《ふるほんフェア開催中!》
帰宅途中、何気なく駅近くにある商業ビルに立ち寄ったは張り紙を目に留めた。やや雑なA4版のポスターは真っ黄色の背景に真っ黒な文字で作成されており、危険な催しのようにも見える。その「ふるほんフェア」なるものは既に始まっているらしく、開催期間は今日を入れて残すところあと3日。
いいなあ、みんなで来たいなあ。
一応は文系サークルの一員であるはポスターの前でそんな事を考えた。開催期間が残り少ないという事でめぼしい物が残っていないという可能性もあるが、このところ外に出る活動らしきものはないので、遠足気分で出かけてみたくなった。
最終日、みんな予定合うかな?
明日になったらさっそく誘ってみよう。そう決めて、は帰宅した。
「どうですか、行きませんか?」
翌日、は決めていた通りにEMCの面々に向かって《ふるほんフェア》の話題を持ちかけた。
「はふるほんフェアやなくて、みんなで遊びに行きたいんやろう」
「そんな事ありませんよ」
「じゃあ、本買ったらそこでバイバイしてもええんやな」
「え、それは……」
望月と織田がちくちくとを突付く。の考えている事などお見通しだとでも言うようにニヤニヤしている。本を買ったらその場で解散でもいいとが言ったらどうするつもりなのだろう。
「俺は行こうかな」
「えっ、本当ですか」
2回生2人に挟まれて小さくなっていたの正面で、江神は吸いさしを揉み潰した。
「ほらあ、部長は行かれるそうですよ?」
今こそ逆襲の時とばかりには2回生2人を交互に見上げた。しかし、その2回生2人に加えて江神の隣に座っていたアリスも返事をしない。の誘いだという事はとりあえず措いておくとしても、江神が行くと言っているのに何か問題でもあるのだろうか。
「それが……バイトが……」
「え、お2人ともですか? まさかアリスも?」
「この間代わってもろた分やから……さすがに」
今日は土曜で、当のがアルバイトを入れてしまっている。明日の日曜ならと思い、全員を誘ってみたのだが懐の寂しい学生が日曜を丸々空けておくのももったいない。と江神に予定がないという方が珍しかったのだ。5人中3人も欠くなら、江神は来ないだろう。は早々に《ふるほんフェア》を諦めた。
「そか、そんなら2人で行こうか」
しかし江神はが椅子からずり落ちてしまうくらいに、さらりと言った。
「でも、みんなダメって……それなら……」
「俺だけやったら不満か」
は、無理を強いる事はないと言いたかったのだが、それを察してか江神は意地悪そうに口元を歪めた。当然不満だなどとは思えないは、無言でぶんぶんとかぶりを振った。
「何か探してるもんがあるなら、代わりに見てこようか」
「本当ですか、じゃあメモしておきますね」
望月、織田、アリスの3人は、それぞれに希望の品をメモに書き込んでいる。それをちらりちらりと眺めながら、江神はにこにこしてに言った。
「明日、10時に駅の改札でええか」
は、今度は縦方向にぶんぶんと頭を振った。
翌日、は遅刻だけはすまいと緊張して眠りに就いたのだが、その緊張のせいで寝過ごした。待ち合わせの時間に間に合わないほど寝坊したわけではなかったが、それでも気持ちだけは十分に焦る。しかも、昨晩決めておいた服が気に入らないような気がしてくる。はますます焦った。
ところどころ修正が入った服を着て、焦るせいで震える手のまま施したメイクのは、駅まで走った。息が上がってぜいぜいと喉を鳴らしながらも、待ち合わせの場所目指して走る。このまま行くと、予定より5分遅れだ。案の定江神は既に待ち合わせ場所に立っており、あくびをする口に手を当てているところだった。
「ごめんな、さい、遅くなり、ました」
「なんや、走ってきたのか」
ダッシュの勢いを残したまま、は江神の前に滑り込んだ。肩で大きく呼吸をしながら、ぺこぺこと頭を下げる。江神はそれを押しとどめて、の背中をそっとさすった。
「全然待ってないから大丈夫、俺もほぼ今来たところやから気にすんな」
江神はそう言うとの背中から手を離し、腕組みをして首を傾げた。
「江神さん……?」
少しずつ呼吸が落ち着いて来ていたは、ふうと1度大きく深呼吸をした。その正面で、江神は腕組みのままニタリと笑い、込み合う駅の改札の中に溶けていってしまうくらい小さな声で、に囁いた。
「まるでデートみたいやな」
ちょっとだけ照れくさそうな江神は、そう言うとすっと手を差し出した。
「いっそ、デートにするか?」
差し出された手を取ればデート、遠慮すればEMCの活動だ。は、真っ赤な顔で手を取る。
「デ、デートで、お、お願いします……」
ぼそぼそと言うの手を、江神はキュッと握り返した。
END