僕の……

神様

どうか、僕の罪をこの雪で覆い隠して下さい。僕はただが大好きだっただけなんです。彼女が笑ってくれるだけで良かったんです。それがどうしてこんな事になったのかも、僕には判らないんです。目が覚めた時、がいなかったら僕はどうしていいのか……判らないんです。

「先生、彼は……
「大丈夫、命に別状はないよ。なあに、しばらくしたら目を覚ますさ」

もう何度も同じ事を問いかけているに、初老の医師は微かに微笑んで見せる。しばらくしたら目を覚ますという根拠については何も語ってはくれなかったが、意識が戻らないかもしれない等とは絶対に言わなかった。

と医師に見守られる中、簡素だが清潔で温かいベッドには、ルーファウスが静かに眠っている。

爆発に巻き込まれた際に負った傷は、医師の治療に素直に応えてみるみる治っていった。しかし、傷が癒えていってもルーファウスは目を覚まさない。まるで、何日も徹夜をしてしまった後のように昏々と眠り続けている。

はルーファウスを見下ろしながら思う。きっとこんな所でルーファウスが眠り続けているとは誰も考えまい。ウェポンの襲撃に砕け散った神羅ビルの瓦礫の下にでも埋まっている――そんな風にしか、思わないだろう。まさか、こんな雪深い小さな村で眠り続けているだろうなどとは、思いもしないだろう。

迫りくる星の崩壊を間近に迎えても、ここアイシクルロッジの雪は降り止む事がない。

神様

僕は今、どこにいるのでしょう。そして、何をしているのでしょう。何も覚えていないんです。最後に見たの泣き顔と、から貰ったペンダントだけしか……覚えていないんです。

――神様。なぜ答えてくれないのですか。

が偶然見つけたのは、小さな石の欠片。戯れに降りたスラム街のアクセサリー・ショップの店先に並んでいたそれは、きらきらと輝いてを誘惑した。小奇麗な身なりのに金の匂いを嗅ぎつけたのか、店主はにやにやと愛想笑いらしい笑みを浮かべて言う。

「マスターレベルまで鍛えたマテリアが砕けたものだよ」

あんな硬いものが砕けるわけがない、どうせ偽者に決まっている――は店主のセールストークに耳を傾けるつもりなどなかった。だが、小声で言う店主の言葉にぐらぐらと心が揺れた。

「フェニックスとファイナルアタック。どちらも貴重なマテリアだよ」

揺れ続ける心に抗えず、はとうとうその石の欠片を買ってしまった。2つ合わせて2万ギル。もし本当にフェニックスとファイナルアタックのマテリアだったなら、破格の値段だ。本物ではなかったとしても美しい事には変わりがないから、それはそれでいい。

もしかしたら、お守りくらいにはなってくれるかもしれないのだから。

は2つの石の欠片を透明な樹脂で固め、フックを取り付けてシルバーのチェーンに通す。2万ギルのペンダントとしてはあまりに飾り気がないが、が着けるわけではない。心が揺れたのは、ペンダントに加工したのは、ルーファウスに贈るため。

偽者でもいい、どうか彼を守って。そんな思いを込めて。

神様

僕が最後に見た光は何だったのですか? 青白い光、そして金色の……太陽よりも眩しい金色の光が見えました。弱々しい熱が僕を取り巻いて、ゆらゆらと揺れていました。

あれは……

とてもには信じられなかったのだが、胡散臭いスラム街の店主の言った事は真実だった。

何かを予感してか、突然ルーファウスはを社長室から追い出した。理由を質しても何も言わず、抵抗しようとするの肩を掴んで追い出した。そして、ドアが閉まる間に一言だけ付け加えた。

「カームに行け。部屋は用意してある」

は長い間ドアを叩き続けたが、ルーファウスはそれきり顔を出してもくれなかった。だからといって、素直にカームに行く事など考えられず、ミッドガルで所在をなくしていたの背後でとうとう神羅ビルは爆発した。振り返り、悲鳴を上げたの頭上で、飛び散ったガラスがきらきらと光る。

その恐ろしい景色の中に、はもう1つの光を見たような気がしていた。

遠く、空に近いビルの端に、金色の光を。

神様

僕はなぜ言わなかったのでしょう。言おうとしなかったのでしょう。 ずっと側にいて、何よりも1番近い存在のに言えませんでした。言おうとしませんでした。

本当は、言いたかった。君が大好きだって。世界で一番好きだって。

これは、勇気がなかった僕への罰ですか。

金切り声を上げたせいで痛む喉から苦しそうに息を吐きながら、は神羅ビルに戻った。

突然の停電、轟音を上げて魔晄エネルギーを打ち出した巨大なキャノン。冷却を続けているキャノンの背後では神羅ビルがポロポロと瓦礫を落としている。そこに、かつて栄華を誇った神羅カンパニーの姿はなく、ただ恐怖に逃げ惑い泣き叫んでは逃げていく人々の姿があるばかりだった。

できるだけ神羅ビルから遠ざかろうとする人の波を逆に進むを、誰かが止めようとしたが、どんな言葉もどんな親切の手も彼女を止める事は出来なかった。

そしては見つける。崩れかけた外階段の上で、ゆらゆらと光る金色の光を。

その光だけを拠り所に、息が切れるのも構わず、は這いずるようにして外階段を駆け上がった。噴煙が舞う中を走り抜けたは埃だらけで、ぜいぜいと喉を鳴らしながら走り続けた。そして、外階段の踊り場に横たわるルーファウスを見つけて飛びついた。

が贈ったペンダント――2つのマテリアの欠片は、樹脂のコーティングを破って発動していた。

すっかり汚れてしまったルーファウスの白いスーツの上に、未だきらきらと輝く青白い欠片と深紅の欠片。今度こそその役目を全うした2つの欠片は粉々になっていた。しかしそれでも発動の証は弱い光を放ってルーファウスを包み込み、ゆらゆらと揺れていた。

「ルーファウス、どうして、ルーファウス!」

気が動転しているはルーファウスの身体にすがって泣き叫んだ。しかし、そうしている間にも留めたはずのルーファウスの息が弱くなっていく。完全体なら途轍もない威力を放ったであろう2つの欠片では、その程度が限界だったようだ。

は、涙に濡れた頬をぐいぐいと擦り、震える腕を振るって深呼吸をした。

「ルーファウス、絶対に助けるからね。私が絶対に助けるから、だから、もう少し頑張って」

上手く制御できない手で、はあるだけのポーションを振り撒いた。

は無我夢中だった。思い返せば火事場の馬鹿力だったとしか言いようがないが、それでもはルーファウスを担いで神羅ビルを脱出し、そのまま休憩も取らずにミッドガルを出た。

怪我をしているからとルーファウスをマントで包み、顔が見えないようにして引きずり続けた。途中、名も知らぬ人々の善意に何度も助けられながらは西へ西へと歩き続ける。どんなに大切にしていたものでも、ポーションと交換してくれると言うなら差し出し、自分では使わずにルーファウスに与え続けた。

そうして3日後、ミッドガルの西から脱出しようとしていた漁船に潜り込む事が出来た。

は行く先も判らない船の上で、束の間の休息を取る。見上げた空には迫りくるメテオ、そして、思い出したように痛む身体。大人の男1人担いで3日も歩き続けたのだ。痛まない方がおかしい。は自分でもどうしてそんな事が出来たのか、信じられなかった。

船は北の大陸に辿り着いて止まった。

「どこか、病院はありませんか」

ルーファウスを担いでそう尋ねるに、誰かが教えてくれた。

「そんならアイシクルロッジへ行きな。ちょうどほら、村の先生が車で飛んでくる」

砂煙ならぬ雪煙を上げながらやってくる車を目に留めたは、肩にルーファウスの腕を担いだままくずおれた。も、限界だった。どさりと倒れたの頬を雪が冷やしている。意識がないままのルーファウスと共に倒れたは、車から飛び出してきた医師の姿を見ながら目を閉じた。

が目を覚ますと、ルーファウスと並んでベッドに寝かされていた。

辿り着いたのは、アイシクルロッジ。神羅を離反したガスト博士が身を潜めていたというこの村は、降り止まぬ雪に覆われてとても静かだった。時折どさりと屋根の雪が滑り落ちる音が聞こえる他には、何も聞こえなかった。

「おはよう、具合はどうだね」

ベッドの上でぼんやりとしていたは、開いたドアの音と初老の男性の声に我に返った。

「安心しなさい、ここは病院だよ。頑張ったね、君が連れていた人も無事だ」
「でも、もうずっと目を覚まさないんです」
「ふむ、君の目が覚めたら詳しい事を聞こうと思っていたんだ」

落ち着いた低音でゆっくり話すその初老の医師を、は信用する事にした。ルーファウスの素性を隠しておきたいのは山々だが、そのルーファウスの命には代えられない。はルーファウスの素性とこれまでに起こった事を全て話した。

「そうか。いやしかし、君はよく頑張った。こんな時だ、誰であろうと私は区別しないよ」

その言葉を聞いて、はただ静かに泣いた。

が顔を上げると、窓の外には変わらず降り続けている白い雪。青白い顔をしたルーファウスの頬に雪の影が落ちて、薄っすらと模様を描いている。そのルーファウスの頬に、はそっと触れる。温かくも冷たくもなく、生温い体温がどうしようもなく不安を掻き立てるが、にはどうする事も出来ない。

「ねぇルーファウス。私達も必死だったよね」

するりとなぞった頬には、もう傷はない。

「私達なりに、ずっと頑張ってたよね。だから、少し、休もうね」

私はずっと、ここにいるから。

神様

今、の声が聞こえたような気がしたんです。

が側にいるのですか。近くにいるのですか。無事、なのですか。

お願いです。どうしても、言いたい事があります。に会わせて下さい。

今度こそ、言います。

ずっとずっと言わずにいたせいで、僕はを傷つけました。その報いか、今度は僕が傷を負いました。でも、そんな事はどうでもいい。少しでもの傷を癒せるのなら、僕はどうなってもいい。だから――

神様

どこにいるのですか。

は、ルーファウスの頬に手をあてたまま、眠っていた。ベッドに頭を寄せて寝息も立てずに眠っていた。やがて、とても懐かしくてか細い声が、聞こえたような気がしては目を覚ました。

きょろきょろと辺りを見回したは、眠り続けるルーファウスを見下ろして、そっと呼びかける。

……ルーファウス?」

返事はない。気のせいか、とその場を立ち上がり、部屋を出ようとしたの背後でまた雪が屋根から滑り落ちる。その音に振り返ったの耳に、確かに聞こえた。微かな、とても小さな、けれどどんな福音の鐘よりも心を震わせる声が。

、誰よりも君が――好きだ」

END