やあ、久し振りだね
あ、どうも
ひとりかい？ 珍しいね
いえ、これから来ます。オレが早く着いてしまって
どうだい、先生は
なんとかこなしてるって感じです。出来てるかどうかも怪しいです
まあまあ、まだ半年も経ってないんだから当たり前ですよ
年も近いので教師と教え子という感じもないです
はっはっは、本当だね。じじいにはどっちも同じくらいに感じるよ
ナメられたらダメだし、上から厳しくすればいいというものでもないし
人を導くというのは常にそういう葛藤との戦いだね
そのあたりの覚悟は少し甘かったかもしれません
大丈夫、葉奈ちゃんと一緒に悩んでいったらいい
あの人はそういうの悩まない気がします
どうして？
接してきた人間の数がオレとは桁違いですから
まあ、商店街育ちですからねえ
オレは高校だし、あっちは小学校目指してるし
高校時代の殆どを子守に捧げたなんてよく言うもんなあ
そ、そうですね
ああ、いやいや、そんな意味じゃあないよ、すまないね
いえ、いいんです。これでも一応後悔はしてるんです
だけどそれを罪悪に感じたらいけませんよ
はあ
それも巡り合わせです。誰が強制することでもないんだから
そうなんですけど、可哀想なことしたなと思ってしまって
葉奈ちゃんの高校時代は不幸だったと？
そうは言いませんが、つい、ちゃんと比べてしまって
まあそうですね、ちゃんは半分以上透くんと一緒だったから
本人曰く『暇つぶし』で彼氏がいたこともあったそうですが……
それも葉奈ちゃんの選択で、物事の流れの中の一部ですよ
それはそうなんですが
だけど君を忘れないという選択をした。それが葉奈ちゃんの決断です
……はい
重いのかな？
いえ、それはありません。ただ、それに報いる方法がわかりません
君は生真面目ですね。報いようなんて考える方が水臭いですよ
そうですか？
だってそうでしょう、気楽な楽しい恋人同士はそんなこと考えません
はあ
葉奈ちゃんは君とそういう関係になりたいんじゃないのかな？
そう、なんでしょうか
葉奈ちゃんは君に償いをして欲しくて一緒にいるわけじゃないのでは？
正直、自分ではよくわかりません。何をすればいいのか――
何もしなくていいじゃないですか
えっ
君は何かをしてもらいたくて葉奈ちゃんとお付き合いしてるのかな？
いえ、まさか
そうでしょう。大丈夫、してあげたいことは自ずと生まれ出てきます
呈一さんはあるんですか、その、志津香さんに
そりゃあ掃いて捨てるほどありますよ
それも勝手に生まれてくるものですか
もちろんそうです。理屈じゃありません
例えば……
簡単なところで言えば、旅行とか、宝飾品とか、それこそ、お花とか
プレゼント、ということですか
私には若い体も社会的地位もありませんからね。あるのは退職金だけ
そんな
私にできることで志津香さんに喜んで欲しい、というところかな
志津香さんは何か望んだりとかは――
言って頂きたいんですがね、まだ遠慮があるらしい
親子ですね。ちゃんとそっくり
まったくです。ちゃんも未だに透くんには遠慮がある
おかしな話ですね、もう5年も付き合ってるのに
そう思うでしょう、ね、長谷川くん
はあ
君も葉奈ちゃんに遠慮があるんですよ。いらないものでしょう？
だけどオレの場合は――
そんなもの！ 自分のことだから大袈裟に感じるだけです
そうでしょうか
長谷川くん自身の正直な気持ちで接して欲しいと思ってるはずですよ
そう、ですね
葉奈ちゃんにもそうして欲しいって、思いました？
はい
大変結構。さあほら、グラスが空きましたよ、おかわりしましょう
はい、あの、1杯奢らせて下さい
……いいでしょう、頂きます。では、ワインを
あれ、日本酒じゃなくていいんですか
私が志津香さんにして差し上げられることはもうひとつ、長生きです
それはもちろん……
出来るだけ健康で長生きして年金をたっぷりもらってポックリ逝く
えええ、そんな
それまでの間、一緒に過ごして頂けるだけでいいんですよ
……いえ、それは困ります
はあ？
オレたち若造のためにも長生きしてください、先輩
ははは、参ったな。いやいや、嬉しいことです、ありがとう
じゃあオレもワインを頂きます
何を言ってんだい、若い男が！ はいはい、君は日本酒
えええええええええ