名もなき戦士

「海は広いな、大きいな、と」

呑気に鼻歌交じりでガーデンを操作していたニーダは、今日に限って背後に才女2人がいないのでとてもリラックスしていた。やれ気を抜くなとか、操縦だけならSEEDでなくとも出来るとか、才色兼備の先輩2人はニーダに対して容赦がない。

そんな緊張の解けない毎日だった。ガーデン関係者の間では再びバラムの地に戻すという案も出ていたのだが、先の騒動の後では、不幸中の幸いとでも言おうか、SEEDはひっぱりだこだった。

月の涙によって落ちてきたモンスター退治だの、各地に常駐させられたまま解体してしまったガ軍の兵士たちの鎮圧だの、とてもじゃないが正SEEDだけでは手が回らないほどの忙しさ。かと思えば、突然沈黙を破って表舞台に飛び出してきたエスタから、生徒の父兄のよしみで人手を貸してくれと言われる始末。

いくらなんでもバラムガーデンだけでは手が回らない。しかし、壊滅状態に陥ったトラビアガーデンや占領されて以降機能していないガルバディアガーデンから人手を割くことは出来なかった。

つまり、追い詰められたバラムガーデンは洋上に逃げたのだ。

逃げたというと聞こえが悪いが、拠点を定めないことでまずは生徒の生活を守ったのである。どれだけ懇願されても、SEED候補生まで任務に送り出すわけにはいかない。

「さーてどこ行こうかな」

そんなわけでニーダは毎日この操舵室に立っては、風の吹くまま気の向くままガーデンを海に走らせていたというわけだ。今1番楽な任務にかかりきりな男、それがニーダだ。

「天候は上々、風も追い風、向かうはFH」

いつものように背後から刺さる冷たい氷のような視線もなく、非常に気分がいい。方向としてFHに向かってはいるが、上陸するつもりはない。少々迷惑な話だが、強引にティンバー近辺に乗り上げてセントラ方面へ行くつもりだった。

後少しでFHの堅牢な外観と陸橋が見えてくるだろう。セントラ海域で停泊の予定だから、夜になってからを誘ってセントラの雄大な風景を眺めるのもいいかもしれない。ニーダは密かにそんな計画を立てていた。

その時だった。前方が良く見える操舵室の窓から、FHの脇に流線型の船が停泊しているのが見えた。

「なんかやたらとハイテクそうな船だな。どこの船だ?」

首を伸ばして船を良く見ようとしたニーダの後ろから、突然スコールを筆頭にSEEDが大勢なだれ込んできた。何かあったらしい。

「ニーダ、あの船、さっきからあそこにいたか!?」

いつもは冷静なスコールが殊更青い顔をして問い詰めた。

「あ、いや、おれも今気付いたんだ。でも、錨は降りてるみたいだな」

いっそう青い顔をしたスコールは振り返ると、その場にいたSEED全員に言い放った。

「ガーデンはこれより全速でセントラ方面へ退避する! 生徒の安全が最優先。なんとしてでも逃げ切るぞ。手を出すようなら脅かしてやっても構わない!」
「え、ちょ、スコール、何があったんだよ?」

困惑するニーダの横でスコールは険しい顔をしたまま、黙っている。そして館内放送用のマイクを引っ掴むと、ボソボソと呟いた。

「あー……キスティス、シュウ、それと、ゼルにセルフィ、デッキまで来てくれ」

ニーダへの説明はないまま、スコールの呼び出しでキスティス達が飛び込んで来た。

「何があったのスコール!?」
「あれだ」

ニーダを含めた全員が窓の外を見る。数秒の沈黙の後、セルフィは歓声を上げ、後の全員はため息をついて呆れた。

「きゃーラグナ様だあ~!」
「ちょっとスコール、あれでこんな大騒ぎを起こしたの?」
「そうだぜ、お前がちょっと行ってガツンと言ってくりゃ済む事だろ?」

そこへ突然年少クラスの担当であるが飛び込んで来た。

「あ、あの、指揮官……

何か報告があるようだったが、取り囲まれているスコールには近づけそうにない。

、どうした」
「あ、ニーダ! あのね――

そこへ、取り囲まれて言われるままになっていたスコールの怒号が飛ぶ。

「いいかげんにしろよ! 言って聞く相手ならとっくにそうしてる!」

ニーダにしてもにしてもあまりに状況が見えない。

「あの、だから一体……?」
……あれはエスタの船だ。大統領用の、な」

しぶしぶ口を開いたスコールは苦々しい顔をして腕を組んだ。

「何? 親父さんじゃないか。なんで逃げなきゃいけないんだよ?」
「だから、よ。エスタ大統領は先日、身内だから特別になんて言ってSEED要請をしてきたけれど、1人息子は身内だからといって無下に断ったのよね?」

キスティスに解説されたスコールは最高に不機嫌そうな顔で黙った。

「だから~ラグナ様いるかもしれないし~! いいじゃん逃げなくてもー!」

セルフィの説得になど耳も傾けず、スコールは職権濫用を通すらしい。

「ニーダ、さっさと行け! ゼル、セルフィ、キスティスは生徒を頼む!」
「あ、あの、指揮官……

は何か報告があってここに来たのだろうが、スコールにとっての最優先事項はエスタの船、すなわち父親の手から逃れる事だった。聞いていない。

「あんたは年少クラスの担当だろう! 持ち場を離れるな!」
「あ、は、はい」

ニーダが口を挟む隙間もなかった。

「おいおいスコール!」
「お前もいいからさっさとガーデンを動かせ! おれはカードリーダー前で戦線を張る!」

スコールと彼の父親の間にどんな確執があるのかは、ニーダの知るところではない。しかし、いつにもまして混乱気味なスコールの様子に、ニーダは一抹の不安を抱いた。はっきりとは判らないが、なんだかとても嫌な予感がする。

しかも、あまり簡単な事ではないからこそ報告に来たといった様子のは、結局何も言わずに出て行ってしまった。デッキに1人残ったニーダは突然、もう二度とに会えないのではないかと言うイメージに囚われてしまった。

「まさか、な」

そこへ、バタバタと足音を響かせてアーヴァインが飛び込んで来た。

「ひどいよスコール~! なんで僕は呼んでくれないのさ……ってあれ?」

1人黙々と操舵するニーダの後ろでアーヴァインはガックリと肩を落とした。

「どーせ僕は正SEEDじゃないですよ~」
「スコールならカードリーダー前にいるはずだぜ?」

親切のつもりでアーヴァインにそう声をかけたニーダだったが、アーヴァインはなぜか険しい顔をしている。呼ばれなかった事がそんなに悔しいのだろうか。

「な、なんだよ?」
「あ~、いや、別に。なあ、ニーダ」
「何」

アーヴァインはわざとらしくテンガロンを指先で傾けて少し、笑った。

「お前さ、一生このままガーデン動かしてるつもり?」
「どういう意味だよ、それ」
「いや、大した意味じゃない。ただねえ、ちゃんは、いつでもニーダの事考えてると思うわけ。ニーダがここでガーデン動かしてる間もずっと」
「だから何が言いたいんだよ。おれがの事思ってないっていうのかよ」
「そんなこと言ってないだろ。スコールは今勝手にガーデンを動かしてる。スコールにも事情ってもんがあるけどさ、それとニーダの事情は別だろって言いたいの」

とは言うものの、やはりアーヴァインの言うことが理解できず黙ってしまったニーダを置いて、アーヴァインは出て行った。

しばらくして、エスタへと続く陸橋を迂回したガーデンは、セントラへと続く海上で相変わらずエスタ船に追われていた。デッキには何も伝わってこないまま、ニーダはただスコープに映る船との距離を気にしていた。

すると突然階下から爆破音のような音が響いて来た。方向、距離から言って教室のあたりだということはニーダにも判る。しかし、何が起こっているのかさっぱり判らない。デッキから館内へ放送することは出来るが、逆に館内からデッキへ直通の通信手段はまだ付けていなかった。

さっき感じたイヤな予感がずっと付きまとう。頭のすぐ後ろのあたりをの顔がちらついて離れない。

しかも、報告が出来ないまま、困った顔をして出て行った時のの顔が。

………………

二度と会えないなんて事は絶対に有り得ない。ガルバディア兵を相手にしても勝利をもぎ取ったガーデンで、を失うなんて、絶対に。また騒ぎが落ち着けばいつも通り、会える。

だけど。でも。

「何かあったとして、そこにいられないのはもっとイヤだ!」

ニーダは操縦桿を思い切り前方へと倒すと、そのまま飛び出した。

ニーダの倒した操縦桿のせいでぐらつくガーデンを、ニーダは駆け抜ける。デッキに置きっぱなしにしていた自分の剣を片手に掴んで、人の波を避けながら走る。人より細身で身軽なニーダには、人も障害物もどうという事はない。

「どいてくれ!」

ゼルに猿とからかわれた身軽さで、ニーダは生徒の肩を支点にし、身体を翻し空中を飛ぶ。試験でもこんなに真剣だったことが無いくらいだ。

そうしてたどり着いた先は、年少クラスの教室。少し距離をおいて群がる生徒と、入り口近辺にはスコール以下主要SEED達がものものしい雰囲気で戦線を張っている。

やっぱり何かあった。

嫌な予感が当たってしまったニーダは血の気が引いていくのが判った。冷静さを欠いたニーダは、近くにいた男子生徒の腕を乱暴に掴むと、怒鳴った。

「どうなってるんだ!」

急に怖い顔をしたSEEDに問い詰められた生徒はすくみ上がりながら答える。

「あ、あの、年少クラス担当の人が、人質に……

男子生徒はまだ何か言っていたようだったが、ニーダはもう聞いていなかった。よく見れば、そんな事態になっているはずなのに、最前線にいるセルフィは笑っているし、キスティスはスコールに何か大声で喚いているだけ。ゼルなんか中を見ようともしていない。人質がいるというのに!

片手に掴んだ剣を握りなおしたニーダは、素早く息を吐くと、ごった返す人垣を乱暴に進んで行った。どよめく生徒達。それに気付いたアーヴァインが振り返ってにっこりと微笑んだ。

「ニーダ!やっぱりお前……

しかし、ニーダは剣の切っ先をアーヴァインに突きつけた。

「ちょ、ちょっとニーダ!? なにすんのさ~!」

そのアーヴァインの情けない声を聞いて、スコール達もニーダに気付いたが、殺気をみなぎらせているニーダを見て、言葉を失ってしまった。あの温厚でちょっとドジな愛すべきガーデンを動かす男に何があったのか。

「ニーダ、落ち着つけよ、これは――
に何かあったら殺してやる!」

アーヴァインが、キスティスが、ゼルが、ニーダを止めようとして手を伸ばした。スコールの声も、セルフィの悲鳴も聞こえない。剣を振りかざしたまま、ニーダは教室に飛び込んでいた。

そして、思っていたより近くにいたを見つけた。は拘束されておらず、となりに座っている中年男と話していた。犯人と思われるその男はだらしなく伸ばした長髪を後ろでくくり、サンダル履きにヨレヨレのシャツ、くたびれたコットンパンツというあからさまに不審な出で立ち。

ニーダは加速する足をそのままに、その中年男に切ってかかった。

を放せー!」
「うおおおおなんだおまえぇーー!!」

ニーダが叫ぶのと、中年男が叫ぶのと、ニーダの剣が何かに止められたのは、ほぼ同時だった。ニーダは、剣に込める力をすぐに緩め、目を見開いた。

!?」

ニーダの剣を止めたのは、の剣だった。

「ニーダ、落ち着いて……!」

助けに来たはずのは、犯人を守るようにして片膝をつき、剣を両手に渡してニーダの一撃を受け止めている。ニーダはすっかり混乱してしまった。その後ろから心持ち疲れた様子で教室に入ってきたスコール。彼の言葉を聞くや否や、ニーダはその場にへたり込んでしまった。

「すまない、ニーダ。そいつはエスタ大統領、だ」

慣れない大立ち回りと一気に気が抜けたせいで、ニーダは保健室送りとなった。まだ呆然としているニーダの身体を調べるカドワキ女史の後ろには、、スコール、そしてニーダは初めて見るエスタ大統領――つまりスコールの父親ラグナ。

「いやあ、わりィわりィ! そうか、君のカノジョだったわけだ! ほんとにごめんな! あ、でもよ、おれ、ちゃんになにもしてねっからな! 大げさにしちまったのはコイツで、おれは話してただけだからさ、許してくれっ! なっ?」

とても一国を預かる人物とは思えないラグナの言葉には吹き出し、頭を掴まれたスコールは不機嫌そうにその手を振り払った。

……スコール」
やっと落ち着いてきた様子のニーダ。
……すまない」
今にも死にそうな表情で謝るスコール。

「いや、そうじゃなくて。ガーデン放ったらかして……すまない。SEED失格だ」

ニーダはニーダで、結局スコール達にまかせておけば収まった騒ぎだったのに、職務を放棄した自分を悔いているらしい。

「そんなことはない。が絡んでいたんだ。知らせるべきだった」

深刻な顔をした二人の横で、女子高生とワイワイはしゃぐラグナを見てスコールはまた眉間にしわを寄せた。

「しかし、親父さん、何しに来たんだ」

それだけがどうしても判らず聞いたニーダに、今度は本人が乱入してきた。

「いや、ほら、SEED貸して欲しくてな! お前でもいいぞ! エスタに来てくんねえか? もちろん3食昼寝おやつ付だ! 危ねえ目には絶対あわせない!」
「いいかげんにしろ……

スコールから黒いオーラがにじみ出てきたのを察知して後ずさったラグナに代わって、が話し出す。

「どうしてもホットラインじゃ話聞いてくれないから直談判しにきたんだって。私が最初に見つけてスコールに報告しに行ったんだけど。それはニーダも知ってるでしょ。エスタの船はそれを知って追いかけてたらしいよ。つまり、狙われてたのはガーデンではないし、ラグナさんが戻ればそれでよかったみたい」

そして、手当てが終わって判創膏を貼り付けているニーダのおでこに、キスした。

「助けに来てくれて、ありがとう」

無言で見詰め合う2人を見てうろたえたのは、くたびれ風の大統領だった。

「おわっ!? おおおおい、スコール、外でゆっくり話そうぜ! カドワキさんも一緒にどうですか! 食堂でお茶とかのみませんか! あーそうだみんな呼んでこいよ! おれがおごってやるよ!」

慌しく出て行った親子とカドワキ女史に気付かない2人は、日が暮れて部屋が暗くなり、戻って来たカドワキ女史に怒られるまで保健室で寄り添っていた。

「でも、やっぱりちょっとカッコ悪いな」

寮へ続く廊下を、2人は手を繋いで歩いていた。

「どうして?」
「必死で助けに入ってみればそこまでの騒ぎじゃないし……
「私にはカッコよく見えたけどなあ」
……

いつ誰が飛び出してくるかも判らない廊下ではあったが、ニーダは急にを抱きしめたくなった。そしてあわよくばこのまま、とニーダが考えたその時。

「キャー!ニーダ先輩よ!」
「キャー!かっこいいー!」

下級生らしき女性徒の群れがどこからともなく沸いてきて、あっという間に2人は囲まれてしまった。昼間の騒ぎを見ていたのだろうが、本人たちが保健室で呆けている間に、事は意外にも大きくなってしまっていたらしい。

「アーヴァイン先輩に何かあったら殺すって言ったんですよね!?」
「エスタの大統領に切ってかかったんですよね!?」
「キャー!」

普段、ニーダと言う人物はよく言えばとても控えめ。悪く言えば地味で目立たない。のような可愛らしい彼女が出来たのだって、奇跡に近いと影で噂されるくらいなのだ。つまりこんな風に騒がれた事など彼の生涯には一度としてない。

だから、一目散に逃げた。の手を掴んで、ガーデンを逃げ回った。

「ちょ、ちょっとニーダ!」

は、どんどん部屋から遠ざかっていく自分たちはどうなるのかとニーダを止めようとした。けれど、どこへ行っても騒ぎを聞きつけて寄って来る生徒たちに追われて、とうとうガーデンを一周してしまった。

そしていい加減息が上がってくる頃。ようやくニーダの部屋に逃げ込むことが出来た。

「ああ、疲れた……
「よかったの、ニーダ? 女の子にあんな風に騒がれるチャンス、もうないかもよ?」

にやにやと笑いながらニーダの腕を突付くの背中に手を回して、ニーダは深呼吸する。男としては細身のニーダだが、の身体はすっぽりと包まれてしまう。

「いいの、そんなもんなくても。おれはだけいればいいんだよ」

相変わらず騒がしい廊下へ単身出て行けなかったは、結局ニーダの部屋で一晩を明かす事になり、翌日になると、騒ぎがもっと大きくなっているという事を、この時の2人は知る由もない。

END