ある日の偶然

偶然というものは、1度や2度くらいなら日常に突然現れた愉快なハプニングとして楽しめるものだと思う。それが特異な状況であればあるほど、後で話のネタになる思わぬ収穫をしたと喜ぶ事も出来よう。

だがそれがあまり変わった内容でもなく、さらに日に何度も立て続けに起こったとしたら、どうだろう。

つまり、今日の私とはそんな偶然に翻弄されていた。

手始めは、月並みに服。2人ともグレーのタートルネックとブラックジーンズを穿いていた。はそれにニットのショール、私はジャケットを着ていたから完璧なペアルックにはならなかったけれど、グレーのインナーもジーンズも日常的によく使うものであり、被ってしまったその偶然を呪うしかない。

次に、オーダー。半ペアルック状態は恥ずかしかったが、そそくさと入ったコーヒーショップで私たちはまた偶然を呪った。普段なら、は紅茶、私はコーヒーがほぼ定番であるが、何を思ったか2人で声を揃えて「抹茶ラテ!」と声高に宣言してしまった。

「だって朝のニュースで抹茶の特集みたいなのやってて……つい」

はぼそぼそと言う。実は私も同じだった。

2つの抹茶ラテをトレイに乗せて、やはりそそくさと席に着く。2度ある事は3度あるという言葉が頭の中でこだましていた私は、自分の手の中にある書店の紙袋と、の手にある違う店舗ながらやはり書店のビニール袋の中身が気になっていた。見るのが怖いような気もする。

「なあ、もしかして……
「うん、たぶん合ってるよ」

果たして私たちはまったく同じ本をするすると取り出して苦笑い。もっとも、私とが贔屓にしている作家の新刊であるから、偶然としては少し弱いかもしれない。

しかし、2度ある事は3度あった。4度目はあるのか? 私は偶然というハプニングに乗ってみたい気になっていた。私は先週末に仕事が片付いていたし、今日は丸1日に付き合うつもりでいた。その間に偶然は何度起こるだろうか? 何の変哲もない日常にそんな事を試してみたくなる。

、今日の予定、書いてみよう」

私はペーパータオルを2枚取って、1枚をに手渡した。今日1日どんな風に過ごすのか、まずは思っている事だけでも書き連ねてみようというのだ。手元を隠して書き、同時に照らし合わせてみる。そこにまた偶然はあるのだろうか。

ちなみに本日のデートについては、事前に詳細な打ち合わせがなかったと誓っておく。近場でぶらぶらして、その後は都合に任せて私の家に来るなりの家に行くなりすればいいというだけの、まったくのノープラン。

「じゃあ、いくよ」

ペーパータオルを胸元で掴んだが勝負を挑むように顎を引いて厳しい目をする。

「せえ、の!」

私たちはすばやく2枚のペーパータオルを覗き込んだ。

――新作のCDを買う・古本屋・先日公開になったサスペンス映画・食器が見たい・バッグが見たい・昼は希望なし・夜は新しく出来たイタリアンの店・後はアリスの家。

――新作のCDを買う・古本屋・先日公開になったサスペンス映画・プリンタのインクを買いたい・靴を見たい・昼は新しく出来たイタリアンの店・夜はよく使う和食の店・後は自分の家。

さてこの内、新作のCDと古書店、映画は偶然とはカウントしなくてもいい。理由は簡単、新作CDは2人に共通した好きなアーティストのものであるし、古書店は毎度お決まりのコース、そして映画は公開前から見たいと話していた作品だからだ。

この3つを除くと、共通するのはイタリアンの店、という事になるが、念のために私は確認を取った。の見たいと言うバッグはもしや?

「うん……例の……

はぼそぼそと言葉を濁したが、私が靴を見たいと思っていたのと同じショップだった。これで偶然は2つ追加された事になると考えてもいいだろう。驚異的な数字ではないが、私はだんだん面白くなってきた。その事をに話すと、彼女は少し気持ち悪い、と言った。

「なんや、スピリチュアルな裏でもあるとか考えてるんか」
「そういうわけじゃないけど……こんなに重なるとちょっと気持ち悪くない?」
「そうか? 今日は2人のバイオリズムが近いとでも考えたらええやろう」

そっちの方がよっぽど非科学的じゃないの、とは膨れたが私は気にしないことにした。そもそも偶然が起こること自体あまり科学的とは言えたものではないし、無理に背景をこじつけるような事でもない。気楽に考えたらいいだろうと思うのだが、そこはやはりも女性なのだろうな。

結局私たちは出し合った希望を全て遂行する事に決め、見たいものを見て買いたいものを買い、2人の案を混ぜる意味で食事は私のコースとした。それが全て終わったら私の家に帰る。その後の過ごし方などはまた考えればいい。何か映画でも借りる事にしたら新たな偶然に出会えるかもしれない。

CDショップで新作のCDをそれぞれ買い求めたかと思えば、気になっていると申告し合ったニューフェイスがやはり同じであったし、古書店では別々に店内を見て回ったのに2度も同じ本に目を付けて取り合いになった。靴とバッグは気に入ったものがなかったが、に似合うだろうと手に取った服は彼女が試着している最中だった。

映画を見ようとすれば、指定された席が以前にも2人で映画を見た時とまったく同じ席だった。ここまで来るとは半ば呆れ、昼食を取ろうとイタリアンの店では「アリスと同じものでいいよ」と投げやりにメニューを閉じた。無理に偶然を作る事はないのだと私は笑ったが、私が適当に選んだメニューはを大変満足させた。

それなら、と夕食はにメニューを委ねたが、それもまったく外れなかった。短い付き合いではないから、お互いの口の好みが判っているという事を差し引いても、あまりに的確な選択だった。

その頃になるとも気持ち悪さが取れたのか、あるいは夕食の際に少しだけ飲んだアルコールが違和感を忘れさせたのか、私たちは上機嫌で家路についた。

ほろ酔いのが淹れてくれたコーヒーを啜りつつソファに身を投げ出していると、すぐ傍に腰を下ろしたがぺたりと寄り掛かってきた。ちょうど私もそんな気分だった、とは言わないが、それでも膝に伸ばされた手を取ってゆるく握り締めた。

「ねえ、アリス。私が考えてる事が判る?」

肩先でが呟く。の考えている事が、即ち私の思考とぴたり一致すればこれも偶然なのだろうか。

「そうやなあ、締め切り明けでお疲れの先生の肩をマッサージしてあげたいわ、とか」
「面白くないよ、それ」

繋ぎ合わせた手をは私の足に打ち当てて膨れた。私も面白くないと思う。しかし、私の面白くない切り返しはともかく、偶然とは関係なくの考えている事は判るような気がする。

「たぶん判ると思う。そんで、たぶん合ってると思う」

私は肩に頬を寄せているの顎を指ですくい、そっと唇を合わせた。

「これは、偶然かな?」

の顎にあった指を頬に滑らせ、髪を通って首にたどり着く。はくすぐったそうに肩をすくめて笑った。

「そういう事に……しておいてあげる」

END