雨の日は、なんとなく気分が重い。

乱雑に、だけどどこか規則正しく鳴っている雨音のせいかもしれないし、しっとりと肌に絡みつく湿気のせいかもしれない。そんな事以前に、陽の光が恋しいだけなかもしれない。どれでも大した違いはないのだけれど。

「どうしました? 浮かない顔して」
「あ、いえ、別に……

こんな雨の日でも、喜助さんは飄々としてる。そしてちょっとだけ嬉しそうに見えるのは、やっぱり気のせいだろうか。どこから手に入れたのか、見た事もないような雨合羽を引っ張り出してみたり、番傘を開いてみたり。

「別に、って顔してないっスよ~」
「いいじゃないですかあ」

閉じた扇子の先で、私の頬を突付く喜助さん。陰に隠れて見えない瞳意外は、実に楽しそうだ。私のだらりとした風体がそんなに面白いんだろうか。

「まあねえ、こんな天気の日は気分が落ち込んでも仕方ないですけどね」
「私、雨の日ってあんまり好きじゃないんです」

わざと具体的に理由を作るなら、外出しようと決めていたのに、朝起きたら雨だった時のがっかりした感じとか、お気に入りの靴を履いて出かけて雨に降られたときのやるせない感じ。あれが嫌い。

「でも雨が降るとね、サン。雨が汚れを落としてくれるんですよ」
「ああ、まあ、そうでしょうけど……
「だから、雨が上がった後はとても空気が澄んでいてきれいでしょう?」
「でも降ってる間はイヤです」

ただでさえ鬱陶しい雨の日に、そんな事を言われても好きになれるわけがない。

……アナタもいい加減強情っスね」
「自分に正直なんです」
「可愛くないなあ」
「かっこいいんですよ」

なんて不毛な会話。でも、冗談交じりに私の話を聞いてもらっているだけで、気も晴れるような気がする。

雨の日じゃなくても、どんな時でも。本当は嘘ついているんじゃないかと思えるような掴めない喜助さんだけど、こんな日はそれがむしろありがたい。だらだらしてたいの。活力は沸いて来そうにないから、熱のこもった言葉なんて要らない。こうやって下らない事しゃべってるだけでいいの。

「アタシは雨の日に散歩、なんてのも好きですけどねえ」
「そりゃゲタですしねえ、足とか濡れませんしねえ」
サン、ホント可愛くない」
「喜助さんは可愛いですよ」
「そりゃどうも」

私が可愛くないのは判ってる。素直にニコニコしながら上目遣いで話すなんて、どうしても出来ないから。でも、喜助さんは可愛い。なつかない猫を辛抱強くなだめるみたいにして、私の隣にいる。それが可愛いの。

「でも、もうすぐ上がりますよ、雨」
……なんでわかるんですか?」
「なんででしょうねえ」

喜助さんが言うなら、雨も上がるかもしれない。何の根拠もないけど。

そしたら、陽が出てきたら、元気が出てくるのかもしれない。

「晴れるといいなあ……
「止まない雨はないって言うでしょ」
「それ明けない夜の間違いじゃ?」
「どっちでも同じ事っスよ」

私の元気も戻ってくる。きっと。喜助さんの言葉にはそんな意味が混じっていると、私は思う事にした。

「では雨が嫌いなサン?」
「なんですか」
「雨が上がったら、散歩に行きましょう」

ゴソゴソと雨合羽を箪笥に仕舞いながら、背を向けて喜助さんは言う。

私も、喜助さんに背を向けたままで言う。

「そうですね、おなかも空いたし」
「じゃあ隣町のおいしい蕎麦でも」
「いいですね」

手を取って歩かなくても、屋根になる番傘がなくても、こんな風にもう何十年も一緒にいるみたいにして。

少しは雨を好きになってあげてもいいかもしれない。

END