 004 / もう一度最初から

つまり、サイファーの言う通り、の立場などというものは新人も新人、正式採用であってそうでないようなもので。1人カチコチになって挑んだ任務も要は書類の受け渡しに言伝が付加されただけで、が気負うほど大したものではなかったらしい。

その証拠に、夜になって戻った職場で上司に笑われた。

「なんだい、ずいぶん早かったね。ついでに遊んでくればよかったのに。ちゃん、真面目だねぇ」

あのサイファーには子供みたいに扱われるわ、結局エスタの市場を知らないから見たらずいぶんと高そうな店で食事をおごってもらうわ…。すっかりは気が抜けてしまった。

結局その後もエスタまで出向いて、サイファーに会い、書類の受け渡しや言伝などのやりとりが続いた。

はじめからしばらくはこの仕事をが請け負う事になっていたらしいのだが、本人はそんな事は寝耳に水。ただ任務のある日に職場へ出向き、列車のチケットやその他のものを受け取って、エスタに向かい…。そしてなぜか毎回サイファーに食事をおごってもらって帰るのだ。

「なんだよ、マズいか?」

運ばれた食事にあまり手をつけないにサイファーが怪訝そうな顔をしたのは、が任務でエスタに赴くようになって5度目の事だった。

「え?あ、違うのゴメン」

正直、は「期待はずれ」だったのだ。SEEDという輝かしい経歴を持ちながら、これでは一般企業の出張以下だと…そう思っていた。

そんな中でも少しだけ救いとなっていたのは、サイファーとの時間。一人前に仕事をするようになっていたサイファーは以前に比べて破壊力が落ちたようで、物腰も多少は柔らかい。そして毎回気前よくおごってくれる。ガーデンからエスタへ、というコースはまだ馴染みがなく、だいたいは地元バラムかドールか、ないしはガルバディアという進路が多い。だから、エスタでガーデン出身者に会えるというのは運がいい。それには少し安心していたりもするのだ。

「なんかね、こんなんでお給料もらってていいのかなあって」
「…ラクして金貰えるんならいいんじゃねぇの?」
「じゃ、私がSEEDじゃなくてもよかったんじゃないかな、とか思っちゃうわけよ」
「考えすぎだろ」

サイファーはそう言いながらグラスを掴んで水を飲む。確かに同じガーデン出身であり、面識もあるサイファーとの時間は仕事に付属してくるとはいえ、にはとても気の休まる時間だった。

けれど、期待はずれと同時に、何かが引っかかっていた。

「もうだいぶここも慣れただろ」
「ま、まあね……

最初にエスタに来た時から、結果として習慣になってしまったのだがはサイファーにグランドステーションまで送ってもらっている。最初の任務の時にサイファーに引きずられて食事をおごってもらったはいいが、帰れなくなってしまったからだ。そんな風にしていつも送ってもらっているせいか、は未だに内周道路と外周道路の全体が把握できていない。

しかし、そんな事を言おうものなら確実にバカだの脳みそが足りないだのと突っ込まれるのは判っている。だから習慣になってしまったのをいい事に、今日もまたは道を覚えられない。

「けど、まあ、お前の言う事も判らなくはねぇけどな」
「何が?」
「さっきの給料がどうとかいうヤツ。俺も今ンとこお前に会うのが仕事みたいなもんだ」
「いいじゃない。週に何度もこんなに可愛い女の子とデートできて」
「あー、そうかよ」

まだガーデンに入学したばかりで、内情をよく知らない頃、はサイファーという人物を激しく誤解していた。乱暴であるという認識こそ間違ってはいなかったが、年上だろうが年下だろうが暴力でねじ伏せて好き放題やっていると思っていたのだ。

後にアーヴァインにその話をしたところ、「間違ってないよ」と返されてしまったが、そこまで冷徹無比な人ではない事には気付いていた。暴れん坊の万年候補生で問題児かもしれない。しかし、改めて観察してみるとそうでもないと、は思っていた。

だいたいにして、本当に問題児で手がつけられないならガーデン等という特殊な学校には長居出来ない。本当に問題となるような事を起こしたのなら退学させられているはずだ。そして、些細な事で、はその考えを確実なものにする。

サイファーは何があっても教職資格を持つSEEDを「先生」と呼ぶのだ。

教職資格と言っても、SEEDになれるだけの能力があればそう難しい壁ではない。むしろ、年少クラスの教師ならSEEDよりも負担は少ない。だから、教職に付く事になる生徒は多いのだが、それでもちゃんと「先生」と呼ぶ。それまで肩を並べて講習を受けていた生徒がある日教員になってしまっても、サイファーは名前で呼んでしまうような事はしなかった。

そんなところが、ちょっと可愛かった。

「じゃあ、またねー」
「ああ、気をつけろよ」
「私次はデザートのおいしいところがいいなあ」
「注文の多いヤツだな。判ったよ探しとく」
「さっすが!じゃ、ねー!」

実際のところ、は第二次魔女戦争とでも言うべきあの事件の真実を、ほとんど知らない。まだSEEDになる前だったし、ガルバディアに攻め込まれた時もたまたま居合わせた教室がそのまま救護室になり、外の状況など一切判らなかった。さらに、誰かに真相を聞こうにもほとんどの生徒がと同じような状況で、スコールによる最後の校内放送で告げられた「アルティミシア」という魔女がどうも元凶らしく、SEEDの本当の戦いであるらしい魔女との戦いも結局はスコール達の手に委ねられてしまったという事しか…知らなかった。その後セルフィをきっかけに当事者とも言葉を交わすようになったけれど、そうなってしまっては余計に真相など問いただせなかった。

だから、にとってサイファーのイメージは、案外可愛いところのある人で…そして、今のサイファーが全てだった。

任務とはいえ、多い時で週に3度以上エスタにやってくるに、食事をおごってくれたり、街の名所を案内してくれたりする…そんなサイファーを少しも不自然に感じなかった。

静かに閉まっていく列車のドア越しに、サイファーは片手をポケットに突っ込みながら手を振る。ひらひらと、軽やかに振る。も、振り返す。

お互いの顔が、なぜか少しだけ名残惜しいように見えたのか、2人とも判らないまま。

そして、のエスタ任務もそろそろ2桁になろうかというある日の事。相変わらずサイファーにサーチさせておいた店で食事を取っていたは、少々顔色が悪かった。いわゆる「2日目」、体調最悪の時に当たってしまった。

「なんだ、具合悪いんじゃねぇのか?」
「ちょ、ちょっとね…でも平気」
「平気って顔してねぇぞ」
「平気だってば。絶対全部食べるんだから!」

の目の前には色とりどりのフルーツが乗ったありとあらゆるスイーツのごちゃまぜパフェ。この手の食べ物は本来バラムとか、ガルバディアなどの専売特許なのだが、エスタでも最近はちょっとしたブームになっているらしい。

「また次にすりゃいいんじゃねーのか?」
「ダメダメダメっ!次は次!」

血の気の引いた顔でクリームに食いつくを、サイファーはヘラヘラと笑いながら眺めていた。しかし、どんどんスピードが落ちる。スプーンを持つ手がだらりと垂れ下がる。

……やっぱ、リタイアしていい?」
「最初っからそうしろって俺言わなかったか?」
「そうだったかも」

そして、はサイファーに肩を貸してもらいながらグランドステーションへと向かうはめになった。

「あのな、今日はティンバーに連絡入れてこっち泊まって行った方がいいんじゃねえのか?安いホテルでもこっちはキレイだぜ?」
「それは無理。帰りのチケット日付指定なの……
「自腹で払えない額じゃねぇだろが」
「そういうのだけは厳しいのよウチ」

ただでさえ2日目と言う爆弾を抱えているのに、冷たいアイスクリームなどしこたま詰め込んだものだから、身体が悲鳴を上げたのかもしれない。はヨタヨタしつつも、サイファーのバカ力に支えられて駅までたどり着いた。

いつものように見送り用のチケットで着いて来たサイファーは最後までエスタに残れと言い続けた。けど、は取り立てて規則らしいものも教えられていない上司に言い渡されていた事を守りたかった。

日帰り任務の時は必ず23:59までに帰還する事。

がティンバー共和軍の情報部に就職してから、上司に規則として教えられたのは、たったこれだけだった。だから、なんとしてでも守りたかった。

「私まだここに入って1ヵ月も経ってないのよ……いきなり規則破りたくない」
「強情なヤツだなまったく」
「ご、ごめんね、サイファー、おごってくれたのに、残しちゃって」
「ンな事気にすんな」
「大事な事だよ……全部食べられなくて……ごめん……

の肩を抱えて列車に押し上げたサイファーは、何も言わず背中を叩いた。

「今度はちゃんと自分で食べられるだけ頼むからね」
「いいって言ってんだろ」
「でも、今日ほとんど私話とか出来る状態じゃなかったし」
「だーから」
「ごめんね、ホントにごめん……

はサイファーに謝りながら、今日一日、いつものように和気藹々と楽しめなかった事を悔やんでいた。こんな風にして、つまらない思いをさせてしまったらもうサイファーは食事に誘ってくれないかもしれない。そうなってしまうのが怖かった。

ガーデンから世界中に巣立って行った生徒は数あれど、最近になって軍を立てたティンバーや、国交を再開したエスタには本当に数えるほどしかガーデン出身者はいない。にしても、ティンバーでガーデン出身者と言えば片手で足りる位しか知らなかった。

サイファーや、スコール達と同じく戦災孤児でもあるに取ってガーデンの生活と言うものは彼女の人生のほぼ100%を占める。だから、突然飛び出た世界には頼るところも帰るところもなかった。

現在、サイファーとの時間はの唯一の楽しみでもあったのだ。

「そんなに謝る事じゃないだろ」
「また、ご飯食べに行こうね」

発車を告げるベルが鳴り響く。

そのベルの長い響きを耳にしながら、はちょっとだけ笑顔を作るのを忘れた。身体もだるいし、サイファーに迷惑をかけてしまった。バラムを離れてからずっと張り詰めていた緊張感が、一気に解けてしまった。

「また絶対、行こうね」
……!」

鳴り響くベルが途切れた瞬間。
車内の壁にもたれるの目の前に、サイファーが飛び込んで来た。

「え!?」

サイファーのコートの裾が舞い上がって、再び元の場所に戻った瞬間ドアは閉じた。

「な、なんで……

少しだけ揺れてその身体を走らせ始めた列車の振動に合わせたように、サイファーは微かに頷いた。そして、ゆっくりとの方に向き直って、眉間に皺を寄せた。

「そんな顔されたまんま……帰せるかよ」

とにかくそんな事を言われてもなぜサイファーが飛び込んで来たのか判らないは、身体のだるさも手伝ってずるずると壁に背を寄せたまま崩れ落ちかけた。

そのの身体を、サイファーはそっと抱きかかえて、そのまま何も言わずに両腕で包んでしまった。

「サ、サイファー……?」
「少し黙ってろよ。ワケわかんねぇ事ばっかり言いやがって」
「な……
「あんな、泣きそうな顔されて……そのまま帰せるわけねぇだろ……

そんな表情をした覚えなど、当然にはあるはずがなかった。けれど、だるい身体に暖かいサイファーの身体は心地がよかった。

……なぁんか、遠恋してるみたい」
「何でも好きなように思っとけよ」
「ふーん、ガーデンの名物サイファー様は、私でもいいんだ」
……………1つ言っとくが」

を抱きしめたまま、列車の振動がにまで響かないように足を突っ張りながら、サイファーは言う。

「ガーデンにいた頃のお前なんて、俺はほとんど知らねぇよ。けどな、ここ何週間かのお前の事なら、誰よりもよく知ってる。だから、ガーデンにいた時の事は忘れろ。お前も俺も、最近出会ったばっかりで……それでいいだろ」
「でもガーデンにいた頃のサイファーも今のサイファーも同じだよ」

サイファーの腕の中でぼんやりと過去を回想していたは、ぼそぼそと呟いた。

「それでもいいんじゃねぇのか。ただ、もう一度最初から始めてもいいと思うけどな」

サイファーの申し出は、とてもさらりと出てきて、の耳にもすんなりと入ってきた。まるで、ただの挨拶のように。だから、もあまり深く考えてなどいなかった。全身を預けてなお、動じる事のない力強いサイファーの腕に抱かれたまま、列車の立てる規則正しい音に酔いながら、頷いた。

……そうだね」