本報告書はバラムガーデン公文書保管規定における閲覧許可レベル[X00]の文書である。

従って、本報告書を閲覧できる権限を持つ者は、学園長及び学園顧問であるシド、イデア・クレイマー両名と常任理事であるエスタ大統領ラグナ・レウァールの3名のみである。

一般生徒及びSEED用のパスコードで閲覧を開始した場合、即座に閲覧室に施錠、特別警戒レベル3に移行する。

だが、本報告書に関わる当事者はこの限りではない。

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE XXX / 最終報告

――あの、すみません
「ああ、あなたが」
――はい。イデアさんからご紹介頂きました……
「まあ、ここで話すのもなんだから、入ったら?汚い家だけど」
――あ、は、はい。

――あの、今のセスナは……
「ああ、あなたが来るって聞いたから外してもらったの」
――ご家族でいらっしゃるんですか?
「家族? ……まあ、そういうものかもしれないけど、同居人ってとこかな」
――あの、もしやそれは……
「まあ、そう焦らなくてもいいでしょ。私まだあなたの名前も知らないんだし」

――すみません。失礼しました。あの、私、その、と言います。
……え?」
――す、すみません。私、あなたと同じ名前なんです。
「あ、そ、そうなの……
――それで、私の兄が、ずっとあなたの事を取材していたんです。妹と同じ名前だから気になったのかもしれません。それで、兄は、SEEDでした。もしかしたらご存知かもしれませんが……。卒業後ジャーナリストなんていうSEED出身らしくない職に憧れた兄は、あなたの事件を最初の仕事としたようだったんですが……。それで、兄の仕事を私が受け継ぎました。

「お兄さんの仕事を?お兄さんジャーナリスト辞めちゃったの?」
――いえ、兄は亡くなりました。
「え!?」
――セントラでの事件より前の事ですが、ティンバー付近でガルバディアへ続く線路の上に転がっていたそうです。兄の残した資料によると、どうもガルバディアから情報提供を約束させられていたようでしたので。何かしくじったのかもしれません。

「そ、そうなの……
――はい。UWMの取材に赴いたのがきっかけだったようですが……兄の死に関わる事は何も判っていません。ですが、私は兄の残した資料を無駄にしたくないんです。私がまとめる予定の報告書は完成したらすぐイデアさんに引き渡す事になっています。おそらく、厳重に保管して、どうしても見る必要がある人以外には見せないと思います。だから……
「わ、わかったわかった。そう必死にならないで。話すから」

――あ、は、はい。
「長くなるかもしれないけど、いいよね。そのつもりで来たでしょ?」
――はい。
「じゃ、お茶、淹れるね。そのくらいは付き合って」
――はあ、すみません……

「はい、どうぞ。グランディディエリ産のものだから、おいしいよ」
――あ、そ、そうなんですか、知りませんでした。頂きます。
「それで……何から話そうか。何が知りたい?」
――あ、では、質問させて頂いていいでしょうか
「その方が私も話しやすいかもね。どうぞ」

――これまでに報告済みの経緯のため省略――

――あと……どうしても判らなかったのですが……事件後の事は……
「エスタ。それは想像してたでしょ?」
――ええ、まあ。
「私がエスタに到着して、明けてすぐだったかな。ガルバディアがまずい事になったでしょ。キロスさんが笑いながら『天の助けだ』って言ってた。少なくともティンバーやドールの興味はガルバディアに移ってしまったわけだから……そう言えなくもないよね」
――その後は何もなかったんですか?
「あったと言えばあったのかなあ。とにかく、私は今後こうして誰かと会ってはいけないという罰を受ける事になったの」
――それが罰……ですか。

「そうよ。よっぽどの事がなければ私はこの島から出てはいけないし、手紙も電話もダメ。働きたくても、それもダメ。さっきの……同居人はああして外に出ても構わないけど、私はダメ。でも勘違いしないでね、エスタが養ってくれてるわけじゃないから」
――ではあの……
「そう。毎日ああやってエスタシティまで仕事しに行くの。それで私は養ってもらってる。まあ……と言っても、誰の目にも触れないような仕事をあてがわれてるはずだけど」

――それでよかったんですか……
……どうなのかな。セントラから脱出した後、私は大統領とキロスさん、ウォードさん以外には誰にも会っていないし、そこで充分話して、それで出た結論だから。みんなは私を罪人だとは言わない。だけど、その本当の罪ってものは、私が一番よく判ってる」

……たぶん、私よりも詳しいんだと思うけど、聞いた話によれば、あのセントラでの事件の最中に、キスティスは怪我したって言うし、他にも知ってる人が怪我したとか、死んだとか、私もたくさん聞いてる。それを認めないほど私も馬鹿じゃない」

――あの、トゥリープさんは、気にしていないようでしたが
……会ったの?キスティスに?」
――あ、は、はい。
「会う事は許されてないけど聞いちゃいけないとは言われてないの。元気にしてた?」
――ガーデンに戻って学園長の補佐をされているそうです。
「そうなんだ……そっか……ね、ねぇ、他の人は? 何か知らない?」
――それが……本当にトゥリープさんしか消息が掴めなくて。
……そ、そう」

――……では、事件後はレウァール大統領との話し合いによってここに来られたという事でいいのですか?
「そうね、そういう事でいいと思う。私への罰はここで一生を終える事、っていうので、いいと思う。なんにせよ私は『セントラの指先』を発動したし、それで傷ついた人もいるんだし」

――同居人の方は自ら進んで?
……んんーそういう事でいいのかなあ。私と、その、彼は、セントラを経つ時にはほとんど覚悟を決めていたような所もあるから。それをエスタが……大統領が認めてくれるとも思ってなかったけど、恩赦……ってとこかな。私の罪は罪として、それでも与えてくれたの。大統領と、あの2人は」

――レウァール大統領はどのようにお考えだったのでしょう?
「そうね……無罪放免にしたくてしょうがなかったみたいよ。何度もそんな事言ってた。けど、たぶん大統領が一番よく判ってたと思うんだ。そう出来ない事しちゃいけない事……。だから、そうして欲しいなんて事は私も思わなかった」

――あの、こんな言い方は失礼かもしれませんが、本当の目的……さんが望んでいたものというのは、なんだったのでしょう。
……うん。その前に、ちょっといいかな。電話、して来ていい?」
――え? あ、あの。
「ああ、違うの。彼に、ね。そこと大統領にしか繋がらないの」

「お待たせ。ごめんね」
――いえ。
「本当の目的、ね」
――はい。

「こんな抽象的な言い方じゃ満足できないかもしれないけど、私ね、『セントラの指先』が例えば何かとてつもない宝物だったとしても、それをどう使おうとか、そんな事殆ど考えてなかったの。途中までは『セントラの指先』そのものが目的になってたし、あれが物騒なものだったら私まで死んじゃうでしょ?

私はただ、やり遂げたかったんじゃないかと思う。『セントラの指先』を見つけて、それを発動させて、全部私が成し遂げた偉業なんだって言いたかったんだと思う。

そういう願望を『セントラの指先』に見てしまったっていうだけの事。

でも、だからどうって事もないの。今までの話し振りからすると、あなたも私の事そんなに悪く思ってないようだけど……それは違う。

私は、犯罪を犯した罪人なの。

それはどんな事情があろうと履き違えちゃいけない事でしょ。もしあなたが報告書とやらを書くのに、私の事情なんかを織り交ぜるなら、これだけは忘れないで。私は悪い事をしたの。だから罰を受けてるの。

そりゃ、こんな生活罰とは言えないかもしれない。けどね、それはあなたや事件に関わりのない誰かが決める事じゃないし、それを罰かどうか感じるのも私だけ、ただ1人なのよ。

……同居人は確かに家族じゃない。けど、家族にもなれる他人。だけど、私たちは家族にすらなっちゃいけないの。そんな風になりたくても、そうしちゃいけない。それも、罰。そう決めたの。だから、どんなに家族になりたくても子供は作っちゃいけないし、万一そんな事になったらそれこそ私はもっと判りやすい罰を受ける事になると、もう決まってる。

私と生きていくと決めてくれた彼と一緒に誰とも会わず誰とも連絡を取らず、島から出る事もなく、そうやって生き続けていつか死ぬまでそれを続ける事、それが私の罰。

……判りづらいかもしれないけど、私は私の罰を受けると共に、エスタには迷惑をかけて、そして同居人の彼からは未来を奪った。もちろん私が頼み込んでそうしてくれなんて言ってない。だけど、彼にどんな事情があってもそれが決して私と同じ道だとは限らないでしょ?だけど、それを選んでくれたの。

そこに罪悪感がある。私はそれも背負う。

いつか私がこうして生きている事を誰かが嗅ぎ付けて騒ぐかもしれない。そしたら責められるのはエスタ。私を庇って匿って保護したなんて事、誰にもどこにも言わないままでいるエスタ。そうなった時、その原因を作ったと思うのは、私だけでいいの。

私の罪は私だけのもの。だから罰も同じ。私だけのものよ」

――でも……「セントラの指先」を発動するとどうなるかは誰にもわからなかったんですし、「セントラの指先」欲しさにあなたを追った……そういう国の方も、悪いんじゃないかとも思うのですが……
……そうやって罪を分散させないで。私だけのものだって言ったでしょ」
――ですが……
「そう思うのはあなたの自由だけど、私はそうは思わない。絶対に私だけのものよ。最初に『セントラの指先』を見つけた人はそれをずっと隠しておくつもりだったの。けど、私がそれを持ち出して騒ぎにしたのよ。……私から罰を取り上げないで」

――すみません……
……ねえ。虹見た事、ある?」
――……はい。
「さっきからもう何度も言ってるけど、私は虹になりたかった」

「けど、もう虹になりたいなんて、そんな事は思わない。自分をそんなきれいなものに例えたりして、輝く未来なんてものは追い求めたりしない。

けど、私は、それでも、いつか虹を架けるわ。

空でなくてもいいの。いつかどこか誰か、何でもいいの。雨上がりに空を見上げた時に虹を見つけた時のような、あの一瞬で心がからになるような印象を。叶う叶わないは別として、私はそう思いながら生きていくの。私に未来ってものがある以上、私のたどり着く場所はそれだけよ」

は、それ以上何も話してくれなかった。

私の方も予め用意していた質問が尽きてしまったので、何かを聞こうにも、言葉が出なかった。そうして黙り込んでしまった私に、はまた、お茶を淹れてくれた。

その上、勧められるがままにお茶を飲み干していた私に、食事を用意すると言う。どうにも言葉が出ず、お礼を言えばいいのか断ればいいのか判らない私は、やっぱりそれも頂いてしまった。ごくごく一般的な家庭料理で、特別美味しいわけでも、食べられないほど不味いわけでもなかった。だが、とても温かかった。

私には相当長い時間話を聞いて食事まで振舞われたと思えたのだが、出された食事を全て平らげて改めて窓の外を見ると、まだ日は高く日差しがさんさんと降り注いでいた。

食事中ろくな会話もせず、食事が終わったら終わったで食器を洗い出してしまったの後姿を私はぼんやり眺めていた。

私は一体、彼女に何を期待していたのだろう。

彼女の口からは、自分自身の擁護や罪を否定する言葉は一切聞かれなかった。それどころか、罰を取り上げるな、とまで言われてしまった。報告書をまとめるという建前の元彼女と言う人物を知るためにここまでやって来た私は、正直、拍子抜けしていた。

まるでどこにでもいるような風体に、やわらかい物腰。突然やって来た私を冷たくあしらうでもなく、熱心に語るでもなく。ただ私が求めるままに答えを紡ぎ出し、お茶を勧め、食事を作った。

そんな風に、やや目的を打ち砕かれたかのようにしていた時の事だ。外の滑走路の向こうに、数時間前に飛び立って行ったセスナ機が帰って来た。

その音を聞きつけたは、私にも外に出るように言ってドアを開いた。

慣れた様子でセスナ機から降り立った「彼」に向かって、は小走りに近付いた。ドアのすぐそばでどうしたものかと立ちすくむ私の目の前で、彼は両手を広げてを迎える。

雲ひとつない真っ青な空の下、狭い地平線の向こうまで延びる滑走路。真っ白なセスナ機を背景に抱き合い、キスする2人はとても絵になっていた。まるでバラムの土産物屋に並ぶポストカードのようにきれいな光景だった。

そして、は私を手招いた。

「彼」は、セスナ機から引っ張り出した花束を手にしていた。

一緒に生活しているのに土産に花束とは、と面食らった私に、彼は花束を差し出した。色鮮やかな花と目の醒めるような緑が、夏の太陽のような黄色い布に包まれている。突然事件を蒸し返しにやって来た私に、なぜ花束を差し出すのかと、私は手を出す事も引っ込める事も出来なかった。

そんな私には言った。

……これをお兄さんに」

そして、はポケットから何かを取り出して私の手のひらの上に乗せた。私が手のひらに目を落とすと、そこには太陽の光を受けて七色に光る球体が乗せられていた。

「セントラの指先」だった。

「もう、何の役にも立たないきれいなだけのものだけど、受け取って。後で捨てちゃっても構わないから、あなたに持ってて欲しいの。……もう1人の私に」

はそう言って、微笑んだ。

私は、そのまま暇を告げて島から出た。

入り江から船を出し、見送りに出てくれた2人を一度だけ振り返り、全速力で走り出した。そして、そろそろエスタの岸が見えてくるかと言う頃になって、海の真ん中で船を停めた。

私には、「彼」が誰であるかと言う事は、遠くから見ただけでも察しが付いた。事件とに関わった4人の男の人相はだいたい聞いていたし、の話からもなんとなく気付いていた。その時は、それを報告書に嘘偽りなく書き記すつもりだった。

けれど、私はもうそんな事は出来なくなってしまった。

爽やかな風を体一杯に浴びながら、いつかがそうだったように、私の体中からありとあらゆる曇りが消えてしまっていた。

私は、差し出された花束に動揺して、別れるまで気の利いた言葉1つ絞り出せなかった。それでも平静を装って入り江から出た後、意味もなくスピードを出したのは、あの2人がにこやかに手を振っていると知っていたからかもしれない。

風にはためいて揺れる花束。私のポケットには「セントラの指先」。

全ての思いと全ての現実が潮風に乗って身体を刺し貫いているようで、私は泣いた。

ガーデンに入学してしまってから何年も会わなかった兄に再会したのは、ティンバー警察の地下だった。物言わぬ兄の顔を見ても、兄が泊まっていたというガルバディア郊外のホテルに積まれた資料を見ても、私は泣かなかった。

けれど、と「彼」に手渡された花束と「セントラの指先」は、私の中に眠っていた私自身の思いとか、そういうものを引きずり出してしまった。

手にした花束を包む黄色、そして空に満ちる青と、その間で真っ赤な顔をして涙を流す私はまるで虹の色のようで、私は船の上で泣き続けた。

兄に手向けてくれと花束を差し出すのは、兄の死の原因を作ったかもしれない人で。

罰かどうかも判らない日々を生きる人で。私にお茶を淹れ食事を作ってくれて。私の手に七色に輝く未来の種を預けた。

兄は彼女を追って、何を知りたかったんだろう。何を残したかったんだろう。

はその罰をもって罪を決めると言う。虹を架けると言う。彼はそのと共に生きていくと言う。

それら全て、そんな誰かの思いも何もかも。のこれまで全て。

それを罪と言うのなら、私は何だと言うんだろう。

兄の残したものだからと、自分の興味があるからと、の過去を調べ上げ、書き記し、報告書などと呼んだ。誰に見せるあてもないと言いながら、自分で保管するつもりもなかった。

彼女の思いが、彼の思いが、罪だと言うのなら、この手の中にある花束と七色に輝く未来の種は何だと言うのだろう。兄の墓に手向けてくれと言ったの笑顔は、何だと言うのだろう。

を愛した友がいて、背中に危険を背負っていると知っていながら彼女を愛した男がいて。戦う事しか知らず、子供と言うさなぎを抜け出した彼女達の未来を守ろうとした大人がいて。そして、それを奪おうとした者達がたくさんいて。

全部の罪だと言うのなら、私達は遍く罪人であるに違いない。
愛や夢やきれいな言葉を欲しがる私達は、ずっと罪人なのだろう。

そして、裁かれない罪への罰を未来と呼び、土に還る日を待っている。

私は今、兄の墓所を臨める丘に座ってこの報告書を書いている。に会ってから、報告書を洗いざらい見直し書き直し、まとめあげるのに数ヶ月かかってしまった。

これを書き上げ兄に見せたら、その足で私はイデアに届けに行く。の言伝と、彼の言伝を土産代わりにして、イデアに届けに行く。

そしてまた、ここに戻ろうと思う。

もう何の役にも立たない未来の種を手に、私は未来を探そう。

の残した思いと、言葉。

それを罪と言うのなら、私は、の代わりに探そう。

あの紺碧の空に架かる虹を。

END