「あれっ、彩子どうした?」
「夏風邪っていうんでしょうか。今朝連絡が来て」
「晴子ちゃんは?」
「まだ来てないみたいです。なのでどうしたものかと」
引退した木暮が久しぶりに部室に顔を出すと、がひとりぽつんとパイプ椅子に座って携帯をいじっているところだった。は2年生で、彩子が体調を崩した時などに代理で来てくれる。本人も中学の時は彩子と一緒にバスケットをやっていたのだが、怪我でやめている。
「なんだ、彩子もか。今風邪流行ってるな、実はあの赤木も風邪で」
「それほんとに風邪ですか」
「らしいんだよな」
そこへ部室のドアをノックする音が聞こえてきた。木暮が開けると、晴子の友人である藤井が立っていた。
「あれ、藤井さん?」
「あの、晴子、早退したんです。連絡が遅くなってすみません」
「早退?」
「昼ごろなんですが、具合悪くなって、風邪みたいです」
「そうか、赤木も休んでるし、うつっちゃったのかな」
そういう藤井もマスクをしている。ぺこりと頭を下げると、すぐに帰ってしまった。
「本当に流行ってますね。木暮さんは大丈夫ですか」
「今のところ平気だな。家族もなんともないし。は?」
「私もです。言われてみれば今日は休みが多かったです。サボりなのかと思ってました」
そろそろ9月も半ば過ぎだが、このところ残暑が厳しく、しかしなぜか風邪が流行っている。の言うように湘北は真面目に授業に出ない生徒が多いので、ひとりやふたりや3人くらいなら、欠けていてもそれが病欠だとは考えづらい。
「そしたら私ひとりかあ。赤木さんも木暮さんも晴子ちゃんもいないんじゃ、かえって邪魔じゃないですかね」
「そんなことないけど、じゃあ今日はオレも残るよ」
「えっ、大丈夫ですよ、先輩受験でしょ」
「1日くらい平気だよ。今はそんなに遅くまでやらないし、正直、ここにいる方が楽しいからね」
木暮もパイプ椅子を引っ張ってきて、とそんなことを喋り始めた。いわば非常勤マネージャーであるなので、今年の夏のバスケット部の活躍を聞かせてもらったり、最近キャプテンになったばかりの宮城の話をしたり、楽しく喋っていた。――が、一向に部員が来ない。
「おかしいな、今日は全学年何もなかったよな」
「私授業終わってすぐに来ましたけど、誰も来ませんでしたよ」
もう授業が終わって一時間近く経つというのに、部室には誰も来ない。誰に連絡を取ってみようかと話していたら、バタバタと忙しない足音と共にまた部室のドアがノックされた。木暮が開けると、別の運動部の生徒が立っていた。木暮と同学年らしいが、息が上がっている。
「ああよかった、木暮、体育館で流川倒れてるぞ」
「は!?」
「保健室行けって言ってんだけど、聞かないんだよ」
流川とは中学が同じで、バスケット部であったは驚いてがたりと立ち上がった。私物があるので、とりあえず部室の鍵を閉めてと木暮は走りだした。だが、足の怪我で運動部を辞めたは速度が遅い。木暮が気付いて速度を落としてくれたが、ふたりは連絡をくれた生徒に遅れて体育館にやってきた。
「流川大丈夫か!」
「……ウィース」
「ウィースじゃないだろ、顔色悪いぞ」
「流川、風邪ひいてるんじゃないの」
「……センパイ、ウィース」
ただでさえ青白い顔をしている流川はの顔を見るとぺこりと頭を下げ、そのままぐらりと傾いた。何しろデカいので、と木暮のふたりがかりで支えるが、案の定体が熱い。慌ててが手を伸ばして額に触れる。
「流川、相当熱あるよ。今日はもうダメ。練習したかったら休んで早く治しなよ、ね」
「とりあえず保健室行こう。、悪い、手伝ってくれ」
木暮になら流川も大人しく言うことを聞く。ふたりに支えられた流川は保健室送りになった。計ってみると38度を超えていて、自宅へ強制送還された。ホッとしたと木暮だが、なんだか不安になってきた。
「まさかみんな風邪引いてるんじゃないだろうな」
「普段具合が悪くて休む場合は誰に連絡入れるんですか?」
「特に決まってないんだ。適当に同学年に連絡して――」
「じゃあ、誰かがまとめて把握したりはしてないんですね」
の言葉に木暮の顔色も悪くなってきた。部室に戻ったふたりはそれぞれ携帯を出して確認を始めた。
「あっ、三井からメール来てる――やっぱり風邪かよ!」
「三井さんもですか」
「病院行くから帰るって」
「私、彩子に連絡してみますね」
メールなどでは埒が明かないので、は彩子に電話をかけた。しばらくコールした後に彩子が出たが、ひどい鼻声で普段の彩子の快活な声ではなかった。手早く状況を説明すると、彩子はそのまま確認を取った。
「まず、リョータくんも風邪だそうです。それで、ヤッちゃんが一緒に病院行ってるそうですけど、ヤっちゃんもなんか具合悪いらしくて、それから、潮崎くん昨日から休んでて、角田くんは治りかけだそうです」
やはり2年生は彩子に連絡が集中していた。とりあえず3年生と2年生の状況はわかった。彩子と宮城が同じクラスだが他は全員バラバラで、学校全体で流行っているのかそうでないのかよくわからなくなってきた。
「1年生は晴子ちゃんですか?」
「でも、だとしたら晴子ちゃんから早退する前にまとめてどこかに連絡があると思うんだよ」
「ですよねえ。流川みたいなこともあるわけだし。先輩は連絡先知らないんですか」
「それが……うちはそういう繋がりが希薄で」
木暮は苦笑いだが、笑っている場合じゃない。
「朝から休みなら、担任の先生に聞いたらどうでしょう」
「なるほど、そうだな、行こうか」
誰も来ない様子なので、木暮は部室を閉めて鍵をかけた。こうなるとはもう用がないはずなのだが、成り行きと言おうか、木暮の後に黙ってついてきた。確かに行き交う生徒の中にはマスクをかけていたり鼻をグズグズ言わせているのも多い。流行っているのは間違いなさそうなのだが――
「石井は昨日から休み。でも流川は来てたぞ」
「あっ、流川はさっき高熱で保健室に」
「あいつでも風邪引くのか……お前たちも気をつけろよ」
流川と同じクラスの石井は確認が取れた。やっぱり風邪らしい。そのまま1年生の確認を取ってもらうと、桑田は前日に早退本日休み、佐々岡も昨日から休んでいるとのことだった。ふたりはとぼとぼと職員室を出て大きくため息をついた。
「マズいな、全滅だ」
「あれっ、赤毛の桜木くんは?」
「あっ、忘れてた。でもあいつは風邪引かないだろ」
「先生も何も言わなかったし、部室に来てたらどうします?」
「……戻ってみるか」
またふたりで部室に戻ったが、鍵が破壊されていたりする様子もなく、そのまま体育館にも行ってみたが、バスケット部員は誰もいなかった。木暮は桜木の連絡先を知らないというし、打つ手がなくなったふたりは一応部室のドアに本日休みと張り紙をして帰ることにした。
「いくら流行ってるからって、バスケ部が全滅したのはなんででしょうね」
「うーん、オレも顔出したの久しぶりだからよくわからないんだけど」
「赤木さんは?」
「赤木もそのはずだよ。だけどもしバスケ部の中で猛威を振るったんなら、晴子ちゃん経由ってこともある」
「あ、そうか。私は同じクラスの人いないしなあ」
駅までの道を並んで歩きながら、と木暮は首を傾げていた。しかもバスケット部と言えば病気と名のつくものに縁がなさそうなのばかりで、いくら流行り風邪だとしてもこんなに蔓延するものだろうか。
「でも木暮さんは無事でよかったですね。受験生なんだし」
「うーん、今のうちに引いておいて免疫をつけておくという手もあったかな、とか」
「今の風邪が免疫になるんですか。インフルだったら意味ないですよ」
「そうともいう」
引退と非常勤だけが無事という状況が可笑しくなってきてと木暮は笑った。そうやって駅まで歩いてきた時のことだった。目の前を見覚えのある顔が通過した。
「水戸! いいところに! 桜木知らないか」
「あっ、メガネ君! 助かったー!」
木暮が声をかけると同時に水戸はパッと笑顔になって飛び上がった。きょとんとしている木暮に駆け寄ると、水戸は手に持っていたビニール袋を有無を言わさず押し付けて、またにっこりと笑った。
「オレ、バイトでさー! 悪いんだけど花道んところ行ってもらえない?」
「オレたちも桜木探してたんだけど、家にいるのか?」
「あれっ、知らなかった? 風邪でくたばってるよ」
「桜木もか!」
「桜木もかって、最初に風邪引いたのあいつだよ」
バスケット部を風邪で全滅に追いやったのは、なんと桜木だったらしい。まさかの展開でと木暮はポカンとしている。一番風邪に負けそうにないのが風邪を持ち込んだ張本人だったとは。
「桜木だったのか……今バスケ部全滅で大変なんだよ」
「全滅? まあそうかもなあ、花道がやられるくらいだから相当強い菌なんじゃないの」
「それに桜木くんを経由したことでさらに強くなっちゃったんだったりして」
「ははは、メガネ君の彼女面白いこと思いつくねー」
「…………水戸くん、私非常勤マネージャー。何度か会ってるよね」
「あれっ、そうだった? ごめんごめん、じゃ、よろしく!」
そう言って水戸は走って行ってしまった。荷物を押し付けられたふたりはまだ呆然としていたが、連絡先を知らない木暮はもちろん桜木の自宅など最寄り駅すらも知らなくて、途方に暮れた。
「学校に電話してみましょうか。住所とか教えてもらえるかも」
「個人情報だって言ってダメだったら……」
「そこは一応木暮さん副主将だったんだし、まずは木暮さんの担任にあたりましょうよ」
の思惑は的中、木暮の担任から桜木の担任に話をしてもらい、桜木の住所を教えてもらえることができた。やっぱりもうは関係ないはずなのだが、木暮と一緒になって桜木の家に向かった。
「これ、全部食べ物だけどインスタントばっかりですね。そっちは何ですか?」
「ジュースとか栄養剤とか、あ、風邪薬も入ってる」
「ご家族、いらっしゃらないんでしょうか」
「……そういうことも、何も知らないんだよな」
ふたりは住所を頼りに桜木の自宅と思しきアパートまでどうにか辿り着いた。
「あっ、いけない。木暮さん、これ、マスクどうぞ」
「うわ、ありがとう、助かるよ」
何しろ赤木や流川まで倒し、バスケット部を全滅に追いやったウィルスがドアの向こうにいるのである。はバッグの中に常備してあったマスクを木暮に差し出し、自分でもかけた。恐る恐るノックをしてみると、奥の方から桜木のものらしきうめき声が聞こえてきた。
だが、応対に出るつもりはないらしい。そこで木暮がドアに手をかけてみると、鍵がかかっておらず、軋みながら開いた。薄暗い玄関の向こうに、これまた薄暗い部屋があり、さらにその奥らしき場所からまたうめき声が聞こえてきた。と木暮はなんだか猛獣の巣に入り込む気分だった。
「桜木、いるか。木暮だけど、水戸から色々預かってきた」
「メーガーネー君ー」
「おお、桜木だ。生きてるみたいだな」
「い、行きましょうか」
思わず木暮のシャツを掴んだに、木暮も背中に手を回してやり、こわごわ足を踏み入れた。足音を立てないように進んでいくと、二間ある部屋の奥に、まさに手負いの獣状態の桜木が転がっていた。
「桜木、大丈夫か、ひどいな」
「メガネ君、メガネ曇ってるぞ」
「病院とか行ったか? 熱は?」
普段どれだけ叩いても壊れないような桜木だが、顔色も悪く、だるそうにじっと横たわっている。木暮が声をかけているので、は水戸から預かったものを解いて冷蔵庫にしまったり、テーブルの上に並べたりしていた。そこから風邪薬とスポーツドリンクだけ取って、木暮の隣に膝をつく。
「桜木くん、ご飯食べた? 食欲ある? 薬、飲めそうかな」
「…………誰だ? メガネ君の彼女?」
水戸に続いてのことなので、はかくりと俯いた。だが、そんなことしている場合じゃない。
「彩子の代理だよ。どう、食べられそう?」
「、まず水分だけ取らせてみよう。顔がカサカサしてる」
木暮はの手からペットボトルを取り上げると、キャップを捻って外し、桜木の口に突っ込んだ。すると、500mlのペットボトルは逆さにして流したかのようにサーッとなくなってしまった。空になったペットボトルを掴んだまま様子を見ていたが、戻ってくる気配はない。
「……食べられそうだな」
「なんかあるもの適当に入れちゃいましょうか」
「よし、そうしよう」
水分が入ったことで少し楽になったのか、桜木は深く息を吐いて寝返りを打った。それをちらちらと見つつ、木暮とは水戸物資の中から体に逆らいそうにないものを探して、また桜木の枕元に戻ってきた。内容はゼリーと豆腐そうめんとカップスープとふがし。水戸の基準がよくわからない。
だが、それらをそっと桜木の口元に近付けてみると、餌に食いつく魚のようにパクッと口に入れた。最初はビクビクしながら口に放り込んでいたと木暮だが、ちょっと面白くなってきたので、食べられそうなものをどんどん与えてみた。
「けっこう食べたな。薬入れてみるか」
「錠剤だから、入れた後にまたペットボトル突っ込みましょうか」
が「あーん」と言うと、桜木の口がパカッと開く。はジンベエザメみたいと言いながら薬を落とし、笑いを堪えながら木暮がペットボトルを突っ込む。桜木は薬も難なく飲み干した。
色々食べたり飲んだりしたが桜木は半分眠っているようだし、そこで少し様子を見てみることにして、と木暮は桜木家の居間に腰を下ろした。マスクは外せないので何も食べたり飲んだりはできないが、とりあえずここが終われば全て片付きそうなのでホッとしている。
「やっぱり赤木さんは晴子ちゃん経由でしたね」
「だからオレは無事だったんだな。水戸もなんともなかったし、やっぱり部活中にばら撒いたんだろうな」
「最初の宿主が一番やられてますね」
「宿主って。なんか正体不明の殺人ウィルスみたいだな」
「桜木くんをここまで弱らせるんだから、そうかなーって」
また雑談するしかないふたりはぼそぼそと喋っていた。木暮のメガネは曇りっぱなしだし、桜木が寝ている手前、大声は出せないし、だけどこのバスケット部壊滅事件は感染源を突き止めたところで終わろうとしていて、それもちょっと面白かった。
「メガネ君、か?」
「お、目が覚めたか。どうだ桜木」
木暮が枕元に寄っていくと、桜木はだるそうながらもしっかりと目を覚ましていて、きょとんとした顔をしていた。どうやら今朝からろくに食事を取っていなかったらしく、脱水状態にあったようだ。水戸物資の中のスポーツドリンクやらジュースやらを枕元に並べてやって、木暮とは桜木のアパートを後にした。
「お疲れ。なんだか大騒ぎになっちゃって悪かったな」
「いえ、ちょっと楽しかったので平気です。木暮さんこそお疲れ様でした」
「歩きまわったから腹減ったなあ。、奢るからちょっと寄って行かないか」
木暮は駅前のファストフードを指さした。
「えっ、おごるなんて、大丈夫ですよ、先輩バイトもしてないのに悪いです」
「いいからいいから。後輩なんだからこういう時は素直におごられなさい」
「……はーい」
は面白くなさそうな顔をしつつも、素直に着いてくる。腹は減っていないというので、木暮だけハンバーガーのセットを頼み、にはアイスクリームを買ってくれた。最初は喜んで食べていただったが、ふと思い出して眉を下げた。
「それにしても、私って印象薄いんですね」
「そんなこと……水戸は部員じゃないし、桜木は普通とはちょっと違うんだし」
「いえその、実は、三井さんにも覚えられてません」
「えっ、えーと、ほら、あいつが復帰してからはそんなに来てないだろ」
「夏休み、彩子が法事で3日空けた時も来てるんですけどね」
「あー、うん、そうか。…………すまん、ほんとすまん」
返事のしようがなくなって、木暮はポテト片手にがくりと頭を下げた。
「木暮さんが謝ることじゃないですよう。別に顔と名前覚えてもらってどうのってことはないんですけどね、さすがに『誰?』って言われるのは悲しいなあーと」
そりゃそうだ。しかも部員でもないのにヘルプに来てくれているというのに。だからといって、失礼だから覚えろと強制するのもおかしい。そんなことをしても桜木あたりは記憶しないだろう。だけど自分だったらそんなヘルプなんか行きたくなくなる。木暮はのように眉を下げた。
「……も入部したらよかったのに」
「まさか。去年まではマネージャーなんてひとりで充分だったじゃないですか」
「そうかもしれないけど、オレはにいて欲しかったよ」
今日は散々世話になったし、がマネージャーだったらもちろん大事な仲間になっただろうと言いたかったのだが、ちょっと言葉の組み合わせを間違えた。言ってから木暮もも、ぶわっと顔が赤くなる。そんなつもりで言ったわけではない。言ったわけではないのだが――
「いやその、へ、変な意味じゃなくて、つまり」
「大丈夫です、わかってます、私が変なこと言ったのでごめんなさい」
「そんなことないよ、いつも助けてもらってるのに、こんな――」
お互い取り繕うほどに収拾がつかなくなる。それに、そんなつもりはなかったけれど、それが嫌なわけじゃない。むしろ、それでもいいような気がしてきた。だって今日、なんだか楽しかった。しかも、何をするんでも擦れ合うことなく協力し合えた。うまくやれそうな気もする。
木暮はを、は木暮を、改めてひとりの人として考えてみる。
「、、なんか勢いみたいでアレなんだけど」
「いえ、平気です。私もそう思ってました」
「いいの?」
「はい」
木暮は手を伸ばし、テーブルの上にあったの手を取る。も手を返して指を絡めた。
「吊り橋効果だったらどうしようか」
「吊り橋になるほどドキドキしました?」
「……してないか」
「だけどちょっとぞくぞくしますね」
「ははは、ドキドキじゃなくてぞくぞく――え!?」
の手をそっと握りしめたまま、木暮は驚いて声がひっくり返った。
結果として、木暮を除いたバスケット部全員と、そして部員たちの家族数名に襲いかかった、通称「桜木ウィルス」は、一週間以上かかってようやく落ち着いた。通常であればウィルスをまき散らした桜木が総攻撃に合うところだが、当人が4キロも痩せて戻ってきたことで、あまり謗りを受けずに済んだ。
また一方で、このパンデミック騒ぎの最中に非常勤のと木暮が急に付き合いだしたので、この「桜木ウィルス」は別名「キューピッドウィルス」とも呼ばれ、そのせいもあって桜木へのお咎めはなかった。
一番最後に発症したは、つまり彩子経由ですでに感染していたらしい。ぞくぞくすると言い出してからものの数時間で発熱し、丸々3日間は起き上がれなかった。とは言え一応付き合いたてホヤホヤであった木暮はその間毎日の元へ顔を出していた。が、結局彼は感染しなかった。
そんなわけで木暮の方は赤木をも倒した「桜木ウィルスの抗体持ち」として風邪・インフルエンザ回避にご利益があるという噂が流行。受験シーズンが近付くに連れて、同級生からベタベタ触られるようになった。
「なんかあんまり気分よくないです」
「やめろって言ってるんだけど、勝手に触ってくるんだよ」
この際だから一緒にマネージャーをどうかと彩子に誘われただったが、断った。その代わり一念発起して木暮と同じ大学を目指して勉強を始めた。湘北は大学受験自体が一般的な高校ではないので、早めに準備を始めるのに越したことはない。
冬休みに入り、一応勉強しつつ家デートのふたりは、木暮の部屋で寄り添っている。
「じゃ、私も勝手に触ります」
「それはどうぞ、いつでも好きな時に」
木暮が不敵に微笑むので、はするりと抱きつき、そのままチュッとキスした。
「さっき、ちゃんとうがい、しましたからね」
抗体持ちでも、ぞくぞくしては困るので。木暮は笑って、また静かに唇を寄せた。
END