彼に言わせると、「自己中とまでは言わんが、かなりの気分屋」
彼女に言わせると、「けっこう頭固い。理屈っぽいのは解ってたけど」
付き合い始めてそろそろ半年、彼は不本意ながら彼女に振り回されている。
待ち合わせも食事もキスも、想いの在りかたですらいつも彼女の秤にかけられているような日々の中で、彼はいつも打開策を練っている。どんなふうにして彼女をコントロールしてやろうか。振り回されるのはもうたくさんだ。たまには主導権を握ってみたい事だってある。
今に見てろよ。
そう心に決めてもう2ヶ月。彼は未だに振り回されている。
「ああモチさん……、今日来ないみたいですよ」
哀れみのこもった目でアリスが言うなり、望月は倒れるようにしてベンチに腰を下ろした。お馴染み、学生会館のラウンジである。江神部長をはじめ織田もアリスも顔を出しているが、確か昨晩までは来ると言っていたがいない。しかも、望月はから連絡などもらっていない。
「あいつが持って来い言うから……クソ」
望月は両手に紙袋をぶら下げていた。中身はもちろん本。にまとめて借りたすべての本が詰まっている。突然返せと言われたから持ってきたのに、当の本人は姿を現さないばかりか、連絡もなし。
彼氏なのに。
「がっかりしてるところ申し訳ないんですけど伝言です」
「からか?」
「そうですよ。『うちまで持ってきて』だそうです……ちょ、やめて下さいよ僕が言うたわけやないですよ」
重い荷物を抱えて講義に出て、やっとラウンジにたどり着いたと思ったら運搬命令とは。伝言を伝えただけのアリスに望月は目の前にあったペットボトルで殴りかかった。中身が5分の1ほどしか残っていないペットボトルはアリスの頭に当たってバチャバチャと派手な音を立てる。
「毎度の事ながら同情するわ。乗ってくか?」
織田がバイクの鍵をちらつかせたが、望月は片手を上げて断った。
「いや、ええよ。借りはたくさん作っておくもんや」
目一杯強がっている。江神が吸い込んだ煙草の煙と共に盛大に吹き出した。ばつの悪そうな表情をした望月だったが、部長に吹き出させるだけの事はあると自覚している。
「じゃ、そういう事で……」
再度荷物を抱えてよろよろと歩いていく望月の後姿を、残された3人は静かに見送った。ご愁傷様、である。
望月はのアパートが近付いてきても連絡を入れなかった。突然チャイムを鳴らし、それでが焦ろうが慌てようが知った事じゃない。アリスから受け取った伝言には事前連絡を必要とする旨が含まれていなかった。だから焦ろうが慌てようがそんな事は知らないのだ。
の部屋のドアを前に立ち、チャイムを押す。
応答なし。
もう1度押す。やはり応答なし。おもむろに荷物を降ろし、深呼吸を1つ。望月は格闘ゲームのコマンド入力もかく在るかと言わんばかりの連打でチャイムを鳴らした。30回ほどは鳴らしただろうか、ようやく望月は手を止めた。チャイム30回に応えてか、がちゃりと音を立ててドアがゆっくりと開く。
「おい、……」
「周平、遅いよ!」
EMCの集まりであればは「モチさん」と彼を呼ぶが、江神たちの目がなければ呼び捨てている。
ゆっくりと開いたドアから伸びる手で胸倉を掴まれた望月は、重い荷物と共にの部屋の中に引きずり込まれた。ドアがまたゆっくりと閉じてしまうと、は遅いと言いながら望月に抱きついた。
「遅いて、お前ね」
「どうしてもっと早く来てくれなかったのよ」
「いや、だから……」
理不尽な文句を言うだが、迷子になっていた子供のように望月にしがみついている。状況が見えない。となれば、ここは推理の出番だ。望月はの背中をさする振りをしながら首を伸ばして部屋の中を見渡す。ワンルームのの部屋、小さなテレビの周りにはレンタルビデオ店の貸し出し袋、そしてDVDのケースが2つほど転がっている。
ははあ、なるほど。
「また性懲りもなくホラー映画見たんやな」
苦手だと解っているのに、はホラー映画を借りてしまう事がある。「衝撃のラスト20分」だの「この結末は誰にも予想できない」だのというキャッチコピーに弱いのだ。つまり、後で後悔するのを解っていてホラー映画を借り、恐怖におののいたせいで学校にも来ず、しびれを切らしてアリスに伝言したという事だ。
望月には、たまに思い出しては打ち消す言葉がある。馬鹿な子ほど可愛い。または、手のかかる子ほど可愛い。今のはまさにそんな状態であり、振り回され続けているというのに別れられないのはひとえにそのせいだ。
「しょうがないなまったく……今度は何を見たんや」
望月の細い身体に腕を巻きつけて締め上げているの背中を、何度も撫でてやる。靴も脱がず荷物は玄関に落下したまま、バッグですら肩にかけたままでが満足するのを待つ。思いつきだけで行動しては望月に迷惑をかけ通しのだが、こんな風にすがられると悪い気はしない。
結局、同じ事の繰り返しなのだ。
の気紛れに振り回され、1人になると途端にその現状を打ち破りたくなるくせに、いざ本人を目の当たりにしてしまい、こんな風に甘えられるとどうでもよくなってしまう。そして、には自分しかいないのだと実感しては愛しい気持ちでいっぱいになり、後で後悔する。
それはよく解っているのだが、衝動の前には無に等しい。少し落ち着いてきた様子のの肩に手を置いて、望月は静かに唇を寄せた。は素直に受け入れる。この分では、今日は泊りかもしれないという淡い期待を抱いてしまうのも無理からぬ事かもしれない。
「まだ怖いか?」
「……ちょっとだけ」
こりゃ、お泊り確定やな。望月はもうすっかりお泊りのつもりでの肩を抱き、やっと部屋の中に入った。このところ2人ともレポートだのバイトだので忙しくて、お泊りなどしばらく振りだった。
「もうホラーはやめとけよ。……今日はずっと一緒にいてやるから」
そう、文字通りずっと。当然下心込みではあるのだが、赤の他人ならいざ知らず、付き合っているのだから何も問題はあるまい。やめろとは言ったが、たまにはホラーもいいかもしれない、と望月は思っていた。
「え? それはダメ。今日夜友達来るし、女の子だから19時には帰って」
――がそう言うまでは。
END