「私、アップルティー」
メニューをさらっと流し見ただけではさっさとオーダーするものを決めた。
「じゃ、オレミルクティー。ホットで」
パタンとメニューを閉じたのその向かい側、背後の出窓から柔らかく差し込む光を背に受けて輪郭のぼやけたニーダが言う。
2人が〝なんとなく〟一緒に時間を過ごすようになって、〝なんとなく〟手を繋ぐようになってから、しばらく経つ。そういう風に、アーヴァインに言わせれば「トロい」2人がガーデンの外で会うのはこれが初めてだった。
2人がSEEDになってからも、ずいぶん経つ。任務が貰えないわけではないのだが、ニーダは操縦士を続けているから、ガーデンがどこかに停止している時は暇だ。も週末には休める仕事、ガーデンの事務所で働いている。そんな中今日は久々にガーデンが停止した。しかも週末のバラムに。だから2人はこうしてバラムの街に出かけてきた。
「ホット……ミルクティー?」
「ん?」
はメニューを閉じたポーズのまま固まってニーダを凝視した。
「珍しいね」
「そうかな」
細い腕をひょいとあげてニーダは後頭部を掻いた。
「……と思うけど」
も不用意な事を言った気がして言葉を濁した。
「でも、なんか好きなんだ最近」
「ふーん。私はもう、ちょっと飽きちゃったかな」
「飽きたの?」
「うん。前はよく飲んでたんだけどね。なんか好きで」
いつもこんな感じでニーダははっきりしない。少し眉を下げてニコニコ笑いながら言葉をはっきりさせない。でもはそんな所が好きだった。ニーダより少し遅れてSEEDになったは、運が悪いというか良いというか、最終試験の際にサイファーとアーヴァインというある意味最悪の2人と一緒の班になってしまった。
哀れなアーヴァインにすがりつかれ、サイファーから怒鳴られ――。結果としてアーヴァインと班が一緒になった事でニーダと知り合ったのだから、彼を責めるのは可哀想だが、それにしてもこの班は騒音が半端ではなかった。そんなうるさい環境から逃れたい一身のには、少し優柔不断のように見えても、物静かなニーダがすごく魅力的に見えたのだ。
ニーダにしても、常にキスティスとシュウに背後から監視されている生活の中で、お世辞にも才女には見えない風体のがとても可愛らしく見えた。どこかの誰かが「割れ鍋に綴じ蓋」と言ったとか言わなかったとか。余計なお世話も甚だしいが、的を得ている。
「まあ、確かにおいしいけど」
「あ、うん」
それにしても何かひっかかる。は少しいらつきながらメニューをテーブルに置いた。
「何かあるの?」
「え、あ……」
明らかに照れた表情をしてニーダは笑った。そのまま口が開いて何かを言おうとしたようだったのだが、間の悪い事にウェイトレスがオーダー取りに来てしまった。
「アップルティーとホットミルクティー、1つずつ」
手早くオーダーを済ませたニーダに頷いて、ウェイトレスは立ち去った。
その後、なんとなく言葉が続かなくなって黙ったままのは、気まずくてもじもじしていたのだが、そんなをニーダは穏やかに眺めている。午後の日差しがニーダの背中に降り注いでテーブルに影を作る。その影に指先を隠したは、ニーダの頭上から漏れる光に照らされて、少し目を細めた。
の我慢も限界近い頃にやって来たアップルティーとミルクティー。まだ黙ったままで2人はそっとカップを取り、一口含む。
「……似てるんだ」
口中に拡がるさわやかなりんごの味と香りに苛立ちが解れた。それを愛しそうに眺めながらニーダが呟いた。
「何が?」
「……ミルクティーの色が」
「何に?」
ぼそぼそと言い淀むニーダをは辛抱強く待った。
「の肌の色に」
何も言えずきょとんとした顔をしているを見て、ニーダは少し笑う。
「それに、初めて会った時、ミルクティーの匂いがしたんだ」
「私が……?」
誉められた子供のように照れ笑うに、ニーダはこくりと頷いた。
「……ふうん」
は緩む口元を抑えて、またカップに口をつけた。そのの頬を、ニーダのすらりとした指が這う。
「だから、好きなんだ」
さりげない愛情表現がたまらなく嬉しくて、はその「好き」がミルクティーにかかるのかにかかるのかを聞き忘れた。
END