七姫物語 * 姫×騎士

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小国がひしめく地域では長いこと戦が絶えなかった。あっちが終わったと思ったらこっちで始まり、どこかで戦をやっていればそれを嗅ぎつけて首を突っ込んでくる国もあり、戦ばかりしていても領土など大して増えないのに終わる気配がなかった。

そんな中、数年前からだらだらと戦が続いていたとある国が対戦国との和平交渉に成功、ひとまず停戦、しかるのちに戦争終結といこうと話がまとまった。元々は領土問題での小競り合いが戦争に発展したよくある話で、得をしたのは武器商人や戦商売を生業とする者くらい。どちらも疲れていた。

双方王国であり、国内にいられないほどの激戦というわけではなかったのだが、この国の王家の女性は疎開を強いられていた。現状危険の少ない友好国に疎開して早3年が経つが、この度の停戦により帰国が決まり、その帰ってくる王家の女性たちを警護するために、国境沿いでは騎士団の小隊が到着を待ちわびていた。

「城に戻るまで何日かかりますかねえ」
「オレたちと同じ速度は無理だから……1週間くらい余計にかかるかもな」
「早く戻らなきゃならんことでもあるのか」
「いえ別にないですけど」
「まあ、長くかかればかかるだけ危険は増えると言いたいんじゃないですか」
「そうそう、それです」
「オレたちがきちんと働けばいいことだろうが」

警護のために派遣された小隊は2。この国の騎士団の慣例として要人警護の場合は年長者が優先されるのだが、今回の任務に関しては最近小隊としてまとめられた1隊が派遣された。その隊の隊長と隊員2名は国境に置かれている管理局の近くで疎開帰りの到着を待っていた。

「てか何でここで立ったまんま待ってるんすか」
「隊長が立ってるから」
「なんで隊長は立ってるんすか」
「そういう主義」
「えええ〜」

部下であるふたりは隊長に聞こえない声でぼそぼそと喋っていた。軽い喋り方をする方が清田、それに淡々と答えている方が神という。清田は今回一緒の任務に付いている隊がのんびり座って待っているのに対して、自分たちが起立待機なことが不満らしい。確かに無駄に疲れる。

「神、ちょっと空模様が怪しくないか」
「そうですね……でも移動に困るほど荒れないと思いますよ」
「もし悪化したら少し北に迂回するようだな」

そう言って頷いている隊長は牧といって、1年ほど前に隊長に就任した。騎士団の中でも一番若い隊長だが、堅実な働きと落ち着きっぷりは確実に騎士歴10年目の先輩方にも勝ると評判だ。彼が座らないので部下たちも座れないわけだが、彼は王家の女性たちを迎えるのにそんな失礼はいかんだろうという主義だ。

ついでに言うとこの牧は父親もその父親もまたその父親も騎士団という騎士稼業の家に生まれたので、幼い頃からいずれ自分も騎士になるのだと思って育ってきた。また、現国王の娘である姫とは年が近く、現国王と現騎士団長である父親も親しい間柄なので、小さい頃から姫のお守役をしてきた。

その姫が帰ってくるのだ。子供の頃から気安い仲である牧の小隊が派遣されたのはこれにもよる。

「牧さん、様とは何年ぶりですか」
「疎開する前に一度会ってるはずだが……その前が何年も開いてるからな」
「活発な方ですから、疎開は退屈でしたでしょうね」
「あれは活発というより、何によらず人より速度が早いんだ。少しはおしとやかになっててくれればいいんだけど」

多くの場合、王女姫の評価は「聡明・快活」であるが、牧によれば「好奇心旺盛なだけ、思ったことは何でも言う」になるらしい。少し年長の牧が騎士団の少年部隊に入り、が王侯貴族のための学院に入ってからはあまり会っていない。疎開するまでのの警護はずっと牧の叔父がやっていた。

……戦も終わりそうですし、お嫁に行かれてしまうかもしれませんね」
「うーん」
「どうしました?」
「最近はもっと年少の王女を欲しがる御仁が多いらしいんだ。少し時期を逃したかも」

好奇心からちょっと突付いてみた神はため息とともに肩を落とした。牧は非常に優秀で、現在団長を務める父親の跡を継ぐに相応しい騎士なのだが、少年部隊を出てすぐに戦が始まったこともあって女性に対しては非常に鈍感というか、女心を読むのは苦手。慇懃無礼になりかねないこともある。軍に女性は入れない規則だが、子供からおばあちゃんまでどんな女性にもだいたいこんな感じ。

子供の頃から親しい姫が嫁いでしまうのは寂しくないですか? と聞くわけにもいかないので濁してみたが、濁さなくても答えは同じだったかもしれない。神の後ろで清田も気の抜けたため息をついている。

「それは困りましたね。じゃあ牧さんが頂いたらどうです」
「はあ?」
「国内に残られるのでしたらいいじゃありませんか」
「バカを言え。仕える側の騎士がもらってどうする」

真顔で答える牧に神は苦笑い、清田は飽きてフラフラと離れていく。その時だった。

「あっ、牧さん牧さん、あれ違いますかね」
「神、双眼鏡。おお、そうだな。1、2、3……よし、揃ってるな」

遠目の利く清田が国境へ向かってくる隊列を見つけた。事前に連絡のあった馬車の数と一致している。

牧の号令で待機していた2隊は装備を整え、整列して待つ。しばらくすると馬車ばかり数台が隣国の警備兵に付き添われてやってきた。と親しいのは牧だが、もう一方の小隊長の方が階級が上なので、牧の隊はその場で待つ。小隊長が到着した一行の前に進み出て警備兵に声をかけると、2隊揃って敬礼をする。

引き渡しの書状を交換すると、警備兵はそのまま去っていく。彼らが遠ざかってから敬礼を解き、改めて馬車に乗ってきた王家の皆々様である。小隊長の方も事情はわかっているので、彼に呼ばれて牧が先頭の馬車に向かう。が乗っている馬車だ。声をかけてから扉を開き、深々と頭を下げる。

「皆様ご苦労さまです。城に到着するまでの間、どうぞよろしくお願いしますね」
「長旅お疲れ様でございます」
「本日の宿までもう少しとなっております。今しばらくご辛抱下さい」
……あれっ、紳一!?」
……ご無沙汰しております」
「嘘、ちょっと何年ぶりよ待って待って顔見せ――

楽しそうなの声を遮り、牧はバタンと扉を閉める。中からモゴモゴ言う声と共に馬車がガタガタ揺れるが、牧はさっさと隊に戻って出発の指示をする。今夜泊まる予定の町まではそう遠くない。安全のためにも天候が悪化する前に少しでも早くたどり着きたい。なのでの相手はしていられないのである。

しばらくするとの馬車がガタガタ揺れなくなったので一行は出発した。何とか天気がもちそうなので予定通りの道順で本日滞在予定の町まで直行である。たちは隣国の警備の都合上早朝から馬車に乗りっぱなしなので、そういう意味でも早く到着したい。

「いいんですか、ご挨拶あれだけで」
「あとで嫌でもご挨拶になるんだからさっさと行った方がいいだろ」

隊長の馬に迫りながら神が聞いたけれど、牧は隊列を囲む騎士たちの配置で頭がいっぱいな様子だ。

様すっげえ嬉しそうな声してたのに、隊長ほんとに隊長」
「引き伸ばしたところで何も変わらないのにな」

呆れた顔の部下ふたりはそう言ってこっそり笑うと、自分の持ち場に馬を進めた。

「さっきのは何! 何年ぶりの再会だと思ってるの」
「確か疎開前に一度ご挨拶してるはずです」
「だとしても3年ぶりでしょうが」
「ああいう場なので個人的なご挨拶は後回しにしました」
「ねえちょっと神くんどうなのこれ! 逆に失礼じゃない?」

今夜滞在する町に到着し、王女たちがそれぞれの部屋に落ち着くと、案の定牧はに呼び出されて怒られた。そしてなぜかくっついてきた神と清田も怒られている図だが、は楽しそうだ。

「というか神くんもお久しぶりです。ご無事で何よりです」
「はい、大変ご無沙汰しています。お陰様で我が隊はひとりも欠けませんでした」
「えっ、神さんお知り合いなんですか」
「神くんは少年部隊に入った頃に少しね。君はええと……
「あ、清田っす」

ペコリと頭を下げる清田にはにっこり微笑んで手を差し出す。清田は慌てて手を取り、キスを返す。

「一緒にここまで来るということは紳一に可愛がられてるのね。覚えておきます」
「いえ別に可愛がっては――
「それにしてもひとりも欠けずにこられたなんて、すごいことじゃない」
「ご加護の賜物です」
「あのさ、逆に失礼だって言ってるでしょ」
「子供の頃とは違います。殿下こそ立場をわきまえて下さい」
「その説教臭いところは変わんないわけね」

ゴフッと吹き出した神と清田をひと睨みした牧は咳払いをして背筋を伸ばす。

「早ければ10日ほどで城に帰着できると思います」
「10日? ここからなら遅くても5日くらいで着いちゃうんじゃない?」
「あまり焦っても危険でしょうし、馬が不足してますから」
「それはそうだね……わかりました」

王女たちの帰国に合わせて1日中走らせられるように手配をしているが、ついこの間まで戦をしていたので馬は圧倒的に足りていない。1日に都合出来る馬と安全を優先するとどうしても時間がかかる。

「実を言うと馬車の中はものすごく退屈で苦痛だから1日に乗る時間が少ないのは助かる」
「途中休憩は挟みますよ」
「それも助かる」
「この町からは城勤めの料理番も同行しますので、ご要望があればお申し付け下さい」
「それじゃ明日の午後の休憩は4人分お茶を用意するよう伝えて下さい」
「4人分?」
「私と、あなたたち3人、合わせて4人分」

はゆったりとひとり用のソファに腰掛け、肘掛けにもたれながらにっこりと笑った。

「ちょっと待ってくださ――
「命令です。明日の休憩は私のお喋りに付き合ってもらいます。いいですね」
……はい」
「神くんと清田くんもいいですね」
「はい。かしこまりました」
「喜んで」

満足そうなは満面の笑顔のまま3人を下がらせた。立場をわきまえるようにと言ったのは牧の方なので、が命令だといえば逆らう訳にはいかない。してやられた牧は悔しそうな顔をしていた。

「いいじゃないすか、様本人がそうしたいって言うんだから」
「それが自分の立場をわきまえてないというんだ」
「そうですか? 騎士を侍らせるなんて王女様あるあるだと思いますけど」
「そういう品のない王女になってもらっちゃ困る」

ふん、と鼻を鳴らす牧に、神と清田はまた呆れつつもこっそり吹き出した。

翌日、一応王女様の命令なので牧は神と清田、そして城から出張してきている料理番を連れての元へ向かう。は木陰に敷物を敷いて横になり、背中を伸ばしている。馬車は長時間乗っても疲れないようクッションなど丁寧に作られてはいるが、それでも振動は避けられないし、窓も小さいので閉塞感がある。

「よしよし、ちゃんと来たな」
「ご命令ですから」
「そういう可愛くないこと言ってると裸踊りやれって命令するよ」
「命令とあらばやります。それを見て楽しいのでしたらどうぞ」

クソ真面目な顔をして言う牧に、だけでなく神と清田もげんなりした。命令だからやれと言われたら牧はやるだろう。お世辞にも上手くない踊りを真顔で。それはきっと見ている方が恥ずかしくなる代物に違いないのでは黙り、体を起こして座り直すとお茶を一口飲む。

……どうぞ座って」
「ここで結構です」

敷物の上に座る、その傍らに3人は立ったまま。一応は王族なので、騎士の振る舞いとしては牧が正しい。だが、にとっては「子供の頃よく遊んでもらったお兄ちゃんとその部下」なので、起立されたままでは居心地が悪い。

「というか今は休憩中なんだから、休まないと」
「これくらいで疲れていては騎士は務まりません」
「紳一、ちょっとそこ座って。命令!」

命令と言われると逆らえない牧は渋々敷物の端っこに膝をついた。はその正面に移動してくると腕組みをして大きく息を吸い込み、一気に言い放った。

「あのねえ、騎士騎士って言うけどその中身は生きてる人間! 機械人形じゃないんだから必ず疲労はするし、それは休まなければ取れないし、蓄積されれば体を蝕んでいくし、騎士だからビシッと立ってればいいなんて言うのは何の根拠もない精神論で、体力の浪費。確実に安全に任務を全うしたいならちゃんと休ませなさい!」

そしては膝立ちになると神と清田の腕を引いて敷物の上に引き倒し、膝をついて呆然としていた牧も転がし、満足そうに鼻を鳴らした。笑いを噛み殺している料理番におやつの手配をしてもらえば準備は万端である。

「あ、まさかと思うけど向こうで待機してる人たちにも立ったまま待たせてるの?」
……そうです」
「んもー、悪いんだけど清田くんちょっとひとっ走り行ってきてくれる?」
「りょ、了解っす。全員座らせてきまっす」

察しのいい清田はがばりと起き上がるとものすごい速度で走っていった。

「はい、紳一もお茶どうぞ。紳一が立派な隊長だってことはわかってるから、ちょっとくらい付き合って」
……別に立派とかそういうことでは」
「私の遠縁に当たる人はつい3ヶ月前に隊ごと全滅。25人いたけど生還者なし。紳一は死者なしでしょ」
「それは別にオレの手柄ではなくて、こいつらの」
「牧さんが隊長だからですよ、様」
「ほら〜」

と神はニヤニヤしながら牧を突っつく。牧は気まずそうだが、やっと緩んでお茶を口にした。

「神くんはまだわかるけど、清田くんみたいな子にも慕われてて、立派なことじゃない」
「慕われてる……
「ああいう子は勘が鋭いから、口先だけの怠け者には懐かないよ」
様もすごいですね。普通、あれはバカとか猿とか言われるんですけど」
「バカな猿は神くんの言うこと聞かないでしょ。人を見なくても近くの人を見れば簡単にわかることだよ」

その清田がまた走って戻ってきたので、はお茶とおやつを与えてやる。ちゃんと座って頂けという牧の言いつけに「はいっす!」と元気よくお返事した清田を見て、はにっこりと笑った。

「あんまり戦については詳しく聞かせてもらえないんだけど、牧の小父さまは無事?」
「お陰様で。団長なのに真っ先に敵陣に突っ込んでいくから迷惑がられてます」
「小父さま相変わらずだね……
「というか去年から祖父も出てます」
……嘘!? だってお祖父さんて確か」
「70目前だけど無傷で帰ってきました」
「あんたん家は一体どうなってるの……

幼馴染ならではの近況報告、神と清田はもちろん口を挟めないけれど、隊長と王女様のやりとりはなんだかとても微笑ましくてニヤニヤしてしまいそうだ。というか隊長は頑なに「立場をわきまえる」ことにこだわるけれど、立場をわきまえているよりずっと王女様は楽しそうだ。その方が様のためなんじゃないんだろうか。

「そっか、城に戻ったらまたみんなに会えるのか。楽しみ」
「みんな首を長くして待ってますよ」
「ほんと!? 紳一は!?」

ここで吹いてはならない。ほんの少しでも吹き出せば鉄拳制裁だ。神と清田は耐える。

……待ってましたよ。皆様が1日も早く帰国できるように毎日戦ってきました」
「ありがとう。……本当に無事でよかった」

すいっと差し出されるの手を取ると、牧は困った顔をしつつも、丁寧にキスを返した。