それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 003 / 再会

ティンバーにて新生活を始めたは、就職した翌日には任務についてティンバーを出ていた。誰かパートナーとではなく、単身での任務。

いくらSEEDとしての実績があるとはいえ、まだ究極の新人であるが単独で任務に就く事を同じ情報部の人間は誰一人として不審に思わない。それどころか、と同じようにして単独任務に赴く者ばかり。言葉も交わさない。上司と呼べるような人は1人だけで、一対一で任務の確認をしたら、それまで。

の職場は、そんな所だった。

始めに赴いた地は、エスタ。

任務の内容は、エスタ側の指定した場所でエスタ側の人間から手渡される書類を受け取り、その場で「YES」か「NO」を確認する事。何に対してYESなのかNOなのかという事は、は知らなくてもいい事なんだそうだ。

は1人旅にでも出ているような風体でフラフラとFHの駅へと向かった。何年か前に急に沈黙を破ったエスタから鉄道が通る唯一の場所。ニーダがFHに行ったらしいと言う話があったが、それすら定かではない。

けど、ニーダがFHにいようといまいと、今のには関係のない事。ただエスタに向かい、任務をこなすのが今のの全てだ。

アンティークなFHの陸橋に駅に、エスタ製の流線型の車両が滑り込む。

「間もなくエスタ行きが出まーす。お乗りですか?」
「あ、はい」
「ご旅行ですか、いいですね。学生さんですか」
「ええ、まあ」

人のよさそうな中年の駅員には軽く会釈して列車に乗り込む。シルバーカラーベースのボディに波のような流線型の模様を施した列車はFHのレールに軋む音を立てるだけで、殆ど無音のまま佇んでいる。内装もオリハルコンから生成される物質でコーティングされた材質で統一されており、多少贅沢を感じないでもない。

は上司から手渡されたチケットに従って三等客室に乗り込む。それまでSEED専用キャビンで慣れた身体に硬めのクッションは辛かったが、エスタまではそれほど時間はかからない。

「場所は、と」

客もまばらな昼の社内。はこれまた上司が手渡した資料を自分でまとめたものに目を落とした。これにはなりの気遣いで、若者が友人との待ち合わせに使うような文体で書き記してあった。

場所☆エスタ…駅からエアステーションに出て、ステーション内のリフレッシュエリアA3近くの噴水前。
時間☆2時!遅刻厳禁!

エアステーション構内なら、各国との国交を再開したために他の場所よりは混雑しているだろう。たったこれだけならティンバーだのドールからエスタにいる友人に会いに行くという隠れ蓑になる。もっとも、上司からそんな小細工を仕込まれたわけではなく、あくまでもの独断。つまり、無用な心配なのだろうがはちょっとばかり使命感に燃えていたりもする。

日帰り任務とは言え、初めての任務。後々失敗談として語り継がれる事の無いようにしなければ、とはにわかに盛り上がっていた。

「間もなくエスタグランドステーションに到着いたします…」

鉄道の開通と併せて建設されたエスタの駅。グランドステーションとは若干はしゃぎすぎにも聞こえるが、名に劣らない出来である事だけは間違いない。地上17階、地下5階の規模を誇り、エアステーションに隣接する形でFHからしか来ない列車を迎え入れる。エスタの基準で言うと、この程度はこじんまりとしている程度でしかないのだが、それでもグランドステーションである。公式発表では近々トラビアまでの直通線が敷かれるとか敷かれないとか。

「あのう、エアステーションて……?」
あまりの広さに気後れしたは、手近なところにいた職員と思しき人物に声をかけた。すらりと背の高い職員は、親切にもエアステーションまで案内してくれると言うのだが、すっかり極秘任務気取りのはそれを断った。

「本当にいいのですか?」
「ええ、大丈夫です。いろいろ見て回りたいですし。ご親切にありがとうございました」

が待ち合わせ場所に到着して噴水の上に掲げられた時計を見ると、2時13分前。ちょうどいいだろう。ティンバーから派遣された人間である事を示す目印として指定された古い映画のパンフレットを手にする。

期待感と、緊張と。任務という仕事にまだ誇りも何もないだが、背筋をのばしてぎこちなく固まる。そのの緊張を破ったのは、どこかで聞いたような図々しい響きの声だった。

「なんだあ、お前!」

首が取れるのではないかという勢いで振り返ったの背後で仁王立ちになっていたのは、サイファー。ガーデンで制服と化していたあのコート姿から、黒のインナーに黒のパンツ、それにグレーのコートという姿になっている。コートがグレーという点では変わりがないが、トレードマークのクロスソードもなく、存在を誇示するような襟もない。

そうして黙っていれば、すらりとした美しい青年に見えるサイファー。それが、を見つけて声をかけた。

「なんでお前がここにいるんだよ!?」
それもひとたび口を開けば台無しだ。

「なんで、って、あの、その……
サイファーがエスタにいる事はもはやにはどうでもいい。ただそんな質問を浴びせられてすらすらと体のいい言葉が飛び出すには、まだは経験が足りない。けれど、そんなを知ってか知らずか、サイファーはの襟元を掴んで、小声で言い放った。

「お前、ティンバーにいるのか」

は、突然サイファーが真剣な表情で言うものだから、何を当たり前の事を言っているのだろうと…そう思った。けれど、まがりなりにも1つだけ年上のサイファーはより先にガーデンを出て行ってしまい、音信不通に等しかった。それなのに、がティンバーにいると判るという事は。

今回のの任務で接触するエスタ側の人間が、サイファー。

要するに、国家は違えど同じような機関の同じようなポジションにいるという事だ。

「ふーん、お前がね」
「な、なによ、問題ないでしょ時間だって場所だって……
「で、コレか」

が片手に握り締めていた例の要約のメモだ。おおよそ年齢には似つかわしくない丸みを帯びた字体で、記号などあしらいながら浮かれた印象を残すメモ。それをサイファーはもぎ取って眺め回すと、ニタリと笑った。

「まあ、まだ新人もいいところだろうけどな。今回のは大した任務じゃないぜ?」
「あんたにそんな事関係ないでしょ。私は全力を尽くすんだから」
「あーそうかい。じゃ、ほらよ、コレだ」

サイファーがぶっきらぼうに突き出した書類をは大事そうに抱える。サイファーが乱暴に掴んでいたのか、書類の入った粗末な紙袋は所々皺が寄っている。

「あと、今回は『NO』だ。ちゃんと伝えとけよ」
「わ、わかったわよ。そのくらい私だって……

書類の入った紙袋を丁寧にバッグにしまい、真っ赤な顔をして反論をするの頭を、サイファーの大きな手がぐしゃぐしゃとかき回す。

「なっ…なに、よなにすんのよ」
「だからそう必死になるほどの任務じゃねえって」
「でも…!」
「せっかくここまで来たんだ、観光でもしていくか?」
「結構です!私はこれからまた電車に乗って…」

ぷいとそっぽを向いたは片腕をサイファーに掴まれて、そのままエアステーション構内を引きずられていった。

「ちょっと、ちょっとどこ行くのよ離してよ…!」
「まあそうカリカリすんなよ。メシぐらいおごってやるから」

そう言ったサイファーの表情はとても穏やかで…はただ、コクリと頷いた。

エアステーションを出ても更に機械的で機能的なエスタの街が2人を飲み込む。見上げれば空は果てしなく青い色。その下で、小さな影を落としながらはサイファーに手を引かれて歩いている。

この時は任務で来ていた事を、忘れていた。