ディーヴァ

夏休みも残すところあと僅かなある週末、は藤真からメールを受け取った。

インターハイ第一試合の後、の連絡先を知りたがった藤真は、の「送られてきたメールは全部公ちゃんに見せる」という条件をあっさり飲み込み、メールアドレスだけを手に入れていた。以降特に連絡はなかったのだが、突然メールが届いた。少し妙な内容だった。

「今年の文化祭で後輩がに協力して欲しいって言うんだけど、近いうちに会えない?」

会えるわけがないだろう馬鹿か、という内容を出来るだけソフトに変換して返信した。すぐに返ってくる。

「オレだけじゃなくて今の翔陽3年もいるよ。木暮がいてもいいんだけど」

その挑戦的な態度に挑んでみたくなってしまったはこの時点で負けていたのかもしれない。藤真への返事は一旦保留し、公延に連絡を取った。そして相談の上、は藤真にOKの返事をした。場所は本年度湘北1学期の期末対策で使ったファストフード店である。

「友達を連れて行きます。それでもよければ」

そうメールに付け加えて。

そして数日後、は先に到着していた翔陽生と藤真の前に現れた。テーブル脇で仁王立ちである。

「先日はどーも、ご無沙汰してます」
「なんだ。誰かと思えばホケツくんじゃないか」
「花道、監督な」

の背後には、桜木と水戸が構えて立っていた。考え得る限り最強の護衛といえるだろう。

、やるね」
「そりゃあ相手が先輩なので」

さすがに藤真は動じない。が、前髪に隠れている額に青筋が見えている気がするのはの気のせいではあるまい。公延や宮城、彩子までは想定の範囲内だったが、桜木とその仲間とは。桜木はだいぶ角が取れてきたが、水戸は何も変わらない。リーゼントも下ろしていない。翔陽くんたちは顔が少し青い。

「まあいいよ、今日はそんな話をしに来たんじゃないんだ」
「そんな話の方が聞き捨てなりませんけど、聞きましょうか」
「んじゃちゃん、オレら隣にいるから」

に年をごまかしているのかと評された水戸は桜木を追い立てて隣のテーブルに着いた。話には関わらなくていいなら護衛はいつでも引き受ける。これが依頼を受けた水戸の返事だった。が面倒を見るようになって以来、桜木が赤点を出さないことへの彼なりの感謝だったのだろう。

「それで、なんですか」
、今年の文化祭どうするんだ」
「どうするって何をですか。3年だし、文化祭の準備すら始まってませんよ」
「文化祭ってか、後夜祭だよ。何かやるのか」

は頬が引きつるのを感じていた。そういえばこの藤真はのステージを見ている。さらに、翔陽であればアナソフィアが文化系行事に注力している校風だと知れている。3年生でも文化祭を手抜き出来ないのがアナソフィアだ。

「特に予定はありませんけど」
「それならこいつらに協力してやってくれないか」
「へ?」

藤真が連れてきた後輩4人がぺこりと頭を下げた。うちふたりはなんと双子だ。

藤真の説明によると、彼らは軽音楽部の3年だという。4人はアナソフィアの軽音楽部からステージの依頼を受けたのだと説明した。後夜祭のステージで演奏してくれないかという依頼だったそうだ。藤真の後を引き取り、双子が交互に話し出す。同じ顔をしているが、積極的な方とそうでない方に分かれている。

「アナソフィアの軽音楽部は今全部で3人しかいないらしいんだ」
「その上キーボードふたりにボーカルひとりという状況で」
「最初はコラボしてくれないかって話だったんだけど」

アナソフィア軽音楽部の窮状はも知っている。キーボードのひとりが同じクラスだ。途中退部が相次いだせいで部員数が3人まで落ち込み、来年度に部員が5人まで戻らなければ廃部である。残念なことにアナソフィアで通電した楽器が好きという生徒は少ないし、校風を考えると軽音楽は活動しづらい環境にある。

「ちょっとコラボ出来そうな状態でもなくて」

横から口を挟んだ藤真の説明によると、双子は親が本職で、自身も「本気で」バンドをやっている人間なのだという。は胡散臭さを感じずにはいられなかったのだが、とりあえず黙って話を聞いておく。そういう話なら、ちょっとコラボ出来ないのは技術的なことが理由だろうと言うのは察しがつく。

「申し訳ないけどバックバンドなら他を当たってくれと言ったんだ」
「そしたらステージをやってくれるのでもいいっていうんだけど、たぶん許可が下りないよね」

はピンと来たが、まだ黙っている。アナソフィア軽音楽部の気持ちはわかるが、おそらく翔陽単体でのステージは認められないだろう。「部活同士の交流」という建前から大きく逸脱してしまう。後が続かない双子を見ながら、また藤真が口を挟む。

「それに、やっぱりこいつらものステージ、見てたみたいで」
「やっぱりそういうことですか」
「君なら歌えるし踊れるし、アナソフィアでも人望があるし」

アナソフィア軽音楽部は非常におとなしい。レディー・ガガを歌って踊ったが燃え盛る炎なら、彼女たちは春のそよ風というくらいおとなしい。それに、もっともらしくことの経緯に乗せてはいるが、はなからを狙っていたのだろう。実のところアナソフィア内でもに後夜祭でまたステージをというリクエストが絶えない。

「君を借りたいんだと言ったら彼女たちも快諾してくれたし」
「藤真先輩がよく知ってるっていうんでお願いしたんだ」

これはさすがに嘘だ。まずアナソフィア軽音楽部は頷くしかなかったはずだ。昨年まで藤真が翔陽ヒエラルキーの頂点に君臨していたように、アナソフィアではがその位置にいる。それを出されては嫌とは言えない。おそらくささやかな下心もあってステージの依頼をしたのだろうが、翔陽軽音楽部の方がうわ手だった。

さらにこの件を受けて藤真に頼んだというのも嘘だ。かなり前からこのことは計画されていたようには感じた。でなければ公延に見せてもいいなどという条件でメールアドレスを交換するはずがなかったのだ。

表情を変えないようにしながら、は頭をフル回転させる。

ここで話を断るのは簡単だが、にステージを望む声が多いのは事実だし、どちらにせよ後夜祭をが欠席しない限り、軽音楽部の4人とは再会することになるだろう。受験を控えた文化祭なのだから、あまり面倒は起こしたくない。

その上、は藤真の真意を測りかねていた。見た目に反して男気のある人間だということは知っているが、が絡んでいるのだとしても、関係ない部活の後輩にまでこんな斡旋をしてやる意図が見えない。藤真が得をすることなどひとつもないのだ。

は迷った。翔陽軽音楽部の、わけてもこの双子には不信感を感じないではなかったが、上手く利用すればにステージをせがむ友人たちにもっと楽しんでもらえるかもしれないという思いも頭をよぎる。

具体的な説明を求めたに、双子の片割れが携帯で予餞会の動画を見せてくれた。異様に上手かった。

「え、あんたたち何者?」
「そりゃ君も同じだろ」

双子の片割れは携帯を受け取るとにんまりと笑った。動画の中でドラムを叩いていた彼が中心のバンドらしい。動画を見る限りでは、もう片方の双子はキーボード、残るふたりがギターとベース兼ボーカル。聞けばドラムはローディ先が既に決まっているというし、他の3人も有名な音楽専門学校へ進学するのだという。

アナソフィア軽音楽部が相手にされないわけだ。

はまた考え込む。先ほど、双子の片割れがのことを「君なら歌えるし踊れるし」と言った。つまりの黒歴史であるレディー・ガガものまねを前提においているわけだ。カチャカチャとの頭の中でピースが組み合わさっていく。

「結局、私に何をして欲しいの?」
「だから、コラボだよ。一緒に歌って欲しい。それなら許可も下りる」

はちらりと藤真の顔を見る。相変わらず整った顔で取り澄ましている。の視線に気付くと顔を上げ、目元だけでやわらかく笑って見せる。は呆れた。これではどんな女もコロリと騙されるだろう。だが、はその優しい笑顔のきれいな目の奥には何かが隠されているような気がしてならない。

「受験もあるだろうけど、どうかな、協力してやってくれないかな」

いい先輩らしいことを言っているが、どうにもその裏が読めない。読めないが、どうあがいても藤真は文化祭には入れないし、逆に公延なら後夜祭直前まで入れる。そもそもはアナソフィアの文化祭なのだし、危険は少ないように感じる。には別の思惑もあった。

「先輩、あなたのためじゃないですからね」

は真剣だ。

「もちろん、オレだって可愛い後輩のためだよ」

これも嘘だろうとは感じた。

「わかりました。協力します」
「ありがとう! いいステージにしよう」

ドラム担当の双子の片割れが藤真によく似た笑顔で手を差し出してきた。はこいつが今の翔陽の頂点だなと直感で気付いた。手を取りたくないが躊躇っていると、その手を横から伸びてきた手が押し戻した。

「はいそこまでー。連絡は藤真くんを通してで頼むよ」

水戸だった。彼もまた藤真たちのような作られた笑顔を顔に貼り付けている。水戸を見上げたの腕を桜木が取って立ち上がらせる。軽音楽部員たちはまた少し怯んでいたが、藤真は頬杖で笑顔だ。何も変わらない柔和な笑顔だが、と水戸にはそれがよく研がれて輝く刃物のように見える。

は守ってくれる男がいっぱいいていいね」
……私じゃなくて、公ちゃんの人徳です」
「湘北バスケ部のサンバイザーだからな」
「花道、スーパーバイザーな」

桜木が鼻息荒く言い、水戸は静かに突っ込んだ。はじゃあ、とだけ言ってその場を後にした。

「せんぱーい、なんなんすかあのヤンキー」
「気にするな、どうせ外でだけの話だから。アナソフィアにあんなのはいない。それより頼むぞ、あれ」
「いえまあ先輩の頼みですから先輩はいいんですけど……
「ほんのお遊びだよ、ちょっとスリルがあるだけの、な」

藤真は後輩たちを横目に頬杖のままにんまりと笑った。

後日、2学期が始まってすぐに翔陽軽音楽部3年生の4人はアナソフィア高等部の小体育館に呼び出された。

「ええと、さん、これは一体」
「私ひとりで参加するとは一言も言ってないじゃない」

アナソフィアヒエラルキーの頂点に立つは、桜木と水戸に代わりアナソフィアの精鋭を背後に従えて腕組みである。それぞれ楽器などを抱えて楽しそうにやって来た4人は、十数人のアナソフィア女子に対峙して萎縮している。ボウリングのピンと同じフォーメーションである。

「そもそも私は有志の余興で彼女たちと歌って踊って、それがウケたってだけの話だからね」
「え、この人数で踊るの?」
「まさか。ダンス部選抜8人、合唱部選抜3人、演劇部から助っ人5人の、計16人、よろしく」

は細かい事情は伏せ、アナソフィア軽音楽部をコケにした翔陽4人とふれ回っておいた。おかげで文化部精鋭の16人は臨戦態勢である。特にダンス部は文化部扱いながら、実際はハードな練習と厳しい縦社会としてアナソフィア内では有名だ。きれいどころも多いが基本的に怖い。

「さてじゃあ打ち合わせしましょうか」

にっこり笑ったに、双子の片割れでドラムで部長の西村兄もにっこり笑って見せた。翔陽軽音楽部代表はその西村兄に加えて、キーボードの西村弟、ベース兼ボーカルの北島、ギターの山田の計4人。西村兄に比べると他の3人はビビっているようだが、は構わず打ち合わせを続けた。

途中、アナソフィア名物の元演劇部部長、緒方による厳しい指摘など挟みつつ、2時間以上に及んだ打ち合わせは終了した。そもそもはの黒歴史が発端なので、セットリストはガガを含む5曲。基本的にバンドサウンド、踊れるないしは元々振り付けがあるという選曲。ダンス部は大いにテンションが上がった。

その後、翔陽彼氏持ちのアナソフィア3年生による調査が行なわれ、の読み通り藤真卒業後はドラムの西村兄がトップオブ翔陽を引き継いでいるらしいことがわかった。顔がよく自信家で人望もあるところは同じだが、藤真に比べると万事控えめで大人しいと聞かされたは、それが心にちくりと引っかかった。

確かに自信はありそうだったが、それはあくまでもドラムの腕であって、他のことはそれほど意識過剰になっているようにも見えなかった。それならばなぜこんなことになっている? は脳裏にちらちらとよぎる藤真の笑顔に不安を感じつつ、ダンス部と練習を始めた。

、ステージ出来ることになってありがたいんだけど、大丈夫なん?」

ダンス部の部長である岡崎が練習の合間にこそこそと話しかけてきた。翔陽男子が彼女にしたいアナソフィア女子の筆頭がなら、次点がこの岡崎である。彼女はダンスの専門学校へ進学する。夢はテーマパークのダンサーだと言うが、顔が怖いので向かないのではともっぱらの評判である。

ダンス部は文化祭では伝統的に発表の場がない。講堂は両日とも午前中に吹奏楽部、午後に演劇部が中高と使う。こちらは県常連で全国経験もあるので仕方ない。今練習に使っている小体育館も合唱部とデジタルアート部が使う。体育館は展示。総勢60人のダンス部は外くらいしか残っていないのだ。

「平気平気、文化祭でダンス部になんかやって欲しいなーと思ってたからさ」
「そりゃ嬉しいけど……あの部長なんか気持ち悪い」
「岡崎ちゃんいい勘してるね」
「本当に何もない? って学校の外のこと話さないからさあ」

話せる内容でもないしな、とは遠い目をした。

「でも、そうか、はステージやることになってよかったのか。今年で最後だもんね」
「そりゃ岡崎ちゃんも同じだよ。あと古川に川瀬姫、みんなステージにいた方がいい」
「なるほどね、策士だな」

古川は元演劇部の看板女優、川瀬は元合唱部の部長である。どちらも可憐で美しいが、や岡崎と同様、翔陽男子に興味がない。何もすることがなくてふらふらしているとあっという間に囲まれてしまうので、彼女たちをステージ、バックステージに置いておくのはその点でも都合がいい。

はなんで翔陽男子興味ないんだっけ、彼氏いるんだったっけ?」
「うん。ここだけの話でたのんます」
「翔陽……じゃあないんだよね」
「1コ上だからもう卒業しちゃったけど、湘北」
…………そりゃまた」
「岡崎ちゃんのその顔好きだわー」

岡崎は点と線で出来たような表情になった。大多数のアナソフィア女子にとって湘北程度では洟も引っ掛けられない。こんな狭い世界で翔陽男子だけに執着しているよりいいのではないかとは思うが、アナソフィアの風潮としてこういった傾向は根強い。

「でもなんか、アレ? 確かさ、去年噂になってなかった?」

ほぼ1年前、一緒に案内係をしていたぼんやり娘が藤真のことをもらしたせいで、はそのもみ消しに奔走する羽目になっていた。当時はまだ2年生だったせいもあって、藤真狙いだった3年生の先輩方にも手を焼いた。もちろん藤真は誰ひとりとして相手にしなかったからだ。

「あれは彼氏の知り合いで……今日の西村兄の数倍たちの悪い悪魔というか」
お主も因果な女よのう」

岡崎はニタニタしながらの肩を抱いた。本人は老け専なので翔陽男子に興味がない。翔陽でも同じことだろうが、ターゲットにされる生徒ほど相手がいたり興味がなかったりするものだ。積極的にアプローチをしかけるもの同士でやっていればいいのにと誰もが思うが、彼ら彼女らはあくまでも頂上を狙う。実にタフだ。

ダンスの練習と平行して、西村弟から送られてきた仮音源を元に元合唱部も練習を開始。元部長の川瀬は小柄で日本人形のような美少女だが、3オクターヴ半の音域を持つ歌姫である。

さらに引退してしまって時間のある元演劇部助っ人5人により元美術部まで駆り出してのステージ製作も開始した。楽器が入る都合上、大掛かりなセットは組めないけれど、衣装化粧舞台装飾、と盛り上がっている。

その様子には少し尖った気持ちが和らいでいた。実は少し湘北に感化されて、アナソフィアで青春してみたくなっていたのだ。そこに藤真が絡んでいるのは気に入らないが、利用出来るものは利用してやればいいと思った。厳格なアナソフィアの文化祭、どうせ藤真の入り込む隙間はないのだから。

それから約2ヶ月、たちは時間の許す限り練習を重ね、翔陽4人との合同練習に漕ぎ着けた。

実際にアナソフィアの講堂ステージでの練習である。は本番で履くヒールの高い靴で現れた。ガガをやるならこれで踊れと緒方のお達しで用意された12センチヒールだ。足元だけシャンパンゴールドにビジューがごてごてと付いたハイヒールで、その上がジャージというのがいかにも練習だ。

最初こそ何やら下心も見えたし、上から目線が隠し切れない翔陽4人だったが、アナソフィア女子たちの熱意に報いる気になってきたようで、今日は至極まじめに取り組んでいる。特に西村弟は実際に使用する機材を全て運び込み、休憩もせずにセッティングをしている。

「よーし、アナソフィアの底力見せてやれえ」

その様子に鼻息が荒いのは元演劇部部長の緒方である。美人で背が高く、下級生からのラブレターが絶えないイケメン女子である緒方は今回舞台監督を買って出た。いわゆるブタカンさんである。

そんなわけで開始した合同練習だが、たちアナソフィア代表と翔陽4人はお互いに度肝を抜かれる羽目になった。予想以上に西村兄弟が手練であったのと、川瀬姫の歌声である。ダンス部に関しては少々気合が入りすぎていて怖がられた。

「やるねえ、みんな」
「ていうかほんとにあんたたち何者なのよ」

ドラムセットの間からにこにこしている西村兄は、にそう言われるとちょいちょいと手招きをした。とすぐ横にいた岡崎が近寄っていくと、西村兄はぼそりととある名を呟いた。有名なミュージシャンの名前である。

「オレら、そいつの隠し子」

と岡崎は悲鳴を上げそうになるのを堪えた。藤真の言う「親が本職」というのはこのことだったらしい。

「ここだけの話ってことでよろしくー」
「お、おう……

岡崎がまた点と線で出来ているような表情になった。

文化祭2日目当日、この日は上機嫌で図書室に現れた。普段の教室がクラス展示で使えないので、図書室に登校である。そこで朝礼を済ませると、大荷物を抱えて講堂の機材室に向かう。今日も吹奏楽部と演劇部が講堂を使うので、たちは放送機材置き場をとりあえず借りることになった。

「えらい機嫌いいじゃん、どうしたの」
「岡崎ちゃんおはよー。ははは、ちょっとねー」

公延が来るのである。今年は来たからといってどうなるわけでもないのだが、頑として来たがらなかった公延がとうとう陥落したのでは機嫌がいい。申請上は従兄弟である。

吹奏楽部の公演が始まるとたちは邪魔なので講堂から出て行かざるを得ないのだが、外は既に翔陽男子で目一杯になっている。川瀬はチャペルに逃げると言っていた。

「今年も盛況してるねえ」
「岡崎ちゃんもどこかに避難してた方がいいんじゃないの」
「ダンス部はストリートパフォーマンスなのです」
「え、なにやんの」
「全員でエージェント・スミス。緒方がネオをやってくれるんだよ」

その日、アナソフィアの文化祭はどこからともなく現れるエージェント・スミス60人で大いに沸きかえった。最終的に正面玄関前のロータリーで元演劇部部長の緒方扮するネオとバトルを演じ、喝采を浴びた。

「公ちゃん! 小父さん小母さーん!」

一方は近寄るに近寄れない翔陽男子の間をすり抜け、両親、木暮一家と合流した。の母親も公延の母親もアナソフィア出身だが、虚偽の申請で入ってきた公延は居心地が悪そうだ。

、すまん、まさかこんなことになってるとは……
「だから毎年言ったのに」

翔陽男子が全校あげて押しかけているのだ。公延は面食らっているが、その翔陽くんたちの一体何人がをロックオンしているかというところまでは考えが及んでいないだろう。は両親と木暮家を引き連れて校内を見て回る。親たちもいることだし大っぴらに彼氏だとは言えないが、気分がいい。

「そういえば藤真の後輩とか言う……
「ああうん、後夜祭でまた余興をやるよ。3年の文化部引退組選抜ステージ」
「なんだよ、そっちの方が見てみたいな」
「そう思って今年は録画を頼んであります」
「生で見たいなあ」

公延の気持ちもよくわかる。はどうせなら桜木や彩子にも見てもらいたいと思っていた。に「歌ってくださいよ」と言った桜木に、もっと本気で歌ってやりたかった。自分はバスケットを頑張るから、もアナソフィアで頑張れと言った公延にも、それなりにアナソフィア楽しかったよと見せてあげたかった。

演劇部の公演が終わる14時半、は公延たちと別れて講堂へ向かった。演劇部の搬出を待ってステージの準備に入る。講堂の搬入口にには既に山のような機材と共に翔陽4人組が待機していた。

「おはよっす。なんかさん機嫌いいね」
「そういう君たちはなんか疲れてるね。うちの子たちに捕まってた?」
「それは大丈夫、さっき来たばっかだから」

西村兄が何か言いたそうな顔でを見ていたが、結局ため息をついただけで何も言わなかった。

「ま、今日はよろしく!」
……うん、よろしくね」

西村兄は本当に大丈夫だろうか。は不安になるが、今更どうにもならない。成功を祈るのみだ。

元部長の緒方に尻を叩かれ、演劇部はキビキビと搬出を終えた。そこへステージ担当がどっと雪崩れ込む。有志でステージを使うのはたちだけではないのだが、楽器を持ち込むのは翔陽4人だけである。狭い後舞台にセットを配置し、ドラムセットと西村弟の機材、アンプ類だけは最初からステージ上に置くことになっている。

慌しくセットを組み上げる演劇部引退組と楽器をセッティングする翔陽4人に、早くも他の有志たちの期待が高まる。3年でありということもあって、出番は最後。時間で言うと18時くらいになる。16時に全ての門が閉まり、16時半あたりから後夜祭なので、ちょうど外も暗くなって盛り上がる時間だ。

が1年生の時にステージに立ったのは、予定された出番が全て終わった後の飛び入りだ。仲の良かった先輩にダンス部の衣装を着させられて、ヤケクソで岡崎と一緒にBadRomanceを歌い、踊った。今年ものように黒歴史を作る後輩が現れることだろう。

「緒方、すごいねこれ」
「部活ではこういうの出来ないからね、みんなで楽しんで作ったよ」

ほぼ完成状態ではあったが、未完成の衣装でしか練習しなかったは、出来上がった衣装に目を丸くした。

演劇部の職人が作ったの衣装は12センチヒールに合わせて遜色ないシャンパンゴールドのワンピースだった。当然ミニスカートだが、レオタードをベースに全身タイツ状態に作ってあるので翔陽男子諸君の前でも安心な設計になっている。雰囲気としてはフィギュアスケートの衣装の構造に近い。

また髪も演劇部貸し出しのブロンドのウィッグを使用する。とダンス部のフロント9人はシャンパンゴールドベース、合唱部3人はパールピンクベース、ついでに翔陽4人は黒である。つい楽しくなってしまって翔陽4人の分も作ってしまったと演劇部の職人は照れた。

そして16時。昨年はどうやって藤真から逃げようかと気が重かった後夜祭が始まる。

少々押し気味で有志のステージが進む中、は衣装を纏って準備を済ませた。共にステージに立つのがダンス部と合唱部なのでピリピリするような緊張はない。ダンス部に至っては緊張より興奮の方が勝っていて、飛んだり跳ねたり落ち着きがない。翔陽4人もその様子にほのぼのとしている。

そしてたちの前の有志がステージを終えて下手にはけて行った。まずは翔陽4人がインストで鳴らした後にたちが出る予定になっている。上手での横に並んだ西村兄弟が肩を叩く。

「ん? かっこいいのよろしく!」
……さん、先に謝っとくわ。ごめん」
……何が?」
「まあその、全部」

そう言いつつ、西村弟はステージへ出て行く。西村兄が残った。

「お察しとは思いますが、オレ、1年の頃からさん好きでした。それをちょっと利用されました」
「ごめん、話が見えない」
「本番前だからね、このくらいにしておくよ。さんたちは爆発してください」
「うん、そうする」

さらっと告白までされたが、ダンス部たちの興奮した声と熱気に飲まれて、にはあまり大事な用件に聞こえなかった。も今は振り付けや歌詞のことしか頭にない。

ステージの上では西村弟によるゴアトランスに、ギターの山田が映画音楽を挟んだりしている。それを追って西村兄も出て行く。たちが驚いたように、観客席のアナソフィア女子たちは興奮の坩堝だ。たちにはてんで相手にされていないが、現在の翔陽ヒエラルキーの頂点たちである。翔陽男子からも歓声が上がる。

まずはが1年のときに飛び入りで歌ってバカウケしたガガのBadRomanceで始まる。

アナソフィア翔陽合わせて700人近い観客がの登場に沸く。翔陽くんたちがいなくとも、アナソフィア女子たちにとってもはアイドルに等しい。いわんや岡崎も川瀬もだ。&文化部引退組+翔陽のステージが幕を開ける。

BadRomanceに続いて、JasonDeruloTheOtherSideを川瀬とツインで。これはほぼダンス部用で、は合唱部3人に並ぶ。きらきらと輝くと川瀬の歌声に、金色のダンス部が舞う。客席のエージェント・スミス52人が大絶叫である。

次いで、西村弟がと川瀬の声をサンプリングして作ったperfumeGAME。これもダンス部がメイン。と合唱部は一旦上手に戻る。さすがに6年間ダンス部で鍛えてきた8人の踊りは見応えがあって、はまたステージに戻ることも忘れて見入った。舞台に押し寄せるエージェント・スミスが少し怖い。

ハードなダンス続きになるので、ダンス部の休憩も兼ねてKellyClarksonStrongerひとりで。これは西村兄のリクエスト。ダンス部も合唱部もない、ただ翔陽軽音楽部とだけの、西村兄がやりたかったとのバンドということだ。兄はこれに一番練習時間をかけていたらしく、感慨深そうだ。

ダンス部が1曲休んだところでラスト、がやりたがった再度ガガのApplauseである。

西村弟のアレンジにまでは口を出し、結果、兄に比べて職人気質の弟は昨晩までシーケンサーと格闘していた。弟はベースの北島に「再生工場」と言われているだけあって、その音は再現度が高く、はステージに立ちながらも「後でこの音源もらおう」と考えていた。

がさんざんわがままを言ったおかげで、Applauseは豪勢な仕上がりになっていて、しかもこれが最後の曲なのでダンス部も合唱部もステージであることを若干忘れている。またたちに内緒で西村兄が大胆なアレンジを持ち込み、Applauseはよりドラマチックになった。

のちに観客席にいたダンス部員もはじけすぎて「ステージなんてほとんど見てなかった」と零した。

を中心に置き、ダンス部8人がその背後を固め、上手手前にに合唱部3人、その横にベースの北島、西村弟、美術部のオブジェセットを挟んで西村兄、そしてギターの山田という大所帯が熱狂の渦の中で暴れまわる。は歌詞を間違えたし、ダンス部も振り付けを間違えたが、もうそんなことはどうでもよかった。

客席などもう目に入らなかった。自分たちが一番楽しかった。

そして拍手喝采の中を下手に引き上げる。先にはけたたちの後では西村兄がスティックを、山田と西村がピックを投げている。またもや客席は大騒ぎだ。

「楽しかったあー!ありがとおお!」

汗だくで息の上がった岡崎がに抱きついてきた。つけまつげが外れて悲惨な顔になっている。こんなときにありがちな涙はなかった。も含め、彼女たちにとってこれは真剣に遊んだ「お祭り騒ぎ」だったのだ。普段はおしとやかさ漂う川瀬ですらきゃあきゃあ歓声を上げていた。

ステージ上から全員がはけてセットもどかされると飛び入りタイムである。実はこれが講堂では一番長く、これからが本番といっても過言ではない。だが、遊び終わってしまったたちは搬入口へ通じる廊下で興奮の余韻に浸っている。翔陽4人も拍手と歓声で迎えられ、ブタカン緒方にも肩を叩かれた。

耳がステージの音から戻ってくる頃になって、はまた西村兄弟に肩を叩かれた。

さんお疲れ様。楽しかったね」
「おー弟、ホントお疲れ! 兄は何よあのApplause、粋なことを!」
「ちょっとしたサプライズ。さんへのプレゼント」

そこではステージが始まる前のことを唐突に思い出した。確か兄の方がなんだかとんでもないことを言っていたじゃないか。はその台詞を思い出そうとして腕を組んだ。確か――

「お察しとは思いますが、オレ、1年の頃からさん好きでした」

察してなかったがはそれどころではない。これだけじゃない。何かもう一言くっついていたはずだ。

「それをちょっと利用されました」

はその言葉を反芻する。それを利用「されました」?

「ちょっと待って、兄、誰に、誰に利用されたって?」
「ごめんねさん、嘘ついて」

の背後で搬入口のドアが開く。弟がドアの向こうに顔を出し、苦笑いで振り返る。

ー!」

藤真だった。

は目の前が真っ暗になった。岡崎が慌てての背中を支えるが、は目が回る。

「ほんとにごめんさん、そういうことでした」
「何をしてるかわかってるの……
「オレたちだってやりたくなかったよ」

西村兄の元気のなさはこれが原因だったのだ。自前か借り物か翔陽の制服を着た藤真はにこにこである。

「すごかったな、よかったよ」
「よかったよじゃないわよ、あんたなに考えてんの……

もう敬語を使う気力もない。しかも、搬入口からはまだ人が入ってくる。

さーん!」
「よお、!」

清田と三井だった。ふたりとも翔陽の制服を着ている。最初の衝撃が薄らいで行く中で、今度はに怒りの炎が燃え上がる。岡崎が首にかけていたタオルを引っ剥がすと、はそれを鞭のように振り回して3人に殴りかかった。ひょいと藤真がよけたので、清田に直撃する。

「あんたたち、自分が何してるのかわかってるの!? あのバカに乗せられるなんて!」
「もう帰りますってー。さんのステージ見たかっただけですから」
「ずっとこのカッコでウロウロしてたわけじゃないぜ。お前のステージだけだよ」

はタオル攻撃だけでは治まらず、12センチヒールで蹴っている。そのの後ろでは藤真がまだにこにこしている。可哀想な翔陽軽音楽部4人は少し離れて申し訳なさそうな顔をしているし、アナソフィア代表たちに至ってはなにがなんだかわけがわからない。は豹変しているし、この派手な男たちは一体なんなんだ。

しかし何やらは激怒しているし、翔陽4人の様子を見るに、騒ぎになってはマズい事態なのだと緒方が判断、岡崎だけを残して搬入路から全員追い払った。天井の高い搬入路は白々とした蛍光灯が灯るだけの不気味な空間で、緒方と岡崎はべたりと壁にへばりついて事態の成り行きを見守った。

、あんまり暴れるなよ。百年の恋も冷めるぞ」
「むしろもういい加減冷めてよ!!」

藤真に怒鳴っただが、例の刃物のような藤真の笑顔に怯んだ。

「それは困るんじゃないの、なあ?」

再度搬入口のドアが音を立ててゆっくり開く。

「公ちゃん!!」

殆ど悲鳴だった。シャンパンゴールドのキラキラ輝く衣装でブロンドのウィッグをつけたと、翔陽の制服を着た公延は、お互い真っ青な顔をして対峙した。

この段階になって岡崎と緒方は妙な闖入者の首謀者が藤真であること、さらに入ってきた3人がどこの誰なのかを西村弟に説明されていた。だが、当初の計画では藤真と清田と三井だけが侵入する予定だったところを、家族で遊びに来ていた公延が捕まって4人になったのだと藤真が付け加える。藤真以外制服は借り物。

「あのメガネ、あれの彼氏」

楽しそうな藤真の声に、岡崎と緒方も悲鳴を上げた。ただでさえプライベートが謎に包まれていたである。しかもこの藤真や清田に三井ならとてもらしい相手だと思えるのだが、の彼氏だというメガネくんは予想の斜め上を行き過ぎていて、言葉が出ない。普段は饒舌な緒方も口をパクパクさせている。

「ご、ごめん、ほんとにごめん……
「公ちゃんも、見たの、さっきの」
「うん、見た。、すごいな。、かっこよかったよ」

まだふたりとも真っ青である。

「とんでもないことしてるのはわかってるんだけど、見られてよかった。がここでみんなと楽しそうにしてて、それがわかって、本当によかった。あと、その、すごく似合ってるよ。きれいだね」

は堪らず公延に飛びついた。金色が舞い上がって公延に抱きとめられ、くるりと一回転する。

「あーあ、なんなんだオレら。結局木暮が全部持ってっちまいやがんの」
「そりゃしょうがないでしょ。てか藤真さんなんで木暮さん引きずりこんだんすか」
「うーん、なんでだろうな。よくわかんないんだけど……罪悪感、かな」

1年前と同じように藤真は寂しそうに笑った。

が落ち着くと、藤真は一緒に写真を撮りたがった。いい顔はしなかっただが、ウィッグはつけたままだし、落ちかけているとはいえ化粧もしているので普段の自分ではないような気もしていた。その上、清田も三井も、最終的には公延も撮りたがったので、は全員と2ショットで1枚ずつ写真を撮った。

藤真も清田も三井もの肩や腰を抱いて撮ったが、公延は何も言わなかった。が自分の女であることはもう疑いようがないのだし、人を惹きつけてやまない彼女の輝きはある意味では誇らしくもある。それは今日ステージを見て改めて感じたことだ。

その後、4人は走って講堂を出て行った。翔陽の制服のままアナソフィアの外に出て、駅で着替えるのだとか。さすがに全員バスケット部、ものすごいスピードで去って行った。後に残されたは、搬入路に設えられた長椅子で真っ白に燃えつきかけていた。

さん、苦労症だね」
「でもなんかの彼氏がああいう人でちょっと和んだ」
「ねー、目が高いよ」

の右に岡崎と緒方、左に西村兄弟である。

「藤真さんより別の人がいいなんていう女の子がいるとは思わなかったなあ」
「私もいやだけど」
「私もあれは無理」
「藤真さああん……

西村兄は両手で顔を覆って項垂れた。岡崎は老け専、緒方はゴリマッチョフェチである。どちらも藤真には洟も引っ掛けない趣向の持ち主なので、西村兄は読みが浅い。

「じゃあ結局どこまでが嘘だったってことなの?」
「アナソフィアの軽音楽部と折り合いが付かなかったところまでが本当」
「そこからは藤真さんが噛んでる。どうしてもステージに立つさんを見たかったみたい」

やっと肩の荷が下りた西村兄弟は一転、現トップオブ翔陽らしいさわやかな笑顔で説明する。

「オレたちがさんに歌ってもらってバンドやってみたいって思ってたの、知ってたんだあの人」
「連絡とってあげるよ、だけどその代わり……ってわけ」
「まあその、が学校の外のこと話したがらないの、よくわかったわ」

緒方はニヤニヤしている。いくらアナソフィアヒエラルキーの頂点にいても、内容が悪い。

「さあて、じゃあ着替えて片付けて、さっさと打ち上げ行きますかあ!」
「打ち上げなんかするの?」

西村兄弟の目の色が変わる。藤真に振り回されてしまったが、学校を離れた場所でアナソフィア女子たちと打ち上げが出来るならチャラにしてもいい。が、緒方はニヤリと笑って腰に手を当てている。

「いや、うちらの個人的な打ち上げだから。まだ時間残ってるよ、気になる子いるなら行って来ーい!」
「なんだ、じゃあいいわ。気になる子ならここにいるし、望みないし」
「うへへ、ほんとに罪な女だね」

緒方と岡崎は高笑いだ。はこの後、着替えて片付けて移動した打ち上げにて、公延のことをこってり絞られる羽目になった。のみならず藤真と清田と三井がなんなのかという点についても、ただの知り合いでは許してもらえず、全て吐くまで解放してもらえなかった。

また、は翌日翌々日の文化祭代休を公延の元で過ごすことにして、東京へ向かった。

「これ、にだって。こっちはステージやったみんなに、だそうだよ」

昼過ぎに到着しただったが、曰く「昨日の夜から我慢してた」という公延に押し倒された。昨日の疲れもあったが、の方もそのつもりがなかったわけではない。事が済み、つい眠ってしまったが、そろそろ日が暮れてくる頃である。は、のそりと起き上がって紙袋を受け取った。

「うわ、可愛い! って誰がこれ買ったのよ」

アナソフィア女子の皆様への方はキャンディー・ショータイムのキャンディがぎっしり詰め込まれている。

「ここを知らないのもあるけど、今朝届けに来たのは三井だったよ。一応3人からってことで」
「うーん、信長は遠いから、まあミッチーか藤真先輩なんだろうけど」
は何もらったの」

サマンサタバサのバッグチャームだった。昨夜ののようにきらきら輝いている。

……これは間違いなく藤真だな」
「ミッチーと信長にはない選択肢だね……
、今年のクリスマス、何が欲しい?」

バッグチャームを眺めていた公延は、の肩に顔を摺り寄せてきた。クリスマスまではまだ時間があるが、藤真の気の利いたプレゼントに少し刺激されたのかもしれない。

「え、別になんでもいいよ、公ちゃんバイトだってそんなに入ってないでしょ」
「もちろん、あんまり高いものは無理だけど、も受験だから、プレゼントくらいは」
「でも私はこれがあるからなあ」

は左手を掲げる。ルビーがちらちらと光る。

「またお母さんたちどうするかわからないけど、帰ってきてよ」
「それだけでいいの?」
「うん。みんながいたら遊びに行こ」

両親たちがいなかったら、またふたりで過ごしたい。はそれが一番いいと思った。

「プレゼントなんかなくても、公ちゃんが帰ってきてくれたらそれでいいよ」

も体を摺り寄せる。まだ腕には昨夜の衣装のラメが残っていた。

「公ちゃんこそ、何か欲しいものないの」
……じゃあ、歌って」

公延の唇がの肩に触れ、腕を滑り落ちていく。

「オレのためだけに歌って」

まさか公延がこんなことを言うとは。はこっそり藤真に感謝した。

END