Thanks 1st Anniversary

木暮と

なんとなくアクセサリーとか身に付けるものってイメージはあるけど、それだって好みがあるだろうし、そもそもアクセサリー売ってそうな店って客も店員も女の人しかいないって感じで入りにくい。あのさ、アクセサリーもらって嬉しいなら彼女とか奥さんに贈る専用のアクセサリーショップとか作ってよ。そしたら気楽に買いに行かれるのに……

ついでに、こういう時に頼りになりそうなのが身近に誰もいないと来てる。

この間それとなく欲しい物とかある? って聞いてみたんだけど「気を遣わないでいいよそんなの」って言われちゃったからな……。だけど聞いちゃった以上はプレゼント贈る気なんだって思うだろ、普通。聞かなきゃよかった。

別に面倒くさいとかいうわけじゃないんだけど、どうせなら喜んでもらいたいし、貰って困るものは贈りたくない。一生大事にして欲しいわけじゃないけど一応付き合ってるんだし、少しくらい特別を感じてもらえるものがいい。そう思うのは普通じゃないか? しかしそれもどんなものが「特別」になれるかってのは人それぞれだろ。

人それぞれ……例えば自分だったらどうだろう。……マズい、「気を遣わないでいいよそんなの」だ。

付き合いだしたのは若干勢いだったんだけど、似たもの同士だったんだろうか。ちなみにオレの場合「そんなの」は「自分の誕生日なんか」という意味になる。どうでもいいというわけじゃなくて、そんなことで手を煩わせたくないということなんだけど、も同じなのかな。いやいや、そっち方面で考えると絶対に結論が出ない。考え方を変えよう。

何を貰ったら嬉しい? 別にが選んでくれたものなら何でも。――ってダメだろそれじゃ!!!

そりゃクマちゃんのぬいぐるみを貰っても困るけど、いや……困らないかもしれない。がくれたクマちゃんのぬいぐるみなら枕元に置いて寝る。嘘です、だと思って抱っこして寝ちゃうかもしれない。そうか、困らないんだなオレ……じゃなくて!

勢いで付き合い出した割にオレはのことがかなり好きで、だからプレゼントだってが気に入ってくれるものがいい。それでもっとオレのことを好きになってもらいたい。そういう気持ちがどうしてもあるから、余計に何がいいのかわからなくなる。

……まあその、本当の本音を言えば、もらって一番嬉しいものは「」だ。だけどこれはさすがに同じってわけにいかないだろ。

だけど八方塞がりのオレに残された道は、誰かにアドバイスを仰いで一般論で女の子が喜びそうなものを贈る、くらいしか残されていない。自分でもわがままだなと思うけど、これがどうしても嫌だったんだ。どうしても「手抜き」って感じがして。だからオレは自分史上最も「バカな真似」をしでかした。でも「手抜き」になるよりは恥ずかしい方がマシだ。

「これ……どういう意味?」
「書いてある通り」

の手には誕生日カード。その中にはオレの手書きで「誕生日おめでとう 木暮公延24時間使い放題券」と書いてある。な、バカだろ。

「ええと、公延を1日自由にしていいってこと?」
「そう。なんでも。何か欲しいものがあったらプレゼントするし、何かやって欲しいことがあったらそれでもいいし」

まさに苦肉の策だったわけだけど、は我慢できずに吹き出した。

「気を遣わなくていいなんて言っちゃったから余計に困らせちゃった? ちゃんと言えばよかったね」

……返す言葉もありません。ブチ切れて帰っちゃっても文句言えないような誕生日プレゼントだっていうのに、ああ優しい。付き合い出したのは勢いでも、日々こういう感じなんだ。どんどん好きになっちゃうのも、しょうがないだろ。

「私も公延にプレゼントと思ったらやっぱり悩むよ。ごめんね」
「いやが謝ることないだろ、オレそういうの全然わからなくて」
「しょうがないよ部活忙しいんだし、バイトも出来ないんだし。だから気を遣わなくていいよとか言っちゃったんだよね」

の優しさがグサグサと胸に刺さる。きっと次の誕生日には自分で選んだものを贈ろう、それまで絶対喧嘩なんかしないようにして、嫌われないようにしないと――そんなことをぐるぐる考えてたら、カードを手にしたがちょっと首を傾げてにやりと笑った。

「これ、本当に自由にしていいの?」
「えっ、うん、もちろん」
「じゃあね、プレゼントはね、何かお揃いのものが欲しいな」
「お揃い……おお、なるほどな。そうか、お揃いな……

これは盲点だったなと素直に感心していたら、がすぐ近くまで近寄ってきてた。なんだ?

「あともうひとつ、いいかな」
「いいよ。24時間は使い放題だから」
「ひゃー24時間! どうしよ、何言っても怒らない?」
「だ、大丈夫です」
「ええと、その、誕生日なので、チューとギューして、好きって言って欲しいです……

固まってるオレの目の前ではまた「ヒャー!」とか言いながら身を捩ってる。これって、オレの「本当に欲しいもの」と遠からず、って気がしないか? やっぱり似たもの同士なのかな、オレたち。まだ照れてるの手を引いて、緩く抱き締める。顔を近付けると頬が薄っすらピンクに染まってて可愛い。そっか、オレとチューしてギューすること、それはにとって嬉しいことなのか。知らなかったな。

、誕生日おめでとう」
「あ、ありがと……
「好きです。好き、本当に大好き」

そこまで言ったらもう堪えきれなくなって、泣きそうな顔してるに素早くキスした。そうだね、君が好きだから、こうしてキスしてるのは嬉しい。ギューも「好き」って言ってもらうのも、オレも嬉しいに決まってる。わかってたことだったのにな。自信がなかったよ。

「あの、ありがと……
「これ、24時間以内は何度でも使い放題だから」
「ヒャー!!」

つい調子に乗って耳にキスしたら、または変な声を上げて身を捩った。何度もチューしてギューして好きって言って、それでお揃いのものは何がいいか考えよう。決まったら一緒に買いに行こう。買ったら明日からそれを持ち歩いて、まだ時間はたっぷり残ってるから、が好きな時に何度でもチューしよう。、誕生日おめでとう!

END

三井と

慣れないことしたもんだからモタついて時間がかかった。予定より30分以上遅く到着すると、案の定は見るも無残にしょぼくれてて、普段なら顔見ただけでパッと笑顔になるのに、そんな気力もないらしい。

「遅くなって悪かったな」
「寿が悪いわけじゃないもん」
「まだ時間あるんだからいいだろ。ほらそんなところ座ってないで中に入れ」

オレに追い立てられたは渋々立ち上がってリビングへ向かう。くっつきたいんだろうけど、生憎大荷物で無理。

今日はの誕生日でここはの家――なんだけど、彼女の親は不在。だけどそれをいいことにオレがこっそり上がり込んでるんじゃなくて、公認。てかむしろの相手を頼まれてる。しかし当のは自宅で彼氏と過ごせるのはいいけど、誕生日当日に両親が娘を置いて家を空けることが面白くないようで、またオレが部活終わるまでひとりきりってのが堪えたらしく、不機嫌。

「友達に遊んでーって言っても、彼氏いるんだからいいじゃんとか言われて断られるし」
「そりゃお前、場繋ぎになれって言われて喜ぶ人はいねえだろう」
「だいたい親が誕生日の娘残して出かける? フツー」
「その代わりにオレが来られたんだからいいじゃねえか」
「そうだけど〜」

彼女の両親に付き合ってることが知れてしまったのは割と最近の話だ。オレはあんまり経歴がよろしくないもんで、面倒なことにならなきゃいいけどと思ってた。ところが過去はかなり控えめに、更正後はだいぶ大袈裟に説明がいったらしく、驚くほど好意的に迎えられた上に、の親父さん直々に、自分たちも娘離れをしたいし娘にも親離れの準備を始めてほしいからよろしく頼むと言われてしまった。

なので娘の誕生日に親がふたり揃って不在なのは、わざとだ。

とはいえお泊りは厳禁。どんなに遅くとも日付が変わる頃には家を出るのがルール。また、家の中で一緒に過ごすのは構わないけれど、22時以降は外出をしないこと。これが親父さんから申し付けられた約束だった。

なもんで、本日の誕生日、親はいないしオレは遅くなるしで不貞腐れるの元にケーキやらプレゼントやらを手にやって来たというわけだ。それでも急いだんだが、ホールケーキなんか買ったことないもんだからすっかり遅くなっちまった。

「ほらもう機嫌直せよ、ケーキ、食べるんだろ」
「うん、ありがと……

頭を撫でてやるとぺったりとくっついて来る。これはこれで可愛い彼女なので色々したくなるけれど、これも厳禁。まあそりゃ当たり前か。具体的には何も言われてないけど、お袋さんがいない隙を狙って親父さんは「とこの家にふたりきりでも…………わかってるね?」とまあガッチリ釘を差してきた。何とは言わんがこの家で何かしたらわかってるな? という顔だった。わかってますとも。

それを面白くないと感じることはあるけど、全面拒否されるよりはマシだし、こうしてふたりきりになれるんだから贅沢は言うまい。

「これケーキな。あとこっちはプレゼントと花。誕生日おめでとう」
「うううありがと〜寿がいてくれてよかったよ〜」
「それからこっちは飯な。てかオレ腹減ってんだけどちょっと食べてもいいか」

何しろ部活終わりで走ってケーキ屋と花屋とのお袋さんご指定のデリとかいう店を全部回ってきたんだから、もう限界に近い。ちなみにこれ全部オレが金出して買ってきた――わけはない。オレが買ったのはプレゼントだけ。その他は全部の親が予約しておいてくれたり指示してくれたりして、それをピックアップしてきただけ。

ずいぶん甘い親だなと思うだろ。だけど親子の話をなんとなくまとめると、は子供の頃超体が弱くて、それを親戚に「早死にする」と言われたせいで無駄に過保護にしてきてしまったらしい。結果、現在全くの健康、過保護の習慣だけが残ったというわけだ。

「わー!!! これ! 欲しかったやつ!!」
「って前に言ってただろ」
「うううほんとにありがと〜超嬉しい〜!」

そう言ってまたは抱きついてくる。だけどそこまで。この家にいる以上、滅多なことではキスもしないんだよオレは。

それでもプレゼントと花とケーキと飯ではすっかり機嫌が直った。無駄に過保護に育てられてきたらしいけど、はわがままという程でもないし、オレの話もよく聞いてくれるし、ふたりで長時間過ごしててもまったく疲れない。なので、リミットである0時までオレたちは喋ったりゲームしたりテレビ見たりしてのんびり過ごしてた。

「ねえねえ、今日は泊まってもいいんじゃない?」

予想通り、は0時が近くなるとそんなことを言い出した。

「それはダメだって言ってんだろ。親父さんと約束してんだから」
「泊まってもバレないって」
「そういう問題じゃないだろ。約束は約束」
…………またひとりになるの嫌」

ああつらい。それはわかる。元過保護がいきなり放り出されてるから、たぶん普通の人が感じる以上にはひとりで過ごすことが苦手なはずだ。そばにいてやりたいと思うけど、オレだって一晩中くっついてて何もしないっていうのはキツい。、悪く思うな。オレは目先のイチャコラより信用が欲しい。

「大丈夫、オレが帰ったらすぐに風呂に入って、風呂から出たらそのままベッドに入れ。気付いた時には朝だ」
「寂しい〜」
「頑張れ、オレは一緒にいられないけど、その、これをオレだと思えよ」

包みから顔を出してたプレゼントを引っ掴むとに押し付けた。プレゼントは抱きまくら。やたらと目付きの悪いクマの姿をしてて、それを見たが大笑いして「寿にそっくり!」と喜んで欲しがってた。だから誕生日プレゼントと言っても、迷うことはなかった。

「えー。それじゃあこのクマのこと『ヒサシ』って呼んじゃうからな」
……いいよ」
「えっいいの!?」

ちらりと時計を見れば、あと2分で0時だ。もうお休みの時間で魔法が解ける。の首を引き寄せてキスした。

「オレも今日は一晩中に抱き締められてるんだと思って寝るわ」
「ちょ、そんな、別にそういう意味じゃ」
「ないのか? もし泊まれることになってもそういう意味じゃないってのかよ」

ニヤリと笑って突付いてみると、は真っ赤になって抱きまくらを締め上げた。目付きが悪い茶色のフサフサした「ヒサシ」がひしゃげてる。いいなお前、これからと毎晩一緒なのか。だけどせめてが寂しくないように、よろしく頼むぜ。

「いつかそういう時も来るよ」
「ほんとに……?」
「たぶんな」

0時が過ぎた。もう誕生日は終わり。決意が鈍らないうちに、もう一度だけキスしてギュッと抱き締めた。魔法が解けないことを願ってるのはオレの方だ。だけど約束を破って全部台無しにするくらいなら耐える方を選ぶ。だから代わりを頼んだぞ、いいな「ヒサシ」!

END

清田と

「清田は何用意したの。被ってたら困るな〜」

共通の友人からそんなことを言われたのが、の誕生日の前日の部活に向かう途中の廊下。は明日16になる。そんなことを言ってきた友達はが好きだというブランドのハンドタオルにしたと言って確認をして来た。

……やーばーいー、忘れてたー!!!

……あんた最低」
「いやわざとじゃねえし、やばいどうしよう今から部活なのに」
「終わってから買いに行けば?」
「学校出るの20時過ぎるんだよ」
「あーあ、可哀想」
「なんかいい方法ねえかな」
「そんなこと自分で考えなよ! 誕生日に何かしてあげたいって気持ち、ないのか」

そんなことない、オレがただ単に雑なだけで本当にすっかり忘れてて、だけど「誕プレとかだりー」とか思ってたりは絶対ない。だから今サーッと血の気が引いて真っ青になってるのは、これ、完全に間に合わないし、それってものすごくヤバいんだってことはオレでもわかるし、こういうのってもしかして振られたりする? ……ってことで。

はさ、3回告ってようやく彼女になってくれたからさ、なんつーか、これは本当に危機的状況なわけだよ。だけど友達は呆れてさっさと帰っちゃった。ちくしょう時間ないんだから手伝ってくれたっていいだろよ! 薄情者め!

だけど部活に遅れる訳にはいかないし、部活やってる時は集中してるし、終わったらもう何か買えるような時間じゃなくなってるし、校門を出たところでオレはがっくりと肩を落とした。これはいかん……付き合ってる彼女の誕生日忘れて部活やってたとか海南男バス破局あるあるそのまんまじゃん。それで振られた先輩いたって聞いたことあるよ。

で、帰宅したオレはどうしたらいいかわからなくなってベッドにひっくり返ってジタバタしてる。駅前に24時間のスーパーとかあるけど、スーパーで誕プレとかもっとひどいだろ。スーパーで売ってるのって基本食べ物じゃん。誕生日だからイチゴとか!? 消えてなくなる無難なプレゼントいえーい! っていえーいじゃねえっつうの……! 振られたいのかオレは……

そんな風にひとりでノリツッコミで暴れてたオレは、勢いよく体を起こして起き上がった。イチゴ、いいじゃんそれ。

時間は21時半、財布の中身は何とかなりそう。携帯を掴んでにそれとなーく連絡入れてみる。そっちも大丈夫そう。確認が取れたオレはチャリを引っ張り出して漕ぎ出す。目指せ24時間スーパー!

さてそれから約2時間半、時刻は0時をまわる直前です。オレは予め連絡入れておいたを彼女の自宅の近くの公園に呼び出した。いくら彼女だからって夜中にひとりで出てこいとか、まあその辺は今日だけ勘弁して下さい。どうにもならないこの危機的状況を打破する唯一の方法なのです。オレのためにものためにもどうか大目に見て。

「こんな時間に何」
「早く早く!」
「もう寝たいんだけど!」
「あと7秒!」
「はあ!?」

携帯で時報を聞きながらの手を引いてベンチまで連れて行く。そこに座らせて、ピッピッピッ、ポーン! 0時をお知らせします。

、誕生日おめでとう!」

は口をあんぐり開けてぽかんとしている。なのでオレはそのまま間に置いてあるビニール袋をガサゴソやって、箱を取り出す。いやー、24時間スーパーにはチェーンのケーキ店が入ってましてね。ここ、22時までやってるんですよ。藁にもすがる思いで駆け込んでみたら、また運の良いことに4号のイチゴのデコレーションケーキがポツンとあるじゃないですか。

時間が遅いから名前は入れられなかったけど、「HappyBirthday」って文字がプリントされてるチョコをおまけでつけてもらったし、ロウソクもあるので、はい、点火! てことで、ハッピーバースデートゥーユー! ぼそぼそと歌ったオレはだけど、これを「君のために1ヶ月も前から考えて準備してたんだぜハニー」なんてことは言いたくない。それは自分がかっこつけるために大好きなにつく「嘘」だからだ。

「だけどごめん、実は今日まですっかり忘れてて、もうどうしたらいいかわかんなくなっちゃって、でもオレ時間ないし、よく考えたら明日も部活だし、一緒にいられる時間、あんまりないし、ほんとにすまん。だけどどうしても何かしたかったから」

男たるもの自らの過ちくらい認めないわけにはいかねえからな。と思って頭下げて上げたら、ぼーっとケーキ見下ろしてたが、ロウソクの火も吹き消さないまんま、ポタリと涙を零した。やっぱダメかこれー! いやまあ残らないからな! 普通アクセサリーとかだよな! ホールケーキって結構いい値段すんだけどね! よし、オレが全部食おう!!! もスッと立ち上がって、いよいよオレ放置コースですわ。

と思ったら、ケーキ通り過ぎてが抱きついてきた。え、どうしようなんか風呂あがりのいい匂いすんですけど。

、どう――
「ありがとう、嬉しい、こんなことしてもらったの初めて。信長ありがとう」
「いや、だけどこれ慌てて考えた間に合わせで」
「信長の告白を断ってたのは、部活忙しくて一緒にいられないと思ったから」
「はい?」

はオレの首にかじりついたままぼそぼそと話してる。首とか耳にちょっと息がかかるので非常につらい。

「うちのバスケ部、クリスマスも一緒にいられないんだって聞いてたから、そういうの我慢できる自信がなくて、それで無理だって思ってた。だけど、3回目に好きって言ってくれた時にはもう私も好きで、いいやもう、我慢しよう、好きなんだから我慢しようって、イベントなんか、どうでもいいじゃんて、ずっと、言い聞かせてて、だけど――

言いながらはわーっと泣き出した。背中をよしよしと撫でてやる。時間なくてごめん。それはほんとごめん。

「ほんとは残るものにしたかったんだけど、ごめん」
「平気、プレゼントなんか毎日受け付けてるから平気」
「イチゴ、嫌いじゃなかったか」
「好き。大好き」
……それイチゴのことだよな?」
……どっちでもいいよ」

今日はの誕生日なのに、オレが幸せになってどーすんだよホントに。膝に抱っこしたといっぱいチューしてる間に、ロウソクがボーボー燃えてケーキにボタボタ垂れて、「HappyBirthday」のチョコとクリームにだらだらかかるという大惨事になっていることを、この時のオレはまだ知らない。プレゼント? そりゃまた改めて買いに行きますとも。今度は一緒にな!

END

牧と

いつも申し訳ないと思ってるんだけど、とにかくオレが忙しいのでと会える時間はすごく少ない。部活やってないような同級生なんかに比べたら10分の1くらいなんじゃないかっていうくらい少ない。付き合い始めてしばらくはこの調子だとすぐに振られるかもしれないと半ば諦めてたりもしたんだけど、はあまり気にしていないらしくて、中々会えないから喧嘩もしないし、妙な感じだけど一応仲はいい。

というか学校の外で会える時間が少ないことを気にしているのはオレだけで、はそれでいいんだと言ってくれる。気を遣わせてるんだろうとは思うんだけど、申し訳ないから別れたいとは思わなかった。

だけどさすがにの誕生日に遠征で丸一日不在になったのには参った。

元々行く予定ではあったんだけど、遠征先の都合で1週間ズレた。こっちはズレた先に予定がなかったから、何も問題はなかった。けど、それがの誕生日にぶつかったというわけだ。慌てて部活終わってからの家まで行ってそれを報告した時も、は気にしないでいいと言ってくれたのが後ろめたくて……

というか、付き合って初めての誕生日なんだし、オレは考えぬいた挙句にペンダントを買っていた。えーと、通販になってしまったのは見逃してくれ。時間もないし、女の子のアクセサリー売ってる店なんか入れないし、だけど厳選に厳選を重ねたに似合いそうな可愛らしいペンダントだから、その点だけは。

なのに当日の早朝から翌日の昼頃までオレは泊まりがけで遠征……

朝から晩まで空くとは思ってなかったけど、それでも彼女の誕生日、部活終わってから何時間かだけでも会ってプレゼント渡しておめでとうって言いたかった。あんまり遅くまで連れ回してもマズいから近場だし、どこか入るって言ってもカフェくらいしかないけど、会えないよりはマシだろ。そうやって過ごそうと思ってたのにな――

たぶんもそういう気持ちなんだろうけど、もしこれが自分の立場なら気にしないでいいと言うだろうし、オレが今ガッカリしているほどには重要なことと考えないと思う。だからこれはオレの一方的な気持ちなんだろうけど、誕生日に間に合うように届いたペンダントの箱を見てるとの顔が浮かんで、余計にガッカリするわけだ。

だけどもうどうしようもない。あんまり謝りすぎてもウザいだろうし、は誕生日が土曜だから家族と食事に出ると言っていたし、一応日付が変わった直後におめでとうメッセージを送ったけれど、遠慮を知らないどこかのバカどもが一斉に送ったらしく、によれば誰が一番最初かわからないという。1分くらい待てよ、彼氏いるんだから!!!

このことに気を取られてたとは思わないし、監督も日程がズレて調整がうまくいかなかったからな、と苦笑いしてたし、つまりオレたちは珍しく負けた。の誕生日に一緒にいられない上に負けたなんて、今日は厄日だ。翌日曜も移動の間はみんな腐ってたし、オレは一刻も早くのところに行きたかった。が、海南はそんな負け試合をしてさっさと帰りましょうというチームではない。反省会開始。

オレに限って言えば自分の昨日の失敗だの判断を間違えたところはわかってたし、チーム全体にしてもなんで負けたのかは時間が経てばちゃんと見えてくる。だけどオレだけがわかっててもしょうがないので全員残って反省会と練習とミーティングです。ー!!!

全部終わって学校を出たのは18時。単に日曜で学校がもう閉まるからだ。オレは正門を飛び出て走った。途中に連絡を入れると、近くまで出てきてくれるというのでまた走る。学校に戻ったのは昼過ぎだし、反省会とミーティングの方が長かったから疲れてはいない。元々のところに直行する気でいたからペンダントも持ってるし、残念なのはオレが部活終わりの制服だってことだけだ。

「走ってきたの!?」
「ほんとにごめん」
「まだ言ってるの。気にしないでいいって言ってるのに」

は目を丸くして息が上がってるオレの背中を擦る。あーもう!

「昼過ぎにはこっちに帰ってたんだけど、実は昨日負けて……
「え!? 珍しいねどうしたの、疲れてる? 移動しようか、この辺ファストフードくらいしかないけど」
「いやそうじゃなくて、だから遅れてごめんて話で」

が気遣うようなことを言ってくれるのがグサグサ胸に刺さるので、さっさとペンダントを取り出す。

、これ。誕生日おめでとう」
「わ、ありがとう! てかこれ持ち歩いてたの」
「帰ったら直行するつもりでいたから」
……そんなに必死にならなくてもよかったのに」

これがの気遣いなんだってことはわかってる。そういう優しさなんだと頭ではわかってる。だけど、誕生日当日に一緒にいられなくて申し訳なかったし、少しでも長く一緒にいたかったから急いだんだし、そんな風に困った顔をされるのは正直心外だった。

……迷惑、だったか?」
「え?」
「部活より優先できないのはいつも悪いなと思ってるけど、バスケ第一でもいいって言ったのはだろ」

そういうの気持ちに胡座をかいていることは自覚があるし、だからこそ昨日のことは申し訳ないと思ってるのに。この時のオレは不愉快が顔に出てたと思う。は困った顔のままなんとか笑おうとして、苦笑いになっている。

「だから……第一でいいのに、そんなに必死になることないのにって」
「彼女の誕生日に一緒にいてプレゼントしたいって思っただけだろ」
「それは嬉しいと思ってるよ。だけど、なんか、誕生日がもう二度と来ないみたいな」

言いながらは下を向いてしまった。誕生日が二度と来ない? 何言ってんだお前。

……私の誕生日は来年もまた来るし、その時も紳一と一緒いたいし、来年だけじゃなくて再来年もそうしたいって思ってるし、だけど紳一はものすごい必死で、まるでもう二度と誕生日は一緒に過ごせないみたいな、そんな感じがして……

今度は呆れて物が言えなくてポカンと口を開けたオレは、下を向いてペンダントの箱の角を爪で引っ掻いているを引き寄せて抱き締めた。気持ちは分からないでもないけど、バカか!

「感じがしただけだろ! てか来年もあるからいいとかいう問題かよ」
「私はバスケ優先して欲しいって思ってるだけで」
「優先してる! だけどそれとお前のこととは別だ」
「ごめんなさい……
「謝らなくていいから、オレがお前に何かしたいって思うことくらい受け入れてくれよ」

はペンダントの箱をおずおずと顔の高さまで持ち上げて申し訳なさそうな顔で見上げてくる。今度は何だ。

「じゃあ、開けてもいい?」
「もちろん。まあその、気に入るかどうかわからないけど……
「何だろう、ドキドキする」

ちょっと震えの来てる手で箱を開いたはグッと喉を詰まらせて、直後にふにゃーっと笑み崩れた。オレもやっと肩の荷が下りて全身の緊張が緩む。ひどいセレクトじゃなかったらしい。

……可愛い。ありがとう紳一、嬉しい」

可愛いのはお前の方だと言いかけて、慌てて飲み込む。喜んでくれてオレも嬉しいよ。

「こんな可愛いの、似合うかな」
「似合うと思ったからこれにしたんだよ」
「紳一、これ、付けてくれる?」
「え」

の差し出す細いチェーンのペンダントの金具は繊細で小さくて、対するオレの手はバスケットやってるくらいなので……しかしするりと向けられるうなじには逆らえなくて、オレは集中して金具になんとか爪を引っ掛ける。球技なので爪が伸びていると怪我をしやすいから、だいたい深爪ギリギリ。これはこのの誕生日トラブルの中でも最大の試練だ。

「できた?」
「もうちょい……よし、かかった! いいぞ」
「えへへ、どう?」

くるりと振り返ったの胸元でヘッドがキラリと光って、よく似合う。これにしてよかった。

「選んだオレが言うのもなんだけど、似合うよ。可愛い」
「ほんと!? うわーどうしよう嬉しいずっと付けてたいけど壊しちゃったら嫌だなあ」

ニヤニヤしているをまた引き寄せてギュッと抱き締める。だから、それでいいだろ。

「1年くらいかけて壊せよ。そしたらまた来年似合うのを選んでプレゼントするから」
「う、うん……
「誕生日おめでとう、

だから来年も再来年もその先もずっとずっと、それでいいだろ。

END

神と

「ハッピーバースデー、はいこれプレゼント!」
「ありがとー! 嬉しー! 開けてもいい?」
「あんまり期待しないで」

の誕生日、だけどオレは普通に部活だし、それをサボったりしようものならの方が怒るので、部活終わりでの家まで来たところ。家には親父さんがいるとかで、は家の中から見えない場所にある家の自家用車の中にオレを誘った。なんだかいかがわしい感じもするけど、これならちょっとくらい大きな声で喋っても平気だし、通りすがりの人にも見られない。

「きゃー! 何これほんとに!? 嘘じゃなくて!?」
「この前ヨダレ垂らして見てただろ」
「ちょ、ヨダレなんか垂らしてないけどそんな気分だったのは事実」

はニヤニヤ顔で袋の中からプレゼントを取り出す。少し前に一緒に出かけた時、まさに垂涎て顔で食い入るように見つめていたのでが離れた瞬間に写真撮っておいて、あとで買いに行った「コフレ」とかいうやつだ。よくわからないけど要するに化粧品セットということらしい。店でも店員さんに「プレゼントにしたいんですけど」って言ったら話が早かったし喜んでるし、よかった。

そのコフレのポーチの中からはあれこれ取り出しては、またニヤニヤしてる。ちなみに中に何が入ってるのかはオレは知らない。何やら内容について説明書きのポップが立てかけてあって、カタカナで書いてあるけどもはや英語なのかすらよくわからない。なのでつい横から首を伸ばして一緒に覗きこんだ。

「何が入ってんの?」
「知らないで買ったの?」
「そりゃそうだ。化粧品なんてわかんないよ」
「えーとね、ネイル……マニキュアだね、あとグロス、リップ、フェイスパウダー、これはソリッド……練り香水かな」

小さいポーチの中から小さい化粧品が転がり出てきた。化粧品のケースはキラキラ、の目もキラキラ、今にも食べちゃうんじゃないかってくらい喜んでる。ちょっと高かったけどこれにしてよかった。どれがどれだよなんて言われてもマニキュアくらいしかわかんないけどな。

「ネイルもヌードカラーだし……中身わからないで買った割には普段から使えるものばっかり!」
「へえ」
「んもー、これだから宗一郎モテるんだよなー」
「そんなことないよ……

確かに正直申しましてと付き合いだす前にふたりばかり告白されたことがある。だけどよく知らない相手だったし、基本的に時間がないことを説明したらこっちが驚くくらいあっさり引き下がっちゃって、逆にがっかりしたんだよな。と付き合うことになったのもの方から告白されたからだけど、また同じように時間がないことを説明すると、彼女は「私も忙しいから平気!」と言ってくれたので三度目の正直で付き合うことになったわけだ。

ちなみにの「忙しい」はバイト。なのでごく一部では「格差カプ」とか言われてる。お小遣い生活で悪かったな。

「ほら色が全部派手な色じゃないでしょ。練り香水もすこーし付けるくらいなら全然平気!」
「バレない?」
「柔軟剤だって言う」
「ああそうか」

マニキュアはピンクっぽいベージュ、口紅みたいなのは薄いオレンジ、パウダーは白だけど塗るとほぼ透明になるらしい。確かにこれなら学校につけてきてもバレなさそう。だけどはつけたいけどもったいないとぐねぐねしている。せっかく買ったんだから使って欲しいけど、まあそこは本人に任せる。

「よし、宗一郎と会う時だけ使おう。この匂い大丈夫?」
「うん、平気」
「あーでも香水って肌につくと匂い変わるからな。つけてみよ」

ケースを開けて薬指に少し香水をつけたは、耳の下にちょんちょんと付けて、残りは手首の内側に付けてる。香水ってつける場所決まってんのか。女の子って覚えること多くて大変だな……

「匂い変わった?」
「まだつけたばっかりだからどうかな。時間が経つと体臭と混ざって変わるんだよね」

さらっと言うけど、体臭と混ざって匂いが変わるってちょっとエロい感じがしませんか。そのせいで急にこの車の後部座席でふたりっきりっていう状況にドキドキしてきた。外は暗いし、車の中も暗いし、の携帯のモニタだけが煌々と明るい。

「グロスもつけてみよー。どう?」
「暗くてよくわかんないよ」
「あっ、そうか。どうよー!」

携帯の明かりを顔に向けてはドヤ顔でポーズを取る。確か薄いオレンジだったと思うけど、唇がほんのり赤っぽくなって、ツヤツヤしてて、普段よりぷくっと膨らんでるみたいに見えて、それはなんだかとても――

「うん……おいしそう」
「ファッ!?」

あとこれはさっきの香水なんだろうけど、車内は果物みたいな甘酸っぱい匂いでいっぱいになってて、だから余計においしそう。手から化粧品をボトボト落としたににじり寄ってみる。とりあえず拒否はない。いいのかな、これ。

……さんは、何歳になったんですか」
「じゅ、17さい、です……宗一郎?」
「プレゼント、もうひとつ、どうかな」

返事はなかったけど、がついっと顎を上げたので、寸止めで呟く。

「17歳だから、17回ね」

真っ暗な車内、狭い空間にいい匂いが漂ってる。香水はの匂いと混ざって、少しだけ甘くなったような気がする。オレンジ色のグロスのついたの唇はやっぱりちょっと甘ったるい味がして、3回目あたりでちょっと舐め取ってみた。それでも抵抗しないから、ゆっくりと時間をかけて17回、途中でがぐったりし始めたけどやめなかった。

、誕生日おめでと」
「あ、ありがと……
「プレゼント、気に入ってくれた?」

恥ずかしそうに何度も頷くの唇はグロスがすっかりとれてるのに、熟れた果物みたいにばら色になっていた。とどめにもう一回したいところだけど、17歳で17回と言った手前、今日はこれでおしまい。とろんとしてるをぎゅっと抱き締めてオレはこっそりニヤつく。

オレも誕生日プレゼントもらうなら、これがいいな。これにしてもらおう。

END

藤真と

「どっちがいいかな〜どっちも食べたいな〜!」
「ちょ、それは無理」
「健司の財布の中身くらいわかってるから大丈夫。食べたかったら自腹で行くからいいよ」

今日はの誕生日。職権濫用だと花形に突っつかれたけど、奇跡的に土曜日にぶつかったことだし、奇跡的に練習を早上がりにできたし、上機嫌のと手を繋いで歩いている。の好きなカフェで、好きな飲物と、何か甘いのをご馳走してやる約束になってた。本人はケーキにしようかアイスにしようかパンケーキにしようかパフェにしようかでかれこれ30分くらい悩んでいる。

ちなみに今回はプレゼントはなし。の誕生日が近いのを忘れてて、ペアのブレスレットを買ってしまったばかりだから、今年はお互いやめようという話になってる。学校ではもちろん付けてないけど、こういう時はいつも付けてる。

普段オレが忙しくてデートなんか出来ないからは嬉しそうだし、そういうを見てるとオレも嬉しい。

「食べたらどこか行くか?」
「どこかってうーん、買い物じゃ健司つまんないでしょ。カラオケ? 映画?」
「両方でもいいよ、まだ時間あるんだし」

はますますテンションが上がる。例えばカラオケでも映画でもふたりとも定期圏内だから、の門限をオーバーしなければどっちでもいい。今日はオレもに付き合う気でいるし。普段時間ない分、誕生日くらいわがまま全部聞いてやりたいし。

「ほんとはディズニーランド行きたかったけど我慢してあげよう」
「今日土曜だろ、平日に行かれるようになるまで待ちなよ」
「ああいう行列待つの苦手なんだっけ」

あんなの得意な人なんかいないだろ。オレだってと一緒ならディズニーランド行きたいけど、まあ現実的に考えて無理だ。

「あっ、健司ごめんちょっとコンビニ行っていい?」
「いいよ」
「ごめん! ちょっと待っててね」

町中の狭いコンビニで中はものすごく混んでたから、オレは外で待つことにした。それでなくても女の子が何を買うかも言わずにコンビニ行くと言ってるんだから、黙っててやるのが気遣いってもんだろう。花形にはよくお前はデリカシーがないとか言われるけど、失礼な話だ。とかそんなことを考えながら待ってたオレは、いきなり背中をどつかれて前のめりになってたたらを踏んだ。何だよ一体!?

「よー! 久しぶりじゃん、今日練習ないの!?」
「せ、先輩!? どうしたんですかこんなところで」
「こんなところ、って地元だよ。お前らと違ってマネージャーなんて近所の地元民ばっかりだろうが」

今年卒業していった1年先輩のマネージャーだった。確かちょっと遠い大学に進学したはずだったけど、自宅から通ってるんだろうか? まあ家を出てても土曜だから帰ってきてるのかもしれないしな。というかこの先輩、言葉遣いは悪いし性格もキツいんだけど顔が異様に可愛いのですごくモテてた。その辺は変わらないらしい……なんてことを考えてたら、なんか人が増えた。

「あれ、誰だっけ見たことある」
「いやほら後輩の」
「あー、そうだ、怪我しちゃった子だ!」
「なんだっけフジタじゃなくてフジノじゃなくて」
「藤真です」

知らない顔だけどどうやら翔陽出身のお姉さま方らしい。類は友を呼ぶんだろうか、みんなえらく可愛いけどそれが逆に迫力になってちょっと怖い。はまだかな。ちらりと見てみると、レジ待ちの行列の間で携帯を見てる。

「まだ監督やってるの」
「やってます。なかなか見つからないみたいで、最近はOBにも声かけてるみたいです」
「え、この子監督なの? 選手じゃなくて?」
「私が引退する頃に前の監督具合悪くなっちゃってさ。以来この子が兼任してるんだよね」
「えっ、すごい!」

監督の件だけでなく、先輩たちは今年の翔陽バスケ部、ひいては神奈川の話を聞きたがった。確かに現場を離れちゃうと情報は入ってきにくいよな。学校が遠ければなおさらだろうし。今年も大所帯の男バスの様子を話しながら、オレは大学バスケットの方はどうですか、なんてこっそり探りを入れてみる。それこそ現場の様子が知りたい。

先輩があれこれ話してくれるので真剣に聞いていたら、目の端にちらりとが見えた。コンビニから出てきて少し離れたところに立ってる。だけど、先輩の声がデカいので何が起こってるのかは伝わったらしい。大丈夫、とでも言いたげに手を上げるので、それとなく頷いて返したオレは先輩の話に意識を戻した。

例えば雑誌とか仲の良かった先輩とかから話を聞けないわけじゃない。だけど雑誌の情報はざっくりとしてるし、先輩の話は自分のいるチームから見た様子でしかない。この元先輩マネージャーのように女バスから女子マネージャーという経歴の人だと客観的な話が聞かれるので助かる。よく話を聞いて明日みんなに聞かせてやらないとな。

雑談じゃないから適当に聞き流すわけにいかないし、ちゃんと覚えて帰ろうと思ってたオレは、かなり真剣に耳を傾けてた。今ではバスケットに関わりがないという先輩だったけど見てるところは完璧、知りたいことを全部的確に話してくれた。

てところで、オレの左斜め後ろあたりからの低い声が聞こえてきた。

「あのー、そろそろよろしいですか」
「去年じゃなくて一昨年のインター……おっ?」
「わ、ちょ、
「あまり時間がないので、そろそろ切り上げてもらえますか」
「ん? 健司の友達?」
「え、えーと」
「彼女です。ついでにデート中です。もういいですか」

先輩の友達らしいお姉さんたちは「やべー」って顔してる。だけど、一応先輩なんだし話はバスケの話だし、そういう言い方は……

「え、あんた彼女いたの!? そんなこと一言も……
「じゃ、失礼します」
「わ、おいちょっと待て! 先輩すみません、ありがとうございました!!」

ポカンとしてる元先輩マネージャーとオレの間に割って入ったは、オレの手を掴むとものすごい力で引っ張って歩き出した。またたたらを踏んだオレは首を捻って先輩にお礼を言いつつ、に引きずられていった。

「おいちょっと待て! 何なんだよあの態度は! 一応先輩なんだから――

しばらく歩いたところで掴まれてた手を逆に引いて止まる。つい大声を上げたもんだから通りすぎる人たちにジロジロ見られるし、今度はの手を引いてビルの影に隠れる。はさっきまでの上機嫌から一転、ものすごい不機嫌な顔になってオレを睨んでる。

「お前が大丈夫って感じで手を上げたから――
「それだって限度があるでしょ」
「オレは――は?」
「去年までいたマネージャーさんだってことは知ってる。ひとりのところで捕まった、ってのもわかってる」
「だったら――
「30分!!!」

は指を3本立ててずいっと突き出す。

「いくら先輩だからって、デート中に彼女30分待たせて他の女と喋るか普通!!!」
「30分……? そんなに経ってないだろ」
「時間見てみなよ、待ち合わせの時間、あそこまでの移動時間、現在時刻!」

…………嘘だろ。経ってる。

「10分くらいまではバスケの話してるのが聞こえたからまあいいかと思った。だけどあんたは人待たせてるからこれで、とか言い出しもしないで20分、そういえば先輩あの人どうなったんですかとか自分から話を振りだして30分! 私大概のことは我慢できると思うけど、これは違うと思う! あの先輩にバスケの話聞きたいなら学校に来てもらえばいいじゃん! 卒業生ならいつでも入れるじゃない!」

の意見は概ね正論だ。だけどどうしても先輩に失礼を働いたことが引っかかったままで、つい言い返した。

「だからってあんな風に割り込んでこなくたって……
……じゃあ、何時間待ったら健司は私のこと思い出してくれたの?」
「何時間て大袈裟な」
「大袈裟? 自分のしたこと棚に上げて大袈裟はないでしょ!」
「したこと、ってオレが悪いのかよ!」
「当たり前でしょ!?」

ちょっと声がひっくり返ったは携帯を引っ張りだすと、どこかへ電話をかける。

「あ、もしもし私、。監督の職権濫用で休みのところゴメン。ねえねえ花形」
「花形!?」
「今日私誕生日でデート中なんだけどさ、さっき駅の近くで去年までいた先輩マネージャーに会ってさ」
「おい……
「健司そこで私を放置したまま30分も喋ってて、いい加減にしてよって割って入ったら私が悪いみたいに言われたんだけどどう思う!?」

一気に言い切ったは少し間を置いて携帯をオレの耳に押し付ける。直後、花形の怒鳴り声が炸裂した。

『お前が悪いに決まってんだろバカ!!! あの先輩がお前のこと好きだったの知らないわけじゃないだろうが!』
「ハァ!? 知らねえよそんなこと! 今初めて聞いたわ!!」
『だったらよく覚えとけ! が怒るの当たり前だ! リア充爆発しろ!!!』
「最後僻みじゃねえか!!!」

返事も待たずに切ってに携帯を返す。先輩の件は知らなかったけど、だけど――

……何で花形なんだよ。何であいつに聞くんだよ」
「何で? ……健司が、先輩や花形の話なら聞くからでしょ」

……え?

「花形に代わったって、これは自分たちの問題だからって断るわけじゃなし、私が花形に電話したことを責めるんでしょ」
「お、おい……
「たまーにしか出来ないデートの最中でも、キリの良いところで切り上げようとも思わないんでしょ」

マズい、泣きそう。誕生日なのに。なんでオレ泣かしてんだ? オレが、悪い、よな……

「別にお姫様扱いしてくれなんて言ってないじゃん……バスケより優先してくれとか言ってないじゃん……
「ごめん……
「こういうの重い? デートの最中に他の女と喋ってても我慢しろって言うなら私無理だよそんなの。別れる?」
「えっ!? 嫌だ、それは嫌だ!」

思いっきり疲れたって顔してそんなこと言うものだから、オレは慌てての両手を取って引き寄せる。マズい、頼むから顔そむけるのとかやめてくれ。重くないよ、先輩のことは知らなかったけどほら、ぶっちゃけ先輩は先輩で女の子とは思えてなかったから。それはだけだったから。だから付き合ってんのに! だから好きなのに!

「ごめん、ほんとにごめん、だけど別れるのは嫌だ、のこと好きだから嫌だ」
……今度やったら私花形とデートするからね」
「ごめんなさい!!! もう絶対しません!!! だからそれだけはやめて!!!」

思わずをギュッと抱き締めて喚いてしまった。よくわかった。にどういう思いさせたのかよーくわかった。もし今オレの横でが花形と30分電話してたらオレ花形ボコボコに出来る自信ある。身長20センチ近く違うけど勝てる自信ある。そういうことだ。だから自分が何やったのか、今度こそよくわかった。もう絶対二度と金輪際あんなことしません!!!

END

花形と

「誕生日おめでとう。はいこれ」
「わー、ありがとう! 何だろ、開けていい?」
「いいけど、大したものじゃないぞ」

プレゼントの包みをいそいそと解くは頬がにやつくのを抑えられないらしく、ついでに目尻も下がってて、本当に嬉しそうだ。プレゼントの中身は前に欲しいって言ってたスマホケース。かなりいい値段するし欲しがってたものなんだから「たいしたことない」ってのは嫌味かもしれないけど、他に言いようがなかった。中身を取り出したがパァッと笑顔になる。いやーよかった、気に入ってもらえて。

「嘘、ほんとに!? どうしよう超嬉しい……
「欲しいって言ってただろ」
「だけどこれかなり高いのに……
「金使う時間もないからな、気にするなよ」

そんなわけねーだろ今月超苦しいよ。だけどそういう思いしても気に入ってもらえるものプレゼントしたかったし、欲しいものがわかっててよかった。喜んでもらえてほんとによかった。あんまりがニマニマしてるから、つい調子に乗ってほっぺたに触ってみた。

「気に入った?」
「も、もちろん! てかもう付ける。取り替える」
「壊れた時の予備にでもしとけばいいのに」
「やだよそんなの、ああでも汚しちゃったりしたらどうしよう」
「どうせいつかはダメになるんだから気にするなよ。また買ってやるから」

いやそんな余裕ないだろ何かっこつけてんだ。だけどはまたにやーっと笑ってぺたりとくっついてくる。

「こんなプレゼントもらえるなんて思ってなかったな、ほんとに嬉しい。ありがとう」
「どんなものだと思ってたんだよ」
「いや、何も期待してなかったよ。今日だって時間取れると思ってなかったし」

の誕生日が週末に当たったのもラッキーだった。部活終わってからの家に直行して、普段の行いがいいのですんなり部屋に通されて、階下にの母親がいるけどこうしてベタベタしてられる。いいなコレ、誕生日祝ってるだけなのにオレも得した気分。

「これしか聞いたことなかったから迷わず買っちゃったけど、他に欲しい物とかなかったのか」
「ないよー! てかあっても透に買ってもらおうとか思ってないし……
「買ってもらおうって言うより、貰いたいものとか、そういう意味でもか?」
「あーうん、そうか、そっちね。うーん、あるにはあるけど……して欲しいことというか」

………………何!? いやうん、、心の準備はできてるぞ。いつでもいいよ、今すぐでもいいけどさすがに無理か?

「いやー、だけど怒られそう!」
「怒らないって、言ってみろよ。何だ、して欲しいことって」

照れてキャーキャー言うの頭を撫でると、が顔を近付けてきて、口元に手を当てて耳元で囁いた。

「肩車」

………………はい?

「肩車ってあの肩車?」
「そう」
「なんでまた肩車なんだ」
「3メートル以上の視界ってのはどんなものかと……!」

やや照れているのと楽しいのとでは頬が紅潮してピンク色だ。発想は可愛い。だけどオレの淡い期待は木っ端微塵に砕け散って、今ちょっと真っ白。まあそりゃの部屋だし下には親がいるんだし、本当に期待してたようになるとは思ってなかったけどさ、だけどあまりにも色気がないだろこれは。しかしだなさん、肩車はだな……

「してもいいけど天井に頭打つぞ」
「そうなんだよねえ〜! だけど憧れというか、まあそんな感じでさ」

意外とアホの子だったのかもしれないと思いつつ、そう言いながら目を細めるが可愛くなってしまったオレはつい口を滑らせた。

……天井の高いところなら出来るんじゃないか。そういう場所があればだけど」
「え。マジで」
「あと万が一転倒しても平気なところな」

そんな所があればの話だけどな。

「ある! あるある!」
「は!?」

そのまま引きずり出されたオレは、の家の近くの川の土手に連れて来られた。土手のてっぺんに狭い砂利敷の道があるけど、その両脇は背の高い雑草がびっしり。まあこれなら落下しても怪我しない……か? 正直苦笑いしか出てこないけど、は制服のスカートの下にジャージ履き込んで鼻息が荒いし、まあ誕生日だ、付き合ってやろう。

「ゆっくり上げるけどバランス取って傾かないようにしとけよ」
「あれっ、肩車ってどうやって乗るんだっけ」
「乗らないだろ。オレが頭入れて持ち上げるんだよ」
「ファッ!?」

今気付いたのかこのバカ娘は。だけど今更照れても遅い。の後ろでしゃがんで膝に手をかけるとまた変な声上げてる。自分で言ったんだから我慢しろよ。キスはしたことあるけどその次に肩車が来るカップルなんかオレたちくらいなもんなんだろうな……ちょっと虚しさを感じないでもないけど、の両足の間に頭を突っ込んだオレはしっかりと腿を抱えて立ち上がった。響き渡る悲鳴。

「バカ、静かにしろ! 誰か通りかかったらどうするんだよ!」
「これ見ればわかるって! きゃーすごい!! 空が近いよ!!! 星が見える!」

は約3メートルの世界に大はしゃぎ、キャーキャー騒いで喜んでる……けど、これ担いでる方はキッツい。キツいぞ! 重さは大したことないけどチューの次が肩車だからな! どういう風にキツいのかは察してくれ!! なのでが静かになったところでゆっくり下ろす。

「満足したか?」
……今日、私、誕生日」
「まだ何かあんのか」
「いい?」
「何をだ」
「お、お姫様抱っこ……

言いづらそうにもじもじしてるけど、充分想定内だからなそれ。何も言わずに屈んで肩を差し入れると、また変な悲鳴。

「力入れて掴まれよ。別に重くないけど、ぶら下がられると重く感じるし危ないからな」

持ち上げてしまえば重くない。これは本当。だけど、重量に関わらず抱かれている方がしっかり抱きついて上半身を持ち上げていてくれた方が軽い。お姫様抱っこでくるくる回るなんてのは、ありゃ抱っこされてる方の筋力があるから出来ることだからな。ちゃんと抱きつけと言うと、は照れてまたヒャーとか言ってる。くっつけって意味じゃなくて安全上の理由だっての……。せーの!

「どうですかお姫様」
「すご、すごい、だけどちょっと怖い、さっきよりなんか不安定」
「そりゃお前がしっかり掴まってないからだ。腕と肩の筋力の問題」
「えっそうなの?」
「そうなの」

がきょとんとしてるので、ちょっと顔を近付けてみた。空はすっかり暗くなってて星がちらほら見えてるし、いい感じだと思うんだけど。

「あの、ほんとにありがとう、夢が叶った」
「夢?」
「透と付き合うことになって、もしかしてって思ってた夢が3つあって」
「肩車とお姫様抱っこと、あとひとつは?」
「内緒」
「なんだよそれ」

笑いながら首を伸ばして勝手にキスしたけど、の腕がもっと絡みついてきて、まったく本当にキツいな。3つ目の夢も気なるし、このまま押し倒したいし、だけど肩車にお姫様抱っこが夢だなんていうが可愛いのでオレはこの試練を甘んじて受け入れようと思う。だからというわけではないんだけど、今のうちに言っておきたい。心の準備、しておいて欲しいから。

「3つ目、オレの誕生日の時に教えてくれる?」
「え、だけどそれ私の夢であって透の夢じゃ……
「オレの誕生日じゃ出来ないこと?」
「ううん、出来る、けど……
「楽しみにしてます」

大好きな彼女の誕生日、星空の下でもう一度キスをして、オレはお姫様抱っこのまま強く抱き締めた。ほんとに楽しみにしてるからな。

、誕生日おめでとう」

………………3つ目の夢がジャイアント・スイングだということをオレが知るのは、もう少し先の話です。

END