本報告書はバラムガーデン公文書保管規定における閲覧許可レベル[X00]の文書である。

従って、本報告書を閲覧できる権限を持つ者は、学園長及び学園顧問であるシド、イデア・クレイマー両名と常任理事であるエスタ大統領ラグナ・レウァールの3名のみである。

一般生徒及びSEED用のパスコードで閲覧を開始した場合、即座に閲覧室に施錠、特別警戒レベル3に移行する。

だが、本報告書に関わる当事者はこの限りではない。

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE XXX / 最終報告

まず、最後の報告を始める前にいくつかご説明したい事がある。

第一に、この一連の事件、「セントラの指先」にまつわる騒動について、まさに事件の最中から取材を行ってきたのは、これを執筆している私ではない。続けて報告を読まれているならご記憶かと思うが、この事件をややこしくさせたあのUWMを取材していた新米記者こそ、始めからこの事件を追っていた者である。私はその後を継いで文章にまとめただけに過ぎない。

第二に、本報告書が書かれているのは事件の2年後の春の事である。もしこの報告書がこの先何十年と残る事になっても、本報告書で判明している事実はそれ相応のものであるとご了承頂きたい。

第三に、筆者はこの事件と何ら関わりはなく、先述の後継に過ぎない。また、その人物も事件とは関わりはない、完全なる第三者であるとご承知頂きたい。

そして、以下が本報告の全文とする。

セントラ大陸での事件が一応の終息を迎えたのは、「セントラの指先」発動から数時間後の事だった。まず、突然撤退を開始したエスタ軍が消えてしまうと、後には事件の張本人を探す各国の軍だけが取り残された。

だが、唯一この騒動に対して当事者擁護の立場を守っていたエスタが撤退するという事は、当事者の身柄がエスタに渡ったと各国が判断するのにそう時間はかからなかった。

そして、セントラが元の静けさを取り戻してから僅か二日後にまた事件が起こった。

ガルバディアの崩壊である。

事の発端はガルバディアがを追跡するために、ティンバーに対して違法行為を行っていたという告発からだった。告発した人物こそ不明であるが、ティンバーF.H間の列車に細工が見つかった上に、F.Hへの不法侵入が認められた。

おそらくやニーダの動向を探りにF.Hへとやって来たガルバディアの密使は、ガラクタだらけのF.Hの街では用心を怠ったのだろう。家主不在のまま手付かずにされていたニーダの部屋の監視システムに不審な人物が写りこんでいた。

F.Hはガルバディアだけでなく他の国へも人物の照会を依頼したのだが、たまたまそれが事件の最大の山場と重なってしまった。セントラへ総出で赴いていた上層部不在のガルバディアはあっさり照会をしてしまう。

それが明らかになると、ティンバー以下エスタを除く全ての国がしらみつぶしに調査を開始。結果、ガルバディアは様々な場所で不法行為を働いていた事を露呈してしまう。しかも、そんな事態になりながらガルバディアの上層部はガルバディアへと帰還するための移動の真っ最中だった。

判断の遅れた上層部を待ち受けていたのは、堪忍袋の緒が切れたらしいガルバディア国民の武装デモと、帰り際に立ち寄るといった風情で押し寄せるティンバー・ドール両軍の戦線だった。

その結果、三日という早さでガルバディアは全ての機能を止めてしまう事になった。

その大混乱のガルバディアと、「セントラの指先」の事も含め怒りの収まらない状態にある周辺各国との調停を買って出たのは、他でもないエスタだった。これ幸いに、という意図が見えなくもないが、一気に崩壊したガルバディア国民にはエスタの経済力は魅力であったし、周辺各国にしてもエスタ大使の言う「ガルバディアの徹底解体」を任せられるのは渡りに船だった。

こうして長い歴史の中でも常に大国であり、その圧倒的強さを誇ったガルバディアは完全に崩壊してしまった。ただし、ティンバー・ドール・エスタの三国協議の結果、ガルバディア国民の意思を尊重するという理由で他国への吸収は免れた。

ティンバーやドールにはガルバディアの都市部を受け入れるだけの国力はなく、エスタにしろ、そんな厄介者を抱え込むつもりは毛頭なかったからだ。

現在ガルバディアは、ガルバディア共和国として国家復興の真っ最中である。暫定とされている元首はガ軍の退役軍人であるという話だが、一年半以上が経過しているにも関わらず正式なアナウンスは未だ聞こえて来ない。

そして、ガルバディアガーデンとトラビアガーデンも、同時期に姿を消した。ガルバディアの方は存続不能であり、トラビアに関してはトラビア国家の方から撤退を要請されたという。先の事件で考えを改めたのかもしれない。

そうして、こちらも崩壊寸前だったガーデンという組織はバラム国家保安庁の手を離れ、元の学園という姿を取り戻した。管理責任者兼学園長にはシド・クレイマー、学園顧問にその妻イデア、そして常任理事としてエスタのレウァール大統領が就く事になった。これには、傭兵制度を廃する事を条件においたエスタからの資金提供があったためと言われている。

エスタは最初ガーデンごと引き受けるつもりで話を進めていたのだが、学園長夫妻は単独でバラム側に直談判を決行。元々ガーデンによって保安と経済を保っていたバラムは最優先に協力する事を条件に新生ガーデンを承認する事となった。

そんなわけで、現在ガーデンはありとあらゆる状況におけるスペシャリストの養成所として再出発している。SEEDはそれらの過程を全て修めた者への称号として残る事になった。この新しいガーデンから生まれたSEEDの最近の出動というと、荒れ放題のガルバディアにて起こった森林火災の救援が記憶に新しい。

そして、一連の事件を踏まえてエスタがUWMを開催するに至る。ガルバディアからは国民代表という形で数人が招集された。そこでエスタの持ち出した議題はセントラについてだった。この事件にしろ何にしろ、セントラは失われた文明の宝庫である。だが、それだけに邪な興味を呼ぶ事が多いのも事実。

そこでエスタは、その定義が宙ぶらりんのままのセントラを非属国指定地域、共通保護区域に指定してはどうかと提案した。元々学術的な調査においてはセントラへの出入りは自由であったが、逆に、それを監視するものなどないために、だれでも好きに出入り出来て何をしても構わない場所に成り下がっている。それを規制しようというのだ。

もちろんこれまでと変わらずかつてのセントラ文明の解明を求める者の出入りは自由。だが、セントラの大地に上陸する際には出国の際に許可を取る事、その許可のためのガイドラインを各国共通にする事、一切の武器の持ち込み不可、など事細かい規定が決定した。

その議題に二つ返事で頷いたのは、ティンバーだった。

実は、例のに資金提供を行って「セントラの指先」を手に入れんがため暗躍した集団が全員死亡していたのだ。原因は「セントラの指先」そのものだった。

発動してなお「セントラの指先」を求めた彼らは身体が殆ど機械で出来ているにも関わらず雨の中に飛び出し、降り出した豪雨に晒されて感電したというのが私が入手した情報である。逆らえない集団がまとめて消えてしまったティンバーは、ガルバディアの事も含めて早く平穏な日々を取り戻したかったのだろう。

そんな慌しい日々がどこの国であっても、何ヶ月も続いていた。今でも続いている所もある。ただどっしりと構えてその姿勢を崩さないのはエスタくらいなものだろう。

つまり、や彼女に関わった人物のその後の事など、すっぽりと抜け落ちたように耳にしなくなってしまった。元々筆者が取材を進めていたのはという人物を中心においての事だっただけに、これには手を焼いた。

「セントラの指先」などというものに現を抜かしていた各国は、それどころではない事を思い知らされているし、事件の温床となったガーデンは一切の口を閉じている。

完全に八方塞だった。

エスタに取材を慣行しようにも、先述のように筆者は何の関わりもない第三者であるから、門前払いが関の山だった。そもそも、事件自体は消えていこうとしているのに、それを蒸し返すような事をして監視されるような事になっては本末転倒だ。

そしてどうする事も出来ないまま時間だけが過ぎて行き、私は取材した資料をまとめる作業に没頭していた。だが、拙い文章でその顛末を書き進める内に、私の中で抗い難い感情が生まれつつあった。

何せ私は独学も独学、知識も経験も文才もない、ましてやジャーナリストでもない。それが残された資料と自分で手に入れた情報を元に誰が見るかも判らない報告書を書こうというのだ。つまり、大したものが出来上がるわけがない。

しかし、私はに会った事がないのだ。既に死亡している人物の記録を残そうというのならともかく、不慮の事故や病気にでもならない限り彼女は生きている。そして、手当たり次第に集めた資料にはミッシングリンクとでも言うべき空白が多過ぎる。

まったくの第三者であるにも関わらず、私はという人物にとても惹かれ始めていた。唯一インタビューする事が出来たキスティス・トゥリープが彼女に対して今でも好意を持っているように、何かとても不思議な魅力があるように思える。

事件の空白を埋めたいという義務感のようなものがあった事は事実だ。けれど、私は一個人的な興味としてに会ってみたくなってしまった。そして、彼女の口から全てを知りたいと思ったのだ。

そこが素人考えというものだろう。しかし、もはや私は事件の顛末だけを書き記すだけでは満足できなくなってしまっていた。という1人の女性をどこまでも掘り下げてみたかった。

私はに接触する手段を探し始めた。

だが、そう簡単に会えるわけがない。彼女と会うためにどうすればいいかと私がモタモタしている間にも時間は過ぎていくのに、事件の最重要人物である彼女の消息は杳として知れないのだ。つまり、おそらくはエスタが何かしら彼女に対して保護を行っていると見て間違いない。それこそ、他国の追及を押さえつけるほどの保護を。

に会えるだろうかと不安になりながらも私は探し続けた。その途中で本人と面識のある人物に会えたのは一度きり、先述のトゥリープさんだけだった。しかし、彼女もまたの行方はおろか、居場所も知らないと言う。

事件の最中に傷を負ったというトゥリープさんは、遠慮する私にその傷を見せてくれた。背中を斜めに渡る30cmはあろうかと言う裂傷の跡だった。彼女は女性で、しかも雛に稀なる美貌の持ち主であるからさぞかし辛いだろうと聞くと、にこやかに笑って否定されてしまった。

「私、ミス・パーフェクトなんて、いやだったから」

傷を与えたのはどこかの国の兵士であったのだろうが、トゥリープさんは「にもらったもの」だとこぼした。彼女が言う通り、トゥリープさんがミス・パーフェクトの名に相応しい人物であった事は間違いないだろう。SEEDとしても優秀だったに違いない。そのトゥリープさんが受けた傷すらが残したものだとして気にも止めていない……

ますます私はと会いたくなってしまっていた。

そして、と会うというチャンスを掴むのに一年以上かかってしまった。話をさせてくれるかどうかは判らない。それでも、少しでも話が聞けたのなら、私は報告書の穴を埋めて筆を置くつもりでいた。

彼女の言葉があって、そこで初めて私の報告書は完成する。そう決めていた。

と会えるかもしれないという機会を私に与えてくれたのは、現在ガーデン顧問を務めるイデア・クレイマーだった。当然ガーデンには何度も出向いたのだがだいたいは門前払い、あまり粘ると守衛に説教されるという待遇。それでも全ての始まりの場所であるガーデンには何かあるはずと通い続けていた私の目の前で、イデア・クレイマーを見つけた。

私は守衛が徘徊していないのを確認すると、クレイマー夫人に声をかけた。それこそ何か用事でもあってガーデンの門を出たばかりであっただろうクレイマー夫人は、突然話し掛けられて驚いた事だろう。

だが、私の話を聞いてくれた。新しく作り直されたガーデンの外壁の花壇に座り込んで、一時間近くも私の話を聞いてくれたのだ。そして、に会いたいという私に、彼女は再三質問を繰り返した挙句、こう言っての居場所を教えてくれた。

「では、その報告書を、私に下さい。誰の目にも止まらないよう、管理するために」

元々、どこかへ発表するだとか、そんな事は私の予定にはなかった。ただ、残された資料を無駄にはしたくないという思い、そして、途中からは私の興味のためだけに作成してきた報告書だ。

クレイマー夫妻に預けるというなら、それでもいいだろう。先入観と悪意を持って見られるより、本当にこの報告書を必要とする者だけに見られた方がよっぽどいい。本当に、真実を知る必要のある者だけが。

そして私はその約束の証としてこれまでに書き溜めた虫食いだらけの報告書と資料をイデアに預け、バラムを後にした。

目指すのは、エスタの東、ミルフィーユ諸島の名もない島。

そこに、がいるという。

思った通りエスタ国内であったが、私はもはやそんな事はどうでもよくなっていた。に会い、話が聞けるのなら、それがどこの国だろうと同じ事だ。

なんとかエスタに潜り込み、有り金はたいて小型海上艇を借り受けた。エスタ大平原沿岸の海洋生物を調べると言った私を、モーターショップの初老の男性は聞いてもいなかったようだ。

イデアに教えられた島へと向かう道すがら、私はあまりの緊張に何度も船を止めた。イデアの方から本人とレウァール大統領に連絡が入っているはずなのだが、それでも初対面には違いないのだ。しかも私は本人に無断で報告書なるものを作成している。なんと言われるかと思うと、美しく輝く海に吐いてしまいたい程だった。

そして、小さな入り江の木陰に船を停めた私は簡素な砂利道を歩き出した。

砂利道はくねりながらもまっすぐに島の中央へと向かっている。そう大きい島ではないが、まっすぐに横切るだけでも30分はかかるだろうか。砂利道を覆うように密生する森が徐々に開けてくる。しばらく歩くと、開けた森の向こうに滑走路が見えてきた。

そこには、今まさに発進しようと走り出している真っ白なセスナ機があった。私は思わず近場の藪に飛び込み、セスナ機が飛び立つのを隠れて見ていた。

すると、私の視界の端に、セスナ機に向かって手を振る1人の女性が映った。

だ。間違いない。

セスナ機の起こす風に髪と服をはためかせているその女性こそ、に他ならない。私は、セスナ機が飛び立ってしまうのを確認してから、藪を飛び出た。

その時、私はポケットに忍ばせたマイクロレコーダーのスイッチを入れた。後で正確にまとめるつもりだったからだ。だが後に、とても私の言葉なんかで書き直していいものだとは思えなくなってしまった。

そこで、彼女と私の間に交わされた会話の内容をそのままここに書き起こす事にする。私の憶測や感想など、まったく意味のないものだからだ。ただし、これまでに報告済みの顛末に関するインタビューについては割愛させて頂く。

どうかの言葉で事件の全容を感じ取って欲しい。

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