迷い猫探偵

10

翌日。俺は当然の事ながら、も丸1日自主休講とした。

相思相愛になってしもうて、一晩同じベッドで眠って何もなかったか、やって? そりゃあもちろん何もない。ああ、何もないさ。我慢したんや、俺の方が! 確かに獣的なところが残っているのは認めるが、それでもきちんと理性は働いてくれている。言い訳がましいが、疲れてもいたんや。

昼前になって目が覚めた俺たちは、話し足りない事をずっと話していた。

この不思議で不可解な数日の事を、トラの事を、そして、お互いの思う事を。ごろりとベッドの上に横になったまま、顔がくっついてしまいそうなほどの距離でずっと話していた。

だがそのうちに、猫であった時にはすっかり忘れていた事を身体が要求し始めた。煙草や。

「酒の味も忘れてたもんなあ」
「私、買ってきますよ」

いや、自分で行く――と言いかけて気付く。財布がない。それに、財布どころか、着ているものは一応ジーンズにTシャツだが、要は寝巻きや。そして、俺は重大な事に気付く。下宿の鍵が、ない!

「じゃあ、ずっとここにいればいいじゃないですか」

が、いたずらっぽく笑う。ふん、そうしたいのは山々だが、そんな事は言うてやらん。

まあしかし、下宿の鍵なんぞどうにでもなる。着替えの問題もどうにかなるさ。夜中にこそこそ帰ればええ事や。今はそれより、と一緒にいたかった。これまでもずっと一緒に過ごしてきたが、意味合いが違う。とりあえず煙草だの食事だのは、またに世話になるが、今度はちゃんと埋め合わせしてやれる。

が煙草と飯を買いに行っている間、俺はしばらくぶりの風呂に入り、が戻ってからゆっくり一服を楽しむと、2人で携帯を覗き込みながらメールを打った。心配しているという点ではと変わりないEMCの連中に向けて、メッセージを送る。

もちろん、事の顛末を全て詳細に打ち込むのは無理や。それに、そんな事を急に知らせたとしても、トラの事も含め、実際に現場に立ち会うてないあいつらに信じてもらえるとは思うてない。それはいつか、じっくり話してやるしかない。だから、あくまでも簡単に。

「江神さんが、帰って来ました。色々事情があって、今私の部屋にいます」
「それはまずくないか」
「嫌ですか?」
「そうやないが、そんな事知らせたら全員で飛んでくるぞ。それでもええんか?」

は、表情1つ変えずにこっくり頷くと、該当部分を削除した。

「じゃあ――江神さんが、帰って来ました。色々事情があって疲れてるので、また少し休むそうです。でも、元気です。私も少し、休みます。詳しい事は、また月曜日に。これでいいですか?」

そう、都合のいい事に、今日は土曜やった。俺は今日もここに泊まるつもりでいる。

「ちょっと貸してくれ」

EMCの連中を苛めたいわけやないのやが、土日の2日間目一杯混乱してもらうつもりや。ただでさえ信じ難い話が待っているのやから、それに比べれば些細なニュースで正常な判断が出来ないようになっていてもらおう。マリアあたりは逆に喜んでしまうかもしれんが、この際それもいいやろう。

俺はが隣で覗き込んでいる携帯に、カチカチと追伸を打ち込む。

《P.S. 色々事情があって、2人は相思相愛になりました》

慌てて抗議するを無視した俺は、末尾に猫の絵文字をくっつけて、送信した。

「わ、私にも心の準備ってものが!」
「そんなもの、月曜までに済ましとけ。あいつらの方がよっぽど混乱してるぞ」

こんなメールを受け取って、思わず声を上げるほど驚くあいつらの顔が目に浮かぶようや。俺は声を殺して笑い、そして、まだふくれっ面をしているを引き寄せると、しっかり抱き締めた。

もうたっぷりと話をしたはずやのに、それでもあり余る想いは言葉にならない。

この不思議でおかしな数日の間に起こった事全てに、今こうして人間の姿でを抱き締めていられる事に、感謝をしつつ、今日はのんびり過ごそう。下らない事を話して、明日の夜までだらだらしていよう。獣の名残が消えない内に、乙女チックポエムもやっておこう。今夜は我慢しないつもりでもいる。

いつかの仕返し、そして何よりも、相思相愛の証をもう一度――という事で。

END