それを罪と言うのなら

BARAMB GARDEN SECRET FILE : CODE 041 / セントラクライシス29:00

第一報 28:32 エスタエアフォース チームスリースターズ

第二報 28:35 エスタエアフォース チームソウルオブサマサ

28:46 エスタ本国より第一級大統領命令発令

28:57 エスタ全軍出動準備完了

28:59 エスタ軍出動

最初にらしき影を発見したのは、エスタエアフォースの偵察機だった。

有事でなくとも簡単に出せる飛空可能な機体を持っているのはエスタのみである。ガルバディアも飛空可能な機体の持ち合わせがないわけではない。だが、それをどんな事情であれ長時間好きなだけ飛ばせる技術や予算は持っていなかった。

相次ぐ報告に、本国にいるらしい大統領の決断は早かった。エアフォース部隊の即時本隊帰還と、セントラ入りしている軍全体の出動命令が出たのは最初の報告からわずか14分後の事。命令はすぐさま全軍に伝えられ、出動準備が整ったのはその11分後、出動はさらに2分後の事だった。

だが、まだ暗い内からあちこちを飛び回っていたエスタの偵察機を、他国はただ見ていたわけではない。上空にある偵察機の場所から、地上のおおよその場所の見当はついている。即ち、突然身を翻して本隊へと戻って行った最初の偵察機の下に、はいる。

そうして上空を旋回する偵察機が全て東の空に消えて行ってしまうと、ガルバディアを始めとするセントラ大陸に終結していた全ての軍がにわかに色めきたった。

だが、エスタ軍は規模も準備の早さも、何もかもがどこよりも上回っていた。

それぞれの軍が疲れと焦りで大混乱の中、早々に進軍準備の整ってしまったエスタ軍は、ウォードの指揮する第一部隊を中心に陸海空一体となって進軍を開始した。

の姿が見つかったのは、セントラクレーターの中央に向かう入り組んだ海岸の一端だった。東セレンゲッティ平原をちょうど二分するあたりの緯度で、三つに突き出た半島の北の先端に座り込んでいた。

セントラクレーターを有する大陸の東全域をほぼ埋め尽くしていたエスタ軍は、陸上海上共に軍を進め、を囲むように回り込み、他国に手出しをさせないのが目的だった。がそこで「セントラの指先」を発動させる前に捕まってしまっては、悲劇が待っているだけだ。だからラグナは、エスタ軍の全ての兵に告げた。

「SEEDに、あの時のお礼をしに行かないか」、と。

エスタ軍の進軍に遅れる事十数分、まず動き出したのはガルバディアだった。ポッカラヒレリア島からセントラクレーターまでのルートに橋をかけていたらしいガルバディアは、数でも勝てないエスタ軍に対して無謀にも歩兵部隊で挑んで来た。

そして、ティンバー共和軍、ドール軍、トラビア軍、バラム警察も後に続いた。

を守ろうとするエスタ軍、そしての持つものを手に入れんがため進む各国の軍。全てがの佇む半島を取り囲むように動き始めた。

そしてのいる半島を中心に軍隊の輪が出来かけたその時。

突然無数の小型飛空艇が乱入してきた。

南から押し寄せる数百の小型飛空挺は歩兵の頭上を通り過ぎて全域に散らばり、に向かって進む各国の軍の前に立ちはだかった。

その小型飛空艇はエンジン部と搭乗部が兼用になっており、高さ120cm程度の操縦桿のついた簡素なものだった。搭乗部は広くないものの、殆どの飛空艇には2人が乗り込み、1人が操縦、1人は何らかの武器を手に携えている。

そして彼らは、SEED服を着ていた。

それに面食らったのは各軍だけではない。動き出す軍を見て走り出したスコールの元にも数艇が飛来して来て彼の足を止める。

「お前達なんのつもりだ!何勝手な真似をしている!」
「いいえ、我々はSEEDです!あなたの兵士ではありません!」
「だからどうした!危険だという事ぐらい判らないか!」

すっかり囲まれてしまったスコールは、武装した部下達に向かって怒鳴り散らした。今のスコールには、SEED軍はバラムから出動を要請されているはずだとか、そんな考えには到底及ばない。

「今すぐどこかへ逃げろ!こんな事に関わるな!」

だが、1人騒ぎ立てるスコールに怒鳴られても彼らは動じなかった。

「数日前、キスティス先輩と、セルフィ先輩と、アーヴァイン先輩と、ゼル先輩がバラムに来ました。先輩達は、SEED服を着ていました。我々はもう着る資格を持つ事すら出来ないSEED服を着ていました。皆さんは我々の憧れでした。

その人たちが、敬礼をしたんですよ。

SEEDになんかもうなれない我々に、敬礼をしたんです。

危険なところに赴く理由なんて、これだけで充分です!」
「我々はアーヴァイン先輩の指示であなたをサポートしに来ました」
「あなたが我々をSEEDだと認めてくれるなら、どんな命令にも従います」

そして、言葉を失い立ち尽くすスコールに、敬礼をした。

突然降って沸いた今となっては存在するはずのないSEEDに、各軍の足は止められてしまった。武装している上に、その殆どは10代の少年少女であり、幼い中にも悲壮な決意の見える表情に大人達は戸惑いを隠せなかった。

彼らは前線の前に降り立つと飛空艇を降り、少しだけ距離を置いて立ち止まった。そうしてまばらな防衛線を形成してしまうと、それきり動かなくなってしまった。

そして、いぶかしがる兵士達の中に、元SEEDを見つけては、宣言していく。

「我々はSEEDです。世界に誇る傭兵のコードネーム、SEEDです!」

それだけで、武器を取り落としてしまう者がいる。震える身体を押さえられなくて、顔をしかめる者がいる。近くにいた上官にたしなめられても、耳にすら届かない。まして、心になど、絶対に。

これはキスティスの計画だった。数や武力では到底適わない相手を前に、彼らに出来る事はこの程度なのだ。そして、セルフィが徹夜して整えた準備とは、この飛空挺の事。かつてガルバディアに攻め込まれたバラムガーデンは、短時間飛空が可能な装甲具に身を包んだ兵士に襲われた。その時手に入れた装甲具を改良したものが、この飛空挺。

実は、セルフィは卒業前からこれの改良に当たってきたのだが、いずれ機械好きな後輩が後を継いでくれるだろうと未完成のままバラムに残してきた。それを利用したのだ。

身を纏うのはSEED服のみで、持つものといったらそれぞれの武器程度しかない彼らなら、2人は乗る事が出来る。ガーデンシェルター本体に残る者と、出動する者に分けたキスティスは、なるべくそれぞれの出身地の軍へ向かって飛ばせた。

ゼルだけは本人の希望を考慮して単独での元へ向かわせたが、キスティス自身はバラム方面へ、セルフィはトラビア方面へと飛び立って行った。

そして、それぞれ持てるだけの言葉で、何度も問い掛けた。

SEEDであった事を、今本当に消えようとしているSEEDの事を、自分達の手でSEEDを抹殺しようとしている事を。何度も、何度も。

行く手をSEEDに遮られた各軍は混乱と共に動きを止めた。サイファーとて、スコールのように声をかけられたわけではないが、その様子を遠巻きに見て呆然としていた。

その横を、セルフィの乗った飛空挺が掠めていく。

サイファーに気付いたセルフィは飛空挺を滞空停止させて叫んだ。

「協力しろなんて言わない!アンタはアンタでを死ぬ気で守って!」

そして、揺れる飛空挺の上でセルフィも敬礼をした。

「上等だ!お前らも俺の足を引っ張るなよ!」

言葉はあまりきれいではないサイファーのものではあるが、サイファーは確かに微笑んでいた。そして、過去に数度しかした事のない敬礼をしてみせた。それは彼もまた、SEEDであるという事の証だった。

セルフィの去ったセントラの大地を、サイファーはまた走り出した。

SEED達の説得作戦が一番早く効果を上げたのはトラビアだった。

元々トラビア軍は実にその98%がSEED、ないしはガーデン出身者であるし、トラビアの気風として熱しやすい者が多い。故郷に帰る事すらままならなくなったSEED軍居残り達に熱っぽく問い掛けられて、総崩れとなってしまった。

そんな中、トラビアの戦線にいたセルフィはエスタに向かった部隊から呼び出された。元SEEDはおろか、ガーデン出身者すら殆どいないエスタに逆に事情を問われて手こずっているらしい。

「キロスさん!ウォードさんも!」
「やあ、君か。どういう事だこれは?」

飛空挺でエスタ陣営へと舞い戻ったセルフィは、キロスとウォードを見つけて走り寄った。居並ぶエスタ軍を背後に、私服で佇む2人はとても浮いて見える。

「まさか、ラグナ様も来てるんですか?」
「彼はいないよ。それより……
「SEEDとして、来ただけです。のため、SEEDのために」
「しかし……
「止めないで下さい。アタシ達、SEEDとしてここにいる以上はそれなりの覚悟が……

辛そうな表情で俯いたセルフィだったが、肩に置かれた重い手のひらに気付いて顔を上げた。そこには、相棒であるハープーンを担いだウォード。彼は、セルフィの肩に置いた手を挙げると、親指をビシッと立てて見せた。

「勘違いしないでおくれ。私達は彼女から何かを奪おうとしているのではないんだよ。ウォードの言う通りだ。止めるわけがない。全部話してくれ、君達に協力したいんだ」

キロスの言葉は、彼らしくもなくとても揺らいでいた。その理由を、セルフィはわかるような気がした。だが、それをいちいち確かめている暇はない。エスタは敵ではない、むしろSEED達と同じである。そう確信したセルフィは手短にSEED側の状況等を伝えると、またどこかへと飛んで行った。

後に残されたキロスはエスタ全軍に報告を終えると、ウォードに並んでSEED達の飛び交う空を見つめて呟いた。

「彼らは愚かかもしれないが、純粋で……信念に真っ直ぐだな」
…………

しかし、SEED防衛線にも屈する事なく動き出した軍がいた。

当然ながらガルバディアとティンバーである。

彼らの中にもSEEDの言葉に心動かされ戦意を喪失するものが多数あったが、SEEDやガーデンとはまるで無関係なために命令に従う者のほうが多かった。

突然動き出したガルバディア軍とティンバー共和軍を前にしてSEED達は一歩も動かなかった。だが、だからと言って適う相手かと言われればそうではない。緊急事態の報告にセルフィはキロスから預かった通信機に叫んだ。エスタに動いてもらえなかったらSEED達は命を落とす事になるだろう。

そして、ガルバディア軍とティンバー軍の進軍再開を機に、セントラ大陸で繰り広げられる状況は全軍衝突という最悪の事態に陥ってしまった。

エスタエアフォースの輸送船から降下してくる兵士と、SEED軍と、SEEDである事を思い出した兵士達に、各国の軍がぶつかる。ガルバディアやティンバーの有する機械兵器と、SEED達のGFがぶつかり合って各地で閃光がほとばしる。

のいる半島を越えて進軍したエスタとガルバディアはまともにぶつかった。その中にはキロスもウォードもいる。エスタとSEED、寝返った者を合わせると軽く10万人を超えるが、各国の軍はまとめてしまってもそれに届かなかった。

中央にセントラクレーターを置いた円状の戦線は、まさに戦場と化した。

騒音と、爆音と、悲鳴の中で、はぼんやりと空を見上げていた。

セントラにたどり着き、この海の見える半島に座り込んだ時はもう日が暮れていて、やけに身体が疲れていた。はごろりとひっくり返ると、そのまま眠りに落ちた。

翌日、昼過ぎに目が覚めたは、何やらあたりが騒がしいのに気付いた。この頃各国の軍が続々とセントラ入りをしていたのだ。だが、それもなんという事はない。は手のひらの上にある「セントラの指先」を眺めながら、ぼんやりとしていた。

そうしている内にも再び日が暮れて、サーチライトが空を踊ってもは座り込んだままぼんやりしている。そして眠れないまま明けた朝は、突如として戦乱の幕開けとなってしまった。

雪崩のように海へと出て行くエスタ軍に、はるか向こうから徐々に大きくなっていくガルバディアの装甲車の輪郭。まるで戦争の真っ只中に放り出されてしまったようで、は少しだけ耳が痛かった。

エスタ軍も一歩も引かないのだが、を囲む戦線は徐々に狭まって、とうとうも戦線の者達もお互いが見える位にまで小さな輪になってしまった。

を真中においてセントラ全域に広がる戦場。

そんなものの真中にいて、はちょっとだけ、笑った。

立ち上がり、掲げた手には、「セントラの指先」。

昇りかけた朝陽が反射して輝く「セントラの指先」は、その煌きで時を止める。

一瞬にして訪れる静寂。

そして、から発せられる閃光。

「セントラの指先」が発動した。