あなたが寝ている間に

ドアを開けた途端に目に飛び込んできたのは、の寝顔だった。

午後2時、うららかな日差しはブラインドの隙間から差し込んで、ソファに寝そべるの頬にストライプ模様を描いている。確かに、こう暖かくては眠くなっても仕方ない。柔らかな日差しが彼女を眠りに誘ったのだろう。だが、日差しは暖かくても季節は冬。このまま寝かせておいては風邪をひかせてしまう。

、起きなさい

ソファとテーブルの間にしゃがみこんで、私はの肩をそっと揺すった。気持ちよさそうに眠っている彼女は、真っ白なブラウスにゆるやかなニットカーディガンを羽織っただけの軽装で、その表面が冷えているのが判る。

「こんなところで寝ていたら風邪を引くよ。起きなさい」

急激に刺激を与えられては寝覚めも悪いだろうと、私は声を落として再度呼びかけ揺すってみた。だが、はそれすらもゆりかごの上であるかのように満足そうに頬を緩ませた。

足を伸ばして、両手を抱え込むように身じろぎするは、枕のない寝床に首の居心地が悪いのか、私の声に反応して何度も頭を動かしている。

今日はもう、急ぐ仕事もない。彼女は雇い主の不在をいい事に昼寝をしていても、咎められないだけの仕事をしている。それが激務になる事も珍しくはない。出来るなら、このまま寝かせておいてやりたい。おそらく日が傾けば一気に下がる気温に体が強張って、そう長くかからない内に目が覚めるだろう。

だが、それで風邪をひいてしまったら? 仮にも女性なのだから、冷えはもっとよくない。

さて、どうしようか。

上司としての私は、今すぐためらう事なく声を張り上げて彼女を起こし、にこやかに叱責するべきだと言っている。

だが、それとは別にちゃんと存在している上司ではない私が、それを否定してしまう。冬の日差しに誘われて夢を見るを、このまま気が済むまで眠らせておいてやりたいと、そう言っている。今ここで彼女が眠っている事で発生した問題、つまり寒さや体に合わないソファの上である事など、そんな事はどうにでもなるだろうと、上司としての私を揺さぶっている。

きっと、それは今この瞬間に限っては、急ぐ仕事もなくて、日々の働きに対して感謝しているという要素も多分に含まれているはずだ。火急の用があれば、私だってを抱え上げてでも起こしただろう。だが、それが出来ないのは、この暖かい日差しと緩やかな午後のせいだ。

体温を守るように両手を抱え込む、このの細い肩を、乱暴に揺すりたくないのは、そういう理由からだ。

泊り込みの仕事になってしまう事は稀だが、そんな自体を想定しておくのも所長の役目とは言えないだろうか。この事務所には、毛布がある。幸い、毛布の出動回数は少ないから、汚れてもいない。

私はどこかしら現実感のない眩しさと暖かさの中で、棚の奥から毛布を引きずり出す。つるりとした感触が指に心地いい。だが、4枚あったはずの毛布は2枚しかなく、しかもかなり薄手の毛布だった。2枚重ねてようやく暖を取れるくらいだ。枕はない。

やはりどこかで上司の私がわめくが、聞こえていながら理解していないふりをしていた。

皺をつけられないジャケットをハンガーにかけた私は、椅子にかかっているストールを肩に羽織る。2枚重ねた毛布はそっと、けれど隙間のないようにの上へ。硬い音を立てるパンプスを取って、静かに床に揃える。冷えたつま先を毛布の裾にくるんでしまえば、もう風邪の心配はない。

自分でもはっきりと判るほどに無表情のまま、私は毛布に包まれたの肩を抱き起こす。そして、少し疲れた私の体もソファに沈める。その膝に彼女の頭を乗せれば、もう問題は1つもない。

腿にじんわりと伝わるの体温と午後の日差しのせいで、私もつい眠ってしまいそうになる。眼鏡を外して、目を落とした先にあるの髪を、そっと指先で梳く。つと持ち上げれば、はらりと零れ落ちていく髪を私はしばらく撫で梳いていた。

うるさくわめく上司の私は、いつのまにか消えていた。

ただただ静かで暖かい時間に、私はを膝に乗せて、まどろんでいる。疲れや不安や緊張などから解き放たれたの顔は、あまりに無防備で、どこまでも幸せそうだった。それでもきっと、疲れていて眠ってしまったのだろうとは思う。一瞬の暖かさに眠りを誘われただけなのだろうとは、思う。

しかし、この緩やかな午後に癒されたのは、私の方だった。

何も知らずに私の膝の上で眠るの規則正しい寝息に、私の張り詰めた神経も緩んでゆく。

私も一眠りしてしまってもいいだろうか。
目が覚めたらきっと平謝りするだろうには枕を用意するように言おう。
いつまた仕事に忙殺されるとも判らないから、休む事も大事と言おう。

そして、大袈裟にならない程度に、感謝の言葉も付け加えよう。

そうだ、。目が覚めたら、今日は一緒に食事に行こう。
冷えた身体が温まるようなものを食べに行こう。

私は、指に絡まるの髪を見つめる内に、いつしか眠りに落ちていた。

END