あなたにも「eyes on me」

私だって、そこにいた。

それはぼんやりとしていて、手を伸ばしても掴めない現実だけど、確かに私はそこにいた。存在しているなんて大層なものではないけれど、私はみんなとずっと一緒にいた。いつかの始まりから、いつかの終わりの時まで、片時も離れずにいた。

エルおねえちゃんみたいな、特別な力は無い。だけど、私はみんながどこで何をしていたか、全部知ってる。まるで、自分が体験しているみたいに、ずっと。痛みも喜びも悩みも楽しみも、何もかも共有しながらそばにいたのよ。それは楽しくて辛くて、甘くて切ない、私だけの夢。

ちゃん! 何、沈んでるの。せっかくのパーティなのに」

アーヴァインが音楽に合わせて身体を揺らしながら、近寄ってきた。他人行儀にちゃん、なんて言いながら。昔はあんなに影が薄くて地味だったくせに。あの頃からセルフィが大好きで、構ってもらえない子供の振りをして他の子供には興味なかったくせに。

「ううん、別に」
「別にって顔してないぞ。初めて食ったけどパン、美味かったぜ! 食うか?」

ひょろりと長いアーヴァインの後ろで、ピョコピョコ跳ねるゼル。手には食べかけのパンを掴んでいる。泣き虫ゼル、パンを手に入れてご機嫌ね。私なんかに構わないで、向こうで待ってるあの図書委員の女の子と話してればいいじゃない。

ちゃん、ご機嫌ナナメ?」

アーヴァインの言葉は、その通り不機嫌な私を責めているように聞こえる。私は小首を傾げて腰に手をつくアーヴァインの横っ腹を、肘で思いっきり突いた。鈍い音の後に、アーヴァインは呻き声を漏らした。

「うおお、ちゃんキツい……!」
「別に何でもないってば」

2人が知っているかどうかは判らないけど、私だってSEED。あの面倒くさい最終試験も点数を気にしながら頑張ったのよ。その後だってSEEDレベルの管理は怠っていない。その私が渾身の力を込めて肘鉄食らわせたんだから、痛いに決まってるじゃない。キスティスやセルフィと同じように、ね。

ああ、今は誰とも話したくない。特に、愛と勇気と友情の大作戦で世界を救ったらしい6人。当然サイファーも。そう、学園長もイヤだ。こんな不愉快な場所はさっさと立ち去ってしまおう。視界から消してしまおう。

2人の事なんか無視して立ち去る私の背後で、アーヴァインがぼそりと呟く。

「やっぱりご機嫌ナナメだよ~」

しっかり聞こえてるわよ、バカ。その通りご機嫌ナナメよ、ほっといて。世界は遠い未来の魔女という脅威から救われて、めでたしめでたし。でも、ちっともめでたくないのよ、私には。なんでこんな所に来ちゃったんだろう。学園の行事扱いのパーティだからよ。渋々来ただけ。早く終わって欲しい。

私には、少し特殊な力がある。

それは、エルおねえちゃんみたいに驚異的な能力じゃない。他人に影響を与えられるような、そんなすごいものじゃない。ただ、みんなのしている事、行動、少しの心の声、それがわかる。まるで映画を見ているように。

覗き見? そうかもしれない。私の意志とは関係なく始まってしまう覗き見。

それがどんなに大変で、辛いか、判る?

なのに、みんなは自分達だけ頑張ったような顔をして。私もあの孤児院にいたって、判ってる? 私はいつでもみんなの傍にいたのよ。お互いの事、思い出しただけじゃないの?そんな苛立ちを抱えたまま、私はずっと夢を見ていた。他人の現実という夢を。

世界が圧縮されたって私は見ていた。未来へ流れていくみんなと未来の景色、悲劇の始まり、そして終わり、繰り返される憎悪の輪廻。誰かを守るために誰かを忘れて、時の渦の中で必死に手を伸ばしたその指先ですら、圧縮された世界の中で夢に見ていた。

時に誰かの視点になったり、上から見下ろしたりして、何も出来なくても、ずっと。

みんなの現実を変えて流れを捻じ曲げる事は出来ないけど、それだって、私は必死だった。少しでも声が届けばいいとずっと叫んでた。こうして、ああして、って。辛い時は一緒に泣いたし、傷つけば痛かったし、嬉しいときは一緒にはしゃいだ。私だけが垣間見る離れた場所の事も、伝えられなくてもどかしかった。

誰も、そんな私を知らないくせに。

何もかもがなんとなく薄らいで見える。

誰にも知られていないつもりなのかしら、スコールはリノアとキスなんかしてるし、サイファーは仲間達と楽しそうにしてた。いいわね、みんな。楽しそうで。私は誰とも思いを分かち合えないでいるのに。

私は1人、騒がしい輪の中から離れて不貞腐れる。テーブルには小さな花とグラス。頬杖をついて見つめたグラスに、誰かが映っている。この姿は見覚えがある。これは、誰?

息が、止まるかと思った。振り返った先にいたのは、イデア。まま先生、イデア。

、お久しぶりです。大きくなりましたね。元気でしたか。あなたがここにいると聞いて。会いたかったわ」
「な、なんで……
「私はG.Fなんて使わないもの。スコール達とは違いますよ」

よく考えてみれば、その通りだ。ということは学園長も……

「あなたは知っていたのね。みんなが忘れても。」

だから何だって言うの。G.Fの影響が私に出なかったからって、どうだっていうの。

「私の能力の事、ですか」
「心配していましたよ」

そう言うイデアの顔は、あの頃となんら変わりない柔和な笑顔。甘えて、すがりつきたくなる。

「生活に支障は……ありませんから」

なぜだかとても後ろめたくて、叱られているみたいだ。しかしイデアは、背けた私の顔をぐいっと元に戻して、また微笑む。真正面に見たイデアの優しい微笑みは、私を竦み上がらせた。なんて怖くて美しい笑顔なんだろう。

「でも、見ていたんでしょう?」

この人は知っている。全部。誰かに聞いたとかじゃなくて、知ってる。判ってる。見透かされている。

「あなたも、がんばりましたね」

私を笑顔で釘付けにして、そんなこと言わないで。あなたが知ってても、私はどうにもならないじゃない。

あの時、ティンバーでパスコードを入力したのはスコールなのに。
あの時、あなたを撃ったのはアーヴァインなのに。
あの時、スコールに「優しくない」って叫んだのはリノアなのに。
あの時、リノアに怒ったのはキスティスなのに。
あの時、武器を取り戻したのはゼルなのに。
あの時、幸せになる旅だと言ったのは、セルフィなのに。

どれもこれも私だってよかったことなのに。

「やめて下さい、私、何もしてません。ただ、見ていただけです」

もしかしたら、さっきスコールにキスされたのは私だったかもしれないのに。
もしかしたら、今、アーヴァインのテンガロンを被っていたかもしれないのに。
もしかしたら、ゼルの横で一緒にパンを食べていたかもしれないのに。
もしかしたら、サイファーと一緒に釣りをしていたかもしれないのに。

でもそれは、全部、私じゃない誰かだったのに。

でも、そんなことを言って何になるだろう。直接現実を弄れるわけではない事はエルおねえちゃんと同じだけれど、私は見てるだけで何も出来なかった。何も伝えられない、何も暗示できない、ただ私が一方的に見ているだけだったのに。

私がこう言えばいいのにって思ったり、こうすればいいのにって思ったりした事を、スコールが実行する事もあった。だけど、結局はみんなの意思がみんなを動かして、私は遠巻きに見ているだけ。まるですべて最初から決まっていたように。

「でも、力を貸してくれましたね」

だからイデアが言っている事はおかしい。私が何をしたというのだ。

「いろいろと、な」

眉をひそめていた私の後方から声がした。とても馴染みのある、声。

「スコール!」

なぜ彼がここに。私は、やけに穏やかな表情をしているスコールを睨んだ。突然会話に入ってきて、私には訳のわからない事で納得している。あなたはいつもそう。自分だけ何もかもわかったような素振りで、人を惑わせる。

「そう睨むなよ。言わなかったのは悪かった」
「は? なにそれ」

あなたたち、何を言ってるの。何を知ってるの。なんで私はこんな風に怯えているの。

「あなたはスコール達を見つめながらずっと叫んでいましたね。あなたにしか見えない世界を伝えようと、手を差し伸べようと、それは一生懸命に頑張っていましたね」

魔女なだけある。イデアの言葉は聞いているだけで我を失ってしまいそう。けど、何の話よ、それは。

「つまりだな、聞こえていたわけだ、あんたの声」

私は、ありもしないと思っていた可能性を突きつけられて硬直した。まさか、そんなことがあるわけがない。

「あなたの能力は、あなたが一方的にに他人の様子を垣間見られるものだと思っていました」

そうよ、それだけよ。スコールが考えるパーティ編成もリアルに見えた。誰に何をジャンクションして、アイテムはどれを使って――。それを私が見ていた、ただそれだけの事よ。

「でも、そうではなかったようですね」
「ちゃんと聞こえていたんだ、あんたの声が。そう、ちょうどラグナ達の『妖精さん』のように」

言葉は静かで抑揚も無く。感情などないと思えるような声なのにスコールは少し、微笑んでいた。よく見なければ判らないくらいだけど、確かに。この人、いつこんな顔をするようになったの。私、知らない。

「だけど、声が聞こえる時は誰もその事を口にしなかった。聞こえなくなってはじめて、みんな話し出したんだ」

それで、私がみんなを見ながらああだこうだ言ってると気付いたってわけ? そんなばかな。

「言わなかったのは、悪かった。だけど――

何かを言おうとしたスコールの腕を、すごい勢いで走ってきた生徒が引っ張る。

「何だ」
「何ってスコール、約束しただろ! スピーチスピーチ!」

事前に承諾を得ていたような様子だが、スコールは渋い顔をした。邪魔が入った事に苛立ったんだろう。だけど、私はそれをいい事に、逃げた。イデアに言葉をかける事もなく、スコールを振り返る事もなく。

背後でスコールが何か言ったような気がしたけど、聞き取れなかった。それに、今更もうそんな事実を知っても、どうしようもない。私の声が聞こえていたからってどうなるわけでもないでしょ。私は、なるべく人目につかないようにパーティ会場の隅、スコールがスピーチをさせられる舞台から一番離れた所に逃げた。

壇上に立たされたスコールは、ちょっとでも目を離したら走って逃げそうだ。指揮官のご登場に盛り上がるパーティ会場、それはこの上もなく苦手でしょうね。指揮官という責任を果たすのはいいけれど、こんな役回りはまだ遠慮したいわよね。

容赦ない生徒たちの盛り上がりに、スコールだけでなくキスティスも眉をしかめている。きっと〝真実の当事者〟には不愉快な事なのね。みんな、知りたいのよ。何があったのか、そこであなたたちがなにをしたのか。

私は、ちょっといい気味、と腕を組んだ。

司会者の生徒とスコールの話の内容なんて頭に入らなかったけど、それも、本当にどうでもいい。そんな私の神経を逆なでしたのは「eyes on me」。リノアの母親だとか言うジュリア・ハーティリーのヒット曲だ。ずいぶん古い曲だけど、今でも人気がある。

しかもこの歌の歌詞は、スコールの父親であるあのラグナを想って書かれたものである可能性が高い。判っててかけてるのかどうか。たたでさえ英雄扱いのスコールのスピーチに重なる「eyes on me」。こんな風にスコールのテーマソングみたいに使われたら、まるでスコールとリノアだけが頑張ったみたいに思えて、私は制服のスカートの裾をぎゅっと掴んだ。

ジュリアの甘い声がフロア中に響き渡る。

どうして、私はこんな風に隅っこにいるんだろう。どうして、スコール達と一緒に戦ったのは私じゃなかったんだろう。いまさら「ありがとう」なんて言われても、少しも嬉しくない。誰でもいい、スコールでも、アーヴァインでも、ゼルでも。誰かの手をつねって夢かどうか確かめたいのは、私なのに。

きっとものすごくしかめっ面をしていたはずの私に声をかけたのは、まったく予想していなかった人だった。

「リノア」
「初めまして、だよね。でも初めましてじゃないんだよねぇ」

そんな事はない。初めまして、だ。この子も私だけ知らない事で納得している。スコールの事をステージに1番近いところで見ていると思っていたのに、何の用だ。私にはもちろん話す事はないし、彼女だってそのはずなのに。

「あ、見なくていいのかって?」

顔に出ていたのか、リノアは正確に私の心を読んだ。

「うん、別に私も知ってることだし、ホラ、私、ね」
「魔女だから?」

私は思ったままの事を言った。リノアはたじろがない。その強さもまた、私には気に入らなかった。

「なんて言ったらいいのかなあ。何があったかは、全部知ってるんだもんねえ。ちょっと恥ずかしいな」
「声が聞こえたんでしょう」
「ん? ああ、うん。が見てるの、知ってたよ。」
「じゃあ私が見てるって知ってるときは何もしなければよかったじゃない。私に責任はないわよ」

苛々がピークに近かった私はわざと、意地悪く言った。

そう、リノアは紛れもなくヒロインだった。運命に踊らされ、王子様の心を独り占めにして――。ジュリアの言葉、ラグナの想い、レインの命。リノアには「eyes on me」がよく似合う。スコールと並んでいれば、なおの事。

この先2人がどうなっても、後の人たちは彼らを語る時、「eyes on me」を思い出すだろう。甘いラブソングに、切ない恋。出来すぎていて笑えるくらいだ。

「そんなこと、知ってるよ。判ってるのにどうにもならない事があるのを知ってるのは、あなただけじゃないもん」

悲しそうな顔をして、リノアはつま先を掻き回す。スコールがこの状況を見たら、私は切りつけられるかもしれない。リノアは本当に悲痛な顔をしていた。なんであんたが辛そうにしてるのよ、それは私の方よ。

「未来がどうなるかなんて、その時どうすればよかったかなんて、少しも予想できないって事、だって知ってるでしょ。誰よりもよく知ってるよね。だからね」
「痛っ!」

リノアのほっそりした指が私の手の甲をつねった。ジュリアがラグナにしたように。

「ごめんね。でも、これは夢じゃないでしょ。だけが見てた物語じゃないでしょ」

そう言って、リノアは自分の頬をキュッとつねって見せた。

「私も、痛いの。これは夢じゃない、覚めないの。ずっと続いていくの」

スコール達がこの子に出会ってからというもの、私もこの子の言動には驚いてばかりだった。意味が判らない。

……何が言いたいの」

たぶん、私もリノアに負けないくらい泣きそうな顔をしていたはずだ。

「あなたが見ていたのは、あなたの物語じゃないよ」

ヒュッと音を立てて私の息が止まる。

「全部、あなたの夢だったの。あなたじゃない誰かの物語だったの」

言葉にならない怒りとか、悲しみとか、そういう負の感情が渦巻くのが判るのに、私は動けない。目の前を今までスコール達に起こった出来事が流れていく。

「だけど、これで終わりじゃない事、知ってるでしょ?」

リノアは眉を下げたまま笑った。

「アルティミシアの計画だって、本当は終わってない。過去のどこかで今も続いてる。私の、スコールの、みんなの物語もまだ続くの。の見えないところでも続いていくの」

「『eyes on me』はね、あなたのための歌でもあるんだよ」。リノアはそう言って去っていった。言葉を失ったまま立ち尽くす私をそのままにして。

壇上からスコールの声。

「おれ1人の力では、ないから」

湧き上がる拍手と喝采の波の中で、消え入りそうな私と「eyes on me」。

きっと私の意思とは関係なく続いていく、私と私の「eyes on me」。

私の物語は「eyes on me」が似合うだろうか。誰かの目に、私は映るだろうか。ラグナにとってのレインのように。スコールにとってのリノアのように。

まるで私の鎮魂歌のような「eyes on me」がフェイドアウトしていく。

そのざわめきの中で、誰かが私を呼んだ。聞いたことのある、声。

私の物語の始まりを告げる鐘で在れと、祈る。目を閉じて黙っている私に、声はもう一度届く。まるで、愛しいものを呼ぶように、ジュリアの甘い「Darling」みたいに。

、ここにいたのか」

ねぇ、手のひらをつねっていい? 夢じゃないって、もう一度、確かめたいの。私の物語だと、感じたいの。

あなたの目を見ながら。

END