ミクスチャ:178

部活で毎日忙しくアルバイトする暇もない。が、バイトもせずに部活にどっぷりでも問題ない程度には親の経済状況は安定している。が、だからといって小遣いが無尽蔵なわけではないのである。

なおかつ部活で忙しいので、のんびり放課後に友達と遊ぶなんてことも、滅多に出来ない。出来ないというか、それよりも部活がやりたいという選択をした。それは自分自身の心からの望みで、別にストレスに感じたりはしていない。

が!

どうしても我慢がならなかったのである。友人や部活の仲間にそんなことペラペラと喋ったことはないし、何なら家族も知らないかもしれないけれど、これだけはもう無視出来なかったのである。

オレは、バナナが大好きなんだ。
だからバナナンアーモンドミルクフラペチーノは我慢出来なかったんだ!!!

学校ごとに差異はあるけれど、それはちょうど期末テストの頃のことだった。とある駅近くのスタバにこそこそと制服の高校生が入店、入るなり目の前にいた別の制服を見て声を上げた。

「あれっ、藤真?」
「えっ……うわ、木暮」

ふたりともお互いをそれと認めるとつい一歩足を引き、若干引きつった頬で苦笑いを浮かべた。

方やまさかの予選敗退で3年の夏を失った翔陽の藤真、方やその翔陽を破った湘北の木暮、県内高校バスケットの実績で言えば藤真の方が圧倒的に格上だが、ここはカフェ、ひとまずただの同い年である。

「あれ、翔陽ってもっと遠……家がこの辺なのか」
「いや、そういうわけじゃ……そっちこそ」
「いやオレもちょっと……

顔と名前が一致していて試合で対戦経験があるという程度の顔見知りでしかないのだが、「じゃ!」というタイミングが見当たらない。なんでオーダー行かないんだよ、お前……。というところで木暮がはたと気付いて手を合わせた。

「あ、ごめん、待ち合わせか? 邪魔したな」
「えっ!? いや、オレはひとりだけど」
「そ、そうなのか、ほら、お前人気あるだろ」
「別に、そんな、お前んとこの流川だろ、そういうのは」

どうでもいいことこの上ないやり取りだけが続いていて、どんどん気まずくなってくる。別にカフェにひとりでやって来ることが恥ずかしいわけでもないのだが、しかし――

「てかオレの方が後から来たんだから、先に、オーダー」
「えっ!? いやいいよ、お前先に行きなよ」
「いいって、遠慮すんなよ」
「遠慮なんかしてないって」

しかしどうにも様子がおかしい。お互いひとりでやって来たようだし、先に入店していたのは確かに藤真の方なので、先にオーダーしに行けばいいだけの話なのだが。だが、その藤真は片手で前髪をクシャクシャとかき混ぜると、一歩足を進めて木暮に近寄ってきた。

……オレ、スタバあんまり来ないからよく分かんないんだよ、オーダーとか」
……藤真、オレもだ」
「え!?」

恥を忍んで言ってみた藤真だったが、まさかの同類。

「てか湘北の近くにも自宅の近くにもスタバなくて、喫茶店ばっかりなんだよ普段」
「オレもオレも……! うちは最寄りがどっちもファストフードしかなくて」
「でもどうしてもあのバナナのやつ飲みたくて」
「そうなんだよバナナ我慢出来なくて」
「え!?」
「え!?」

まさかの同志。ふたりはつい肩を掴み合った。

「オレ、バナナ先生にはお世話になりっばなしでさ」
「わかる、ガチで体作りながら競技やろうと思ったらバナナ外せない」
「最初はボソボソして苦手だったんだけど」
「でももうバナナなしには生きられない」
「藤真〜!」
「木暮〜!」

かつて敵同士で戦ったことなど、もう過去のことなのだ。子供の頃からずっと自分たちを育ててくれたバナナ先生への愛の前に、敵も味方もないのである。ふたりは勢い抱き合い、そして肩を組んでこそこそと壁際に逃げた。慣れないスタバは怖い。

「でもさ、ただ普通にバナナンアーモンドミルクフラペチーノくださいって言えばいいんじゃないのか」
「なんか聞かれたりしないか? ナントカはどうなさいますかとか言われたらそこで詰む」
「フラペチーノって要するにかき氷ジュースみたいなもんだろ」
「でもスタバは何が潜んでるかわかんなくて怖いんだよ」

ビビるふたりの背後では「ラテをトール、リストレットで。1ショット追加も」というオーダーの声にスタッフが「温度はどうされます?」と返している。

「温度って何」
「落ち着け藤真、フラペチーノに温度関係ないと思う、たぶん」
「オレバナナ欲しいだけなのに」

意気投合したのか煽り合って恐怖を増大させているのか分からないふたりだったが、今度はその背後から女の子の明るい声が聞こえてきた。

「誰かと思ったら藤真? どしたのこんなところ……ってあれ、もしかして木暮?」
「えっ、わ、!?」
「うわ、、久し振り!」
「えっ?」
「えっ?」

振り返ったふたりの前に、翔陽の制服を着た女の子がいて、ふたりの顔を交互に見てにこにこしている。お互いに共通の知り合いがいるとは思いもしないふたりは思わず顔を見合わせた。何、知り合い?

「そっか、って翔陽行ったんだっけ」
「え、って木暮と中学同じなの? すごい偶然だな……
「ていうかふたりが知り合いの方が驚くよ」
「それはほら、バスケ部」
……あっ、そっか、木暮もバスケだったっけ」
……どうせ弱かったです」
「なに、学校違っても仲いいの? いいね、そういうの」
「いやそういうわけじゃ……
「いやそういうわけじゃ……
「ハモんないでよ」

ついツッコミを入れたのは、木暮と同じ中学出身で現在翔陽に通っているだ。は楽しそうに笑っているが、ふたりはまた顔を見合わせた。背に腹は代えられない。の様子ではスタバ怖い風ではないし、バナナのためにはちょっと恥をかくくらい。

すいませんオーダーよくわかんないので助けて!

「まあそうだよね、学校の近くにも自宅の近くにもスタバないんだよね、確かに」
「そ、そうなんだよ」
「てか湘北も同じ状態なら普段忙しいか。のんびりフラペチーノの新作飲んでる時間ないよね」
「そうそう、そうなんだよ」

は快くオーダーをやってくれるという。突然現れた救世主にふたりはペコペコと頭を下げている。女神様降臨。これでバナナ先生に会える。そう思ったら気が抜けて楽になってきた。だが、またふたりの背後で声がした。今度はやたらと無礼な感じのする軽薄な声で……

「ちょ、どーいう組み合わせっすか、てかこの辺が地元とか言わないすよね?」
「えっ……うわ、お前、えーと」
「清田じゃないか」
「ああそうだ海南の態度デカい失礼なやつ」

また振り返ったふたりの真後ろにしたのは海南大付属の清田だった。スポーツバッグを斜めがけにしてしかめっ面をしている。藤真の言うように清田は一応1年生で後輩も後輩なのだが、彼は生まれつき態度が大きく不遜な性格なので何を言われても怯まない。

「てかどっちもこんなとこで遊んでていいんすか。そんな余裕――わ、すんません」

清田は今年のインターハイ予選で全勝優勝しているので上から目線なわけだが、木暮と藤真の間にの姿を認めると真顔になってペコッと頭を下げた。だが、は敬語を使っているので後輩なんだろうと考え、手を上げて止めた。

「制服違うね、君もバスケ部なの?」
「はい、海南です、けど……先輩カワイイっすねー」
「は!?」
「は!?」
「は!?」
「藤真さんか木暮さんの彼女すか? めっちゃかわいいじゃないすか」

今度はも声がひっくり返った。

「いや別に私そのあのかわいいとかそんな」
「あれ、違うんすか。でも制服翔陽ですよね。藤真さん何やってるんですか」
「どういう意味だ」
「てかどういう集まりなんですか」
「たまたま偶然集まっちゃっただけだよ、藤真ももひとりで」
「ば、バナナだよね?」
「そう、バナナ、ただバナナ飲みに来ただけ、翔陽の近くにスタバないから」
「ああそっか、清田もバナナか? 猿だから」
「違いますけど!?」

声が大きくなってきたので、4人はまたこそこそと壁際に逃げる。藤真が最初に入店してから既に15分以上が経過している。他のお客様の御迷惑になりますので……と言われる前に何とかしなければ。

「藤真さんと木暮さんはバナナのフラペチーノでいいんすね」
「清田くんは?」
「オレは一緒に行きますよ。手伝います」
、お釣りいらないから何か食べなよ」
「あ、オレもお釣りいいよ」
「えっ、いいよそんなの、悪いって」
「じゃオレがそれでコーヒー飲みますわ」
「誰がそんなこと言った」
「お前はちゃんとを手伝え」

代表でオーダーをしに行ってくれるのは助かるが、清田がに馴れ馴れしいのがどうにもふたりは気になる。というか清田のするりと人の懐に入り込む懐っこさは一体何なんだ。

木暮と藤真、どちらもその「相手に警戒心を抱かせずに懐に入り込む」のが上手いタイプなのだが、本人にあまりその自覚はなく、初対面なのにもうと笑い合っている清田がちょっと鬱陶しい。というか初対面で面と向かって「カワイイ」とか言えるそのメンタルが羨ま……いや気に入らない。

……藤真って女子得意なのかと思ってた」
「オレが? まさか。お前こそどうなんだよ。湘北ってキャラ濃いのばっかりだし、モテるだろ」
「流川と三井がいてオレが目立つとでも」
「だからだろ。そういう競争激しそうなのより親しみがあるじゃん」

フラペチーノ頼むのにビビってたふたりはと清田の後ろ姿を眺めながらブツクサ言っていた。というか女子と見るや作り笑顔ですり寄っていけるようなタイプならひとりで慣れないスタバなんか来ないし、仲間や友達にも平然と「バナナ大好き!」と言えたはずだ。

「あっ、あの野郎、触りやがった」
「触るなんて絶対ダメなはずだろ、なんで平気なんだ?」
「後輩だから?」
「そんなこと関係あるか?」

触ると言っても、清田はオーダーが終わったので受け取りカウンターへ促そうとの背を軽く押したくらいなのだが、後ろから見たら仲の良さそうなカップルにしか見えないので先輩ふたりはなんとなく面白くない。

そしてはふたりのフラペチーノを受け取ると、にっこり笑って差し出してきた。

「はい、バナナンアーモンドミルクフラペチーノ、果肉増量、フタなしでホイップ多め!」
「かに……?」
「ふた……?」
「バナナいっぱい入れてもらって、フタがないからクリームもいっぱいってことすよ」

の後ろで目を細めている清田は両手にコーヒーのカップを持っている。何、お前1年生のくせにフラペチーノじゃなくてコーヒーなの? も? オレたちフラペチーノなのに? てかそのコーヒー何? クリームもチョコチップも乗ってないけど? かっこつけてんの?

愛しのバナナ先生の誘惑に抗えなくて早速ストローにかじりついた木暮と藤真だったが、清田からコーヒーのカップを受け取ったは「あれっ」とまた楽しそうな声を上げた。

「どしたんすか」
「ねえねえ、3人共、身長同じくらいなんだね。すごいな、みんな頭の位置が同じ」

清田も含め3人はストローに吸い付いたままお互いをちらりと見てみた。言われてみれば……

「私から見るとすごい高く感じるけど……いくつなの?」
「178」
「178」
「178」
「ほんとに!?」

まさかのぴったり同じ。大はしゃぎのは3人の背を押して店を出ると、テラス席の端っこに追い立てた。既に店内で大騒ぎしてしまったし、外の方が気兼ねなく喋ることが出来る。

「でも……春に測ったきりだから、今はどうかな」
「春の時点で同じなら多少伸びてても同じくらい、とか」
「オレはそれじゃ困りますよ、まだ1年なのに」
「えっ、清田くん1年生なの!?」

木暮と藤真のふたりでも背が高いと感じていたは、同じくらい大きな清田を2年生だと思っていたらしい。というか翔陽バスケット部は今年3年生が高身長揃いだというのに、はあまり興味がなかったらしい。

「興味がないというか、バレー部にも大きい人いるし、直接親しくないと差がわからないから」
「ていうかその前にどういう繋がりなんすか」
「オレが同じ中学で」
「オレは1年と2年の時同じクラス」
「で、なんでここのスタバなんすか?」

それは突っ込んではいけない。だが、と清田はこの駅が最寄駅。

「えっ、じゃあ清田くんの中学って」
「A中っす」
「あっ、そーか、反対側なのね」

と清田は最寄り駅こそ同じだが、は西口方面、清田は東口方面。自宅の住所だけで言うとご近所と言うほどでもない。さらにと木暮は同じ中学だが、校区の中でも端と端の1番離れた場所に住んでいるので最寄り駅自体が異なる。

「藤真さんも地元この辺なんすか」
「いや、ええと、オレは寮だから」
「ああ、そうだ、特待生だったよね藤真」
「特待生!? すごいな」
「オレも今年スポーツ特待すけど」

翔陽にはスポーツ特待枠がないので、藤真は筆記をクリアした完全な特待生。というか歴史の古い強豪校を牽引するための貴重な人材ゆえ筆記テストも緩かったという噂だ。普通に公立中学から県立高校である木暮、スポーツ特待なので受験免除だが学費は一部免除に過ぎない清田がニヤリと唇を歪める。

「でも偏差値で言ったら翔陽が一番高いだろ。普通に受験レベルの筆記だったからな」
「そういえば海南て言うほど高くなかったんだよな。びっくりした」
「う、うちは部活に力入れてるんで」
「まあ、スポーツだけで入ってきて授業ついていけないと困るしな」
「運動部が全員バカみたいな言い方しないでくれます? 湘北が言えた義理ですか」
「オレは真面目にやってるから」
「オレだってやってるって」
「オレだってちゃんとやってますって!」

なんだかみみっちいマウント合戦になってきてしまったが、3人ははたと気付いて乗り出していた身を引いた。いたんだった。だが、彼女はストローを咥えたまま、ちょっとニヤニヤしている。

「ごめん、いるの忘れてたわけじゃないんだけど」
「そのニヤニヤ顔は何」
「いや〜、サイズ殆ど変わらないけど、3人とも全然タイプ違うなあって」
「タイプ、すか」

はカップをテーブルに置くと、人差し指をくるっと回し、木暮を指した。

「木暮は部活も勉強も手抜きなしの真面目でいい人メガネキャラ、藤真は女子に超モテだけど実はアツくて努力家な王子様キャラ、そんで清田くんは見た感じチャラめだけど友達多そうないいヤツ元気キャラって感じだなあって。同じバスケ部でもバリエーション豊かで面白いなって」

さり気なく褒められてしまった気がする3人は途端にこそばゆくなって口元がムズムズしてきた。は「キャラ」という表現を使ったけれど、それぞれいい所をさらりと拾ってもらった気がする。

「いや別にバスケって共通点があるだけなんだから、個性があるの当たり前なんだけどね」

そう言ってはエヘヘ、と照れくさそうに笑った。

あっれ……かわいい……

3人はちらりと顔を見合わせた。普段コートの中で相手の顔やら目やらを見て腹の探り合いをしているので、何となくわかってしまう。お前ら、今のこと可愛いって思っただろ。ということは自分がを可愛いと思ったこともバレているわけだが、まあいい。

オレは中学3年間同じでよく知る仲だし――という顔をしている木暮。
今学校が同じなのはオレだし――という顔をしている藤真。
だから何なんすか関係ねえし――という顔をしている清田。

――先輩は、どーいうタイプがいいんすか」
「えっ! それはそのー、一言では!」

遠慮せずに聞いてみた清田だったが、は突然3人に凝視されたので動揺しながら照れている。どうせならはっきり言ってほしいのだが言いそうにない。今度は藤真が身を乗り出した。

――そういう話聞いたことないけど、って付き合ってるやつとかいたっけ」
「えっ、いないいない」

3人は揃って背筋を伸ばして髪なんか触ってみたりする。それに気付いていない様子のはテーブルに置いていたカップを取って一口飲み、そしてまたニヤニヤしつつ、肩をすくめた。

「彼氏は、募集中! タイプはこーいう風にカフェでお茶とか、してくれる人、かな!」

部活でめっちゃ忙しくて全然暇ないから無理、諦めよう――と思ったらこの中の誰かに掻っ攫われる。ふらりと立ち寄ったスタバで見つめ合ってとお茶してるコイツかコイツを見るかと思うと、諦めるのは癪に障る。勝ちたい。

今はまだどんぐりの背比べかもしれない。でも最初に頭ひとつ抜き出るのはオレだ。

照れ隠しなのか、テスト近くてテンション下がるよね〜と言いながらストローを咥えている、3人は何でもないという顔をしてにこやかに相槌を打ちつつ、視線をぶつけ合う。に悟られないよう、静かに場外乱闘のホイッスルが鳴り響いていた。

END